相談役って必要なの? 【武田薬品工業の例】
6月と言えば、3月決算会社の定時株主総会だ。
トヨタのように早期開催する会社もあるが、多くの会社は6月後半、終盤に株主総会を開催する。
今年の株主総会の争点、株主と経営者の議論の対象は、以下と言われる。
≪3月決算定時株主総会のポイント≫
・低ROE会社経営者の再任
・社外取締役の人数(2名以上)と出席率
・買収防衛策
・相談役、顧問の新任、再任
いずれも、スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードの導入から数年を経て、このようなテーマが株主総会で議論されるのが当たり前の状況になってきた。それぞれの課題について一応の決着というか落ち着きをみせるまでまだ時間はかかるとは思うが、コーポレートガバナンスがあるべき方向へ移行する過渡期と捉えたい。
個人的にも今すぐに決着、つまり経営者側からすればすぐに何らかの対応とならなくても、真剣な検討を促すという効果であっても良いとも思っている。
この中で、相談役について武田薬品工業で一波乱ありそうということだ。
日経朝刊によれば、
『武田薬品工業は6日までに、長谷川閑史会長の相談役就任についてクリストフ・ウェバー社長名で見解を公表した。長谷川氏が既に事業判断に関与していないとしたうえで、相談役としてアドバイスを求める機会も「ごくまれ」と説明した。年間報酬は現在の12%ほどになるという。社用車、専任秘書はおかない。』
とのこと。
事業判断もしない、アドバイスもめったにしない相談役・・・
じゃあ、何のためにいるの?
という疑問もあろうかと思う。
【相談役とは?】
そもそも相談役とは何だろうか?また、相談役とともに引き合いに出される顧問も実際のところ何する人なのか、という疑問もあるだろう。
相談役は顧問は役職の呼称であって、実際に何をするかは会社によってそれぞれ異なる。
相談役は、会社の会長や社長、あるいは専務などの役付役員を退いた人が就任する例が多いと思う。待遇は前のポジションをベースに決定される。さすがに会長、社長の待遇そのままということはないだろうが、平取レベルの待遇も少なくない。武田薬品工業が、社用車、秘書はおかない、とさも画期的な決断のように主張するのは逆に言えば通常は「おく」ということの裏返しだ。役員の立場を維持するかどうかも会社による。役員を引退する場合は、雇用(嘱託)関係も維持することも多い。第一線を退いてもなお、依然として会社の役員等から事業戦略やオペレーション上の意思決定、社内人事などの面で助言やアドバイスを求められる立場と言えよう。経営者の経験が浅い場合など、事業に精通し経営者としての経験もある相談相手がいてくれるのは頼もしいとも言える。
これに対して、顧問は必ずしも会社の従業員や役員上がりとは限らない。技術や法律などの特定の専門知識を提供も期待される。例えば、外部の技術者、弁護士、公認会計士などが会社の顧問に就任する例はよくある(僕もしていたし)。この場合は、いわゆる専門機能の一部外注というイメージかもしれない。また、顧問であっても経営者の相談相手となる場合もある。
【何が問題なのか?】
ISSのような議決権行使助言会社や機関投資家が何を問題しているかというと、相談役や顧問という立場が会社、経営者の意思決定に及ぼす影響だ。要するに、会社の重大な意思決定をしているのは代表取締役会長や社長ではなく、相談役ではないのか?という点だ。したがい、ここからは相談役、顧問と言った役職や呼称はともかく、
経営に対して重大な影響を与える立場かどうかが、問題となる。以下、相談役を中心に話を進める。
【会長との関係】
会長と社長の関係についても、同様の指摘がある。会長の存在が重しになって、社長が思い切ったかじ取りが出来ない、というものだ。順風満帆に行っている会社であってもだが、そうでない会社であればなおさら過去を踏襲するだけではなく、むしろ新しい方向への事業展開やそのための施策を打ち出す必要があるだろう。ところが、社長が提案をしたとしても会長が同意しないことには会社としての意思決定がされない。これは、会長と社長との間には世代間ギャップ、単なる年齢ということではなく、現状に対する認識が異なることが原因の1つだ。例えば、社長としては危機感を持ったとしても会長はまだそこまで悪くないだろう、ということだ。さらに、結果として会長の過去の意思決定を否定するような方向転換となればなおさらだ。会長が始めた新規事業の撤退などをイメージすれば想像に難くないだろう。実は、これと全く同じ問題が、相談役にも当てはまる。いわば、社長の上に、会長、相談役が存在するわけで、2者合意ならぬ3者合意が必要となると、いかにドラスティックな意思決定が阻害されるかお分かりだろう。内部、あるいは外部の目から見ても、
『何であの不採算事業から撤退しないのだろう?』
と言う疑問も実はこんなところに原因があるのかもしれない。
それもこれも、
日本では未だ会社の取締役、役員は従業員生え抜き
であることが多い。取締役として職責に見合った人材というよりは、
役員は従業員のゴールという位置づけだ。そして、誰のおかげで社長、役員になれたかというと、ほかならぬ相談役、会長(当時は、社長など)だ。
恩人に弓を引くわけにはいかないという心理、
これは、自分の立場が代表取締役社長になろうが、相手が役員を退いていようが変わらない。
【会長と相談役の違い】
屋上屋を重ねる構造については、会長も相談役も変わらないし、
