溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

株式持ち合いって何の意味があるの?

ちょっと古い記事なのだが・・・

主力企業で持ち合い株を手放す動きが広がっている。大林組は今後5~6年で1000億円分を売る。コマツは保有をほぼゼロにした。パナソニック花王のように持つ意味が薄い株式は売却する方針を打ち出す例も相次ぐ。景気回復に向け企業は資金の有効活用を求められている。各社は余分な資産を処分して得る資金を、成長投資へ振り向ける。』

 

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持ち合い株、日本の高度経済成長を支えたある意味1つの日本的経営の象徴が過去の負の遺産として解消される、というもの。

高度成長において資金需要が旺盛、それでいて不安定な資本市場という経済社会にとっては資金調達側である会社と資金供給側である金融機関の利害が一致した1つのスタイルだった。

また、実際にはこの点が長らく重用されてきたのだが、安定株主による経営の安定化という経営者にとってのメリットがあった。取引上の関係のある複数の会社が相互にお互い株式を持ち合うことにより、株主総会において物言わぬ株主として一定の議決権を行使するというものだ。株主総会をスムーズに終わらせるだけでなく、例えば外資からの乗っ取りに対する防衛策としても機能した。

一方で、経営者にとってのメリットは、株主にとってのデメリット、安定株主工作による株主総会の形骸化株主による企業統治、エクイティガバナンス、が損なわれる、という問題が指摘されてきた。

日本の経済社会で株主がモノを言い出したのはそれほど昔のことではない。本格的にモノ言う株主が台頭しだしたのは所謂ハゲタカファンドのようなバブル後経営に行き詰った日本企業の外資による買収以降だろう。

それまでは、メインバンクによるデッドガバナンスが中心であった。ということは、メインバンクが自社の株式を一定割合保有していれば、経営者は銀行との事前交渉によって大方の経営方針が決定出来る、という相乗効果もあったわけだ。株主総会の前に、経営者とメインバンクとの話し合いによって重要事項は決定されるので、株主(総会)は当然軽視される。今では、とんでもない話だ、となるだろうが・・・

 

何でもそうかもしれないが、経済が上手くいっている時は、本来のあるべきかどうかは別にして、企業が儲かって金利も配当もそれなりに払っている内は、デッドだろうがエクイティだろうが、ガバナンスは対して問題にならなかった。

 

ところが、国内景気、経済環境が悪くなると状況が一変した。

株式持ち合いの弊害の面がクローズアップすることになった。

バブル後、海外におカネの調達先を求めた政府は急速に会計ルールを欧米に合わせるように改正した(会計ビッグバン)。この中で、保有株式の時価評価、いわゆる保有株式の含み損益を決算に反映させるようにした。業績の悪い取引先の株式を多く保有する銀行はこうした含み損が自己資本比率を圧迫することになった(一定比率を下回ると銀行は潰されることに・・・)。さらに、出資先に融資もしている銀行は融資に対する回収不能分の引当金(貸倒引当金)も必要になり、これがさらに銀行の決算を悪化させた。株式の含み損や貸倒引当金自体は決算に反映されようが、実損というかキャッシュとしての損はないのだが、これを機に融資先に対する『貸しはがしが起こると実態経済に大きな打撃を与えることは周知の事実だ。

株式持合い、特に銀行が取引先企業の株式を保有することは会社1社の問題ではなく社会的な問題となる・・・

 

事業会社同士の株式持合いはどうかといと、取引関係強化や資本提携関係の構築のため、というのが良く聞かれる株式持合いの目的だ。具体的に関係強化で何のメリットが期待できるのかというと・・・

他社よりも早く技術などの情報が入手できる

他社よりも仕入れ値が安くなる

他社よりも有事の際には協力してもらえる

といったところだろうか。

そもそも特定の相手とのこういう関係自体(実行されれば)、会社法的に大丈夫かという気もするが、経済的に見てもこれは特定の取引先等との長期安定的な関係を前提にしており、技術革新やビジネスモデルの変化のスピードや取引のグローバリズムが進む今のご時世で果たしてどうなのかなあ・・・

どうも変化の中で旧態依然のやり方を粛々と続けて時代の波に取り残される、そういう経営者を擁護するような策に思えてしまう。

 

また、当社をよく知った取引先に株式を持ってもらわなければ(持合いを解消したら)、買収リスクが高まる、という意見もある。

買収されたら良いんじゃないの?

と思うのだ。

資本の論理を振りかざすつもりはないが、そもそも株式会社で上場してるってことはそういうリスクは付き物だ。今は、グリーンメーラーや転売目的の買収に対しては対応策も認められている。その会社のリソースを認めてそれとのシナジーの発揮をし得る相手に買収されれば、今よりもその会社の業績も良くなるし、そうなれば、取引先もビジネスチャンスは増えるし、株主への配当も増える。もちろん、買収されるのが嫌だという株主は市場で売却できる。従業員も活躍の機会が増えたり昇給の機会もある。もっとも、買収を機に売却される事業部や解雇される従業員もいるだろう。しかし、その会社が存続していたとしてもそうならないという保証はない(これは別問題なのだが、どこでも生きていける力をつけていく必要がある)。

買収する/されるは、会社にとって、そのステークホルダーにとって、大きな環境変化であるが、同時に将来の成長、成果にとっての大きなチャンス(機会)でもある。

 

では、買収されて誰が困るのか? 

株式持ち合いが事業を成長させることができない、新しいビジネスを創出することもできない、外部の経営環境が変化する中で変化しない、変化できない、その結果、会社を弱体化させる残念な経営者が自らの身を守るためのものだとすると、これほど迷惑な話はない。

よく『会社にとってメリット/デメリット』と聞くが、言う立場によって内容が異なるので注意が必要だ。

その場合の会社とは誰のことなのか?

それによって、YesにもNoにもなる・・・

 

記事に戻って・・・

『スチュワードシップコード(SC)』、そして『コーポレートガバナンス(CG)コード』により特にメガバンクに対して(もちろん、一般の事業会社も)株式持ち合いを解消が促進されることになった。

CGコードで言えば、攻めのガバナンス、おカネを有効に活用して成果を上げ、株主に積極的に還元、という掛け声からは、一向に利益を生まない株式(配当はもらえるけど・・・)におカネを投じて寝かせるのは不効率。とっとと売却してその資金事業に積極投資(して儲けろ)しろ、ということだ。

ただし、持ち合い株式を売却するだけでは、CGコードが重視するROEも改善しない(含み益がある場合は却って低下)ので注意が必要だ。持ち合い株式を売却で得たおカネを事業に投資して、その事業から追加の利益を得て初めてROEが改善する。

 

事業会社にとっては、以前はともかく現在が株式持ち合いってどれほどのメリットがあるのか?と疑問視する声も多い(まあ、はっきりいって無いに等しい)。とはいえ、これまで保有してきた取引先の株式を売却すると、何で今!?的に取引先に変に思われても説明が・・・という会社にとっては、CGコードは福音となるかもしれない(それでもばれると気悪いし・・・)。

 

会社の中には、持ち合い株式を一定の基準で区分して売却しやすいものから順に売却していくというやり方もある(と思う)。

最近目にするのは、減損損失の穴埋め的に持ち合い株式の売却益を充てて当期純利益の帳尻を合わせる、というもの。

ここに会社の逞しさを見るのである(笑)