溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

非継続事業って何?【LIXILの例】

www.nikkei.com

 

ずいぶんと久しぶりの更新となったが、

 

生きてます。

 

さて、

 

LIXILは22日、2023年10~12月期に連結財務諸表(国際会計基準、非継続事業ベース)で過去の子会社売却に関連して48億円の損失を計上すると発表した。24年3月期通期の業績に与える影響は他の要因も含めて精査の上、修正が必要と判断した際に速やかに公表するとしている。」

 

少し前の日経新聞に、LIXILの子会社売却に関連する損失48億円を計上するという記事があった。そして、その損失は「非継続事業ベース」とのこと。

 

非継続事業ベースの損失とはいったい何なのか?

 

サラッと書いているので、読み飛ばす人もいるのではないかと思う。

 

非継続事業とはIFRS国際財務報告基準で定義されている事業であり、日本の会計基準にはそのような規定はない。

 

IFRS5号によれば、非継続事業とは、

すでに処分されたか、または売却目的に分類される企業の構成単位で、独立の主要な 事業分野や計画等に該当するもの

をいう。いわゆる廃止や売却が決定ないしは予定されている事業ということだ。LIXILのケースでは、2020年9月に売却したイタリアの建材子会社ペルマスティリーザに関連する損失とのことだ。

 

財務諸表の利用目的は様々だが、例えば、株主や投資家にとっては、会社の現在価値を把握するためには、過去の業績だけでなく、会社が生み出す将来キャッシュ・フローの情報を重視するであろう。したがって、過去の業績である包括利益計算書(IFRSにおける損益計算書)や財政状態計算書(IFRSにおける貸借対照表)においても、できれば将来キャッシュ・フローの予測のために便利なように情報に工夫してもらう方がありがたい。

例えば、包括利益計算上、今後継続する事業と継続しない事業の業績が混在しているまま財務情報が開示されると、上述のような将来キャッシュ・フローを重視する財務諸表の利用者をミスリードする可能性がある。

そこで、廃止や売却が予定されている事業に関する情報は、将来キャッシュ・フローの予測において特段必要とならない情報であるため、将来の会社事業に関わる「継続事業」の部分と、将来の会社事業には影響ない「非継続事業」の部分を分けて、財務情報を提供する方が望ましい。

 

LIXILはペルマスティリーザを非継続事業に分類しており、今回の損失は継続事業ベースの各利益には反映されない。同日発表した23年4~12月期の連結決算(継続事業ベース)見通しは売上高が前年同期比横ばいの1兆1230億円、営業利益は同7%増の259億円だった。


LIXILは、ペルマスティリーザから生じた損失は非継続事業から発生したものであり、継続事業には関係しないとしている。

非継続事業に係る損益は、会社にとっては、例えば不採算事業を売却するなどして業績回復を図る場合、不採算事業に関連する財務情報を損益計算書上、別枠で表示することで、事業売却後の会社の財務状況を財務諸表の利用者に対してより分かりやすく伝えることができるという見方もできる。

 

なお、日本基準には非継続事業のような定義は無いが、将来の業績を予測するという観点では、特別損益がその役割を担っているとも考えられる。例えば、事業構造改革費用(いわゆるリストラ損失)や特別退職金、あるいは事業における主要な固定資産の除売却などは特別損失として計上されるが、これは非継続事業に係る損失と見ることができる。日本基準においては、経常利益(あるいは営業利益)をチェックすることで、会社が来期以降も継続して利益を創出する力を把握することができる。

他方、IFRSでは特別損益の使用が禁止されており、これが非継続事業の開示に影響しているかもしれない。

 

非継続事業の詳細はこちらを参照ください☟

https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2016/09/discontinued-operations-160921.html

 

新株予約権が消滅すると利益が増えるの!?【ラクスルの例】

www.nikkei.com

 

色々な仕事が重なって

かなり久しぶりの投稿になってしまった・・・

 

