現金預金は運転資本なのか? 【運転資本解説 補足】
前回、運転資本について書いた。
今さら感もあったのだが、意外に多く質問があった。
ワードの知名度に反して、意外に理解が難しい概念なのかもしれない。
その中でも多かったのが、
現金預金は運転資本なのか?
というものだ。
前回の設例では、設定を簡単にするために現金預金を一切持たずに事業を始めるということにした。そのため、事業に必要な資金は全て借入で賄うことにしたので、運転資本=借入金になった。
では、現金預金を保有する場合、現金預金は運転資本に含まれるのだろうか?
今回は、運転資本と現金預金の関係について説明してみたい。
【設例】
資本金8,000千円を元手に、1月1日より小売業を開業する。
開業に当たり必要な固定資産を4,800千円購入する(現金払い)。
(設定を簡略化するため減価償却は無視する)
当面の月間の売上高は1,000千円(原価率60%)
事業運営に必要な経費(販管費)は300千円(全て現金払い)
売上代金の回収は販売後2か月後
以上を前提とすると、開業から2か月後の2月末までのB/Sの推移は以下の通り。
【B/Sの推移 開業~2月末】
1月に販売用と在庫用の計2.5ヶ月分を仕入れるため、1月末の買掛金は1,500千円(月次商品原価600千円*2.5ヶ月)となる。一方、棚卸資産は1.5ヶ月分が残るので、900千円となる。売掛金は1か月分の売上高に応じた1,000千円となり、その結果、運転資本をここでは、売掛金+棚卸資産-買掛金とすると、1,000+900-1,500=400千円となる。
現金が開業時の3,200千円から2,900千円と300千円減少している。これは、1月度の現金経費支払い300千円によるが、B/Sの動きから見ると、運転資本の増加(300千円)による減少と月次利益による100千円の増加の合計と捉えることが出来る。
2月には1月末の買掛金1,500千円を支払うが、新たに1か月分の棚卸資産を仕入れるため、2月末の買掛金は600千円となる。棚卸資産は1ヶ月分の販売で減少した分を追加仕入するため1.5ヶ月分のまま900千円となる。売掛金は2月分の売上高1,000千円が増加し2,000千円となり、その結果、運転資本をここでは、売掛金+棚卸資産-買掛金とすると、2,000+900-600=2,300千円となる。
現金が1月末の2,900千円から1,100千円と1,800千円減少している。これは、2月度の経費支払い300千円と買掛金の支払い1,500千円によるが、B/Sの動きから見ると、運転資本の増加(1,900千円)による減少と月次利益による100千円の増加の合計と捉えることが出来る。
運転資本が増加するとその分現金が減少
するのが分かるだろう。
2月末のB/Sを見ると、開業時3,200千円あった現金が1,100千円まで2,100千円減少し、一方、運転資本は2,300千円(*)増加した。
(*)2ヵ月の利益200千円分だけズレる。
つまり、
現金が運転資本に投資
されたと考えることができる。
3月以降、月次売上高、売上原価、経費等の損益項目、また、売掛金、棚卸資産、買掛金の期間に変化がないとすると、
以降運転資本には変動はない。
実際に、3月~5月末までのB/Sで確認してみよう。
【B/Sの推移 3月末~5月末】
事業規模や取引条件に変化がない(この場合は売上高、仕入高、売掛金、棚卸資産、買掛金に変化がないとする)場合、運転資本は2,300千円のまま変動がない。現金は、毎月の利益分だけ増加するが、一旦運転資本に投下された2,300千円はそのまま運転資本へ投資され続けることなる。
前回、運転資本を事業野ために棚卸資産等へ投資され、かつ投資され続ける資金と称したのはこの状況を指す。
では、現金はどうだろうか?
現金は、未だ棚卸資産等の運転資本へは投資されていない。
では、
5月末の残高1,400千円は固定資産などに自由に使っても良いのだろうか?
以下の例を見てみよう。
商品の売れ行きが好調で、6月に大口の受注が入ったため、月次の販売計画を一気に3倍(3,000千円)に引き上げることにする。また、これにともない棚卸資産の保有量もこれまでの2倍(1,800千円)に引き上げることにする。
5月末の棚卸資産は900千円であったが、6月度に1,800千円(月次売上3,000千円の60%)を販売してなお1,800千円残すためには、2,700千円を6月に仕入れる必要がある。したがって、6月末の買掛金は2,700千円となる。
売掛金は、5月末の残高2,000千円の内1,000千円は6月に回収するが、新たに3,000千円売上により増加するため、4,000千円となる。
その結果、運転資本は3,100千円(4,000+1800-2,700)と5月末の2,300千円から800千円増加する。さきほどと同様に現金の増加(1,400⇒1,500)をB/Sの動きから見ると、運転資本の増加800千円分による減少と月次利益の増加900千円の結果となる。
7月には、6月末の買掛金2,700千円が支払われるが、7月分の販売のための仕入(1,800千円)により買掛金は1,800千円となる。売掛金は、4月販売分1,000千円の回収が行われるが、7月販売分3,000千円が増加するため、6,000千円となる。棚卸資産は、1,800千円のまま変動ない。
その結果、運転資本は6,000千円となり、6月末から2,900千円増加する。
現金は̠マイナス500千円となった。
(便宜上マイナスするが、現金ショートにより倒産となるので、実際には、最低でも500千円の借入が必要になる)
なお、6月末からの現金の減少2,000千円は、運転資本の増加要因(-2,900千円)と月次利益(900千円)の合計だ。
やはり、
運転資本が増加すると、現金が減少する。
現金が運転資本に新たに投資された、ということだ。