ドラスティックでスピード感ある意思決定の阻害要因になる点も同じだ。では、ISSが何を指摘しているかというと、その立場である。相談役は会社法上の機関、地位ではない。院政と揶揄されるが、会長(取締役の場合)は院政とはいえ、表舞台に登場して株主の審判を仰ぐ立場だ。株主からすれば、経営手腕の是非を役員の再任否決という形でジャッジすることができる。また、自身の推薦者を役員候補として提案し(他の株主の同意が得られれば)経営に反映させることができる。
しかし、役員でもない相談役を株主が否認することはできない。まさに奥の院。院政と言っても、上皇が役員なのかそうでないのかは大きな違いなのである。
株主にとっては、自らの判断でおカネを託した相手ではない人間が会社の実質的な意思決定をしている、これほど気味の悪い、信用のおけないことはないだろう。
【相談役の役割】
そうは言っても、相談役は必要と言う意見も当然ある。1つは財界活動だ。忙しい会長、社長に代わって対外的な活動は相談役にお願いするということだ。経団連や同友会などの団体にとっても会長、副会長、理事などの所属のバランスの都合があるのかもしれない。さりとて、それとコーポレートガバナンスの問題のバランスをとることはそれほど難しいこととは思えない。
先にも述べたように、経験の浅い経営者にとっては、
過去幾多の荒波を乗り越えてきた相談役という存在がいてくれることは非常にありがたいし、結果として経営者の意思決定がより正しくなる可能性もある。個人的には一概に相談役を否定するつもりもない。
問題は、相談役の役割の曖昧さ、ではないだろうか。役割の曖昧さが、株主視点からは意思決定の不透明さや経営に対する不信感を増長させてしまうように思える。
武田薬品工業の例に戻るが、相談役(長谷川氏)の事案について、
事業判断に関与していない、アドバイスも「ごくまれ」、年間報酬は現在の12%、社用車、専任秘書はおかない、だが、これでは、特にメリットはないが、極力経営の邪魔しないから認めてくれ、という印象はぬぐえない。
相談役をおく積極的な理由、会社に対するメリットを堂々と主張すればよいと思うのだが・・・
重点経営指標の変化 営業利益⇒営業CF、当期純利益 【三越伊勢丹HDの例】
『三越伊勢丹ホールディングスは現行の中期経営計画を大きく見直す。連結営業利益で早期に500億円(2017年3月期は239億円)を達成するという目標を取り下げ、11月にも新たな中計を発表する。新中計では営業キャッシュフロー(CF、現金収支)や純利益を重視する意向だ。本業の百貨店が苦戦するなか、成長よりも構造改革に軸足を置く。』
『新中計では営業CFをベースにする。杉江社長は成長投資や株主還元、有利子負債の削減が並行してできる額を「年間で700億~800億円の黒字」とはじく。営業CFは大まかに純利益と減価償却費の合計で算出できることもあり、数値の整合性が取りやすいように営業CFと並んで純利益を利益目標にする。』
いわゆるキャッシュ・フロー経営だろうか。
三越伊勢丹HDは、従来の営業利益から営業CFに重点を移行するとのこと。
企業価値の最大化を目指す場合、意識すべきは営業利益でなく、将来の
フリー・キャッシュ・フロー(FCF)である。そして、FCFを大きくしようとすると、営業CFの増加が大前提となる。
そして、利益については、営業CFと整合の取りやすい当期純利益に注目する。名前から勘違いされやすいが、営業CFと整合の取りやすいP/Lの利益は営業利益ではなく、当期純利益だ。クラスでも強調しているが、
『当期純利益のキャッシュ版が営業CF』だ。
例えば営業CFは支払利息や法人税も控除済みであり、営業利益とは概念が異なる。
また、同社は自己資本利益率(ROE)6%を目標にしており、
であることも、当期純利益を重視する理由だろう。
さらに、
『純利益を重視する理由を「営業損益に反映されない減損損失も含めて店舗ごとの経営を考える」と話した。』
ごもっとも、である。
特に多店舗展開している会社においては、ある意味
店舗の改廃、出店と退店、はビジネスの一環だ。
つまり、退店によって発生する減損損失や退店に係る費用を無視した採算計算はナンセンスと言える。
今までどう考えていたのか疑問であるが・・・
過去にも同様の指摘をしたブログがあるので添付しておく。
今回の三越伊勢丹HDの中期経営計画、とりわけ重視する経営指標の見直しは理にかなったものだと思う。そもそも、どの指標をもって経営状態を測るかは業種や成長ステージによっても変わるべきだし、何でもかんでも営業利益、経常利益でもないだろう。
上場企業全体としては平成29年3月期に純利益が過去最高を更新したが、業績が低迷している企業は多い。三越伊勢丹HDにおいても再建策や経営体制について株主総会でも質問がありそうだ。今回の見直しが株主からどう評価されるか注目したい。
大抵の会社は監査制度をコケにしている 【暴露系ブログ】
先週、インターネットでこんな記事を見つけた。
表現はやや厳しめだが、会計監査制度の重要性、とりわけ、資本主義社会における重要性を訴える内容だ。
会計監査に長く携わってきた人間からすると、よくぞ言ってくれた!という気持ちだ。しかも、業界人でない方が言ってくれるのがなおさらうれしい。
会計監査は、なかなかモチベーションの維持が難しい仕事だ。
理由はいくつかあるが、顧客からの感謝を感じにくい仕事ということもある。
その理由はおいおい・・・
うれしい記事に水を差すようだが、いや敢えてだからこそ、会計監査の実態について書いてみたい。
・監査制度をコケにする会社は実は多い!?
