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溝口公認会計士事務所ブログ

京都在住、大阪で活動している公認会計士です。会計監査、内部監査代行、内部統制の構築・改善業務、IPO支援業務、原価計算制度構築・改善業務、企業価値算定業務等のコンサルティング業務を中心に活動する傍ら、グロービス経営大学院大学でアカウンティングの講師もしています。日頃の業務の中で気づいたことをブログに書いていきます。【保有資格】公認会計士(CPA)、公認内部監査人(CIA)、証券アナリスト協会検定会員(CMA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人(CISA) 

東芝の不適切な会計処理 監査法人の責任は?

www.nikkei.com

 

当然の流れとして、会計監査に対する責任追及が始まった。

記事にもあるが、その正式な評価は新日本有限責任監査法人(以下、新日本)グループ、日本公認会計士協会、そして公認会計士監査審査会(以下、CPAAOB)による調査の結果に委ねるとして、個人的な見解を書いておきたい。 

既にネット上含め方々から有識者の個人見解として、新日本による東芝の監査に問題があったのではないか?とう声が上がっている。一方で、第三者委員会のように『会社に騙されたのだ』という意見もある。不適切な会計処理がなされているにも関わらず東芝の決算書に対して(無限定)適正意見を表明していたのだから、結果として監査は失敗、つまり監査に問題があったと言わざるを得ないだろう。ここで問題なのは、不適切な会計処理を知らずに気づかなかったのか、それとも知りながら容認したのか、と言うことだろう。いずれにかによって、新日本の責任、そして会計監査のあり方も影響を受けるかもしれない。 

その前に、会計監査について少し書いておきたい。会計監査は会計の専門家である公認会計士あるいは監査法人が会社の決算書が『適正』に作成されているといういわばお墨付きを与えるものだ。これによって、会社の作成する決算書に一定の信頼性が付与されることになり、外部の株主、投資家、金融機関などのステークホルダーは安心して企業との関わりを持つ(あるいは持たない)ことができる。ところで、会計監査ではすべての取引がチェックされているわけではないと言ったら驚くだろうか?会計監査は、決算書の適正性について監査を行うのであって、会社の決算が正確、つまり一点の間違いもない、ことを保証するものではない。では、適正とは何かというと、決算書をもとに何らかの意思決定をする人をスリードさせない程度に正しく作られている、ということだ。例えば、売上100億円 当期純利益10億円の会社で決算処理に誤りがあり、売上が実は99億9990万円、当期純利益が9億9990万円だとしたら、ステークホルダーは、会社の株の売買や融資の判断は変わるだろうか?多少の間違いがあったとしても、決算書の利用者が会社との関係の意思決定をするに際して間違わない程度であれば問題ないということだ。また、専門家に取引を1件1件しらみつぶしに正しいかどうか検証させたらそれこそ時間が掛かり過ぎる。当然、費やされる時間の増加は監査報酬の増加、企業の監査コストの上昇にも繋がり、費用対効果の妥協という要素もある。とはいえ、売上100億と公表している会社の売上が実は50億円でした、では、これは投資家をミスリードすることになるだろうから、全体として適正だというにはそれなりの論理構成と監査手続が求められ、公認会計士または監査法人は作業効率を意識しつつも会社の決算書に一定の保証、全体として適正に作成されているという結論(無限定適正意見と言う)を表明するために必要な監査手続きを定め実施する。その過程でもちろん、一定の取引は検証することになる。

 

【不適切な会計処理に気づかなかったのか?】 

・問題となった取引を監査していなかったのか?

売上が全部で100件とする。このうち、半分の50件を検証(監査)することで売上高全体が適正だと結論づけるとするとどのように50件を抽出するだろうか?やはり、1件当たりの売上高が大きい取引(利益の面も考慮すると利幅の大きい取引)、会計処理等のミスが起こりやすいという意味では新規案件や特殊な取引、あるいは人為的な操作の余地がある取引(例:工事進行基準)などが思い浮かぶのではないだろうか?これをリスクアプローチと言って、不正や間違いの発生しやすい(リスクの高い)エリアから監査していく。また、そもそも売上高は不正や間違いが起こりやすいエリア(勘定科目)という見方を通常監査法人はするので、より慎重な対応がなされるはずだ。第三者委員会の調査結果によると数年間に及ぶ利益水増額約1,500億円の内、工事進行基準関連で税前利益477億(売上は128億)、有償支給取引(バイセル取引)で税前利益592億とある。工事進行基準では1件で100億以上の利益操作の例もあった。いかに東芝が大企業とはいえ会計監査でこのような取引を金額マイナーとして監査対象としないというのは考えにくい。また、有償支給取引での未実現利益は会計監査における古典的論点であり、これも気づかないというのはあり得ない。つまり、第三者委員会の調査結果報告書に挙げられている取引の全部とは言わないが、その多くは会計監査の現場で会計処理の妥当性が検証されていたと考えるのが自然に思える。

 

・監査に必要な資料、情報を東芝が操作したのか?

