溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

会計監査の信頼が遠く霞んだ日・・・ 【東芝の限定付適正意見】

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東芝は10日、2017年3月期の正式な連結決算(米国会計基準)を発表した。同期の有価証券報告書(有報)について「限定付き適正」の意見を監査法人から受け取り、有報も関東財務局に提出した。米原子力事業の損失の認識を巡って監査法人と意見が対立し有報提出の法定期限を6月末から延長していたがようやく決着した。大きな経営課題を1つクリアしたが、再建の道筋はまだ見通せず正念場が続く。』

 

大きな経営課題を1つって・・・会社も会社なら報道も報道か・・・

と毒づいてしまうぐらい、この監査意見ってどうよ。

 

【何が起こったのか?】

事前の「限定付適正意見」との報道に、まさか~と思ったが、まさか本当にこうなるとは・・・

で、もしや何ゆえに限定付適正意見なのかについての説明が(監査報告書に)書かれるのではないかほのかな期待をしてあらた監査法人東芝に対する平成29年3月期の監査報告書を確認してみたが、案の定、定型的なもの。

 

もしかしたら、多くの人は、東芝監査法人でモメたウエスチングハウス社のS&W社取得に係る特定工事契約に関連する損失(工事損失引当金)6,522億円の計上時期(2016年3月期に認識すべき損失では無かったのか?)の問題を『除けば』それ以外は

適正意見を出せるレベルの決算だということを監査法人が示した、と理解しているのではないだろうか?

さらに、もしかしたら、得体の知らぬ不安感じゃなくて、問題点が明確な分その点を割り引いて評価すれば良い、と思う人もいるのではないか・・・

 

東芝の決算、あるいは東芝の将来に対して事業関係者や市場関係者がどう評価をするか、これは、それぞれの立場で判断してもらえば結構と思う。

 

が、会計監査にそういった判断をさせるのは筋が違うように思う。

 

【何が問題なのか?】

このような事例において、果たして限定付適正意見が出せるのか?ということだ。

 

限定付適正意見というのは、定義では、

 一部に不適切な事項はあるが、それが財務諸表等全体に対してそれほど重要性がないと考えられる場合には、その不適切な事項を記載して、会社の財務状況は「その事項を除き、すべての重要な点において適正に表示している」と監査報告書に記載する。』

分かりやすい「会計・監査用語解説集」:監査意見の種類 | 日本公認会計士協会

 

その事項を除き、とあるので問題点を除外すれば他の部分は適正と読めなくもない。「部分適正」といった報道もあった。

しかし、限定付適正は問題点を除外してそれ以外の部分はOKという趣旨ではない

問題点はあるが、それを

『含んだとしても』全体として会社の決算書は適正

と判断される場合にのみ表明される監査意見なのだ。

そうでないと、不適正意見との違いは何だ?ということになる。

不適正意見は、問題点が大きすぎて、会社全体の決算数値が歪められてしまう場合に出される。

要するに、会計上の問題点のインパクトの大きさによって限定付適正、不適正意見となるのであって、この問題点は脇に置いておいて・・・としたら、不適正意見など無くなってしまう。

 

そもそも、会計監査は会社の決算書が全体として適正かどうかについての監査意見を表明する制度であり、この部分は適正、この部分は不適正といった部分的な意見表明はしない。それが良いか悪いかは別議論であって、現状の会計監査制度はそうなっている。

 

繰り返すが、会計上の問題点があったとしても、会社全体の数字としては概ね会社の財務状況を正しく表している、というのが限定付適正意見であり、果たして今回の東芝のケースはどうか?

 

問題となった工事損失:6,522億円

 

東芝の決算数値抜粋(2017年3月期有価証券報告書より)

    2016年3月期  2017年3月期 

             (単位:億円)

売上高     51,548     48,707

当期純利益    △4,600           △9,656

純資産            3,288            △5,529

 

会計監査でいうところの決算書が「全体として適正」というのは、決算書の読者が会計数値から会社の業績や財政状態を概ね正しく判断できる、

スリードさせない、程度に正しいという状況だ。

現状では、6,522億円の損失は2017年3月期に含まれている。これを仮に2016年3月期の損失として2016年、2017年の決算数値を組み替えると・・・

 

       2016年3月期  2017年3月期 

             (単位:億円)

売上高     51,548     48,707

当期純利益     △11,122           △3,134

純資産         △3,234                  993

 

となる。どうだろうか?

工事損失の組替前後で東芝の決算の全体としての印象が変わらなければ全体として重要性なし、となるのだろうが、赤字が1/3に減少したり、純資産が債務超過から復活したり、とここまでの大きな数字の変動を重要性無しというのはどうも無理があるように思う。

少なくとも僕の経験からは、このようなケースで限定付適正を出せたかというと無理だと言わざるを得ない。

絶対的な基準値があるわけでは無いが、監査法人ごとに基準値を置いており、利益でいうと税前利益の5%程度の会計上の問題(誤りなど)であれば無限定適正であり、それを超えると限定付適正、もっと大きくなると不適正となる。

 

ということで、会計監査の制度の立てつけや、個人的な経験を基にした感覚では、今回のようなケースでの限定付適正意見は釈然としないのだ。

 

そんなことは、あらた監査法人も重々承知のことだろうし、だとすると何でこういう結果になってしまったのだろうか、という疑問が生じる。

 

分かっていながら、「その事項を除き」と言う表現を利用した、印象操作に思える。

 