記事には、
『これは監査制度の危機だ。東芝の行動は「監査意見なんて無くてもいい」と言っているに等しいからだ。日本の資本市場の歴史の中で、ここまで堂々と開き直って、監査制度をコケにした企業は無かった。』
とあるが、確かに直接的にそう言う会社は少ないと思うが(東芝も危機的状況に追い込まれたからということもあろうが)、
本音のところでは同じような考えの会社は多いと思う。
『監査意見なんか無くてもいい』とは言わないまでも、制度だから入れている、という会社は少なくないだろうし、おカネを払ってまでは・・・と思っている会社は普通だと思う。良い悪い、べき論は置いておいて、実態はそうだと思う。
実経験として、ある大手企業の経理担当者から
『監査なんて何の役にも立っていないじゃないですか』
と言われたことがある。それに留まらず、会社の邪魔ばかりしている、という趣旨のことを言われたこともある。邪魔と言うのは、会計ルール上問題があるため会計処理の修正を会社に要求することを指してだ。明らかな間違いであれば問題は無いのだが、見解の相違もある。減損や引当金のような会計処理に会社の判断が介入する性格を持つ会計処理や会計ルールが想定していないような新しいタイプの取引などが対象となる。会社の意見は意見として、監査法人としても疑問があれば提示し議論となる。それが、会計監査の役割だから当然なのだが、会社の立場からすれば、決算処理が止まる(数字の確定が遅れる)、追加資料など説明が必要となる(決算業務の増加)、さらに結果として数字を修正なんてことになれば役員承認を得る必要がある。一旦決まった(決まりかけた)数字を修正することが(社内調整含め)いかに労力が必要かサラリーマンの方には想像に難くないだろう。そして、その会社もそうだが、そもそも日本の会社の社員は優秀だ。中には不正を働く会社もあるが、大抵の会社は、正しい決算をすべく社内の組織を作り、人員を配置している。経理部門などの人員も会計ルールのアップデイトも抜かりなく、自信を持った会計処理を監査法人にも説明してくる。こういった事情もあり、
大手になればなるほど、
会計監査なんかぶっちゃけ無くても大して影響なし、制度上監査報告書もらわないと対外的な説明が難しいから、やむなく監査法人を雇っている、
というのが本音ではないだろうか・・・
経理部門の人員の質量ともに十分ではなく監査法人にノウハウを期待している会社は、いえいえ滅相もありません、会計監査は必要です、と言うかもしれないが、それはいわゆるバーター的に考えるのであって、仮に自分たちが監査法人に頼らなくても決算業務が滞りなくできるのであればどうなのだろうか・・・
会社に文句を言いたいのではない。
会社がそう考えるのも無理はない、と言いたいのだ。
・監査コストって!?
会社にとって会計監査は負担となる。例えば、監査報酬。これは、2013年度の金融商品取引法適用会社の監査報酬額は、連結ベースで平均4610万円ということだ。金商法監査なので主に上場会社のような規模の会社が対象ではあるが、結構な金額と感じるのではないだろうか?もちろん、毎年のことだ。
(参考:http://www.taxcom.co.jp/snews/ticker/publish_tax.cgi?news_src=1606)
また、上述のように、会計監査は監査法人が勝手にやって帰っていく訳でなく、
会社の対応が必要になる。会計監査が長くなることはイコールその分会社の対応が必要になるということで、事務コストが上がる。例えば、連結売上高及び資産総額が2,000億円程度、本社以外に支店10 箇所、工場6箇所、国内子会社10 社、海外子会社4社、持分法適用会社3社、物流センター1箇所を持つ上場企業を想定した場合、年間の監査時間約8,000時間に及ぶという報告もある。
(参考:『監査時間の見積りに関する研究報告』(日本公認会計協会)http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/pdf/2-8-18-2-20080603.pdf#search=%27%E4%BC%9A%E8%A8%88%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E6%99%82%E9%96%93%E6%95%B0%27)
そもそも会計監査にどのくらい時間が必要かイメージ無い人がほとんどだと思うが、8,000時間と聞くと驚くのではないだろうか。当然、会社も相当の時間を監査法人に付き合うことになる・・・
それだけ、時間とお金をかけて、ゲットするものが監査報告書一枚だけ
とは何ともやり切れないというのはわかる気がする。
また、会計監査は無限定適正、つまり監査であれこれ調べた結果、会社が用意した財務諸表が正しい、と言うのがもっとも望ましい終わり方だ。いわゆるお墨付きなのだが、あれだけ時間とお金かけて、特に問題無し、以上言われるとそれはそれで拍子抜け、本当にそれだけかける必要あるの?と思う気持ちも分かる気がする。
いくら会計監査に理解があったとしても、そこまでのコストを負担する値打ちがあるのか?と会社が思うのは自然だし、コスト意識が高い会社ほどそうなるだろう。
但し、それは、監査コストが製造コストや販売コストのような事業を維持運営するための必要なコストであれば、だ。
・会計監査は誰のため?