問題となった取引を監査法人は監査し、そこに疑念を抱いたとする。その妥当性を確認しようと東芝に対して必要な資料の提出、責任者への質問等を行ったが、東芝が資料を改ざんしたり、責任者が嘘の対応をしたらどうだろうか?

第三者委員会も『問題処理の多くは会計監査人の気づきにくい方法を用いていた。会計監査人に事実を隠したり、事実と異なるストーリーを組み立てた資料を提示したりした』と述べている。元々会計監査人は会計の専門家であって東芝事業を深く知っているわけではないから会社に情報を操作されたらお手上げだと、まるで監査法人は騙されたのだ、それでは不適切な会計処理を指摘できなくてもやむを得ないという印象を与える。確かにそういう部分も無きにしも非ずだが、会計監査人を侮ってもらっては困ると言いたい。確かに、会計監査人は事業の専門家ではないが、東芝の監査チームの主要メンバーであれば東芝、あるいは同業他社の監査に長期間従事しており会計監査の立場からではあるが当業界の様々な取引を経験してきているはずである。そういう意味では、一種の職業的なカンが働くことは容易に想像でき、またそういう人材が監査チームのコアメンバーとなる。仮にそれが特殊な取引、新規の取引で前例や比較対象が無いとしても、提出された資料や担当者等からの説明に矛盾や不整合があればある程度経験を積んだ会計監査人であれば気づく。だからプロなのである。

問題は、仮に会計監査人がこれはおかしい、怪しいと気づいた後だ。会計監査には警察のような強制捜査権も、税務署のような反面調査権もない。あくまで会計監査に必要な資料を会社に提出を求め、会社から任意に提出された資料や回答を基礎として監査を進めるしかない。なので、怪しいのだけど確証が持てない・・・ということで時間切れタイムアップとなることはある。本来、会計監査は時間が来れば終了と言うことにはならない完結型の仕事である。やるべき手続を終え、監査意見を表明するに足る合理的な根拠を得るまでは本来は終了するものではない。が、ここにも実務の壁がある。株主総会などの後工程が控えているのだ。理論、建前はともかく、然るべき時期までに監査手続きを終え、監査意見を表明することが実務上求められるのである。では、監査意見を表明するに足る十分な手続きが実施できなかったと言えば良いのではないか?これを監査意見の差し控え、意見不表明と言うが、実はこれを出された上場会社は証券取引所上場廃止基準に引っかかることになる。この点については後述するが、上場廃止の影響を考えるとおいそれと出せるものでもない。と言うことでなし崩しに・・・と言うことは考えられる。

ところで、上述のとおり監査は全ての取引をチェックするのでないし、警察のような強制捜査権があるわけではない。これは会社と会計監査人の信頼関係を前提とした関係と言える。会社にとっては会計監査を受けることが重箱の隅をつつくような指摘ではなく、長期的な成長につながるような指摘をしてもらえる、と言った期待であり、会計監査人としてはこの社長は何かあったら自分に相談してくれる、そういった関係が構築されていることがベースになると思う。事(取引)が終わってしまってからでは会計処理の取り得る範囲は狭くなる。事が終わる前、出来るだけ早期に経営者と会計監査人が取引の会計上の課題を共有できれば第3の解決策の余地もあるのではないか。ユニクロ、京セラのように経営者と会計監査人が深い信頼関係で結ばれている例もある。期待を込めて言うが、会計監査人は経営者が最初に相談したい人と思われるような人物になるような研鑽を積むべきだろう。会計バカではだめなのだ。

 

【不適切な会計処理を知りながら容認したのではないか?】

・不適正意見の威力

会計監査の結果、会計処理に間違いが発見されその影響(売上や利益が吹っ飛ぶ金額)がとてもじゃないが適正意見を出せるレベルでない場合どうなるのだろうか?

この場合、その決算書は全体とて会社の実態を適正に反映しているとは言えない、ということになり、不適正意見を表明せざるを得ない。ところが、この不適正意見、これは上場廃止基準に抵触するのである。会社が公表する決算が間違っておりしかもその原因が粉飾決算ということになればお分かりだろう、会社の社会的信頼は失墜し、大抵は上場廃止にとどまらず実質的に倒産に至るケースも少なくない。このような場合、会社はどう出るか?会計監査人さえ納得させれば万事収まるとなれば、懐柔、脅迫といった手段に訴えることもあり得る。相手は百戦錬磨の経営者、対するはセンセイ稼業の公認会計士公認会計士は(個人的な主観であるが)優秀なのだが世間知らずで人の良い人が多いように思う。経営者に『不適正意見を出されると当社は潰れ、従業員とその家族が路頭に迷う。その覚悟が先生にあるか?』と凄まれると果たしてどうだろうか・・・

実際、不適正意見は抜かずの宝刀となっているように思う。代替策として、会計監査人は監査意見を表明せずに辞任するという対応になるが、これも責任を放棄して問題を先送りするだけだ。制度の責任にするつもりはないが、会計監査の不適正意見が即上場廃止と言うことではなく、一定期間の内部管理体制等の是正期間を設けた上での管理銘柄等での対応ができれば、会計監査の対応もまた変わってくるのではないだろうか?