そして、運転資本の増加=現金の減少ということは、事業の進行によって運転資本の増加が見込まれる場合は、相当する現金を保有する必要がある。
先ほどの例では、5月末では一見1,400千円の余裕資金のように見えたが、状況変化(大口需要で月次売上3倍)により一気に資金ショートとなった。余裕どころか、500千円の資金不足だったことが分かる。
なお、売上高の増加に限らず、売掛金や棚卸資産の滞留により運転資本が増加する場合も同様の影響がある。
会社の存続のためには、近い将来の運転資本の増加に備えていくらかの現金預金をバッファーとして保有する会社も少なくない。
つまり、未だ事業へは投資されていなくても、将来の運転資本への投資のために
実質的に使途が拘束されている現金預金
は運転資本に含める場合がある。
上の例を使うと、6月末における運転資本は既に棚卸資産等に投資された3,100千円プラス保有現金1,500千円の4,600千円となる(この時点で500千円の不足を認識していれば、5,100千円となる)。
この考え方に即した運転資本の表現方法は以下だ。
流動資産ー流動負債(有利子負債を除く)
なお、外部から判断するのは難しいが、厳密には現金預金の内、将来の運転資本の増加に備えて保有する以上の部分、つまり実質的な余剰分は運転資本には含めない。
なお、実質的な変化はないが、7月末のB/Sのマイナス500千円の現金を500千円の借入を起こしたとすると、現金が0、借入金が500となる。
この時、流動資産計7,800千円(現金0+売掛金6,000+棚卸資産1,800)、
流動負債2,300千円(買掛金1,800+借入金500)となる。
運転資本=流動資産ー流動負債とすると運転資本は5,500千円と計算されるが、この時点で事業に拘束されている資金(=運転資本)は6,000千円でありギャップが生じる。計算式で流動負債に有利子負債を含めないのはこのためだ。
なお、借入金の残高と運転資本の金額が同じではないこともこの図から分かるだろう。
【まとめ】
現金預金は運転資本なのか?
☟
既に事業に投資したかどうかに関わらず、実質的に使途が拘束されている場合は、現金預金も運転資本の一部と捉える。
運転資本って買掛金の金額とは違うの? 【運転資本の解説】
令和時代が幕を開けてから早いもので1週間、
最長10連休という長いGWもようやく終わり、
世の中は、通常モードへ気持ちの切り替えをしつつある状況だろうか。
令和という新しい時代に対する抱負を新たにした人も多いだろう。
当事務所ブログも令和に因んだ話題をと、探してみたのだが、見当たらず・・・
結局、やはり基本が大事ということで、令和第1弾のテーマは
運転資本
を取り上げる。
運転資本については、過去にも何度が取り上げてはいるが依然、多くの質問を受ける。
運転資本は、事業運営に必要なおカネ、資産が滞留したり事業が成長したりするとおカネが不足する、といった状況については一定の納得感は得られているように思う。
一方で、運転資本の金額については納得感が得にくいようだ。
簡単な例を見てほしい。
運転資本の表し方も色々あるが、ここでは売掛金、買掛金、棚卸資産を構成要素とする。
売掛金 50
棚卸資産 150
買掛金 50
とすると、運転資本は150(売掛金50+棚卸資産150-買掛金50)だ。
運転資本はB/Sの勘定科目ではないが、B/Sの勘定科目であれば借入金のイメージでよい。
ここで、運転資本150が事業を運営するために必要なおカネであったり、入金までのつなぎ資金で支払のために残しておくべきおカネと説明をすると、
『えっ!?50じゃないんですか?』となる人が結構いる。
おそらく、買掛金が50であることが原因だろう。
会社にとって必要なおカネは、買掛金の支払いのために必要な50ではないのか?
ということが言いたいのだと思う。
そう言われてみると確かにそう見えなくはない(と気が付いた(笑))。
だが、肝心な点は、
B/S(バランスシート)は取引の結果としての現在の状況
を表しているということだ。
つまり、運転資本は、『今後』必要になるおカネ、ではなく、
『現在まで』必要としたおカネを表す。
これを理解するために、まずはものすごく簡単な例を考えてみる。
商品を200購入したいのに手元におカネが無いので、200の借入をする。
会計処理①
借)現金 200 貸)借入金 200
そして、借入で調達したおカネで商品を仕入れる。
会計処理②
借)商品 200 貸)現金 200
①と②の取引を合成すると、
会計処理③
借)商品 200 貸)借入金 200
③の会計処理を①と②に分解すると運転資本の理解がしやすくなるのではないだろうか?
借入金=運転資本なので、ここまでの取引を行うのに必要となった運転資本は200となる。
では、次の例。
商品200を仕入れる(手元資金は0)。この内50は来月末払い(買掛金)とし、不足額の150を借り入れることにした。
会計処理④
借)現金 150 貸)借入金 150
商品を200仕入れた(但し、150を現金払い、50を来月末払い)。
会計処理⑤
借)商品 200 貸)現金 150
買掛金 50
となり、これまでの取引を合成すると、以下。
会計処理⑥
借)商品 200 貸) 買掛金 50
借入金 150
その直後に、商品の内50を50で販売(単純化のため利益0)して、代金は来月末の回収とする。
会計処理⑦
借)売掛金 50 貸)売上 50
売上原価 50 棚卸資産 50
売上と売上原価はP/Lなので、ここでは脇に置いて、⑥に⑦のB/S部分のみを合成すると、
会計処理⑧
借)売掛金 50 貸)買掛金 50
棚卸資産 150 借入金 150
借入金=運転資本とすると、冒頭の運転資本の図と一致する。
ここで、先ほどの疑問を思い出してほしい。
運転資本の金額は、来月の支払いに必要となる買掛金の50だろうか?