会社にとっては会計監査は結果社会からの信頼が得られるといった副次的な効果はあるにせよ、そのような副次的効果と監査コストの比較で高い安いではない。会社にとっては会計監査は義務なのだ。じゃあ誰にとっての権利でありメリットの享受者かとなれば、株主や投資家などのステークホルダーだ。
これまで会社と言ってきたが、ここからは明確に経営者とすると、ステークホルダーが安心して会社の株式へ投資したり、金融機関が融資したりするための判断材料の1つとして会計監査制度がある。経営者のためではない。
むしろ、経営者を監視するため、エージェンシー問題のソリューションの1つとの位置づけだ。
ここは是非、誤解いただきたくない点だ。だから、
会社が会計監査をコケにしようがしまいが制度としては関係ない。
重要な点は、株主、投資家、債権者、取引先、従業員といった会計監査によってメリットを享受するステークホルダーが会計監査の重要性を認識していただくことだと思う。
その点において、会計士業界とは関係ない方がこのような記事を書かれ、何で誰も怒らないんだ、と警鐘を鳴らしていただいたことは意味あることだと思う。
ステークホルダーのみなさん、東芝と監査法人だけの問題ではないですよ!
ステークホルダーのみなさんも当事者であること自覚していますか?
会計監査制度の受益者はみなさんなんですよ、そして監査コストの負担もみなさんなんですよ、と。
監査コストについて、監査を受ける立場の会社から監査報酬をもらう仕組みが良くない、だから監査法人は会社に強くものが言えない、とよく批判されるが、
これは監査報酬の支払窓口が便宜上会社ということであって、あくまで監査報酬の負担者は受益者の株主(ステークホルダーの代表として)ということだ。現在の制度の立て付けは、監査報酬の決定権限は取締役にあるが、この点を明確にするには監査報酬の決定権限を株主(総会)か社外役員が中心となる監査委員会にすべきではないだろうか。
約10年前、とある上場会社の会計不正の影響で担当していた監査法人が廃業した。当時は国内で最大手、4大監査法人の一角の監査法人だった。その監査法人が廃業する事態になって、何故監査法人が廃業に追い込まれないといけないのか?(ちなみに、資金不足ではなく信用失墜での決断)、そもそも会計監査制度とは何なのか?(無いと社会にとってどんな問題があるのか)が社会全体で大きく論じられた記憶がない。個人的には、この点が最も残念だった。あれから10年を経て、東芝の会計不正と言う決してあってはならない事件ではあるが、改めて、経営者でもない、監査法人でもない、
会計監査制度は投資家、株主を始めとする会社と関係を持つステークホルダー、ひいては社会全体のためという理解を醸成するきっかけにしたいと思う。
減損すると来期以降の業績は良くなるのか? 【日本郵政の例】
トール社の買収失敗の舌の根も乾かぬうちに、と言ったらいいだろうか、日本郵政が野村不動産HDの買収を検討しているらしい。
そういえば、トール社の減損発表の時も布石とも思える
「M&A戦略の方向性は正しかった」、と言っていたなあ・・・
あの買収を決めたアホと違って我々の判断は正しいとでも言いたいように聞こえる。
・減損が企業価値を高める!?
ところで、 前回、『早すぎる減損の深読み【日本郵政の例】』で、以下の日経記事を紹介した。
日本郵政減損、民営化委委員長「企業価値高める」 :日本経済新聞
『政府の郵政民営化委員会の岩田一政委員長は26日の記者会見で、日本郵政がオーストラリアの物流子会社トール・ホールディングスで4千億円の減損処理をしたことを巡り、
「最終的に日本郵政の企業価値が高まる」との考えを示した。岩田氏は昨年10月の委員会でトール社の構造改革が必要と訴えていたが、今回の処理について「そうしたことに応えるものだ」と評価した。』
記事が氏の発言をどこまで反映しているかは定かでないが、大きな損失を出しておいて、来年からは良くなると言われても狐につままれた気分になるのでは無いだろうか?
しかし、減損をすることで過去の負の遺産を精算し、
「身軽になって」リフレッシュスタート、
と減損を必ずしもマイナスと捉えない例も少なくない。
減損処理は、会社の将来の業績や企業価値にとってプラスなのだろうか?