日経新聞(9/12’23)にラクスルの特別利益についての記事が掲載されていた。

記事によれば、

従業員向けに導入した、信託型と呼ばれるストックオプション(株式購入権、SO)を放棄すると発表した。新株予約権の消滅により2023年8〜10月期に1億2200万円特別利益を計上する。同日、24年7月期の純利益が9億〜10億円(前期比32%減〜25%減)になる見通しだと発表した。」

 

ラクスルの

「第 15 回新株予約権(信託型ストックオプション)の消滅に関するお知らせ」 

https://ssl4.eir-parts.net/doc/4384/tdnet/2336506/00.pdf

 

とのことだ。

 

信託型ストックオプション(信託SO)は、有償ストックオプションの一種とされる。

SOにはいくつか種類があるが、例えば、付与時に(付与対象者から)対価を払うかどうかによって無償(対価を払わない)、有償(対価を払う)に区分される。有償SOは、付与対象者が会社から一定の金額でSOを購入する仕組みだ。また、税制の取扱いによって税制適格SO(要件を満たすと課税の繰り延べなどの税務上のメリットがある)と税制非適格SOに区分される。

ここではSOの詳細については記載しないが、有償、無償SOにはそれぞれメリット・デメリットがある。有償SOについていえば、

 

有償ストックオプションのメリット

個人に対するメリット

・税制面での優遇の可能性

 新株予約権を購入は有価証券の取得と考えられるため、権利行使時には課税されません(株式売却時の利益に対する税率は20%が適用)。ただし、新株予約権の公正な価値よりも低い金額で新株予約権を取得した場合は、その時点で経済的な利益を得たとして課税される。

 

・短期間での権利行使

 税制適格ストックオプションの要件を満たすには付与時点から権利行使まで2年末必要があるが、有償ストックオプションではそのような制約はない。

 

会社にとってのメリット

・役員等のモチベーション向上

有償ストックオプションの場合は、自身がお金を支払って購入する分、意味をしっかり理解し、また株価向上への意欲がより一層高まる。

 

・機動的な発行

有償ストックオプションは、公正な価値での譲渡であれば取締役会での決議が可能となり機動的な発行ができる(非公開会社は株主総会による特別決議が必要)。無償ストックオプションは、第三者に対する著しく低い価格、つまり株式の有利発行に該当する場合、株主総会での特別決議が必要。

 

また、有償ストックオプションでは社外の関係者に対しても適用可能だ。

 

一方、無償ストックオプションと比較した場合の付与対象者にとっての最大のデメリットは、有償ストックオプションの取得時の資金負担だろう。

 

そして、有償ストックオプションの活用形として「信託型ストックオプション」がある。有償、無償に限らずストックオプションでは、付与時点で付与対象者と付与割合を決定する必要がある。付与時点以降の役員や従業員の業績に対する貢献度合い等によって付与割合を決定できないというのがネックと言われる。信託SOは、付与時点からの付与対象者や付与割合の変更を可能する等、有償SOの使い勝手を改善した制度とされる。

 

さて、本題に戻る。

新株予約権が消滅すると何故、利益が計上されるのか?だ。

 

信託SOは、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)に基づいて会計処理を行うと考えられる。しかし、そもそも会計基準が信託SOのようなスキームを想定しているわけではないので、当該会計基準をそのまま適用するのかどうかはっきりしない。

そこで、ここでは有償SOの会計処理をベースにザックリと説明する。

 

新株予約権の付与時、つまり、付与対象者が新株予約権の対価を会社に支払った時に、会社は、

 

借)現金預金 ××× 貸)新株予約権 ×××

 

という会計処理をする。

 

例えば、新株予約権

払込額:100円(=付与時のSOの公正な単価とする)

行使価格:500円

とすると、

 

新株予約権の付与時(払込時)には、

 

借)現金預金 100 貸)新株予約権 100

 

という会計処理する。

信託SOにおいては、信託が(オーナー等からの出資による資金で)会社から新株予約権を有償取得する場合に該当する。

なお、新株予約権の公正単価>払込額の場合は、その差額について費用(株式報酬費用)処理する。当該差額部分が実質的に付与者に対する報酬に相当するという意味だ。

したがって、最終的には、付与時点におけるストックオプションの公正単価に基づく価額まで新株予約権が計上されることになる。

 