確かに来月50の支払いが必要にはなるが、同じタイミングで売掛金50が回収される。回収した50で支払えばよい。
また、商売上、棚卸資産は150は保有しておく必要があるとすると、さらに販売するためには商品を追加仕入する必要がある。同じ回収条件、支払条件で商品仕入、販売というビジネスを繰り返すと、借入金150を維持する必要がある。
(注)なお、これは運転資本をイメージしやすくするための簡単な例なので、実際の回収や支払いの取引期間や在庫の保有期間によっては、運転資本が常に一定とは限らずタイミングによって若干増減することはある。
まさに、
事業活動を継続する上で必要になるおカネ=運転資本
運転資本は来月の支払いのために必要になるおカネではない。
既に調達したおカネであり、事業継続のためにはキープする必要があるおカネ
ということだ。
99%減資と100%減資の違い
先日、別のコラムで減資について書いた。
https://globis.jp/article/6974
それ以前に、資本金、増資について書いたので、これはもう減資について
書かないと収まりがつかなくなったということもある・・・
ところで、
減資、特に減資と株式の関係について、
間違った理解をしている人が結構多いように思う。
世間一般に理解しにくい部分のようで、インターネット上もかなり多くの識者が解説を投稿されているが、自分の周りでも未だに同様の質問を受ける。
ということで、今さら感も無くは無いが、
当事務所ブログでも書いておくことにする。
典型的な勘違いは、次のような例だ。
債務超過に陥っている会社が経営再建に際して累積赤字(繰越欠損金)を減資により補填する場合、資本金を100%減資するのではなく99%減資に留めることにより既存株主の権利を少しだけでも残しておく、というものだ。
こういう意見を言う人は、おそらく、株主から99%の株式を取り上げ、1%だけ残すイメージをしていると思う。
しかし、減資、特に無償減資、は、帳簿上の資本金の金額を減少させる手続きだ。
そして、資本金の金額を減少させても株式数は不変だ。
つまり、減資によって株主の会社に対する権利には一切影響がない。
99%減資は、株主の権利は少しだけどころか、100%残すことになる。
(注)非公開会社など特定の株主から株式を買い取るような有償減資で、買い取った株式を消却するような場合は、株主の持ち株比率は変動する。
株主の権利には、公益権(参政権)と自益権(配当請求権など)がある。
株主は持ち株数に応じて会社に対する支配力を有するため、減資したからといって株主の会社に対する支配力、つまり公益権に影響が出ることはない。
また、無償減資では、資本金の金額を繰越欠損金に振り替るが、純資産の金額は変わらない。純資産≒自己資本とすれば、株主の持ち分は資本金だけでなく純資産が対象となるため、資本金が減少しても株主の持ち分は変わらないのである。
この関係は、
99%だろうが1%だろうが同じだ。
しかし、100%減資だけは事情が異なる。
99%減資と100%減資、1%の違いだがその意味は全く異なる。
100%減資は、簡単に言うと、既存株主の権利をはく奪することだ。そもそも100%減資の目的が会社から既存株主を退場させることなので、その意味では100%減資だけでは不十分だ。減資、資本金を減らすだけでは株主の地位は不変なので、100%減資と同時に株式の種類を全部取得条項付種類株式へ変更し、会社がこれを全て取得後株式消却という会社法上の手続きが必要になる。
手続きの詳細はわきに置くとして、要するに、
100%減資は
既存株主が保有する株式数を0
にする手続きだ。
どんなケースで100%減資が使われるかと言うと、例えば、債務超過の会社の経営再建だ。経営再建には通常、新しいスポンサーが必要であり、新しいスポンサーを募るためには既存株主が邪魔になるからだ。
分かりやすいのは議決権の問題だ。経営不振の会社におカネを出す以上、新スポンサーは会社の経営方針や資金の使途に対して自身の意見を反映させたいと思うだろう。その際に、自分以外にモノ言う株主がいると自らの経営再建計画を遂行しにくい。
そもそも、このような会社の状況を作ったのは、経営者と既存株主なのだから、新スポンサーを迎えて経営再建をするにあたっては、経営者はもちろん、既存株主も責任をとって会社から退場してもらおうということだ。
このような債務超過会社の経営再建のケースでは、100%減資後、新スポンサーによる増資となることが多い。
また、株主価値の点でもネックになる。例えば、99%減資をして、1株当たりの自己資本が1,000円(1,000株)となった会社に新スポンサーが1株当たり100,000円で10,000株出資したとする。すると、会社の純資産は1,001百万円(11,000株)となり、1株当たりの価値は91,000円となる。既存株主から見れば、新スポンサーのおかげで自身の保有する株式の価値が高まり、逆に新スポンサーから見れば既存株主のおかげで出資後即株式価値が低下することになる・・・
第3者割当増資における株式の希薄化と同様だ。
この点からも既存株主が会社に残存すると新スポンサーが募りにくいということにもなる。
以上、99%減資と100%減資の違いについて書いてみた。
1%の違いだが、両者はその意味と目的が全く異なる。
減資は、資本金の金額を減少する手続きであり、株式数を減少する手続きではない。
一般的な減資の目的は、以下。
・決算書の見栄えを良くする(繰越欠損期の解消)
・配当可能性を高める(繰越欠損金の解消)