・設例での検討
簡単な例をおく。
初年度に500の投資により、以後毎年税前利益100を5年間期待できるプロジェクトがあるとする。また、投資(生産設備)の使用見込み期間は5年で定額法により毎年100の減価償却費が発生する。なお、単純化のために税金は考慮しない。
当初計画では、5年間でトータル500の利益が得られるが、ここで注意したいのは、
企業価値は利益合計ではなく、投資によって期待される将来稼ぐおカネ(将来キャッシュ・フロー)をベースに測る。
当初計画であれば、投資から期待される
5年間の将来キャッシュ・フローは1,000だ。投資額は500であるから、会社はこの投資を行うことで、1,000-500=500の追加的な価値を手に入れることができるという訳だ。簡単に言えば、この500が投資による会社の
企業価値の増加分と言うことになる。
(本来は時間価値等を考慮するため5年間の将来キャッシュ・フローの単純合計ではなく割引率を用いて将来キャッシュ・フローの現在価値と初期投資との比較をするが、ここでは単純化のために割愛)
ところが、当初の計画通りに投資計画が進捗せず、3年度目に投資した設備を全額減損処理したとする。2年経過時の設備の簿価は300(500-@100*2年)のため減損損失は300となり、3年度は赤字となる。
しかし、4年度以降は減価償却費が発生しないため、4年度以降の利益額は当初計画は100に対して減損後は200と大きくなることが分かる。
減損すると業績が改善する、というのはこの点を言っているのだろう。
当初の計画 | |||||||
0年度 | 1年度 | 2年度 | 3年度 | 4年度 | 5年度 | total | |
営業利益(減価償却前) | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | ||
減価償却費(減算) | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | ||
利益 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 500 | |
減価償却費(加算) | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | ||
キャッシュ・フロー | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 1000 | |
投資額 | 500 | ||||||
3年度に減損した場合 | |||||||
0年度 | 1年度 | 2年度 | 3年度 | 4年度 | 5年度 | total | |
営業利益(減価償却前) | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | ||
減価償却費(減算) | 100 | 100 | 300 | ||||
利益 | 100 | 100 | -100 | 200 | 200 | 500 | |
減価償却費(加算) | 100 | 100 | 300 | ||||
キャッシュ・フロー | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 1000 | |
投資額 | 500 | ||||||
・減損と企業価値の留意点
ここで注意したい次の2点だ。
1点目は、減損の有無は将来キャッシュ・フローに影響しないということだ。設例からも一目瞭然だろう。減損処理により来期以降の業績回復と言うのは、減損後(設例で言えば4年度以降)の業績のみにフォーカスするからだ。業績は短期的に把握されることが一般的だ。毎年(毎四半期)の売上、利益(の対前期比較や対予算比較)で捉えられ、これまでの通算や累積で評価されることはまあない。難しい理屈はおいても、大損を出しておきながら、損は忘れてこれからの業績だけ見てくれ言われてもムシが良いと思うのではないだろうか?各年度の利益だけではなく、通算でいくらもうかる(かった)のか?が気になるのは当然だろう。また、単年度の業績ではなく、企業価値に影響を与える重要項目の1つは将来キャッシュ・フローである。ところが、
減損処理はプロジェクト全体のキャッシュ・フローには一切影響しない。
減損損失すでにキャッシュアウトされたおカネの会計的な処理にすぎないからだ。
つまり、
減損処理自体は企業価値を高めることにはならない。
2点目。減損は本当に将来キャッシュ・フローに影響を与えないのか?ということだ。上述と矛盾するのでは?と思うかもしれない。減損損失自体は将来キャッシュ・フローにも影響を与えないし、その結果としての企業価値にも影響は与えない。
何が言いたいのかというと、
減損処理の原因が問題ということだ。
設例では、減損処理後の減価償却前の営業利益を一定(200/年)としている。
だから、将来キャッシュ・フロー合計1,000(と初期投資を差し引いた500)が減損処理の前後で不変となっている。ところが、
投資が計画通り進捗しない⇒業績が悪化⇒減損必要となる。つまり、減損損失が問題になる状況ではそもそも営業利益(減価償却前)自体が悪化していることが大いに予想される。そして、営業利益が低下すればとりもなおさず企業価値のベースとなる将来キャッシュ・フローも減少させることが分かるだろう。
したがって、
減損処理(負の遺産の精算)だけでは企業価値は高まらないし、業績も改善しない。
減損処理をもたらした事業の業績悪化要因の改善が同時に必要になる。
日本郵政は、当然そのための施策を考えていると思うが・・・
不適切な会計 最近の傾向と抑制のキーは?
『東京商工リサーチは15日、2016年に不適切な会計処理を開示した上場企業が57社にのぼり、08年の調査開始以来、最多だったと発表した。前年から5社増えた。全体の8割強を会計処理の誤りと粉飾が占めている。同社は「会計士が監査を厳格化している影響が出た」とみている。』
少し前(3月)に発表された2016年度(1~12月)のデータである。
不適切な会計処理が調査開始以来最多となった。