【何でこうなったのか?】

要はそこに何らかの高度な政治的判断が入ったのではないか、ということなのだが、それはそれで結構だと思う。会社の大小で語るべきことではないが、それでも東芝のような会社をどうこうするとなれば事務的な形式的な判断に留まらず、というのは有りうべきことだと思う。

 

しかし、会計監査を使うなよ、と思うのだ。

 

会計監査は会計監査制度に則って会計の専門家が粛々と独自の判断を下せば良いことだ。会計監査の重要な意義の1つに独立性がある。会社と利害関係の無い第3者である会計の専門家が会社の決算に対して意見表明することに意義がある、ということだ。

そこに別の目的や恣意が介入すべきではない。

 

度重なる会計不祥事を受けて(まあ起こしたのは会社なのだが)、公認会計士協会は会計監査の社会からの信頼回復に向けて取り組んでいるが、

こんなことしてて会計監査が社会からの信頼を得られると思っているのか・・・

 

会計監査で不適正意見だったとしても、それで即上場廃止としなければ良いだけの話だろう。会計の専門家はこう言っている、それを受けて証券取引所なりが取り扱いをどうするのかを判断すればよいだけの話だ。

 

もちろん、これは限られた情報を基にした個人的な感想にすぎない(その割に、刺激的な見出しになったが・・・)。もう少しちゃんと調べればなるほど、『なるほど、それで限定付適正なのね』、と僕の誤解であることを切に願うばかりだ。 

 

 

収益認識に関する会計基準(案)の公表に思う

 

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いよいよか、過去ブログでも何度か紹介してきた売上に関する会計ルールの改正が具体的になった。我が国の会計ルールの設定機関であるASBJ(企業会計基準委員会)が、7/20に

『収益認識に関する会計基準(案)』を公表した。

日経朝刊(7/21)の記事はこれを受けての抜粋だ。

記事には、

国際会計基準(IFRS)や米国会計基準で予定する新基準とほぼ同じ内で、2018年4月以降に適用可能となる。売上高として認められない取引が発生するため、百貨店など幅広い業種で影響が出そうだ。』

として、これまで実務的な慣行として取り扱われてきた会社の売上計上に関する取り扱いが変更を余儀なくされる可能性を示唆している。記事にある百貨店の売上高の例もその1つだ。

売上計上のルールが慣習?と疑問を持つ人もいるかもしれない。

実は、今回の会計基準案にも明記されているように、

『我が国においては、~中略(実現基準に従って収益認識している旨)~収益認識に関する包括的な会計基準はこれまで開発されていなかった。』

売上高と言えばP/Lのトップライン、事業規模を表すなど会社を代表する数字である売上高が慣習によって取り扱われてきたというと驚かれることも少なくない。

大原則に従って価値観を同じくする者同士が、まあまあで何となくやっている分にはそれほどの不都合もなかったが、取引が複雑化、グローバル化するとそうもいっていられない。日本基準だけでなく、諸外国(といっても、実際に対象となるのは米国基準とIFRS)の会計ルールとの整合も会計数値の比較可能性を保つためには必要となる。

 

『公開草案は10月までに意見を募り、来年3月までに最終案を決める。企業は18年4月以降に始まる会計年度から新基準を早期適用でき、21年4月以降から強制適用される。3月期決算企業の場合、19年3月期から早期適用でき、22年3月期から強制適用となる。』

これまでは、会計士協会からの意見書(中間報告:

http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-11-13-2d-20090731.pdf#search=%27%E5%8F%8E%E7%9B%8A+%E4%B8%AD%E9%96%93%E5%A0%B1%E5%91%8A%27 )

が存在したが拘束力は無い。会社が自主的に従来の慣習ベースから意見書に従った会計処理に改めるのであればどうぞ、という程度だった(内容的にはほぼ今回の会計基準案)。

また、今回の会計基準案のベースはIFRS(とそれと統合を進めている米国基準)なので、既に日本基準からIFRS会計基準を乗り換えている会社はいち早く収益計上ルールの変更の洗礼を浴びた格好になっている。

この点については、過去ブログにもいくつか書いているので添付しておく。

・『日本基準はガラパゴス化する!?』

日本会計基準はガラパゴス化する!? - 溝口公認会計士事務所ブログ

・『売り上げはいつ『売上高』になるのか?』

売り上げはいつ『売上高』になるのか? - 溝口公認会計士事務所ブログ

・『売上高が激減する!?』

売上高が激減する!? 【収益認識基準の動向】 - 溝口公認会計士事務所ブログ

 

意見書(中間報告)が平成21年(2009年)だからな・・・長きにわたってようやくという感じだろうか。

主な変更点のうち、よく取り上げられるのが記事にもあるように

 

『売上高の額』

だ。

売上高の額については、過去ブログの電通や総合商社、あるいは日経記事の百貨店のようなケースだ。会計基準案(適用指針)では、『本人と代理人の区分』に該当する。簡単に言うと、自らが取引の当事者(本人)かそれとも取引の当事者をサポート(代理人)するのかの立場によって売上高の金額が変わる、ということだ。取引の仲介業や取引の場を提供し実質的に手数料を取るような業態は、手数料部分が真の売上高という考え方だ。

 『新基準で売上高が大きく目減りしそうなのは百貨店だ。百貨店は商品の所有権を取引先に残したまま陳列し、販売と同時に仕入れ・売り上げ計上している。新基準では売上高として販売額でなく、販売額から仕入れ値を差し引いた手数料部分を計上する。利益には影響しない。』