・税務メリットの享受
一方、経営再建などで経営支配権の入れ替えが必要となるケースでは、減資だけでは不十分であり、別途100%減資等の手続きにより株主を入れ替える必要がある。
なお、100%減資⇒増資には、株主総会の特別決議、債権者保護手続き、さらには登録免許税など時間もコストが必要になる。そこで、現在は、100%減資⇒増資というプロセスを経ず、会社が既存株主から株式を取得後、その(自己)株式を新スポンサーへ売却というスキームをとることが一般的だ。これによって時間とコストがセーブすることができる。
伊藤忠・デサント 40%TOBの意味 【会計士のつぶやき】
今回が事務所ブログ200回目の投稿。
かれこれ4年、早いなあ(遠い目)・・・
今回は、200回記念ということで(?)、
について思うところを書いてみたい。
それなりの影響力はあるが、実質的な経営支配権を持つまでには至らない。
デサントは1984年と1998年の2度にわたる経営難の際に伊藤忠からの出資、支援を受けて経営再建してきた。それ以前はデサントの経営は創業家が中心だったが、94年以降、3代続けて社長は伊藤忠から送り込まれていた。ところが、2013年に創業家(石本社長)が復権、創業家が悲願の経営権奪還ということだろうか、韓国市場を重視するなど独自路線を展開した。しかし、これが伊藤忠との経営方針の違い、軋轢を生んだ。業を煮やした伊藤忠は、デサントを子会社化し同社の経営権を握る目的で今回のTOB(株式公開買い付け)に踏み切ったということのようだ。
しかし、このような経緯からすれば、TOBにより取得する持ち株比率が40%というのは理解に苦しむ。株主総会での重要議案の拒否権の1/3は取得できるものの、過半数には届かない。
この点は、他方のメディアや識者からも呈されている。
何か理由があるんだろうな、とは思ってはいたが、どうにも合点がいく理由が見当たらなかった。
なんでかな、と考えていたところに、この記事や他にもいくつか同様の視点で書かれた記事を読んで、なるほど、と思った。
ここからは、その”なるほど”を説明するのだが、特段の根拠があるわけではない。
あくまで
一会計士の妄想的ファンタジー
として理解いただきたい。
日本では、敵対的買収は難しいと言われて久しい。
そもそも、何をもって敵対的買収と言うかも曖昧な場合が多いが、伊藤忠とデサントのケースを見ても、よくあるパターンは買収者対経営者だ。
有名なところでは、スティールパートナーズによるブルドックソースや明星食品の買収、王子製紙の北越製紙買収、村上ファンドの阪神電気鉄道買収などだが、ことごとく失敗に終わっている。
買収の成否も曖昧ではあるが、分かりやすい例では、50%超の議決権を取得することだろう。金商法により、買付け後の株券等所有割合が3分の1を超えるような株式取得をする場合はTOBによる必要がある。大量保有報告書(通称:5%ルール)もあるので秘密裏にこそっと取得というのは難しい。
買収失敗と言うことは、会社の既存の株主(旧株主)が買収者(新株主)に対して株式を譲渡することを拒否したということだ。上場会社であれば、オーナー家の持ち株比率は相当に低下していることが通常だ。デサントは特に経営難の際に伊藤忠の支援を受け入れていることもあり、創業家の持ち株比率は5%に満たない(有価証券報告書から推察)。
創業家だが、オーナー家とは言えないレベル
だ。
要するに、経営者兼オーナーであれば、買収者はまさにインベーダー(侵略者)であり、これを拒絶するのは分かる。しかし、会社の経営者でもオーナーでもない株主が、さながら経営者と自身を同一視して、買収者を侵略者とみるのはどうにも不思議だ。特に相手が外国人(外資)の場合は、その傾向が顕著に表れる。『日本の伝統や価値ある資産を外国に奪われても良いのか』というナショナリズムを煽ったり、『奴らは買収したら会社を切り刻んで売却して利益を得ることしか考えていない、従業員が不幸になる』と被害者感情を煽ったりすることも要因としてはあるのだろう。
しかし、冷静に考えると、TOBは通常、現在の株価にプレミアムを付けて提示される(デサントの場合も約50%のプレミアム)。また、そもそも買収ターゲットとされるのは、本来の会社のポテンシャルに対して成果が見合わない経営をしているからともいえる。そのままの経営を継続して、TOBで提示された価格より株価を高められるかは相当に怪しい。
企業買収というと、一見、買収される側が被害者であり可哀想、買収する側が憎き悪者とされるが、皮肉にも実際には、
企業買収によって利益を得るのは買収される側の株主
であることが多い。
しかし、このような構図で企業買収を括るのを多く見かける。
そして、この構図の理解こそが、
今回のTOBスキームの背景にあるのではないかと推察する。
要は、日本の企業や経済社会には、資本の論理が根付いていないということだ。
資本の論理や法律云々よりも社会の合意形成を重視する国民性。きっちり決めごとを結ぶのは相手を信用していない証拠ととらえる。例えば、取引基本契約書を取り交わしていないケースもごまんとある。
資本の論理を振りかざして50%超のTOBを仕掛けること自体にアレルギーを感じるのだ。買収の理由はさておき、当事者以外の直接関係ない社会全体までもが買収者を悪者扱いするきらいがある。
伊藤忠はそれを避けたかったのではないだろうか。
無理矢理に経営支配権を奪えば、デサントの株主や従業員も反発する。仮に、デサントの現経営陣に問題があったとしても、却って彼らの立場を良くしてしまうことにもなる。買収成立後にごたごたが続けば、デサントの経営が停滞し株価も低迷するだろう・・・