データの出どころはブログ末尾にリンクから確認して欲しい。
増加の要因として、
①コンプライアンスの欠如
②知識の不足
③過度なノルマ要求
④監査体制の強化
が挙げられる。①③は厳しい事業環境の中で目標数値の達成を目指すが故にという部分もあろう(とはいえ許されることではないが・・・)。②④はこうした事業環境における会社のアクションに対する規制や摘発の厳格化の影響と推察される。④はCGコードによるところもあろう。
『内容別にみると「厚生年金拠出額の科目誤り」など経理ミスと、「棚卸し資産の水増し計上」など粉飾がそれぞれ24社あった。「会社資金の私的利用」など着服・横領は9社だった。東証1部が27社と最も多く、ジャスダックは13社、東証マザーズは10社だった。』
誤謬(間違い)と粉飾がほぼ半々でこの2つで約85%を占める。上記要因と関連付けると、誤謬が②知識の不足に関連し、粉飾が①③④と関連するイメージだ。
誤謬も粉飾も当然、良くないが、特に粉飾は経済全体の景気や事業環境が厳しくなると増加する傾向がある。事業を取り巻く環境が悪化すると、売上や利益と言った業績数値は悪化する。しかし、素直に悪化しましたと言いたくない、言えないのが人情。
それでも何とかしようとして、売上や利益を出そうと努力している内は良いのだが、例えばそれが行き過ぎたノルマ達成へのプレッシャーとなり、会計の数字をいじるようになると粉飾、会計不正となる。察するに、最初から粉飾(決算)ではなく、徐々に、そしていつの間にか
経営努力と粉飾決算の一線を越えてしまったという事例も相当数あるのでないかと思う。
事業環境の悪化などによっては当初の事業計画が達成困難になる場合もあるだろう。だからと言って、無理に当初の事業計画を達成するために粉飾決算をしてしまっては本末転倒だ。経営努力を怠ることを推奨するつもりは毛頭ないのだが、適切に事業計画を下方修正することも必要になるだろう。当然、投資家、株主にとってはバッドニュースであり、株価などへは通常は悪影響となるし、経営者の評価も下がるかもしれない。
しかし、CGコードにもあるが、その際ポイントになるのが
株主、投資家と会社(経営者)の双方向のコミュニケーション
だろう。もちろん、有事だけではなく常日頃から、会社(経営者)が何を考えて(計画)いるのか、株主、投資家が会社に何を期待しているのか、について議論を重ねることだ。これによって、期待ギャップが縮小しお互いの信頼も強まる。そして、短期的な結果だけで判断されるのではなく、何故そうなるのか?それを受けて今後どう対応していくのか?といった、中長期的なプランとプロセスを評価につながるのではないかと考える。
また、 会社全体の粉飾だけでなく、最近の傾向として、
子会社・関係会社の不適切な会計処理の増加が目立つ。2105年からは若干減少しているが、2016年度でも全体(57社)の内、24社が子会社・関係会社で起こっている。
子会社・関連会社の場合は、計画未達を本社に報告したくないという理由が少なくないと思われる。子会社・関連会社の経営者の立場からすれば想像に難くない。その点では、本社の製造部門、販売部門などの部門における事例と類似する点が多い。東京商工リサーチの記事に紹介されている日鍛バルブ社の例もそうだが、月次計画の大幅未達を工場外の上長に報告、相談できず(在庫を水増し処理した)、とある。
先ほどは、会社(経営者)と株主、投資家と言った外部のステークホルダーとのコミュニケーションの重要性を指摘したが、今度は会社内部のコミュニケーションが重視される。
皆まで言うな、あるいは空気を読め、と、どちらと言うと(相手が)言わなくても察する、日本人の美徳されてきた部分もあるが、ともすると、
言わないそして察しない、と悪しきに流れた例かもしれない。
『業種別では製造業が15社、運輸・情報通信業が10社、卸売業が8社など。「海外子会社などの販売管理の体制不備が目立った」(情報本部)』
そういったコミュニケーション不足やミスコミュニケーションの影響が色濃く出るのが
海外子会社・関係会社だ。
最近の事例では、東芝、富士フィルムを始め、LIXILやOKIも記憶に新しい・・・
会社(経営者)と外部ステークホルダーとのコミュニケーション
会社内部でのコミュニケーション
本社と海外子会社・関係会社とのコミュニケーション
いずれも相手あってのこと、確かに手間がかかることではあるが、1つ1つは決して難しいことではない。
会社内外のコミュニケーションの強化が不適切な会計の抑制、早期発見に効果を発揮するのではないかと考える。
【追加】
コミュニケーションと言うと、『言うのは簡単ですがなかなか大変なんです。何か便利なツールを下さい』と殊、海外子会社となると頼まれることもしばしば・・・そのようなコミュニケ-ションツールを開発して提供するようなコンサルティングサービスも行ってはいるが、その前にメールでも電話でもとりあえず連絡をとって担当者の顔と名前、業務内容と趣味程度は確認しておいて欲しい、とお願いしている(笑)
早すぎる減損の深読み 【日本郵政の例】 ~半ばボヤキ系記事~
『日本郵政は25日、海外物流子会社で発生した損失を2017年3月期に
4003億円計上することを決めた。日本郵政の連結最終損益は
400億円の赤字に転落、07年の郵政民営化以来初の赤字となる。損失処理を優先する姿勢を市場は前向きに受け止めているが、肝心の郵便事業の強化には課題を残す。海外展開のてこ入れは急務だ。』
まったく、減損なんて降ってわいた話じゃないんだから、3月中に結論出して欲しいよ ・・・
記者会見でも、監査法人に言われてやるわけじゃないということなので、
社内事情で調整が遅れたのだろうか・・・
会社が同日に発表したプレスリリースがこちら☟
トール社の減損についての詳細が説明されている。
【日本郵政のプレスリリース on 4/25/2017】
今回処理する減損損失4,003億円の内訳が、
のれん:3,682億円
商標権:241億円
有形固定資産:80億円
であることが分かる。
マスコミの報道等ではのれん『等』約4,000億円とされているが、
実は商標権や有形固定資産も対象になった。