その後、新株予約権が権利行使された場合には、

 

借)現金預金 500 貸)資本金 600

  新株予約権100 

 

となるが、権利を行使せずに行使期間が終了するなど、権利が失効すると、新株予約権は損益として計上することになる。

 

借)新株予約権 100 貸)新株予約権戻入益 100

 

ラクスルのケースでは信託による権利放棄だが、内容的にはこれに該当すると思われる。

 

要するに、オプション料が行使されずに無効となった分がいわばキャンセル料として会社の(特別)利益として計上されることになる。

 

ところで、ラクスルは、新株予約権の消滅の理由として、「2023 年5月 29 日に行われた国税庁経済産業省による課税に関する説明会において、行使時の経済的利益は給与課税の対象との見解が示され、想定したインセンティブ効果が得られないことが明確となったこと」と説明している。

 

ストックオプションに対する課税(Q&A)

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/230428/pdf/01.pdf

 

問③が信託SOに関する部分だ。

注目すべきは☟

「役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法 28、36②、所令 84③)。」なお、発行会社は、上記の経済的利益について、源泉所得税を徴収して、納付する必要があるとも。

従来、というか、信託SOの触れ込みとしては、 信託が役職員にSOを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」という点をメリットとして普及してきた経緯がある。

Q&Aはこれを真っ向否定し、「 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。」

としている。

 

今さら感が否めない。

そんなことスキーム開発時に事前照会していなかったのかなあ、

という疑問については、日経新聞(6/12’23)に当事者の見解が掲載されている。

 

当事者の見解

www.nikkei.com

 

日経新聞によれば、信託SOの導入企業数は約800社、対象人数は約5万人に上るという。

実際の経緯はよく分からないが、梯子を外された印象を持つ会社もあるのではないだろうか。いずれにせよ、信託SOに当初想定したメリットが期待できないとなった以上、ラクスルのような対応の会社は今後も出てくるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

コベナンツって何!?

www.nikkei.com

 

「銀行界が企業へ融資する際に設ける財務制限条項(コベナンツ)の開示に神経をとがらせている。金融庁は条件に該当する企業に有価証券報告書への記載などを求める方針だが、具体的な内容を明らかにすることへの銀行界の抵抗感は強い。金融取引に及ぼす影響は大きく、開示の範囲をどう定めるか今後の焦点になりそうだ。」

 

とのことだ。

コベナンツという言葉を耳にしたことはあるだろうか?

普通に生活してたら聞くことはないだろうなと、思ったりする。

大学院のクラスでも、そもそも何語ですか?

とか聞かれたりする(笑)

 

記事には、

コベナンツは融資や社債資金調達する企業に課された義務。借り入れの場合、条件に抵触すると銀行は期限前に一括の返済を求めることができる。すべての貸し出しに付くわけでなく、企業の信用力や融資額を勘案して決める。」

と説明がある。

 

コベナンツは、銀行などが企業へ融資をする際に契約書に記載する特約事項のことだ。

債務者が特約事項に抵触する行為を行い資金提供者に不利益が生じる場合は、債務者は期限の利益を喪失することになる。記事にあるように、コベナンツに違反すると資金提供者は債務者に対して融資の一括返済を求めることもあり得る(契約による)ということだ。期限前に融資が引き上げられると、企業などの債務者にとっては事業継続の危機にも至る重要な事項だ。

コベナンツにはいくつか種類があるが、重要視されるのが財務制限条項だろう。

 

【主なコベナンツの種類】

・情報開示義務

・担保提供制限条項(ネガティブ・プレッジ条項)

・格付維持条項

・事業維持条項

・資産譲渡制限条項

・財務制限条項

 

財務制限条項の代表的なものが、添付の日経新聞の記事に記載されている。

 

日経新聞7/18/2023より)

 