また、そのような影響を感じたデサント株主が応じないと、TOBは不成立となる。メディアは『伊藤忠、TOB失敗』と報じるだろうし、その結果、伊藤忠の株価が下落なんてことにもなり得る。
そうなれば、伊藤忠は益々立場が悪くなる。
しかし、50%超に至らないレベルのTOBであれば、デサント株主のアレルギー反応も抑えて、実質的な利得を考えてTOBに応じる可能性が高まる。また、TOBに応じなかった株主にとっても株価上昇の恩恵を得ることができる。
伊藤忠のTOB公表(TOB価格の2,800円)は1月31日。TOB公表直前の株価1,871円の1.5倍だ。2/1の終値は2,771円まで上昇した。記事を書いている3/27時点では2,826円とTOB価格をさらに上回った。
役員構成も、伊藤忠から2名、デサントから2名、+中立的な社外役員2名を提案し、こちらもあからさまな経営支配はしないポーズを示している。あくまで会社の重要意思決定は合理性を重視してのことという体を作る。
実際どうかは分からないが、強かなやり口だ。
また、伊藤忠はTOB成功という実績も重視したのではないだろうか。同じ40%の議決権を取得したにせよ、50%超を狙っての40%と40%を宣誓しての40%では成否のイメージが異なる。増して、40%を超える株主となれば、多くのデサント株主が今回のTOBに賛同している印象づけることができる。今回のTOB成立の結果、石本社長が退任して新たに伊藤忠から社長が派遣されることなった。この事実を見ても、
40%TOBであるが、さながら買収成立を彷彿
とさせる。
伊藤忠の岡藤社長はデサントを連結子会社化したいという報道もあった。
現在の持ち株比率約30%は会計上は関連会社として持分法適用会社だ。これを連結子会社化しても、財務的な影響はさほどない。
例えば、利益に与える影響は無い。
むしろ、連結子会社とした場合、デサントの総資産が連結財務諸表に取り込まれるためROAなど一部の財務指標は悪化すると思われる。
したがって、連結子会社とする理由は財務的な目的よりも、グループ会社としての位置づけを持分法適用会社から連結子会社に引き上げることで、伊藤忠のデサントの経営への関与の度合いを深めることを目的としたのではないだろうか。
少々実務的な話になるが、例えば経理実務においても持分法適用会社と連結子会社では親会社が入手できる情報が相当違いがある。親会社の要求を通しやすいかどうかということだ。情報や資料の要求に際しては、相手方の作業を必要とすることもあり、持分法適用会社の場合、通常は他にマジョリティを持っている株主がいることが多く、要求を通しにくい(要求しにくい)。デサントの場合は、伊藤忠が筆頭株主ではあるが、創業家出身の社長の体制下では経理だけでなく、様々な経営判断に必要な情報の入手が困難だったのではないだろうか。
ところで、説明が前後するが、
40%の持ち株比率でも連結子会社とすることは可能だ。
もちろん、どんな場合でも可能ということではないが、現在の会計ルールでは、連結子会社の判定は議決権比率だけでなく、トータルで見て実質的に支配しているかどうかで判断する。極端な例では、0%の議決権比率でも連結子会社となる場合もある。
伊藤忠のように40%の議決権を有している場合には、これ以外に、
人事、資金、取引等を通じてデサントの意思決定機関を実質的に支配していると推察される場合は連結子会社と判定される。
実際にどのような判定になるかは、TOB成立後の最初の決算期の決算で明らかになるだろう。
このように考えると、今回の伊藤忠のデサントに対する40%TOBの意味は、
チェスでいうところの”チェック”の状態といえるのではないか。
また、名実ともにデサントを子会社化するとの意向をデサントの株主や社会全体に示すとともにお伺いを立てる、一定の猶予期間を設ける意味を持つのではないかと考える。
資本の論理を振りかざさない、力ずくでない企業買収。
合意形成を強調しながらも、実質的には徐々に経営支配を強め実効支配に至る。
つらつらと書いてきたが、要するに、今回の伊藤忠によるデサントに対するTOBは、
日本の国民性を意識した新型の敵対的買収
ではないかと思う。
今後、このタイプの買収が増えるのではないだろうか。
なお、そうは言いつつも、
実効支配が既成事実化した段階では50%超の議決権を押さえにかかる、
とみるが、果たしてどうだろうか・・・
セブンイレブンの24時間営業の是非 【会計士のつぶやき】
セブンイレブンの24時間営業が社会問題となっている。
フランチャイズ(FC)加盟店のオーナーが、本部に営業時間の短縮を求めているが、
これは高騰する人件費を抑制するため、自ら度重なる深夜業務に疲弊してのことだ。
セブンイレブン本部でも一部店舗で時短営業の実験を始めるらしい。
我々消費者にとっては、事が急に動いた感があるが、実際にはこのような
問題は以前から起こっていたのだろう。
コンビニ経営をしている(加盟店オーナー)も本部からの要請が厳しい
というボヤキを耳にした記憶がある。
24時間営業も『粗利分配方式』も本部と加盟店オーナーの間の契約に基づくものである限り、法的には問題ないし、互いに遵守すべきものだろう。
”しんどい”という理由だけで加盟店側の主張が通るならば、互いのビジネスが成り立たなくなってしまう。
また、契約内容も最初から不合理なものであったならば、これだけ多くの加盟店を抱えるFCビジネスには成長しえなかったのではないかとも思う。
