溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

前受金の落とし穴 【てるみくらぶの例】

この3月は公私ともにスケジュールがパンパンで、やっとのことでピークを越えたかと思えば、もう月末・・・


ブログの更新も3週間開いていた。3週間のブランクは過去最長ではなかろうか・・・

と言っている間に、てるみくらぶという旅行会社の破産申請の話題が世間を賑わせている。

 

僕自身はてるみくらぶを利用したことも無ければ、正直この会社のことを知らなかったので、ニュースを聞いて、事業内容から『おそらく運転資金管理に失敗したんだろうな~』程度に思っていた。ウェブ上のコメントもそんな感じのものも多かった。


ところが、こちら(☞てるみくらぶ騒動から見る日本式パッケージツアーの終わりの始まり - 夫婦でプーケット移住)のブログを読むと旅行業界、特に日本の旅行業界の特殊性(異常性?)が指摘されており、この通りだとすると、ビジネスモデルとして破たんしているのでは?とさえ思えてしまう。

航空券や海外のホテルの事前の予約金を賄うために旅行者から旅行代金の事前入金を募るしかなく(つまり、一般的な『前受金』商売のように資金繰りが楽になるわけではない)、また、旅行日程やキャンセルポリシーなどを旅行客の利便性を高めるために旅行会社自らがそのリスクを採る。つまり、催行率やキャンセル率が想定内であれば採算は採れるが下回れば損失となるだろうし、格安旅行プランなどで販売していればもともと利益率も低いだろうから、結構構苦しかったんじゃ無かろうか・・・つまり、そもそものビジネスモデルに無理があったのではないかと思うのだ。

と、こんな記事も見つけた。

てるみくらぶの資産状況が明らかに、債務超過が半年で50億円以上膨らみ急激な悪化 | トラベルボイス

半年間で債務超過が75億⇒126億へと約50億円膨らんだとのこと。原因は損失だろうから、もともとの逆ザヤビジネスが顧客離れによるキャンセル率増加などでさらに損失が加速度的に増加したのだろうか。

 

というか、そもそもそういうビジネスモデルなのだから、旅行プランを企画する会社としては、航空会社や現地のホテルなどにいついくらの支払いが必要になるのかわかっているはずで(それも上記記事によれば、かなり早い段階)、であれば、いつ資金ショートするかも読めていたはず

てるみくらぶ 3年前から粉飾 | 2017/3/30(木) 7:17 - Yahoo!ニュース

で、分かっていたからこその粉飾なのかな・・・予断は避けるが、まあ、突発的な倒産ということではないだろう。最近になっても旅行客(行けなかったので希望者か・・・)からおカネを集めているとのことだし、どの時点で経営破たんを認識していたかによっては経営者の責任は変わりそうだ


ところで、てるみくらぶの件も然りで、旅行代金の前金入金のように、

モノやサービスが提供される前に顧客から前金を受けるビジネスはそれなりにある。教育産業や美容業界などが典型だ。

会計ルールでは、顧客から注文されたモノやサービスの提供前に入金されたおカネは貸借対照表負債の部に『前受金』(*)として計上される。


(*)類似例に『前受収益』がある。ワンショットが前受金で、継続的なサービスの提供に対する前金が前受収益で、会計上は区別するが、大きな意味での性格は類似しているので、ここでは特段の区別なく使用する。


何故、おカネが手元にあるのに負債になるのか?」

という疑問を受けることがある。質問者はおそらく、手元にあるおカネに注目しているからと思うが、その通り、おカネは純然たる資産だ。問題は、おカネではなく

おカネを受け取った責任にある。


具体例で確認してみよう。
例)3月決算の商社。3/1に顧客から商品代金の前受を100,000円入金されたとする。商品の顧客への提供は4/5である。この商社の3月末決算では・・・

 

(借) 現金 100,000円  (貸)前受金 100,000円
                

となる。手元にある現金100,000円は資産である。と、同時に負債に100,000円の前受金が計上される。どう解釈すればよいだろう?