このような例は他にもある。

 『新基準ではこのほか、メーカーの小売店向け販売奨励金(リベート)をあらかじめ売上高から引くため減収要因となる。従来はリベート支払いの可能性が高まったときに費用計上するなどしていた。』

従来は、一旦は100の売上に対して達成リベートが10見込まれる場合は、

売上100とは別に販売奨励金10を販管費に計上する。これを、実質的な値引と考えて、売上高を90と認識するようになる。営業利益は変わらないが、売上高が減少

することになる。

 

これまでは、日本基準からIFRSなどの他の会計基準に自ら変更する会社にとっての影響だったが、日本基準の改正により従来から日本基準を採用する多くの会社に影響が及ぶことになる。

これもモノサシの変更により表面上の数字の見え方が変わるだけで、会社の実態が変わる訳ではない。2021年の強制適用までに進めなければならないのは会社の業績を見る目が変わったという価値観のアップデイトだろう。会計基準の改正によって売上高が減少してしまう、困ったどうしよう、ではないのである。

 

ハイブリッド社債による資金調達の目的って何? 【ソフトバンクの例】

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ソフトバンクグループが、近く数千億円規模のドル建て社債を発行する。調達した資金は主にサウジアラビアなどと立ち上げた10兆円規模の投資ファンドへの出資に充てる。ファンドの運用資産は5年後に最大10兆円になる見通し。ソフトバンクは、出資する3兆円のうち2兆円を今後2~3年で調達する方針。足元の低金利を生かし、前倒しで資金を確保する。』

 

スプリント(米国)、アーム(英国)と来て、今度はサウジアラビア・・・

なんとも投資意欲の旺盛な会社(社長)だ。

 

『今回発行するのは償還期限のない永久劣後債。負債と資本の特徴を併せ持つ「ハイブリッド社債の形で出す。一定の条件を満たすと資本とみなされる。欧州とアジアで需要を探り、機関投資家向けに発行する。調達額は3000億~5000億円程度とみられる。』

 

【ハイブリット社債って何?】

ハイブリット社債については、以前三菱商事の例をブログに書いた。

記事にもあるが、負債と資本の性格を併せ持つ資金調達(投資家側からは金融商品)だ。三菱商事が発行したハイブリッド社債の名前はなんと、

グリフィン!!

鷲の上半身とライオンの下半身を持つ、まさにハイブリット~

おしゃれなのか!?

 

ソフトバンクの過去5年間のキャッシュ・フロー推移を見てみると、営業活動によるキャッシュ・フロー大きく上回る資金を投資キャッシュ・フローに費やしている。ご理解のとおり、先のスプリントやアームの買収(M&A)は投資キャッシュ・フローに含まれる。要は、今今の稼ぎを上回る買い物をここ数年来してきたわけだ。当然、そのための必要資金を外部から調達する必要がある。今回のハイブリッド社債もまあその資金調達の一環だ。

 

キャッシュ・フローの推移】

(単位:百万円)
項目 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度
営業活動によるキャッシュフロー 813,025 860,245 1,155,174 940,186 1,500,728
投資活動によるキャッシュフロー 874,144 2,718,188 1,667,271 1,651,682 4,213,597
財務活動によるキャッシュフロー 471,477 2,359,375 1,719,923 43,270 2,380,746

 (ソフトバンクのIR情報から)

 

ソフトバンクは、事業成長のための必要資金を社債(負債)を中心に調達している。その結果、直前期(平成29年3月期)の純資産比率は、14.6%まで低下した。実に、純資産の6倍近くの負債を背負って経営していることになる。

平成28年3月期は12.6%なので低下したという表現は適当でないかもしれないが、いずれにしても財務安全性の観点からはかなり安全性に欠ける数値だ。財務安全性が全てではないが、こうした財務状況は資金調達における借入コスト、つまり格付けにも影響が出る。

 

2017年5月10日時点では、JCRはA⁻だが、S&Pムーディーズの格付けではBB+(Ba1)だ・・・

一般に、BBB以上が投資適格、BB以下は投資不適格とされる。それだけデフォルトリスクが高いとみなされる。

格付けは資金の調達コストにも影響を及ぼす。

 

【格付情報】

(2017年5月10日現在、社名五十音順、敬称略)
格付け機関 長期債 短期債
BB+
A- J-1
Ba1

ソフトバンクのIR情報から)

 

ソフトバンクの連結有利子負債は今年3月末時点で約14兆円と、自己資本の4倍に相当する。ハイブリッド債の活用により財務の悪化を抑える。』

 

資金は必要、しかしこれ以上の財務安全性の悪化、借入コストの上昇は抑える、ということもあってのハイブリッド債だろう。

 

【ハイブリット社債の目的】

ソフトバンクはこれまでにも数回ハイブリッド社債で資金調達してきたが、いずれも有期限だった。しかし、今回は償還期限なしの永久劣後債だ。その点、資本に極めて近い性格を持つ。ソフトバンクとしては、同じ資金を増資で賄うとするとその投資家は株主、おカネだけでなく口もついてくる。事業の成長に必要な資金を調達しつつも、

経営に口を挟む余地は残さない、という目的もあるのではないだろうか。また、表面上は負債なので1株当り利益も維持できる。つまり、議決権の面でも利益の面でも株式の稀薄化を避けることができる。