財務制限条項は、資金提供者の金融機関にとっては、

・融資先の財務状況を事前に察知することができる

・融資の迅速な回収につながる

・比較的信用リスクの高い企業への融資も可能になる

などのメリットがある反面、

・融資後の継続的な監視等の管理コストの負担

などのデメリットもある(融資先との関係悪化も・・・)。

 

一方、融資を受ける企業にとっても、

・信用力が低くても融資を受けられる可能性が広がる

・無担保で融資を受けられる

などのメリットがある。これにより、事業継続や成長が可能になる。無担保で融資を受けられるというのは、担保に供する資産が無い場合に財務制限条項を課すという方が分かりやすいかもしれない。

もちろんメリットばかりではなく、

・財務制限条項に抵触すれば、融資を引き揚げられるリスクがある

・経営の自由度が制約される

などのデメリット(というか制限)は理解しておくべきだ。

 

また、財務制限条項は、純資産比率、流動比率など財務諸表や財務諸表から得られる財務比率を用いて設定されることが多い。そのため、企業としては財務制限条項に抵触しないように数値等を操作するインセンティブが働きやすいとされる。そのため、会計監査では、有利子負債等に対する財務制限条項の有無を確かめ、存在する場合には対象となる財務諸表の項目は監査リスクが高いエリアとして監査手続きを検討することになる。

 

「投資家にとり、融資契約のコベナンツが開示されればリスクの実態を把握しやすくなる。業績が悪化した企業の貸付金を銀行が回収する一方、社債権者が置き去りにされる事態を防ぐ効果もある。」

 

今回、金融庁コベナンツ開示を求める(強化する)趣旨は、資金提供者に限らず広く財務諸表(有価証券報告書)の利用者に対して投資に関する有用な情報を提供することが目的だ。

 

ところで、従来(というか今も)、有価証券報告書には財務制限条項に関する情報は記載されている。

 

【現在の有価証券報告書の財務制限条項の記載箇所】

• 経営上の重要な契約等(事業の状況)
• 財務諸表の追加情報、借入金等明細表(経理の状況)

 

しかし、日本の会計基準では全ての財務制限条項について記載が求められるわけでなく、「利害関係者が会社の財政状況、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関して適切な判断を行う上で必要と認めた場合」に限って記載が必要となる。実態としては、日本の多くの企業は財務制限条項の記載については消極的と言われる。これに対してIFRSや米国基準(採用している会社)では、項目や内容に関して積極的な開示が多くみられるとのことであり、基準間の開示レベルの相違を解消することも今回の目的だろう。

 

これに対する銀行と企業の反応について、記事には次のようにある。

 

「銀行界では個別の取引を公表することに抵抗感が根強い。大手行の幹部は「企業に厳格な条件が課されていることが分かると、そうまでしないと融資を受けられないのかとの思惑が広がりかねない」と指摘。「コベナンツを外したがる企業が増えるのではないか」と懸念する。

銀行にとってコベナンツには信用補完の側面がある。担当者は「実際に外したら追加の担保を設定したり、金利を引き上げたりする必要が出てくる」と話す。貸付金利は開示の対象外となりそうだが、借入金額や担保の内容など具体的にどこまで開示を求めるのか。銀行界と金融庁の調整はこれから本格化する。」

 

さもありなん、という印象だ。

そういうことじゃないのだが・・・コベナンツが付されるかどうかは既に金融機関と企業との間で決まった話なのに、公表するかどうかでその判断が変わり得るという・・・いやはや、日本はまだまだ情報統制と言うか、愚民政策というか、自己責任の考え方が浸透していないなあと感じる・・・

自己株式取得の目的は?【三菱商事の例】

【はじめに】
2023年5月9日、三菱商事は、発行済株式総数の6%に相当する86,000千株、3,000億円を上限とする自己株式の取得を発表した。

三菱商事は2023年2月に700億円の自己株式の取得を発表しており、今回の自己株式取得は追加取得ということになる。自己株式は、2023年5月10日から12月31日(予定)において市場買い付けにより取得し、取得した自己株式は2024年1月31日に全数消却を予定している。

三菱商事の自己株式の取得の目的は何なのだろうか?