 

・監査報酬を貰っている相手にノーと言えるのか?

会計監査制度の構造的な問題としてよく指摘されるのが、監査の対象会社から監査報酬を貰っていてその相手に厳しいことを言えるか?と言う点だ。新日本の東芝からの監査報酬はざっと10億円(ちなみに毎年)だ。もちろん、新日本は1,000社を超え東芝の監査報酬に大きく依存している状況ではないと思うが、それでも毎年10億円があるのとないのでは監査法人の収支にも影響は小さくないだろう。会計監査人は株主総会で選任、解任されるが、そこに至る前に経営者(取締役)によるノミネートがあるため実質的に経営者により選任、解任される。したがって、会計監査人としては経営者のご機嫌を損ねると監査法人が変更されることにも繋がり、そういう事態を避けたいという誘因が働くのではないか?ということだ。この点について新日本は果たしてどうだったのだろうか?そもそも、会計監査は、会社と何ら利害関係のない専門知識を持つ第三者が客観的な視点から行うからこそ外部の利用者にとって信頼できるのであり、そんな桔梗屋とお奉行様のようなズブズブの関係で信頼性の高い会計監査は期待できない。これに対して、いっそ、会計監査を公的機関に委ねたらどうか?という意見もある。これも一理とあるいうか、解らなくもないのだが、じゃあ、公務員は不正の見逃しや業者との癒着、あるいは不祥事の隠ぺいが無いのかと言えば明らかなように、会計監査を民間から公的機関に移管すれば解決するようにも思わない。むしろ、公的機関に委ねると会計監査の実態が世間一般に対してより不透明になるように思う。会計監査は、ビジネスにおける1プレーヤー、民間のニーズによって生まれた社会インフラの1つなのであるから、自主規制をベースにした民間の理解、評価によって成長すべき存在だと考える。また、会計監査人の担い手たる公認会計士にとって一番重要な資質は、精神的独立性だ。精神的独立性は、会計監査人の職業倫理の1つであり、いついかなる時も会計監査の目的に対して忠実であり、誰からも独立した立場において自らの監査意見を表明する姿勢だ。会計知識や会計監査のスキルももちろんだが、それ以上に重要な資質だ(但し、会計監査において)。なので、10億円報酬を貰っていようがそういうことで自身の意見が揺らぐような人は会計監査はやってはいけないのである。昔、大先輩に『金儲けしたかったら会計監査はやめておけ、そういう仕事やないから』と言われたことがある。

話は少し横道にそれるが、会計監査に対する認知度の低さを示すには格好の話がある。守りのガバナンスから攻めのガバナンスへと掛け声よろしく今年6月から始まったコーポレートガバナンスコード、会計監査はまさにコーポレートガバナンスを支える1つのファクターだろう。ということはその維持費、すなわち会計監査人に対する監査報酬はコーポ―レート全体に係る費用である。以前からずっとこの認識がそもそもズレていると思っていたのだが、おそらくほとんどの会社の予算上、監査報酬は経理部等の部門予算に含められているのではないだろうか?ということは、そういう位置づけ、扱われ方になるということである。コーポレートガバナンスコードの浸透とともに会計監査に対する社会的な認知が向上することを期待したい。

 

以上、東芝の不適会計に何故新日本が適正意見を表明していたのか?について、気づかなかったのか? それとも、容認したのか?の2面からその要因を推察してみた。もちろん、本当のところは分からない。あくまで、会計監査に長期間従事してきた1人の公認会計士の推測に過ぎない。推測に過ぎないのだが、つくづく思うのは前例が他山の石となっていない、先の失敗から学ぼうとしない、という業界の体質だ。2007年に当時最大規模であった監査法人が自主廃業となった。もちろん、その原因を作ったのは廃業した法人だ。とは言え、同様の問題は他の監査法人も抱えているのである。その後のオリンパスIHI、そして東芝も根っこは同じである。そういう意味では、今回の新日本に対する東芝の会計監査の妥当性についての日本公認会計士協会やCPAAOBの調査は是非本質まで切り込んで欲しいと思う。政治的な決着や特定の人物、組織のつるし上げという一罰百戒的な対応ではなく、会計監査と言う社会インフラが本当の意味で社会から批判も受けながら信頼を獲得するための総ざらいの膿出しをして欲しいと思う。