そして、負債を活用することで企業価値が高まる期待もある。ハイブリッド債の支払利息を税務上損金算入することによる節税効果分だけ企業価値が高まる

 

対する投資家側からは、利回りの高さが魅力と言えば魅力。例えば、ソフトバンクがこれまで発行してきた無担保社債の利回りは償還期限の長短等あるので単純比較は出来ないがざっと0.7~2.0%。これに対して、これまで発行してきたハイブリッド社債3.0、3.5%。ちなみに劣後特約社債は、2.5%で、これまでのハイブリッド社債との違いは、諸条件や償還期限などの違いによると思われるいずれも円建てだ。

 

同じ発行体(ソフトバンク)の中でも、これだけ利回り(ソフトバンクから見れば調達コスト)が異なる。

 

利率(利回り):無担保社債<ハイブリッド社債

 

劣後とは、簡単に言うと、会社に有事の際、償還(返済)される順番だ。仕入れ先、従業員、銀行借り入れなどが優先され、そこで資金が尽きれば償還(返済)されない。つまり、返済が約束されていない。今回の永久劣後債など最初から償還は想定されていない。投資家は市場で売却可能だが、通常、時価による売却なので元本保証はされない。と、いうことは、投資家から見た場合、償還(返済)が約束されていないという点で償還(返済)が優先される他の負債と比較してリスクの大きな投資となる。そのリスクの高さが、利回りの差となって表れる(ハイリスク・ハイリターン

今回の永久劣後ハイブリッド社債は償還期限無し(永久劣後)でかつドル建てなので、さらに調達コストは高くなるだろうな。

 

それにしても、事業のライフサイクルが成熟期、あるいは衰退期に達し、一方で内需が細る中、思い切った新規事業開拓が出来ず悶々として資金をため込んでいる会社には、少しこの貪欲さを見習って欲しいなと思ってみたり。

 

 

 

相談役って必要なの? 【武田薬品工業の例】

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6月と言えば、3月決算会社の定時株主総会だ。

トヨタのように早期開催する会社もあるが、多くの会社は6月後半、終盤に株主総会を開催する。

今年の株主総会の争点、株主と経営者の議論の対象は、以下と言われる。

≪3月決算定時株主総会のポイント≫

・低ROE会社経営者の再任

社外取締役の人数(2名以上)と出席率

・買収防衛策

・相談役、顧問の新任、再任

 

いずれも、スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードの導入から数年を経て、このようなテーマが株主総会で議論されるのが当たり前の状況になってきた。それぞれの課題について一応の決着というか落ち着きをみせるまでまだ時間はかかるとは思うが、コーポレートガバナンスがあるべき方向へ移行する過渡期と捉えたい。

 

個人的にも今すぐに決着、つまり経営者側からすればすぐに何らかの対応とならなくても、真剣な検討を促すという効果であっても良いとも思っている。

 

この中で、相談役について武田薬品工業で一波乱ありそうということだ。

 

日経朝刊によれば、

武田薬品工業は6日までに、長谷川閑史会長の相談役就任についてクリストフ・ウェバー社長名で見解を公表した。長谷川氏が既に事業判断に関与していないとしたうえで、相談役としてアドバイスを求める機会も「ごくまれ」と説明した。年間報酬は現在の12%ほどになるという。社用車、専任秘書はおかない。』

 

とのこと。

事業判断もしない、アドバイスもめったにしない相談役・・・

じゃあ、何のためにいるの?

という疑問もあろうかと思う。

 

【相談役とは?】

そもそも相談役とは何だろうか?また、相談役とともに引き合いに出される顧問も実際のところ何する人なのか、という疑問もあるだろう。

相談役は顧問は役職の呼称であって、実際に何をするかは会社によってそれぞれ異なる。

相談役は、会社の会長や社長、あるいは専務などの役付役員を退いた人が就任する例が多いと思う。待遇は前のポジションをベースに決定される。さすがに会長、社長の待遇そのままということはないだろうが、平取レベルの待遇も少なくない。武田薬品工業が、社用車、秘書はおかない、とさも画期的な決断のように主張するのは逆に言えば通常は「おく」ということの裏返しだ。役員の立場を維持するかどうかも会社による。役員を引退する場合は、雇用(嘱託)関係も維持することも多い。第一線を退いてもなお、依然として会社の役員等から事業戦略やオペレーション上の意思決定、社内人事などの面で助言やアドバイスを求められる立場と言えよう。経営者の経験が浅い場合など、事業に精通し経営者としての経験もある相談相手がいてくれるのは頼もしいとも言える。

これに対して、顧問は必ずしも会社の従業員や役員上がりとは限らない。技術や法律などの特定の専門知識を提供も期待される。例えば、外部の技術者、弁護士、公認会計士などが会社の顧問に就任する例はよくある(僕もしていたし)。この場合は、いわゆる専門機能の一部外注というイメージかもしれない。また、顧問であっても経営者の相談相手となる場合もある。

 

【何が問題なのか?】

ISSのような議決権行使助言会社機関投資家が何を問題しているかというと、相談役や顧問という立場が会社、経営者の意思決定に及ぼす影響だ。要するに、会社の重大な意思決定をしているのは代表取締役会長や社長ではなく、相談役ではないのか?という点だ。したがい、ここからは相談役、顧問と言った役職や呼称はともかく、

