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溝口公認会計士事務所ブログ

京都在住、大阪で活動している公認会計士です。会計監査、内部監査代行、内部統制の構築・改善業務、IPO支援業務、原価計算制度構築・改善業務、企業価値算定業務等のコンサルティング業務を中心に活動する傍ら、グロービス経営大学院大学でアカウンティングの講師もしています。日頃の業務の中で気づいたことをブログに書いていきます。【保有資格】公認会計士(CPA)、公認内部監査人(CIA)、証券アナリスト協会検定会員(CMA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人(CISA) 

M&Aの会計処理 ~商標権~ 【サントリーHDの例】


サントリーの大ばくち 巨額負債と綱渡り経営、「高すぎる」買収で背負った十字架

 

サントリーHDのビーム社のM&Aは買収額も被買収会社(酒類事業)もセンセーショナルでいまだ記憶に新しいところ。

これに関して先日こんな記事を見つけた。なんとも眉を顰めたくなるような品の無いタイトルではあるが、それはさておき、記事の中で興味深い点があったので紹介したい。

 

以下、記事の抜粋。

『ビームの巨額買収でサントリーHDのバランスシートは変貌した。14年12月期第3四半期(14年1~9月累計)の連結決算によると、のれん代は前年同期比2.5倍の1兆341億円、商標権は6.8倍の1兆2715億円。その他を含めた無形固定資産は3.6倍の2兆3662億円になった。長短借入金と社債を合わせた有利子負債は3.5倍の2兆324億円にも上る。

 佐治氏は前出14年5月15日の会見で、ビームの買収によって「年間250億円の金利負担に加え、のれん代の償却費用も年300億円規模になる」との見通しを語った。ビームが借り入れ金の利息を払い、のれん代を償却した後に営業利益が出るようにするためには、年間550億円程度の営業利益を最低でも確保しなければならない。これを下回れば、営業赤字に転落する。

 ビームの13年12月期の営業利益は629億円なので、金利負担やのれん償却を吸収できるとサントリーHDは計算している。商標権まで償却すると赤字になるので、この償却は先送りしたようだ。以上の数字は、毎年巨額の利益を上げ続けることを至上命題とされたサントリーHDが、海外事業拡大に向けて大きなリスクを背負っていることを物語っている。』

 

ビーム社の買収がいかにサントリーHDの財務内容に甚大な影響を与えるものかがこの部分からも伺える。この中で、『商標権』の取り扱いが買収後のサントリーの業績に無視できない影響を及ぼすことが分るだろうか。文中の太字、下線を付した点を読んでみてもらいたい。

ポイントは以下の3点

①(ビーム社買収で)商標権は6.8倍の1兆2715億円

②年間550億円程度(金利+のれん償却費)の営業利益を確保しないと営業赤字

商標権まで償却すると赤字になるので、この償却は先送り

 

記事にもあるように、ビーム社買収で年間550億円の営業費用が追加的に発生するため、これを上回る追加的な(営業)利益を生み出さないと(売上高はビーム社分の売上高が合算されるのでその分増収となるが)利益レベルでは両社の営業利益の合算よりも下回るという意味でマイナス効果となる。これに対して、サントリーHDはビーム社側の営業利益(629億)で賄うことができるので、従来のサントリーHD(連結)の営業利益に食い込むまではないということで取り敢えずの処置と考えているのだろうか。

それにしても、629億(ビーム社の営業利益)に対して買収による追加費用550億とは何とも薄氷を踏む差額だ。

 

さて、商標権について。

2014年12月期の同社の半期報告書(2014年6月末)の企業結合の注記データを確認すると、ビーム社の買収について概ね以下が得られた。

 

買収価額:1兆4,000億円・・・サントリーがビーム社を買った値段

純資産額:△2,000億円・・・ビーム社のB/S

買収差額:1兆6,000億円・・・その差額

 

買収差額の配分⇒商標権:1兆円 のれん:6,000億円 会計ルールでは、買収差額、買収価額と被買収会社の純資産との差額、を原則として認識可能な資産(負債)を認識する必要がある。認識可能な資産(負債)とは、大きく2パターン。1つは『法律上の権利』、特許権実用新案権商標権もこの類だ。もう1つは、『分離して譲渡可能なもの』、顧客リストなどがこれに当る。

被買収会社の純資産よりも高い金額で買収するということは、目に見えない資産の価値を評価してのことであろうということで(特に債務超過の会社を買うのはそれなりの思惑があってでしょう~)、以前は買収差額を全て『のれん』として把握していたが、現在はこの内特定の無形資産として把握可能な部分はのれんとは分離して把握することが求められる(PPA=Purchase Price Allocation)。

この場合はビーム社の『看板』たる『商標権』が買収差額の約2/3と評価されたわけだ。サントリーHDは、ビーム社のジムビーム等の主力製品で培ってきた同社の看板を買ったとも言える。

 

会計的には同じ買収差額でも『のれん』と商標権等の『無形資産』は必ずしも同じではない。日本の会計ルールでは、のれんは20年以内の一定期間で(定額)償却が求められる。サントリーHDの場合は、20年償却なので6,000億÷20年で上記のとおり300億円/年の償却負担となる。一方、無形資産は個々に償却期間、そして価値の減少にマッチした償却方法を会社が見積もって決定する。サントリーHDの場合は、『主として定額法を採用しています。ただし耐用年数を確定できない商標権については非償却としています。』ということだ。仮に1兆円の商標権をのれんと同じ20年で償却するとすると、500億円/年の償却費負担が生じる。現在のビーム社の営業利益だと余裕で赤字転落だ・・・

 

もちろん、このような非償却の無形資産は毎年資産価値の査定を行い価値の毀損があれば『減損』処理が必要となるが、当面はよほどのマイナス材料がない限りは求められないだろう。

 

サントリーHDは、ビーム社買収によって商標権以上の価値を手に入れたのかも知れない。

 

記事は以下も言及している。

 

『ビームの買収には「高すぎる」との批判がつきまとった。ビームの13年12月期の売上高は2599億円。買収価格は売上高の6.3倍に相当するため、1兆6500億円の買収価格は割高だと指摘された。サントリーの酒類部門は国際化に立ち遅れていたため「ビームとの統合が最後の、唯一のチャンス」と佐治氏は位置付け、「(適正価格よりも)いくら出せれば買収できるのか。資金調達は可能かということが大きなポイントだった」と振り返った。そして、「借金が大きくなったことはリスクだが、世界のウイスキー市場はまたまだ伸びる」とも述べ、20~30年後を展望した場合、1兆6500億円の買収は高くないとの認識を示した。「投資は15年程度で回収することができる」と自信をのぞかせた。』

 

記事の筆者が単純に一般的な買収事例の買収額/売上高比率を根拠に『高すぎる』と言うような稚拙なことはないとは思う。お酒、特にウイスキーのような製造に10年以上かかる長期ビジネスであれば一般のビジネスに比べてビジネスサイクル、スパンが長期化することは止む負えないとは思う。しかし、同時に先が長くなればなるほど予測しにくいことも事実だ。5年後、10年後、果たしてこの買収が成功と評されるのかどうか、興味のあるところである。