 

三菱商事の自己株式取得の目的】
三菱商事の2023年3月期の決算説明資料「2022年度決算及び2023年度見通し 説明会資料」によれば、電力ソリューション等で利益を伸ばすなど2年連続で過去最高益を更新(1兆円台)し、2023年度も高水準が見込まれる。また、2022年度のキャッシュ・フロー配分の実績等を踏まえ、「中期経営計画2024」の株主還元及びキャッシュ・フロー配分の考え方に基づき、キャッシュ・フローの増加分を投資及び株主還元へ追加配分するとのことだ。

なお、総還元性向は、2023年度以降は40%程度を目処としてる。同社の自己株式の追加取得額及び株数は、財務規律を維持しつつ企業価値向上に向けた投資と株主還元に関する方針に基づいた意思決定であることが分かる。

 

(参考)「2022年度決算及び2023年度見通し 説明会資料」(三菱商事 2023年5月9日)

https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/ir/library/meetings/pdf/230509/20230509j.pdf

「中期経営戦略2024」(三菱商事 2022年5月10日)

https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/about/plan/pdf/mcs2024_220510.pdf

 

【自己株式の処分とは】
取得した自己株式を再利用することを、自己株式の「処分」と言う。自己株式の処分には、株式市場で売却の他、


・役員、従業員等への株式報酬
・従業員等への退職金の支給
株式交換によるM&A


などがある。株式報酬や退職金として支給することで、役員や従業員のモチベーションを高め、会社の業績アップも期待できる。また、新株発行のための手続きやコストも省ける。株式交換によるM&Aであれば資金をセーブすることも可能となる。

 

【自己株式消却の目的】
自己株式の消却とは、取締役会の決議(取締役会設置会社の場合)により自己株式を消滅させることだ。自己株式を売却などにより処分すると、発行済株式数が増加しROEやEPSの数値は元に戻ってしまう。これをシンデレラ効果ということがある。自己株式の消却によりシンデレラ効果を抑止するため、株価に対してプラスの効果がある。


三菱商事には直接関係ないが、最近、上場維持基準を満たしていない上場会社では、流通株式比率の改善を目的とした自己株式の消却の例が見られる。流通株式比率は、流通株式数を上場株式数で割って計算するため、自己株式の消却により流通株式比率を改善することができる。

東証の上場維持基準より(日本取引所グループ


東証の上場維持基準によれば、各市場における流通株式比率は、次のとおり。

 

(流通株式比率)
プライム市場  :35%以上
スタンダード市場:25%以上
グロース市場  :25%以上

 

流通株式数では自己株式は控除されるが、上場株式数には自己株式も含まれる。

  

東証の上場維持基準より(日本取引所グループ

【バフェット氏の影響はあるのか?】
先日、米国の著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が日本の大手総合商社5社(5大商社)への投資比率を増やす意向を表明した。バフェット氏は、5大商社の現在の株式の保有比率7.4%を9.9%まで増加する方針とのことだ。これを受け、日本の株式市場では三菱商事を含む5大商社株が上昇しているが、未だその水準は十分とは言えない。現時点の三菱商事のPBRは1倍を超えているが、4月末の時点では1倍を割っていた。著名な投資家であるバフェット氏が投資する以上、株価上昇に対する期待、プレッシャーは相当なものがあると予想される。

 

東証のPBR改善要請の影響】
東京証券取引所東証)は、2023年3月31日、プライム及びスタンダード市場に上場する約3,300社を対象として、PBRやROEなどの改善計画の策定、開示などを要請した。企業価値向上に向け、経営者の資本コストや株価に対する意識改革を促す目的だ。東証が公表した資料「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」によれば、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れとなっており、資本収益性や成長性に課題があるとされる。

 

(参考)「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(東京証券取引所

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000048bt.pdf



PBRを分解すると、ROE✕PERになる。ROEは、当期純利益率✕総資産回転率✕財務レバレッジだ。

 

