溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

負ののれん 続編

以前、『負ののれん』についてブログに書いた。幹事の羅列が多いB/Sの勘定科目の中にあって平仮名で目立つ『のれん』、更にその上を行く『負ののれん』ということで、その存在感や際立っている・・・

ということではなくて、負ののれんの意味と発生要因についての記事だ。

一際異彩を放つ『負ののれん』とは何だ? - 溝口公認会計士事務所ブログ

 

負ののれんの発生は『訳アリ会社』の買収故といった内容だ。それはそれで間違いではないのだが、若干補足したい。

 

そもそも

買収価格の算定方法が色々ある

ということだ。

買収価格の算定には純資産法(コスト・アプローチ)、収益法(インカム・アプローチ)、批准法(マーケット・アプローチ)などがある。それぞれ買収の目的によって使いわけられる。

会計処理でのれんにしても負ののれんにしても発生するのは、

買収価格と被買収会社の純資産(一旦簿価とする)に差額

がある場合だ。

換言すれば、被買収会社の純資産の簿価以外の価格で買収する場合は、まず間違いなくのれん、あるいは負ののれんが発生することになる。買収価格の算定方法が色々ある以上、のれんの発生は不可避となる。

 

一般的には、簿価ベースの純資産には反映(計上)されていない様々な無形の資産(人材、ノウハウ、ブランド)があり、買収価格はこれらを評価して算定されるため、

買収価格>被買収会社の純資産

すなわち(正の)のれんの発生となる。

 

しかし、未だPBR<1の会社が多いことを考えると、負ののれんの発生は訳アリ会社買収とは言え、それほど稀なケースとも言えないように思える

PBR<1(PBR1割れ)、つまり1株当たり株価<1株当たり純資産。株価には純資産に反映されていない会社の様々な価値も含まれているにも関わらず、だ。

株価水準も影響もあろうが、昔は良かった(ので利益剰余金が厚い→純資産多い)けど、最近パッとしないので株価の評価が低い、という会社も少なくないだろう。そういう会社がM&Aのターゲットとされることもあろう。

 

そして、連結決算の会計処理においては、

被買収会社の純資産の内、

時価評価可能な不動産等を時価で再評価

して行う。つまり、

買収価格と被買収会社の『時価ベース』の純資産を比較

するため、被買収会社の不動産等に『含み益』が存在すると、更に

負ののれんは大きくなる・・・

例えば、

買収価格100 簿価純資産150であれば、負ののれんは50だが、

買収価格100 時価純資産200となれば、負ののれんは100となる。

 

少し古いケースだが、08年の伊勢丹三越の経営統合において、

負ののれんが700億円発生した。

(会社化する場合と、合併の場合では会社の単体財務諸表と連結財務諸表へののれんの発生の仕方は異なるが、ここではその違いは無視し、買収価額と買収先の純資産の差額にフォーカスする)

 

このケースでは、被買収会社は三越に当たる。形式的には伊勢丹三越を割安で買ったことになるが、大きく理由は2つだ。

1つ目は、

当時三越の銀座店などの土地の時価が高騰した(三越の時価純資産が大きくなる)

 

2つ目は、

三越の時価純資産(土地の含み益)が伊勢丹の買収価格に反映されなかった

 

ということだ。

要するに、伊勢丹にとっては、

三越の土地の値上がりは無視すべきものということだ

そして、三越側の株主もそれを受け入れたということだ(相当ごねただろうけど・・・)。

時価ベースの純資産による価値は、ザックリいうと保有する資産それぞれの現時点による売却価格だ。つまり、買収後、その

会社を清算して保有する資産を売却

する(で、キャッシュを回収して利回りを得る)ということになる。

対して、百貨店としての機能としての三越を買収し、統合後伊勢丹とのシナジーを期待するということになれば、仮にどんな高値で土地を評価されようが関係ないということになる。この場合は、百貨店としての三越が今後どれだけの儲け(=キャッシュ)を稼ぐのか、つまり三越将来期待キャッシュフローの現在価値が買収する値打ち、ということになる(インカム・アプローチ:DCF法)。

ということで、本件は、

売却した方が高い会社を敢えて継続させるという事例

ということだ。この点だけだと、何と不合理な!となるかもしれないが(そういう議論をちゃんとして欲しいが)、金銭的価値の評価以外の事情もあろうし、そもそも、その時価とやらで対象となる不動産をすべて売却できるとも限らない・・・相対取引だし交渉事だし・・・

そもそも、

そんな時価ってホントに時価って言える?とも・・・

 

過去にはそんな珍しいケースもあったのか、とも言えず、ここ数年も実際の事情は不明だが、同じようなケース、経営統合による『負ののれん』発生

が見られる。

 

例えば、

16年3月期 九州フィナンシャルグループ(肥後銀と鹿児島銀)負ののれん 885億

17年3月期 東京TYフィナンシャルグループ新銀行東京統合)負ののれん 194億

 

金融機関の統合は、経営環境的にも百貨店のケースと重なる部分が多いのではないかと思われる・・・

 

さらに、金融機関においては、

16年3月期 東邦銀行 持ち分法→子会社化 負ののれん 76億

13年3月期 群馬銀行 子会社持分追加取得 負ののれん 12億

29年3月期 岩手銀行 持ち分法→子会社化 負ののれん 43億

のように、グループ会社に対する支配力を強める(株式の追加取得 例100%子会社化)過程で負ののれんが計上される例も結構見られた。

業績不振のグループ会社に対する支配を強めて経営改善ということももちろんあろうが、現在の会計ルールでは、

負ののれんは発生時に一括で利益に計上される、

ということだ(伊勢丹三越の時代とは異なる)。

負ののれんの会計処理について考え方はいくつかあるが、現在の会計ルールでは、割安購入益、つまり、

安く買えたことに対する利益(好い買い物したご褒美)

ということで即時利益計上。

 

とはいえ、調子の悪いグループ会社を買い叩くことで利益が生まれる、

それって良いのかな・・・