粗利分配方式では、粗利(=売上高―売上原価(加盟店の本部からの商品仕入)
を一定割合で本部と加盟店が分け合う(記事には本部取り分が4割~6割)とある。
店舗運営で必要となる人件費、店舗の維持管理費等の経費は加盟店の負担となる。
店舗経費の中でも人件費の占める割合が大きいとのこと。
加盟店側の損益構造をざっくりまとめると、
限界利益-固定費=利益
となる。限界利益は店舗の粗利(本部分の粗利分配後)のことだ。
小売業では粗利=限界利益となる。
なお、ここでは便宜上、粗利と限界利益を使い分けるが、その意味は同義として取り扱うこととする。
店舗の限界利益から店舗に係る固定費を差し引いた利益が店舗利益となり、その多くは加盟店オーナーの報酬(所得)となるのだろう。
このビジネスモデルがそれなりに機能していた時期は、加盟店は限界利益で固定費が賄えたのだろうと思う。
それが、昨今は厳しくなってきた原因としては、
・限界利益の減少
・固定費の増加
のいずれか、または両方が考えられる。
限界利益の減少の要因として、まず店舗売上高の減少が考えられる。1店舗当たりのコンビニの売上高がそれなりに見込めた時代は、仮に粗利の6割を本部に持っていかれたとしても、手元に残る粗利(限界利益)は”一定の金額”を確保することができたのであろう。しかし、コンビニ店舗数の増加や深夜の購買客の減少などの外部環境の変化により店舗売上高が減少すると、粗利すなわち限界利益は減少する。
また、粗利率の低下の可能性もあろう。具体的には小売価格の低下や仕入価格の増加などが考えられる(実際の例は把握していない)。しかし、セブンイレブンは24時間営業を継続する(したい)理由の1つとして、24時間営業を前提とした商品の生産システムや物流システムを維持することを挙げている。一般的にこれらは店舗側から見ても仕入価格が低下するだろうから、むしろ店舗の粗利率の改善につながるのではないかと思う。
一方で、店舗の固定費の増加については、店舗の維持管理費用の増加、中でも店舗人件費の高騰が主要因と考えられる。
店舗の限界利益が減少して、固定費が増加すれば、利益は減少する。
会計的に見れば、このような状況がセブンイレブンのFC加盟店で起こっているのではなないかと思う。
そして、この状況が、特定の店舗、加盟店の努力不足ではなくセブンイレブンの店舗の98%を占めるFC店のほとんどで起こっているとなれば、もはや個別の問題ではなく、構造的な問題と言えるだろう。
これに対して、本部は利益分配比率を見直したとのことだが、それで十分かどうかは検討の余地はある。また、例えば、従来店舗経費として固定費扱いにした店舗人件費の内、店舗の営業時間に比例的に発生する人件費については仕入代金と同様に売上から控除後でロイヤリティ計算する等、粗利分配方式の見直しも必要になるかもしれない。
問題はFCビジネスの根幹である加盟店の事業継続の可否であり、24時間営業の是非ではないように思う。
現在起こっている問題が、24時間営業を止めれば解決するのであればそれで良い。しかし、本部が24時間営業を継続する理由はそれによって店舗の売上が伸びると考え得るからだ。ニュースによれば、24時間営業を止めたら昼間の売上も含めて店舗売上が3割低下した例もあるらしい(真偽のほどは明らかではないが)。
仮に24時間営業を止めて店舗の売上が下がれば、限界利益も低下する。これに対して、時短営業による店舗固定費がそれを上回らなければ、店舗の利益は悪化する。
また、時短営業によって24時間営業を前提とした生産、流通システムから加盟店が得られたコストメリット(仕入金額等の低下)が失われる可能性もある。これも、粗利率の低下→限界利益の減少となる。
24時間営業は、現在のセブンイレブンのFCビジネスモデルの1つのピースだ。部分的に変更することでビジネスモデル全体が機能不全を起こすこともある。加盟店オーナーが気の毒といった感情的衝動による対応は賢明とは思わない。
仮に、本部が店舗人件費の一定割合を負担しても店舗の売上高規模を維持するメリットの方が大きければ、本部にとってもFC加盟店にとっても24時間営業を継続した方が得策かもしれない。
その場合は、大枠は現状のビジネスモデルを維持しつつ、本部とFC加盟店の負担関係の見直しという対応が望ましい。
一方、セブンイレブンの本部が、24時間営業の”原則”と言ったり、24時間営業を見直すつもりはない、とするのもどうかと思う。数店舗の店舗閉鎖や加盟店の解約であればFC体制全体としては維持できるが、多くの加盟店がやっていけない、事業継続が困難ということであれば、いかに本部が24時間営業の原則と声高に叫んだところでビジネスモデルが成立しない。この場合は、現状のビジネスモデルの改革が必要となるだろう。
ビジネスモデルやそれを支える管理会計の仕組みは、外部環境などを踏まえた事業戦略を支援するための手段、ツールだ。会社の目指すゴールは同じであっても、外部環境の変化により事業戦略が変われば、それを支援するビジネスモデルや管理会計の仕組みもまた変化が求められる。ビジネスモデルは、早晩改廃される、宿命だ。
セブンイレブンが、24時間営業やそれを前提とした生産、物流システムを構築するのに多大な時間やコスト、努力があったろうことは想像する。
とはいえ、それを維持することが目的となると本末転倒になりはしないだろうか・・・
上場株式の時価変動の決算数値への影響 【バフェット氏のボヤキ】
『保有株評価損で赤字 10~12月、米株安が直撃』
(日経朝刊より 2/26/2019)
ついに来た!!