(参考)

PBR=ROE✕PER

ROE当期純利益率✕総資産回転率✕財務レバレッジ

 

したがって、自己株式を取得すると財務レバレッジが上昇し、ROEが上昇する。その結果、PBRの改善の期待できるという訳だ。三菱商事を始め自己株式の取得を公表する会社が増加傾向にあるのも、自己株式の取得を通じたPBR改善が目的の1つと考えられる。なお、東海東京調査センターの調べによると、2023年5月1日から19日までに東証に上場する企業が発表した自社株買いは、総額で3兆2300億円余りにのぼり、企業が1か月間に発表した自社株買いの総額としては過去最大となったとのことだ。

 

【まとめ】

今回の三菱商事の自己株式の取得&償却は、バフェット氏などの影響が背景にあるものの、企業価値向上に向けた自社の中長期的計画に基づく事業への成長投資を含めた施策の1つであることが分かる。こうした前向きな取組みは、会社のリソースの問題もあろうが、外部のステークホルダーからの視線、注目が経営にもたらす緊張感が影響しているように思う。一方、3,900社に及ぶ上場会社の中には、株式市場からの注目度が低い、外国人投資家などの比率が低いなど、経営の緊張感が低い会社も少なくないのではないか。そうした会社が本腰を上げるきっかけになればと思うが、果たして・・・

箸の上げ下げまで…【東証のPBR改善要請】

東京証券取引所東証)は、2023年3月31日、プライム及びスタンダード市場に上場する約3,300社を対象として、PBR(株価純資産倍率)やROE自己資本利益率)などの改善計画の策定、開示などを要請した。

企業価値向上に向け、経営者の資本コスト株価に対する意識改革を行うことが目的とのことだ。

東証が公表した資料「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」によれば、現在、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れとなっており、資本収益性や成長性に課題があるとされる。特に問題視しているのが、PBRが1倍を割り込んでいる企業だ。

 

【参考】

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000048bt.pdf

 

PBR(Price Book-value Ratio)は株価純資産倍率とも言う。株価を1株当たり純資産で割ったもので、株価が割安か割高かを判断するための指標の1つだ。PBRが1倍であれば株価がその企業の解散価値と等しいことを意味する。PER(株価収益率)と同様、株価が割高か割安かを判断するための指標として重視される指標だ。

 

PBR1倍割れとは、株価が会社の解散価値を下回っている状態を表し、株式市場からは「上場失格」とみなされることもある。株式市場の低迷により一時的にPBR1倍割れとなっている場合もあるが、保有資産を有効に収益に繋げられていないなど営上の問題が指摘されることも少なくない。国際財務報告基準IFRS)では、PBRの1倍割れは減損の兆候ありと判断され、IFRS適用会社においては減損リスクが高まることにもなる。

 

東証が公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」では、プライム及びスタンダード市場の全上場会社を対象として、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて、

・現状分析

・計画策定・開示

・取り組みの実行

について、継続的な実施を要請する。計画策定・開示の具体的な時期の定めはないが、出来る限り早期対応を求めるとのことだ。経営戦略や経営計画、決算説明資料等に含めて示すことなどが想定される。

 

例えば、現状分析においては、資本コスト(株主資本コストやWACC)に対する資本収益性(ROEやROIC)や市場評価(PBRやPER)などの具体的な数値を使って分析、評価することが求められる。

 

ROEなどの資本収益性の改善は、今始まった話ではなく、10年以上前のアベノミクス成長戦略(第3の矢)の時代からずっと言われてきているし、コーポレートガバナンス・コードの2018年改正でも資本コストを意識した経営が明文化された。これまで、ことあるごとに要請されてきたが、適切に対応している会社は言うほど多くなく、その結果が、「プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れ」ということなのだろう。

 