日本郵政の記者会見でも『高値掴み』だったとの弁があったが、この構成からも把握できる。
一般に、のれんは、買収先の純資産を上回る金額で買収した際の買値と純資産の差額と説明される。おおむねはそれで正しいが、もう少し詳しくいうと、差額の内、無形資産として個別把握できるものは個別把握する必要がある。これをパーチェス・プライス・アロケーション(PPA)と言うが、トール社の場合は商標権がこれに当たる。
と、違いはあるものの、のれんも商標権も、トール社のB/Sには計上されていない、つまり、目に見えない資産価値だ。日本郵政が、買収に当たり、トール社を活用することで見込まれるとして見積もった追加的価値だ。商標権であれば、未だ顕在化してはいないが、トールの商標権を活用することでこれだけの追加的価値が期待できるということだ。のれんは超過収益力と言われるが、具体的には、会社を買収することで、規模の経済が働いてコストメリット(コストシナジー)が期待できるとか、技術的な相乗効果が期待できる(技術シナジー)とか、事業多角化によって範囲の経済が効くなど(戦略シナジー)などがその正体だ。こういったシナジー、日本郵政とトール社じゃあ、そもそも期待薄だったようにも思うが・・・
粗っぽく言えば、買い手にとっての『皮算用』がのれん等というわけだ。
買収してから皮算用をしっかり実現させていけば良いのだが、実現を怠ったり、そもそもあり得ないような期待値を設定したりすると、カボチャの馬車に戻ってしまう・・・
日本郵政のケースではその両方に問題がありそうだが、高値掴みの金額的なインパクトはやはり冷静に考えれば期待薄なシナジーを大きく評価してしまったことが要因に思える。冷静さを欠く要因はいくつかあって、まず結論ありき、ということだろう。この機会を逃せない等、どういう根拠か分からないが、会長、社長などの意思決定権者が先に買うことを決めてしまう、というやつだ。こうなると、実務部隊は多少の『どうなんかな~』という要素が出てきても見て見ぬふりをしたり、となる。また、M&A部門も予算がついて専任が張り付いてとなれば、実績が問われる。
実績=M&Aディール、大型買収などいくらのディールを達成したかとなれば、
買収額は高い方が良いだろう。ファイナンシャルアドバイザー(FA)にしたって、成功報酬も買収金額に依存するとなればそりゃあ・・・と、会社を取り巻く環境からも、買わないよりは買う、安くよりは高く、
という引力が強いと思われる。
そういった事情で、よほど
会社の戦略(事業ポートフォリオ)に合った会社しか買わない、
ペイするような妥当な金額の範囲でしか買わない、
としていないと、ビットになれば加熱して思わぬ『もう一声』が出かねない・・・
減損は、のれん等の皮算用だけでなく、有形固定資産からも80億円発生している。こちらは買収時に既にトール社が事業で活用していた現物資産だ。これを減損対象とすることは、
既に営んでいる事業からの期待価値も目減った、
ということだ。
日本郵政は、『資源価格の下落 及び中国経済・豪州経済の減速等を受け』てトール社の営業利益が(当初見込みより)大きく落ち込んだと説明している。将来のことは神のみぞ知る、既に営んでいる事業であっても外部環境の変化等によって見込みが大きく変わることもある。であれば、
だ。のれん等はそういう性質である。
のれんの期待値を上げることのリスクを理解いただけるだろうか?
日本郵政によれば、オーストラリア全体の景気要因とトール独自(M&A中心で成長)の要因で業績が悪化、と説明しているが、そういうリスク評価も、
本来は買収時に検討、評価して買収金額反映すべきであるし、もうひとつ言えば、今後の対策として挙げている
競争に勝つつための土台固め、コスト削減・見直し、差別化 、シナジー、 選択と集中
なども同様。買収時に検討すべきであって、今やる話じゃないだろう。
これらの点からも、会社も説明しているように、失敗M&Aと言わざるを得ない。
ところで・・・
『過去のレガシーコスト(負の遺産)を一気に断ち切る』
また、
『赤字決算に対する経営責任も明確にした。長門社長と日本郵便の横山邦男社長は6カ月間、20%の役員報酬を返上。買収当時に日本郵便社長だった高橋亨同会長は30%の返上に加え、代表権も無くした。』
経営陣の覚悟が伝わる、と言いたいところだが、
『長門社長は「不本意ながら(当時の)査定が甘かったのではないか。少し買収額が高かった」とし、旧経営陣にも責任があるとした。』
むしろ、これじゃないか?
トール社は2015年2月に買収発表で、2015年5月に買収している。
日本郵政の連結決算への加入は、2016年3月期からで今期2017年3月期は2期目。
一般に、継続的な営業赤字または営業キャッシュ・フローの赤字が減損処理を検討する1つの基準だ。もちろん、経済環境の悪化などもあるので、一概には言えないが、買収後2年もたたないうちに減損処理、しかも4,000億円規模の減損損失は通常ではない。普通は、減損処理を迫るのは監査法人であり、会社としてはできるだけ損失は先送りしたいと考える。冒頭にもあるように、会社の自主的な判断で減損を決意とのこと。
よほど、トール社の減損処理をしたかったと見える。
『日本郵政はこれまでのれんを20年かけて償却するとしており、今回も分割償却で決算上赤字を出さない手もあった。だが、将来にわたる償却費の発生が避けられず、一括償却で一気にウミを出し切る方針を選択。海外子会社の巨額損失にあえぐのは東芝と同じ構図だが、グループで15兆円の純資産を持ち、吸収は可能と判断したもようだ。』
ちなみに、25円/株の期末配当は予定通り実施(そら、このタイミングなら出さないと荒れる…)潤沢な資金があるので、4,000億円程度は問題なし。むしろ、来期以降の215億円/年の償却負担が減るので業績改善となる(記者会見でも弁明)←この発想もどうかと思うが・・・
現経営陣としては、
悪いのは前の経営者、トール買収を決めた人たちですよ、われわれはノーと言えなかっただけです。もちろん、その責任はとりますが、本心はあんな値で買うべきじゃなかったんです。そんな影響を引きずって経営したくない(業績評価されたくない)。
ということだろうか?
