溝口公認会計士事務所ブログ

京都在住、大阪で活動している公認会計士です。会計監査、内部監査代行、内部統制の構築・改善業務、IPO支援業務、原価計算制度構築・改善業務、企業価値算定業務等のコンサルティング業務を中心に活動する傍ら、グロービス経営大学院大学でアカウンティングの講師もしています。日頃の業務の中で気づいたことをブログに書いていきます。【保有資格】公認会計士(CPA)、公認内部監査人(CIA)、証券アナリスト協会検定会員(CMA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人(CISA) 

運転資本についての補足解説

 

前回の運転資本の投稿についていくつか質問をいただいたので補足してみたい。

 

疑問①:現金及び預金がある会社が借入金(流動負債)をしているのは何故か?

 

運転資本は、要するに資金回収までの(に資金の支払が必要になる)”つなぎ資金であることは理解できるが、現金及び預金があるならば借金は不要ではないか?ということだろう。

現金及び預金が”ある”場合を2つに分けて見てみたい。

 

1つめは、現金及び預金<借入金(流動負債)の場合、である。

この場合は、借入金(流動負債)-現金(及び預金)がプラスとなる、つまりネット借入金がある、実質的に借入金の必要がある場合である。現金及び預金は、企業経営には運転資本以外にも当座必要になる資金を保有しているということであろう(手元流動性の確保)。

 

2つめは、現金及び預金>借入金(流動負債)の場合、である

この場合は、現金及び預金-借入金(流動負債)がプラスとなる、つまりネットキャッシュがプラスとなり(運転資本は借方側に発生)、借入の必要が無いのに無駄な借金をしているようにも思われる。いくつか理由が考えられるが、まず考えられるのは期中においては運転資本が(貸片側に)発生するケースである。運転資本の算定は決算時点のB/Sの残高を使用する。3月末等の期末日時点ではネットキャッシュがプラスであっても、ビジネスのサイクル等を要因として期中(例:4月~3月)の間では運転資本が発生する(ネットキャッシュがマイナス)ことがある。したがって、期末(3月末)には借入金の必要はないが、例えば4月以降(仕入債務の)支払いが先行して借入需要が発生することが資金繰り上予想される場合には、これに備えてあらかじめ一定の借入を確保しておく方が財務的に安全である。

また、企業の投資戦略上一時的に現金及び預金が膨らんでいるケースもあるだろう。つまり、近い将来に多額の設備投資やM&A(企業買収)を予定している場合が考えられる。投資の際に一気に現金及び預金が減少して、更には追加の借入が必要になる場合もある。キャッシュ・フロー計算書上、過去数期間で営業キャッシュ・フローが十分黒字であるのに、投資キャッシュ・フロー、財務キャッシュ・フローがプラスである場合は、『近い将来に多額の投資』を予定している可能性がある。

ちなみに、成長期を過ぎて成熟期以降のライフサイクルに入った事業をメインとしている会社は、自力成長は難しい場合が多い。一方、既存ビジネスは安定的に利益とキャッシュを生み出し自己資本とキャッシュはどんどん積み上がりROEを低める傾向がある。このような会社にとってM&Aはある意味借金をする絶好の機会とも言える。借金をすることにより財務レバレッジを高めることによりROEを改善することができるのである。日本の会社がよくM&Aが失敗に終わると言われるのは、M&Aの目的が本来とは別のところにあるからかも知れない。

 

疑問②:運転資本の算定式にはいくつかの方法があるが、DCF法による企業価値算定においては『売上債権+たな卸資産-仕入債務』を用いることが多いのは何故か?

 

DCF法により企業価値算定を行う場合、将来のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)を見積もることが前提となるが、その際、将来期間の年度FCFを以下の算式で求めることが一般的であろう。

 

FCF =営業利益×(1-税率) +減価償却費 -(+) 運転資本増加(減少)額- 投資額

 

運転資本に関連するのは『運転資本増加(減少)額』である。

注目する点は、FCF算定において重要なのは運転資本の金額ではなく、1年間における運転資本の増減額、と言う点である。

 

では、運転資本が増減する場合、そして何が変動した場合に運転資本が増減しやすいかと言うと、売上の増減、売上債権の回収遅延、たな卸資産の滞留、仕入債務の支払サイト短縮といった場合であり、変動するB/S項目としては、売上債権、たな卸資産、仕入債務が中心となる。もちろん、他の項目も変動することは考えられるが、これらの項目に比べて金額や変動は大きくなく、また予測も容易でないことが多い。DCF法における将来FCF見積もりにおいては、現在の(営業)利益に対して売上、利益を何%成長させるかを前提(事業計画)にすることが多いので、結果として重要な影響を受ける(見積もることができる)項目は、売上債権、たな卸資産、仕入債務であり、将来FCF見積もりにおいてはこれらの項目を考慮することで足りるということではないかと考える。

 

以下、前回ブログからの抜粋。

『一方、運転資本を売上債権、たな卸資産、仕入債務に限定する場合は、いくらの借入金が必要なのかという残高(バランス)よりも、例えば資金繰りや資金計画を立てる上で、当月から来月、あるいは当期から来期に運転資本がいくら増加(あるいは減少)するかという変化(フロー)に関心がある場合のように思う。B/Sを構成する他の項目に比べて売上債権、たな卸資産、仕入債務は仕入、売上取引によって『日々変化』する。つまり、日々変化する分を抜き出して運転資本を算定することで来月、来期の資金需要の変化分を把握することが目的のように考える。』