また、それに拍車をかけたのが、昨年から始まった東証新市場区分だ。東証によれば、22年10月末時点で上場維持基準に適合しておらず、適合に向けた計画を開示している会社は507社とのことだ。資料によれば、その内360社流通時価総額が未達となっている。株数の問題もあるが、要は株価が低いということだ。

 

【参考】「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議 第四回東証説明資料」2022年11月25日

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/co3pgt0000002992.pdf

 

適合計画の期限内に上場維持基準を達成しないと最悪上場廃止になるため、該当する507社は今まで以上に、企業価値向上に取り組むことになるだろう。プライム市場の会社の中には、今後白旗を上げて「やっぱりスタンダードにします~」って会社も出てくるだろうけど・・・

 

というわけで、東証金融庁、政府をあげて、あの手この手を使って何とか企業の背中を押し、お尻を叩き、「企業価値上げるように努力しなさい!」と煽っている状況だ。

 

きっかけはどうあれ、結果として、企業(経営者)が事業戦略を再検討し、設備投資、人的資本投資、あるいはESG投資を行い、それらの取組みの結果として企業価値、株価が上がり、気づいてみればPBRも余裕で1倍を超えていた、となれば、それはそれで良いと思う。

 

まあ本来は、経営者自身が、自社の株価評価(の低さ)に危機感を持ち、原因分析、対応策の策定及び実施とすべき話であって、外からヤイヤイと箸の上げ下げまで指図されること自体を問題視すべき、と思うけど。

 

 

 

 

 

 

「注目しない投資家が悪い」発言に思う 【天昇電気工業の例】

www.nikkei.com

2023年3月期の連結営業利益は前の期から2.7倍に増え、今期も3割増の見通し。独立系自動車部品メーカーとして、「徐々に魅力的な企業になっている」が、PBR(株価純資産倍率)の1倍超えにはほど遠い。「注目しない投資家が悪い」とこぼしていた。」

 

天昇電気工業の社長の発言とのこと。

会社としての発言なのか、個人としての発言なのか?

 

なお、23年5月18日時点で、同社のPBRは0.78と1倍を割り込んでいる。

 

社長の主張される営業利益3割増により、連結の営業利益率は22年3月期:1.2%から23年3月期:2.5%へ改善している。

確かに、営業利益は改善しているけど、PBRは営業利益の増加だけに反応するわけでない。

23年3月に東証が公表した上場会社に対するPBR改善要請の資料でも、PBRを改善するために資本コストを上回る資本収益性を達成すべきとしている。

【参考:資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について】

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000048bt.pdf

 

そこで、同社の資本コスト(WACC)と資本収益性(ROIC)をチェックしてみる。

 

だが、ない…

WACCもROICも開示していない。というか、IR情報に決算説明資料もない。あまり、IRに積極的では無さそうだ。

仕方がないので、ざっくりと試算してみることにする。

 

まず、WACC

22年3月期の有価証券報告書(連結附属明細表)から借入金利(rD)を0.7%として、株主資本コスト(rE)をこちらもざっと8%(最近、日経新聞ではrEを8%とすることが多い)とし、これに、直近の株式時価総額:Eと有利子負債:D(22年3月期決算短信情報)からD:E=56%:44%として計算すると、

WACC=rD*(1-税率)*D/(D+E)+rE*E/(D+E)

=0.7%*(1-30%)*56%+8*44%

=4.0%

 

次に、ROIC

ROIC(ROCE)をNOPAT/D+Eとして計算すると、

                     (単位:百万円)

ROIC(ROCE)=604*(1-30%)/(7,843+6,159)=3.0%

 

なお、

NOPATは、営業利益*(1-税率)

有利子負債は、23年3月期の1年以内返済予定長期借入金、長期借入金、リース債務(長短)

株式時価総額は、23年5月18日時点の時価総額

で計算した。

 

結果、

ROIC=3.0%

WACC=4.0%

ROIC<WACC

 

ん~、投資家が注目した上でPBR1倍割れの可能性あるな・・・

 

のれん非償却が日本に飛び火!?