ウミは早期に吐き出す。抱え込むよりは良いのだが、早すぎる減損処理はまた違った問題になりかねない。買収時から時間の経過とともに、外部環境や事業の見通し等は変化する。買収時の見通しとかい離した結果が減損だ。
5年先までは見通せませんでした、は通っても、
1年先であればどうだろう?
1年先も読めなかったんですか?こうなると分かっていて買収した、あるいは経営者であれば当然その程度は想定すべきだった、となると、善管注意義務違反等で株主代表訴訟の対象となるかも知れない。
また、本日の日経記事にこんなのがあった。
日本郵政減損、民営化委委員長「企業価値高める」 :日本経済新聞
『政府の郵政民営化委員会の岩田一政委員長は26日の記者会見で、日本郵政がオーストラリアの物流子会社トール・ホールディングスで4千億円の減損処理をしたことを巡り、「最終的に日本郵政の企業価値が高まる」との考えを示した。岩田氏は昨年10月の委員会でトール社の構造改革が必要と訴えていたが、今回の処理について「そうしたことに応えるものだ」と評価した。』
子供が聞いてもおかしいと思う話だ。負の遺産を清算したことで、
将来にわたって会社が稼ぐ価値はむしろ高まる
ということかもしれないが、随分と虫の良い話だ。
過去の失敗をそそくさと切り離してやれやれと思っているとしたら、
近い将来同じような失敗をして、企業価値は低下することになりかねない。
経営者の都合で減損処理は可能なのか?【ふくおかFGの例】
『ふくおかフィナンシャルグループ(FG)は21日、熊本銀行と親和銀行の経営統合に伴って発生したのれんの残り948億円を一括償却すると発表した。2017年3月期の連結最終損益予想は400億円の黒字から548億円の赤字に転じる。』
ふくおかFGが、熊本・親和銀を統合した07年には1834億円であったのれんの未償却残高948億円を一括償却するとのこと。その結果、黒字決算が赤字に転落なので、これはかなり思い切った判断だ。
ところで、固定資産の減価償却もそうだが償却方法や期間(耐用年数)は一度決めたら、その前提が変わらない限り継続して適用するのが原則だ。これを
継続性の原則と言うが、利益が出た時は償却費を多目に、利益が少ない時は少な目にといった具合の利益の調整弁としないためだ。
しかしながら、固定資産の取得後の事業環境変化などにより思ったように収益が見込めない場合、その時点で改めて固定資産の価値を評価して、その価値まで帳簿価額を切り下げるのが減損処理だ。今回、ふくおかFGが発表したのはまさにそれだ。
では、ふくおかFGが今回、熊本・親和銀行との統合で発生したのれんにどのような状況変化があったのだろうか?
『ふくおかFGは10月に予定している十八銀行との経営統合を控え、
M&Aで用いられる手法で熊本・親和銀の評価を改めて見直したところ、
「簿価の50%を下回る場合」という一括償却の基準に該当した。ふくおかFGは「熊本銀・親和銀の株式が10年前の経営統合時に想定しなかった経営環境の変化や、マイナス金利政策の影響を受けた」と説明している。』
どうも釈然としない・・・
何が釈然としないかというと、評価方法を変えているのだ。
スポーツも同じで、選手のパフォーマンスは同じでもルールが変わればこれまでセーフだったものもアウトになる。では、ルールを変えるのは妥当なのか?ということだ。
記事は続く。
『ただ、純資産を使ったこれまで通りの方法で判定していれば、一括償却の基準には該当しないという。ふくおかFGは統合以降、毎年約90億円ののれんを償却しており、その負担は28年まで続く見通しだった。』
ということだ。
このタイミングで、
評価基準を変更する合理的な理由があったのか?
ふくおかFGによれば、マイナス金利の導入など、市場環境の激変に対応して子銀行の株式評価を見直し、減損が必要になった、とのことだが、10年分をまとめて償却し、将来の環境変化に対応する余力を確保する、とか、将来のために余裕がある時期に償却する、という説明もあった。
報道されている以上の詳細は分からないので、あくまで経験からの勘に過ぎないが・・・
どうも、来るべきM&Aに備えて、その後またのれんの償却費負担が発生するので、
今のうちに落とせるものは落として余力を残しておこう、
といった意図が透けて見えるように思えるのだが、気のせいだろうか?
会社のIR資料でも、次期以降は(のれんの償却費負担が減るので)良くなりますよ、がやたら強調されているように思うし・・・
のれんの減損判定基準の詳細までは外部公表しないので期待薄だが、今後の決算発表資料などで、
のれんの減損判定について具体的に何を見直したのか?、
また、
このタイミングでの見直しは妥当だったのか?
について公表されるのを期待する。
ふくおかFGの例からも分かるように、
会計処理は機械的に粛々と行われるものばかりではない。
のれんの減損処理、引当金の設定、繰延税金資産の取崩
等々
金額の見積もりや処理の時期については、経営者の判断に依存
する部分が少なくない。
もちろん、判断には合理的な根拠が必要だし、ふくおかFGのような上場企業であれば外部の監査法人が納得するだけの理由が必要になる。しかし、そこにも一定の幅がある。
つまり、誰がやっても金額、タイミングが同じになるとは限らない。決算数値はそういった性格を帯びている。しかも、概してこれらの項目は最終的な会社の業績数値に与える影響は大きい。したがって、決算数値の利用者は、作成された数字だけでなく、経営者の意図も合わせて読み取る必要がある。
【ふくおかFGのIR】