溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

架空取引に弱い内部統制とは 【東レの例】

 

 


架空取引くり返し、2億円詐取か 東レが社員を懲戒解雇 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 

バレンタインデイにこんな話題も何なのですが、構わず行きます。 

 

東レの医療機器の営業を担当する課長級の男性従業員(50)による取引先との架空取引で約2億円を横領とのニュース。


  『同社によると、元従業員は2000年から、販促物を制作する東京都内の会社と組み、1回数十万円の架空取引を何度も実施。14年10月に社内の同僚が不正に気づいて発覚するまでに、約2億円をだまし取ったという。元従業員には、1回数十万円までの決済権限が与えられていて、上司も架空取引をチェックできていなかった。』

 

東レのホームページではこの件についての情報開示はなされていないようだ。金額的重要性を考慮しての事かも知れないが、マスコミ報道では(横領・着服額が)1億円を超えるとまず取り上げられるように思う。

 

東レのプレスリリースによると関連会社ではなくて東レ本体の従業員とのこと。

その他 | 事業セグメント別 | プレスリリース | TORAY

 

事件の詳細については現在調査中とのことなので推測の域を出ないのだが、記事内容から察するに東レの内部統制には少なくとも以下の問題点がありそうだ。

 

①長期間の業務の固定化(2000年以降、14年は継続)

②承認権限を持っている従業員のみで取引が完結

③定期不定期の第3者によるチェックが未実施

 

①は、特に小規模の組織や経理、情報システムのような専門性の高い業務で起こりやすい。何せ代わりがいないということで、会社にとってもつらい所なのだが、長期間同一人物が担当すると今回のような購買業務については特に仕入れ業者との癒着に結び付きやすく、両社が結託しての不正の可能性が高まる。そして、相手先を巻き込んだ不正は納品書、請求書といった関連証票が表面上整っている(これも改ざん)こともあり摘発が難しくなる。

 

②は、特に承認権限を持っている人物が実際の取引行為を行う場合が危ない。つまり、取引の申請と承認が同一人物によって行われるので、そこに第3者の目が入る余地が無くなる。組織としての盲点となるのである。上場会社であれば、取引金額レベル毎に決裁権限が定められているのは当然であるが、承認権限を有している人物が申請者となる場合についての取り扱いはどうなっているか、一度確認してはいかがだろうか。

 

③は①②とも関連する。『上司も架空取引をチェックできていなかった』としているが、何も架空取引をチェックしなくても、当従業員の実施した取引を定期的にチェックするだけで早期発見も可能であっただろうし、損害額も少なく抑えられたのではないかと思う。チェックといっても、単に取引関連の資料を閲覧するだけでも効果はある。誰かに見られているということ自体、不正を働く者にとっては牽制になるのである。要注意なのは、仮に承認権限者が1人で取引完結するケースについて第3者のチェックが社内ルール上求められている場合でも、①のようなケースでは『あの人はベテランだから任せておけば問題ない』ということで実際のチェックがおざなりになりかねないことだ。不正発覚後に、『まさかあの人が・・・』、『全幅の信頼を寄せていたのに・・・』となるケースは大体このパターン。東レの場合はどうだったのだろうか?

 

これらの要因が単発、重なって発生するとより不正が起こりやすく、また摘発が難しくなる傾向になる。

 

東レについては、2014年9月に以下の不正があったばかり(こちらも関連会社ではなさそう)。

上司装い架空工事発注 元東レ社員を背任容疑逮捕 | 静岡新聞

 

これも仕入れ業者と結託した不正であるが、こちらは発注権限の無い者が不正にシステムに侵入して発注したこともあり、東レとしては『管理、確認が不十分だった。発注方法などを見直す』としている。しかしながら、仮に不正な発注であったとしても、発注書と納品物の照合(おそらく、発注内容はパソコンとは別のもっともらしい納品物の可能性)を不正を行った従業員以外の誰かが実施していればもっと早期に摘発できたように思う。

また、この従業員は『設備の設置修繕を計画、実行する役割』を担当していたとのこと。設備のメンテ部門が取り扱うスペアパーツも専門性の高い領域。発注数量も少なく品物も発注者しか分らないということで、物流部門を通さず発注者が直接納品物の受け入れをし易いので留意が必要である。

 

東レに限らず、上場会社と言えどもこのような内部統制上の問題を抱える会社は少なくない。人間が行う以上、間違いや不正はあり得るという前提で出来るだけ発生しにくくするかと同時にいかに早期に発見するかを考える必要がある。

と言うと、人がいない、コストをかけたくないという意見をいただくこともしばしば。日本の会社は、いざやるとなるとちゃんとやらないと気が済まないのか、システム導入やら人員増強といった対応策をイメージするようだ。しかしながら、そこまでせずとも現有リソースで対応可能な施策もあるのである・・・