www.nikkei.com

M&A(合併・買収)で生じる「のれん」の定期償却を今後も続けるべきかどうか。日本で会計ルールを見直す議論がにわかに盛り上がっている。

「日本としてどうすべきか、考える時がきた」。金融庁が4月7日に開いた企業会計審議会総会では、議題の国際会計基準への対応」について、委員からこんなコメントが出た。」

 

とのことだ。

 

きっかけは、国際会計基準IFRS)を作る国際会計基準審議会(IASB)が昨年2022年11月に償却を見送り、従来の非償却路線を維持したことだ。のれんの償却を巡っては以前から議論があり、日本は海外にも償却の妥当性を主張してきた。米国では、加熱するM&Aによるのれんの増大を懸念する声が高まり償却に傾いていたが、昨年6月に一転、議論を停止したとのことだ。

紆余曲折を経て、IFRSではのれんの非償却が継続することになった。こうなると当分は変わることはない。では、日本はどうするのか?ということで、議論は日本に飛び火したという記事だ。

 

今度日本で、償却か非償却かを巡る論争が盛り上げってくるのかもしれないが、個人的にはどっちでも良いと考えている。そもそも、会計処理で会社の実態は変わらないからだ。会計の専門家が何を!?と驚かれるかも知れないが、所詮は会計に過ぎない。もちろん、されど会計でもあるし、決してないがしろにしているわけではない。ただ、そこまで大騒ぎする話でもないように思う。

 

会計、とりわけ財務会計の目的は、決算日時点における企業の財政状態と経営成績を、外部の利害関係者に開示・報告することだ。そして、当然、会社の業績等を「正しく」伝えることが期待される。しかし、その正しさは相対的なものだ。それぞれが「これこそが正しい」と別々の会計処理をするよりは、同じ処理をすることで企業間の財務数値の比較を容易にすることも重要だ。そういう意味では、個人的には、事ここに及んでは、日本基準ものれんの非償却に舵を切ることは有りだと考える。

 

そもそも、のれんの償却、非償却のどっちが理論的に正しいかは永遠に結論は出ないだろう。償却の立場から見れば、のれん(=超過収益力)は将来の収益の原価であるから、将来の収益に対応させるため償却すべきとなる。P/L重視の考え方だ。一方、非償却の立場は、のれんの価値が維持されているか、棄損しているか(棄損すれば減損)というB/S重視の考え方だ。それぞれ別個に処理できれば良いのだろうが、幸か不幸かB/SとP/Lと互いに関係しているので、そうもいかない・・・

つまり、両方の立場を満足させる会計処理は無いということだ。これも相対的な正しさの範疇に入るのだろうが、結局は、多数決、あるいは”決め”の問題とならざるを得ない。

 

したがって、ルールはともかく、会社としては、P/Lの話をするのか、B/Sの説明をするのかの目的に応じて、両方の会計処理に基づく説明をすれば良いのではないかと考える。いわゆるnon-GAAP情報と言うやつだ。

 

non-GAAP情報についてはこちら☟

tesmmi.hatenablog.com

 

法定の決算資料は会計ルールに基づく必要があるが、決算説明資料やIR情報などでは投資家等に対してnon-GAAP情報を活用する会社もある。ルールは1つに決める必要があるが、数多ある会社の全てにルールがフィットするとは限らない。会社の状況を投資家等へ分かりやすく伝えるためには、ルールに基づかない情報が有用な場合もあるだろう。

会計処理によって、数字の”見え方”は変わるが、会社の実態が変わるわけではない。のれんに関して言えば、既に買収時にキャッシュは支出済みであり、償却するしないによって(P/Lの利益は変わるが)企業価値には何ら影響を与えない。

やはりリテラシーの問題なのか、こうした理解が進めば会計ルールによる”損得”的な議論も無くなるように思う。

 

損得と言う意味では、のれんの非償却によって、定期償却は無くなるため当面の利益は大きくなるが、減損リスクを将来へキャリーオーバーすることにもなる。で、IFRSの方が日本基準よりも早期に減損処理が必要になる。どっちが得なんだろう・・・