と言う感じの記事。
以前から書こうかなと思っていたところにジャストミートで掲載されたので
乗っからせてもらう。
「新しい時価評価は純利益に気まぐれで、
荒っぽい変動をもたらす」
(日経記事より抜粋)
何とも歌詞っぽい表現ではないか、やるな日経(笑)
『バークシャーが同時に発表した18年10~12月期決算は最終損益が253億ドルの赤字だった。前年同期の325億ドルの黒字から一転して赤字に転落した。
米国では17年12月以降に始まる会計年度から、企業が保有する上場株の評価損益を
純利益に反映させる会計基準が適用された。米会計基準のトヨタ自動車は持ち合い株の評価損などで、19年3月期通期の純利益予想を引き下げた。』
(日経記事より抜粋)
バークシャーの赤字要因は、保有する上場株式の評価損益に係る会計ルールによるとのこと。
記事にもあるが、バークシャーの記事に先立って日本企業でも米国会計基準を採用するトヨタやワコールが同様の決算発表を行っていた。
☟
『ワコールホールディングスは25日、2018年10~12月期に有価証券の評価損で135億円を計上すると発表した。この期間の世界的な株安を受けて、取引関係がある政策保有株を中心に評価損が発生した。』
(日経記事より抜粋)
トヨタでも同様の記事があったが、記事を読んだ当初、
この記事の意味が一般に理解されるのだろうか?
と疑問だった。
その疑問が通じたのだろうか、その後こんな記事が掲載された(笑)
企業が保有する上場株式の評価ルールが日本とアメリカでは異なる。
日本基準を採用する会社では、保有する上場株式の時価変動が業績へ影響を
及ぼすことはないが、ワコール、トヨタと言った米国会計基準を採用する会社
では株価変動が業績へ影響(P/Lインパクト)をもたらすことになる。
ここで簡単に、日米間の上場株式の時価評価ルールの相違をまとめる。
日本:時価評価/評価差額は純資産(B/S)へ計上
米国:時価評価/評価差額は純損益(P/L)へ計上
ちなみに、IFRSでは以下の通り。
IFRS:時価評価/評価差額は純損益(P/L)、あるいはその他包括利益(OCI)のいずれかへ計上(選択可)
OCI:その他包括利益(other comprehensive income)
日本基準では、例えば、保有上場株式の時価が100から80へ下落した場合、差額の20は純資産を20減少させる処理になる(厳密には税効果部分は繰延税金資産として計上)。したがって、日本基準を採用する多くの日本企業は、保有上場株式の時価変動の影響はP/Lへは表れない。
企業が保有する上場株式の会計ルールの違いの背景には、両国の企業を取り巻く外部環境の違いや投資家の企業に対する期待の違い等様々な違いがある。
例えば、米国でも一般の事業会社においては、この会計ルールが企業損益へ多な影響を与えることは少ないと言われる。事業会社が他の上場会社の株式を保有する割合が少ないためだ。株主、投資家の企業に対する期待は、自分たちが投じたおカネを事業へ投資してリターンを得ることだ(そして、そのリターンを投資家へ配当、自社株等で還元)。したがって、投資から集めたおカネで他社の株式を取得することはある意味裏切り行為となる。こうした資本の論理がある意味会計ルールへ反映された結果ともとれる。
他社の株式を買ったら、
時価評価して業績へ反映させるぞ!!
ということだ。
ところが、バークシャーのような(金融)資産運用会社にとっては、保有する上場株式の時価変動が会社の業績へ直接的なインパクトを与える。
もっとも、株式の時価は常に変動するため、下落することもあれば上昇することもある。上がって下がって、結局年間通してみればプラスマイナス0ということもあろう。
しかしながら、上場会社の決算は四半期ごとに公開されるため、株価変動のような一時的な保有資産の価値変動が四半期ごとに業績へ反映され、それが当該企業の株価へ影響を与えることにもなる。
以前、当ブログでトランプ大統領が四半期開示制度を廃止すべきといったtweet発言があったと紹介した。
その発言の元になったのが、バフェット氏の以下のコメントだ。
『企業が四半期決算に縛られると、数字合わせという操作に走り、企業の長期的重要関心事に反する愚かなことをするものだ。この操作は一旦始めるとやめられなくなる傾向がある。最高経営責任者(CEO)がxxドルなどと四半期利益予測を出し、その企業の業績が改善された例など見たこともない。結果的に、企業は誤った情報を発信していることになる。私はマネジャーたちに、50年続く同族企業に居るつもりでやれば、正しい決定ができるものだと説いている。私は20ほどの企業の顧問をしているが、目標達成が困難になると数字を操作するという悪癖に陥りがちだ。しかも一度始めたらやめられなくなる。IR部門が風評被害を恐れ口を挟み、愚かなことをしがちなのだ』
四半期情報のアメリカの企業へ投資家全般に対する弊害への警鐘というよりも、自社の業績への悪影響は勘弁してくれ、という叫びにもとれる(笑)
へ~、アメリカは大変だね、と対岸の火事を決め込んでもいられない。
会計ルールは常に改正の可能性がある。そして、改正の方向のキーワードは国際的な調和だ。国際間のルールの差異を解消する方向でルール改正が進行していることは歴然とした事実だ。先述のとおり、米国に限らずIFRSも保有株式の時価評価差額をP/Lへ影響させるとしている(IFRSは選択の余地はあるものの)。
ということは、近い将来に日本も米国と同様の会計ルールへ改正されることも十分に考えられる。
日本企業は解消が進んでいるとは言うものの、未だ政策保有株式、いわるる企業間持合い株式が多いと言われる。
これは、バークシャーのような金融機関において顕著だが、先のトヨタ、ワコールのような一般の事業会社も同様だ。
このような状況で保有上場株式の時価評価損益のP/L計上へ会計ルールが変更されたら、企業業績に対するかなりのインパクトが予想されるのではないだろうか?