経営に対して重大な影響を与える立場かどうかが、問題となる。以下、相談役を中心に話を進める。

 

【会長との関係】

会長と社長の関係についても、同様の指摘がある。会長の存在が重しになって、社長が思い切ったかじ取りが出来ない、というものだ。順風満帆に行っている会社であってもだが、そうでない会社であればなおさら過去を踏襲するだけではなく、むしろ新しい方向への事業展開やそのための施策を打ち出す必要があるだろう。ところが、社長が提案をしたとしても会長が同意しないことには会社としての意思決定がされない。これは、会長と社長との間には世代間ギャップ、単なる年齢ということではなく、現状に対する認識が異なることが原因の1つだ。例えば、社長としては危機感を持ったとしても会長はまだそこまで悪くないだろう、ということだ。さらに、結果として会長の過去の意思決定を否定するような方向転換となればなおさらだ。会長が始めた新規事業の撤退などをイメージすれば想像に難くないだろう。実は、これと全く同じ問題が、相談役にも当てはまる。いわば、社長の上に、会長、相談役が存在するわけで、2者合意ならぬ3者合意が必要となると、いかにドラスティックな意思決定が阻害されるかお分かりだろう。内部、あるいは外部の目から見ても、

『何であの不採算事業から撤退しないのだろう?』

と言う疑問も実はこんなところに原因があるのかもしれない。

それもこれも、

日本では未だ会社の取締役、役員は従業員生え抜き

であることが多い。取締役として職責に見合った人材というよりは、

役員は従業員のゴールという位置づけだ。そして、誰のおかげで社長、役員になれたかというと、ほかならぬ相談役、会長(当時は、社長など)だ。

恩人に弓を引くわけにはいかないという心理

これは、自分の立場が代表取締役社長になろうが、相手が役員を退いていようが変わらない。

 

【会長と相談役の違い】

屋上屋を重ねる構造については、会長も相談役も変わらないし、

ドラスティックでスピード感ある意思決定の阻害要因になる点も同じだ。では、ISSが何を指摘しているかというと、その立場である。相談役は会社法上の機関、地位ではない院政と揶揄されるが、会長(取締役の場合)は院政とはいえ、表舞台に登場して株主の審判を仰ぐ立場だ。株主からすれば、経営手腕の是非を役員の再任否決という形でジャッジすることができる。また、自身の推薦者を役員候補として提案し(他の株主の同意が得られれば)経営に反映させることができる。

しかし、役員でもない相談役株主が否認することはできない。まさに奥の院院政と言っても、上皇が役員なのかそうでないのかは大きな違いなのである。

株主にとっては、自らの判断でおカネを託した相手ではない人間が会社の実質的な意思決定をしている、これほど気味の悪い、信用のおけないことはないだろう。

 

【相談役の役割】

 

そうは言っても、相談役は必要と言う意見も当然ある。1つは財界活動だ。忙しい会長、社長に代わって対外的な活動は相談役にお願いするということだ。経団連や同友会などの団体にとっても会長、副会長、理事などの所属のバランスの都合があるのかもしれない。さりとて、それとコーポレートガバナンスの問題のバランスをとることはそれほど難しいこととは思えない。

先にも述べたように、経験の浅い経営者にとっては、

過去幾多の荒波を乗り越えてきた相談役という存在がいてくれることは非常にありがたいし、結果として経営者の意思決定がより正しくなる可能性もある。個人的には一概に相談役を否定するつもりもない。

問題は、相談役の役割の曖昧さ、ではないだろうか。役割の曖昧さが、株主視点からは意思決定の不透明さや経営に対する不信感を増長させてしまうように思える。

 

武田薬品工業の例に戻るが、相談役(長谷川氏)の事案について、

事業判断に関与していない、アドバイスも「ごくまれ」、年間報酬は現在の12%、社用車、専任秘書はおかない、だが、これでは、特にメリットはないが、極力経営の邪魔しないから認めてくれ、という印象はぬぐえない。

相談役をおく積極的な理由、会社に対するメリットを堂々と主張すればよいと思うのだが・・・

重点経営指標の変化 営業利益⇒営業CF、当期純利益 【三越伊勢丹HDの例】 

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三越伊勢丹ホールディングスは現行の中期経営計画を大きく見直す。連結営業利益で早期に500億円(2017年3月期は239億円)を達成するという目標を取り下げ、11月にも新たな中計を発表する。新中計では営業キャッシュフロー(CF、現金収支)や純利益を重視する意向だ。本業の百貨店が苦戦するなか、成長よりも構造改革軸足を置く。』

 

前社長が業績悪化などの責任を取って退任し、経営トップが交代した三越伊勢丹が中期経営計画を見直すとの発表だ。

重視する経営指標の見直しが興味深い。

 

 『新中計では営業CFをベースにする。杉江社長は成長投資や株主還元、有利子負債の削減が並行してできる額を「年間で700億~800億円の黒字」とはじく。営業CFは大まかに純利益と減価償却費の合計で算出できることもあり、数値の整合性が取りやすいように営業CFと並んで純利益を利益目標にする。』

 

いわゆるキャッシュ・フロー経営だろうか。

三越伊勢丹HDは、従来の営業利益から営業CFに重点を移行するとのこと。

企業価値の最大化を目指す場合、意識すべきは営業利益でなく、将来の

フリー・キャッシュ・フロー(FCF)である。そして、FCFを大きくしようとすると、営業CFの増加が大前提となる。

 