顧客側から見ると分かりやすい。顧客にとって商社へ支払った100,000円はあくまで預け金、つまり、実際に発注した商品が約束通り納品されて初めて納得するだろう。仮に、不良品や納品されなかったりすれば商社に対して預けたおカネを返せ~!となるだろう。であれば、商社にとっては顧客から入金されたおカネはあくまで預り金であり、顧客との約束を果たして初めて自分のモノとなる。つまり、前金入金された時点ではあくまで顧客のおカネを預かったに過ぎない。なんなら返還義務もある、ということで負債なのだ。実際、てるみくらぶでも旅行申込者から前金の返還請求が発生しているみたいだし、会社としての履行義務が果たせない場合は前金の返還が契約上も取り決められていたのだろう。

 

なお、上の例で、4/5に商品が納品されると、

 

(借) 前受金 100,000円 (貸) 売上 100,000円

 

となる。おカネの入金と売上のタイミングは異なるということだ。

 

てるみくらぶのような事例は少なくない。記憶に新しいところでは、エステサロンのミュゼプラチナム』(の当時の運営会社であるジンコーポレーション)や英会話スクールの『NOVA』の事例があった。

両者は、てるみくらぶよりも顧客からの前金入金されたおカネをもっと

積極的に活用していたようだ。例えば、ミュゼでは、広告宣伝費や新店舗拡大や高性能設備への投資に使われていたようだ。誤解を招かないように言っておくが、そういった事業への投資それ自体を否定しているのではない。むしろ、事業を大きくするためには事業への積極的な投資は必要である。そして、そのためにはおカネが必要だ。問題は、

おカネの調達方法をちゃんと理解していたのか?

ということだ。端的に言えば、

顧客から融資されたおカネを使っている自覚があったか?ということだ。前受金は『借りたおカネ』だ。積極投資をするなとは言わないが、そのためには顧客との契約を履行する必要があり、そのためには契約履行のための人件費や経費などのランニングコストがかかる。当然ながらそれら事業運営にかかるおカネを確保して、

投資に充てられる範囲で事業投資をしていたのか?

ということだ。ミュゼでは、14年8月期(倒産直前)の売上は約390億円で契約未履行の前受金がそのうちに相当を占めると言われる。つまり、

前金を『売上』として会計処理していた。会計処理が原因ということではないと思うが、そのような会計処理をするような感覚はもしかしたら

前受金を自分のモノと思っていたのではなかろうか?

ミュゼの社長は事業拡大のための積極投資以外にも、個人的なおカネの流用も指摘されている。

おカネが降って湧いてくる感覚があったのではないだろうか?

NOVAについても同様の指摘がある。顧客から預かったおカネを将来の事業投資へ充てるにしてもそれが期待されるリターンを産む保証は無い。増してや、リターンを産むはずのない経営者の道楽に使われていたとすれば・・・

NOVAでは、

経営者による前金の使い過ぎ⇒講師の人件費を削る

⇒講師が退職する⇒生徒、予約が取れなくなる

⇒退会する⇒受講料の返還請求⇒支払い不能で経営破たん

となったようだ。

顧客から前金を受けるビジネスモデルは本来事業を運営する資金繰りは楽なはずだ。

しかし、あくまで顧客から借りたおカネを運用しているという自覚を持たず、自分のおカネと勘違いして無計画に使ってしまうと、レバレッジを効かしている分返って仇となる。

 

追記

記事にコメント、感想をいただき、思いついたので。

 

あるからじゃなくて、要るから使う

当たり前の考え方が忘れられるのかな、と。

貸借対照表だと、まず左側、事業を成長させるために何にどれだけ投資するか、おカネが要るかを考える。そのおカネをどうやっておカネを工面するか、つまり右側を考えるのはその次だ。

あるから使う発想は知らず知らず識らず予算管理が甘くなる。M&Aに予算枠取りするのも危ないっちゃ危ないかも…