(一般事業会社もさることながら、金融機関の業績悪化⇒融資先の企業への波及的影響が恐い・・・)
もちろん、ルール改正に当たっては事前に環境整備もするだろうから、今以上に急ピッチで持合い株式の解消が促進されるとは思うけど。
未だ判然としない一括計上された92億円の根拠 【日産の例】
日産の19年3月期第3Qの決算発表動画。
以前から報じられていたが、日産は過年度に過小計上されていたとされるゴーン氏に対する報酬等をこの第3Qに一括費用処理した。
その額ざっと92億円。
普通の会社であれば、過年度遡及修正になりそうな金額だが、日産のビジネスボリュームからは過年度遡及修正には該当せず、当期の決算への影響のみとのこと。
ゴーン氏の逮捕当初から、今回の修正対象となるゴーン氏に対する過年度の報酬等の金額が一体どういう内容なのか不思議だった。
検察は確定した報酬の単なる後払いと主張、これに対して、ゴーン氏側は未確定要素を含む金額と主張が対立していた。当然、いずれの主張に基づくかは会計処理にも影響を与える。
ということで、早速決算短信を見てみた。
☟日産の19年3月期第3四半期決算短信
一括費用処理の対象となる金額が9,232百万円であることが分かる。
そして、これが、販管費の『給料及び手当』に含めて計上されていることが記載されている。
取締役としての報酬、役員報酬としたのだろう。
連結P/Lを確認すると、前期と当期の第3四半期累計会計期間の販管費の『給与及び手当』は、それぞれ、約3,000億円、約3,060億円なので、60億の増加要因の内の多くが今回の一括費用処理の影響であることが推察される。
興味があったのは、過年度に過小とされたのが報酬なのか、退職金なのか、それともコンサルティング料等の他の名目なのか、だ。
過去ブログにも書いたが、支払の名目によって過年度の費用計上の必要性、さらには今回の一括費用処理の要否への影響もあるからだ。
これに対して、日産は『役員報酬』と定義した訳だ。
詳細は後述するが、ということは、日産は一括費用処理の92億円を確定した債務として認識したということだと理解した。
【想定される会計処理】
借方)給料及び手当 92億円 /貸方)長期未払金 92億円
連結B/Sではそれらしき勘定科目が見当たらないが、
固定負債の『その他』が8,634億円から8,680億円に約45億円増加しているので、ここに計上されているのかなと思うが、これだけでは疑問は晴れない。
役員報酬は、株主総会、取締役会等の承認プロセスを経て決定される。支払のタイミングは後払いであっても会社にとって支払い義務は年度ごとに確定しているはず、これが一つ。しかし、ゴーン氏やケリー氏が主張するようにそのような意向で話はしていたが不確定要素がある場合は、必ずしも確定した債務(ゴーン氏等にとっては権利)とは言えない。
支払のタイミングは同じ後払いであっても、金額の性格が異なると思われる。
前者であれば、
確定債務⇒長期未払金
後者であれば、
未確定債務⇒引当金
となる。
この点をどうしたのか、会計処理を通じて知りたかったのだが、残念ながら決算短信からは分からなかった。
とはいえ、役員報酬であれば、株主総会や取締役会等のドキュメントに記録、保管されているはずで社内や会計監査の過程で当然チェックされるはずだから、それを決算処理上も、(有価証券報告書等の)開示上もスルーすることは考えにくい。
したがって、個人的には後者、未だ確定したとは言えない債務(引当金)なのだろうと考えた。そして、役員の報酬は上述のように法定の承認プロセスを経て決定されるわけだから、普通に考えてそれが不確定であることは考えにくい。もちろん、インセンティブのような条件付の報酬(賞与のような)は考えられるが、今回の件ではそういう話は聞こえてこない(日産の役員報酬体系は、基本報酬+株価連動型インセンティブ受領兼のみでそれほど複雑なものではない)。
したがって、日産が今回の一括費用処理の対象となる金額を役員報酬と定義づけたということは、確定債務であり長期未払金と考えた訳だ。
ところが、決算短信の注記には『入手可能となった情報に基づく最善の見積り額』と記載され、19年3月期第3Qの決算説明会では、会場からの質問に対して、西川社長もCFOの軽部氏も、処理対象となった92億は『保守的に見積もった金額』と回答されている。
今もって過年度の役員報酬の金額を確定できない理由って何だ?
また、決算発表会の西川社長と軽部CFOによれば、実際に支払う金額とは異なる(西川社長の見解では、支払うつもりはない)とのことだ。もしかしたら、過年度の報酬自体は確定債務なのだけど、今回明らかになったゴーン氏の様々な不適切な行為のペナルティとして権利はく奪ということを言いたいのかもしれないが、確定債務とは考えていないという印象だ。仮に、将来の支払の可能性が高くないとなれば、引当金の要件すら満たさない、92億円の一括費用処理は不要となる。
仮に支払わなければ、今回一括費用処理した92億円は将来戻入れ、
つまり利益となる…
昨年の11月19日の金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽表示)による衝撃的なゴーン氏逮捕。
それから3ヵ月が経過しようとする今もってなお、個人的には一旦何が問題で、何が判明したのかがよく分からないし、何を根拠に92億円を一括費用処理するのかも分からない。
そんな中で、過小とされる金額を一括費用処理して早期に幕引きを図ろうしているように思えてしまうのだ。
決算説明会での記者の質問は6名で11個。そのうち、一括費用処理については2つのみ。
日産の将来(ルノーとのアライアンス、仏政府との交渉、北米での事業戦略等)ももちろん重要だが、もう少し決算数値の妥当性についても突っ込んで欲しいなと思う。