そして、利益については、営業CFと整合の取りやすい当期純利益に注目する。名前から勘違いされやすいが、営業CFと整合の取りやすいP/Lの利益は営業利益ではなく、当期純利益だ。クラスでも強調しているが、

当期純利益のキャッシュ版が営業CF』だ。

例えば営業CFは支払利息や法人税も控除済みであり、営業利益とは概念が異なる。

 

また、同社は自己資本利益率(ROE)6%を目標にしており、

ROE当期純利益÷自己資本

であることも、当期純利益を重視する理由だろう。

 

さらに、

『純利益を重視する理由を「営業損益に反映されない減損損失も含めて店舗ごとの経営を考える」と話した。』

 

ごもっとも、である。

特に多店舗展開している会社においては、ある意味

店舗の改廃、出店と退店、はビジネスの一環だ。

つまり、退店によって発生する減損損失や退店に係る費用を無視した採算計算はナンセンスと言える。

今までどう考えていたのか疑問であるが・・・

 

過去にも同様の指摘をしたブログがあるので添付しておく。

tesmmi.hatenablog.com

 

今回の三越伊勢丹HDの中期経営計画、とりわけ重視する経営指標の見直しは理にかなったものだと思う。そもそも、どの指標をもって経営状態を測るかは業種や成長ステージによっても変わるべきだし、何でもかんでも営業利益、経常利益でもないだろう。

上場企業全体としては平成29年3月期に純利益が過去最高を更新したが、業績が低迷している企業は多い。三越伊勢丹HDにおいても再建策や経営体制について株主総会でも質問がありそうだ。今回の見直しが株主からどう評価されるか注目したい。

大抵の会社は監査制度をコケにしている 【暴露系ブログ】

headlines.yahoo.co.jp

 

先週、インターネットでこんな記事を見つけた。

表現はやや厳しめだが、会計監査制度の重要性、とりわけ、資本主義社会における重要性を訴える内容だ。

会計監査に長く携わってきた人間からすると、よくぞ言ってくれた!という気持ちだ。しかも、業界人でない方が言ってくれるのがなおさらうれしい。

 

会計監査は、なかなかモチベーションの維持が難しい仕事だ。

理由はいくつかあるが、顧客からの感謝を感じにくい仕事ということもある。

その理由はおいおい・・・

 

うれしい記事に水を差すようだが、いや敢えてだからこそ、会計監査の実態について書いてみたい。

 

・監査制度をコケにする会社は実は多い!?

記事には、

『これは監査制度の危機だ。東芝の行動は「監査意見なんて無くてもいい」と言っているに等しいからだ。日本の資本市場の歴史の中で、ここまで堂々と開き直って、監査制度をコケにした企業は無かった。』

とあるが、確かに直接的にそう言う会社は少ないと思うが(東芝も危機的状況に追い込まれたからということもあろうが)、

本音のところでは同じような考えの会社は多いと思う

『監査意見なんか無くてもいい』とは言わないまでも、制度だから入れている、という会社は少なくないだろうし、おカネを払ってまでは・・・と思っている会社は普通だと思う。良い悪い、べき論は置いておいて、実態はそうだと思う。

実経験として、ある大手企業の経理担当者から

監査なんて何の役にも立っていないじゃないですか

と言われたことがある。それに留まらず、会社の邪魔ばかりしている、という趣旨のことを言われたこともある。邪魔と言うのは、会計ルール上問題があるため会計処理の修正を会社に要求することを指してだ。明らかな間違いであれば問題は無いのだが、見解の相違もある。減損や引当金のような会計処理に会社の判断が介入する性格を持つ会計処理や会計ルールが想定していないような新しいタイプの取引などが対象となる。会社の意見は意見として、監査法人としても疑問があれば提示し議論となる。それが、会計監査の役割だから当然なのだが、会社の立場からすれば、決算処理が止まる(数字の確定が遅れる)、追加資料など説明が必要となる(決算業務の増加)、さらに結果として数字を修正なんてことになれば役員承認を得る必要がある。一旦決まった(決まりかけた)数字を修正することが(社内調整含め)いかに労力が必要サラリーマンの方には想像に難くないだろう。そして、その会社もそうだが、そもそも日本の会社の社員は優秀だ。中には不正を働く会社もあるが、大抵の会社は、正しい決算をすべく社内の組織を作り、人員を配置している。経理部門などの人員も会計ルールのアップデイトも抜かりなく、自信を持った会計処理を監査法人にも説明してくる。こういった事情もあり、

大手になればなるほど

会計監査なんかぶっちゃけ無くても大して影響なし、制度上監査報告書もらわないと対外的な説明が難しいから、やむなく監査法人を雇っている

というのが本音ではないだろうか・・・

経理部門の人員の質量ともに十分ではなく監査法人にノウハウを期待している会社は、いえいえ滅相もありません、会計監査は必要です、と言うかもしれないが、それはいわゆるバーター的に考えるのであって、仮に自分たちが監査法人に頼らなくても決算業務が滞りなくできるのであればどうなのだろうか・・・

 

会社に文句を言いたいのではない。

会社がそう考えるのも無理はない、と言いたいのだ。

 

・監査コストって!?

会社にとって会計監査は負担となる。例えば、監査報酬。これは、2013年度の金融商品取引法適用会社の監査報酬額は、連結ベースで平均4610万円ということだ。金商法監査なので主に上場会社のような規模の会社が対象ではあるが、結構な金額と感じるのではないだろうか?もちろん、毎年のことだ。

(参考:http://www.taxcom.co.jp/snews/ticker/publish_tax.cgi?news_src=1606

 

また、上述のように、会計監査は監査法人が勝手にやって帰っていく訳でなく、

会社の対応が必要になる。会計監査が長くなることはイコールその分会社の対応が必要になるということで、事務コストが上がる。例えば、連結売上高及び資産総額が2,000億円程度、本社以外に支店10 箇所、工場6箇所、国内子会社10 社、海外子会社4社、持分法適用会社3社、物流センター1箇所を持つ上場企業を想定した場合、年間の監査時間約8,000時間に及ぶという報告もある。

(参考:『監査時間の見積りに関する研究報告』(日本公認会計協会)http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/pdf/2-8-18-2-20080603.pdf#search=%27%E4%BC%9A%E8%A8%88%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E6%99%82%E9%96%93%E6%95%B0%27

そもそも会計監査にどのくらい時間が必要かイメージ無い人がほとんどだと思うが、8,000時間と聞くと驚くのではないだろうか。当然、会社も相当の時間を監査法人に付き合うことになる・・・

 

それだけ、時間とお金をかけて、ゲットするものが監査報告書一枚だけ

とは何ともやり切れないというのはわかる気がする。

また、会計監査は無限定適正、つまり監査であれこれ調べた結果、会社が用意した財務諸表が正しい、と言うのがもっとも望ましい終わり方だ。いわゆるお墨付きなのだが、あれだけ時間とお金かけて、特に問題無し、以上言われるとそれはそれで拍子抜け、本当にそれだけかける必要あるの?と思う気持ちも分かる気がする。

 

いくら会計監査に理解があったとしても、そこまでのコストを負担する値打ちがあるのか?と会社が思うのは自然だし、コスト意識が高い会社ほどそうなるだろう。

 

但し、それは、監査コストが製造コストや販売コストのような事業を維持運営するための必要なコストであれば、だ。

 

・会計監査は誰のため?

会社にとっては会計監査は結果社会からの信頼が得られるといった副次的な効果はあるにせよ、そのような副次的効果と監査コストの比較で高い安いではない。会社にとっては会計監査は義務なのだ。じゃあ誰にとっての権利でありメリットの享受者かとなれば、株主や投資家などのステークホルダーだ。

これまで会社と言ってきたが、ここからは明確に経営者とすると、ステークホルダーが安心して会社の株式へ投資したり、金融機関が融資したりするための判断材料の1つとして会計監査制度がある。経営者のためではない。

むしろ、経営者を監視するためエージェンシー問題のソリューションの1つとの位置づけだ。

ここは是非、誤解いただきたくない点だ。だから、

会社が会計監査をコケにしようがしまいが制度としては関係ない

重要な点は、株主、投資家、債権者、取引先、従業員といった会計監査によってメリットを享受するステークホルダーが会計監査の重要性を認識していただくことだと思う。

その点において、会計士業界とは関係ない方がこのような記事を書かれ、何で誰も怒らないんだ、と警鐘を鳴らしていただいたことは意味あることだと思う。

ステークホルダーのみなさん、東芝監査法人だけの問題ではないですよ!

ステークホルダーのみなさんも当事者であること自覚していますか?

会計監査制度の受益者はみなさんなんですよ、そして監査コストの負担もみなさんなんですよ、と。

 

監査コストについて、監査を受ける立場の会社から監査報酬をもらう仕組みが良くない、だから監査法人は会社に強くものが言えない、とよく批判されるが、

これは監査報酬の支払窓口が便宜上会社ということであって、あくまで監査報酬の負担者は受益者の株主ステークホルダーの代表として)ということだ。現在の制度の立て付けは、監査報酬の決定権限は取締役にあるが、この点を明確にするには監査報酬の決定権限を株主(総会)か社外役員が中心となる監査委員会にすべきではないだろうか。

 

約10年前、とある上場会社の会計不正の影響で担当していた監査法人が廃業した。当時は国内で最大手、4大監査法人の一角の監査法人だった。その監査法人が廃業する事態になって、何故監査法人が廃業に追い込まれないといけないのか?(ちなみに、資金不足ではなく信用失墜での決断)、そもそも会計監査制度とは何なのか?(無いと社会にとってどんな問題があるのか)が社会全体で大きく論じられた記憶がない。個人的には、この点が最も残念だった。あれから10年を経て、東芝の会計不正と言う決してあってはならない事件ではあるが、改めて、経営者でもない、監査法人でもない、

会計監査制度は投資家、株主を始めとする会社と関係を持つステークホルダー、ひいては社会全体のためという理解を醸成するきっかけにしたいと思う。

 

 

 

 

減損すると来期以降の業績は良くなるのか? 【日本郵政の例】

headlines.yahoo.co.jp

トール社の買収失敗の舌の根も乾かぬうちに、と言ったらいいだろうか、日本郵政野村不動産HDの買収を検討しているらしい。

そういえば、トール社の減損発表の時も布石とも思える

M&A戦略の方向性は正しかった」、と言っていたなあ・・・

あの買収を決めたアホと違って我々の判断は正しいとでも言いたいように聞こえる。

 

・減損が企業価値を高める!?

ところで、 前回、『早すぎる減損の深読み【日本郵政の例】』で、以下の日経記事を紹介した。

 

日本郵政減損、民営化委委員長「企業価値高める」 :日本経済新聞

政府の郵政民営化委員会の岩田一政委員長は26日の記者会見で、日本郵政がオーストラリアの物流子会社トール・ホールディングスで4千億円の減損処理をしたことを巡り、

最終的に日本郵政企業価値が高まる」との考えを示した。岩田氏は昨年10月の委員会でトール社の構造改革が必要と訴えていたが、今回の処理について「そうしたことに応えるものだ」と評価した。』

 

記事が氏の発言をどこまで反映しているかは定かでないが、大きな損失を出しておいて、来年からは良くなると言われても狐につままれた気分になるのでは無いだろうか?

しかし、減損をすることで過去の負の遺産を精算し、

「身軽になって」リフレッシュスタート

と減損を必ずしもマイナスと捉えない例も少なくない。

 

減損処理は、会社の将来の業績や企業価値にとってプラスなのだろうか?

 

・設例での検討

簡単な例をおく。

初年度に500の投資により、以後毎年税前利益1005年間期待できるプロジェクトがあるとする。また、投資(生産設備)の使用見込み期間は5年で定額法により毎年100の減価償却費が発生する。なお、単純化のために税金は考慮しない。

 

当初計画では、5年間でトータル500の利益が得られるが、ここで注意したいのは、

企業価値は利益合計ではなく、投資によって期待される将来稼ぐおカネ(将来キャッシュ・フロー)をベースに測る。

当初計画であれば、投資から期待される

5年間の将来キャッシュ・フローは1,000だ。投資額は500であるから、会社はこの投資を行うことで、1,000-500=500の追加的な価値を手に入れることができるという訳だ。簡単に言えば、この500が投資による会社の

企業価値の増加分と言うことになる。

(本来は時間価値等を考慮するため5年間の将来キャッシュ・フローの単純合計ではなく割引率を用いて将来キャッシュ・フローの現在価値と初期投資との比較をするが、ここでは単純化のために割愛)

 

ところが、当初の計画通りに投資計画が進捗せず、3年度目に投資した設備を全額減損処理したとする。2年経過時の設備の簿価は300(500-@100*2年)のため減損損失は300となり、3年度は赤字となる。

しかし、4年度以降は減価償却費が発生しないため4年度以降の利益額は当初計画は100に対して減損後は200と大きくなることが分かる。

減損すると業績が改善する、というのはこの点を言っているのだろう。 

 

               
当初の計画              
               
  0年度 1年度 2年度 3年度 4年度 5年度 total
営業利益(減価償却前)   200 200 200 200 200  
減価償却費(減算)   100 100 100 100 100  
利益   100 100 100 100 100 500
減価償却費(加算)   100 100 100 100 100  
キャッシュ・フロー   200 200 200 200 200 1000
               
投資額 500            
               
               
3年度に減損した場合              
               
  0年度 1年度 2年度 3年度 4年度 5年度 total
営業利益(減価償却前)   200 200 200 200 200  
減価償却費(減算)   100 100 300      
利益   100 100 -100 200 200 500
減価償却費(加算)   100 100 300      
キャッシュ・フロー   200 200 200 200 200 1000
               
投資額 500            
               

 

・減損と企業価値の留意点

ここで注意したい次の2点だ。

1点目は、減損の有無は将来キャッシュ・フローに影響しないということだ。設例からも一目瞭然だろう。減損処理により来期以降の業績回復と言うのは、減損後(設例で言えば4年度以降)の業績のみにフォーカスするからだ業績は短期的に把握されることが一般的だ。毎年(毎四半期)の売上、利益(の対前期比較や対予算比較)で捉えられ、これまでの通算や累積で評価されることはまあない。難しい理屈はおいても、大損を出しておきながら、損は忘れてこれからの業績だけ見てくれ言われてもムシが良いと思うのではないだろうか?各年度の利益だけではなく、通算でいくらもうかる(かった)のか?が気になるのは当然だろう。また、単年度の業績ではなく、企業価値に影響を与える重要項目の1つは将来キャッシュ・フローである。ところが、

減損処理はプロジェクト全体のキャッシュ・フローには一切影響しない。

減損損失すでにキャッシュアウトされたおカネの会計的な処理にすぎないからだ

つまり、

減損処理自体は企業価値を高めることにはならない

 

2点目減損は本当に将来キャッシュ・フローに影響を与えないのか?ということだ。上述と矛盾するのでは?と思うかもしれない。減損損失自体は将来キャッシュ・フローにも影響を与えないし、その結果としての企業価値にも影響は与えない

何が言いたいのかというと、

減損処理の原因が問題ということだ。

設例では、減損処理後減価償却前の営業利益を一定(200/年としている。

だから、将来キャッシュ・フロー合計1,000(と初期投資を差し引いた500)が減損処理の前後で不変となっている。ところが、

投資が計画通り進捗しない⇒業績が悪化⇒減損必要となる。つまり、減損損失が問題になる状況ではそもそも営業利益(減価償却前)自体が悪化していることが大いに予想される。そして、営業利益が低下すればとりもなおさず企業価値のベースとなる将来キャッシュ・フローも減少させることが分かるだろう。

 

したがって、

減損処理(負の遺産の精算)だけでは企業価値は高まらないし、業績も改善しない

減損処理をもたらした事業の業績悪化要因の改善が同時に必要になる。

日本郵政は、当然そのための施策を考えていると思うが・・・