溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

減損すると来期以降の業績は良くなるのか? 【日本郵政の例】

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トール社の買収失敗の舌の根も乾かぬうちに、と言ったらいいだろうか、日本郵政野村不動産HDの買収を検討しているらしい。

そういえば、トール社の減損発表の時も布石とも思える

M&A戦略の方向性は正しかった」、と言っていたなあ・・・

あの買収を決めたアホと違って我々の判断は正しいとでも言いたいように聞こえる。

 

・減損が企業価値を高める!?

ところで、 前回、『早すぎる減損の深読み【日本郵政の例】』で、以下の日経記事を紹介した。

 

日本郵政減損、民営化委委員長「企業価値高める」 :日本経済新聞

政府の郵政民営化委員会の岩田一政委員長は26日の記者会見で、日本郵政がオーストラリアの物流子会社トール・ホールディングスで4千億円の減損処理をしたことを巡り、

最終的に日本郵政企業価値が高まる」との考えを示した。岩田氏は昨年10月の委員会でトール社の構造改革が必要と訴えていたが、今回の処理について「そうしたことに応えるものだ」と評価した。』

 

記事が氏の発言をどこまで反映しているかは定かでないが、大きな損失を出しておいて、来年からは良くなると言われても狐につままれた気分になるのでは無いだろうか?

しかし、減損をすることで過去の負の遺産を精算し、

「身軽になって」リフレッシュスタート

と減損を必ずしもマイナスと捉えない例も少なくない。

 

減損処理は、会社の将来の業績や企業価値にとってプラスなのだろうか?

 

・設例での検討

簡単な例をおく。

初年度に500の投資により、以後毎年税前利益1005年間期待できるプロジェクトがあるとする。また、投資(生産設備)の使用見込み期間は5年で定額法により毎年100の減価償却費が発生する。なお、単純化のために税金は考慮しない。

 

当初計画では、5年間でトータル500の利益が得られるが、ここで注意したいのは、

企業価値は利益合計ではなく、投資によって期待される将来稼ぐおカネ(将来キャッシュ・フロー)をベースに測る。

当初計画であれば、投資から期待される

5年間の将来キャッシュ・フローは1,000だ。投資額は500であるから、会社はこの投資を行うことで、1,000-500=500の追加的な価値を手に入れることができるという訳だ。簡単に言えば、この500が投資による会社の

企業価値の増加分と言うことになる。

(本来は時間価値等を考慮するため5年間の将来キャッシュ・フローの単純合計ではなく割引率を用いて将来キャッシュ・フローの現在価値と初期投資との比較をするが、ここでは単純化のために割愛)

 

ところが、当初の計画通りに投資計画が進捗せず、3年度目に投資した設備を全額減損処理したとする。2年経過時の設備の簿価は300(500-@100*2年)のため減損損失は300となり、3年度は赤字となる。

しかし、4年度以降は減価償却費が発生しないため4年度以降の利益額は当初計画は100に対して減損後は200と大きくなることが分かる。

減損すると業績が改善する、というのはこの点を言っているのだろう。 

 

               
当初の計画              
               
  0年度 1年度 2年度 3年度 4年度 5年度 total
営業利益(減価償却前)   200 200 200 200 200  
減価償却費(減算)   100 100 100 100 100  
利益   100 100 100 100 100 500
減価償却費(加算)   100 100 100 100 100  
キャッシュ・フロー   200 200 200 200 200 1000
               
投資額 500            
               
               
3年度に減損した場合              
               
  0年度 1年度 2年度 3年度 4年度 5年度 total
営業利益(減価償却前)   200 200 200 200 200  
減価償却費(減算)   100 100 300      
利益   100 100 -100 200 200 500
減価償却費(加算)   100 100 300      
キャッシュ・フロー   200 200 200 200 200 1000
               
投資額 500            
               

 

・減損と企業価値の留意点

ここで注意したい次の2点だ。

1点目は、減損の有無は将来キャッシュ・フローに影響しないということだ。設例からも一目瞭然だろう。減損処理により来期以降の業績回復と言うのは、減損後(設例で言えば4年度以降)の業績のみにフォーカスするからだ業績は短期的に把握されることが一般的だ。毎年(毎四半期)の売上、利益(の対前期比較や対予算比較)で捉えられ、これまでの通算や累積で評価されることはまあない。難しい理屈はおいても、大損を出しておきながら、損は忘れてこれからの業績だけ見てくれ言われてもムシが良いと思うのではないだろうか?各年度の利益だけではなく、通算でいくらもうかる(かった)のか?が気になるのは当然だろう。また、単年度の業績ではなく、企業価値に影響を与える重要項目の1つは将来キャッシュ・フローである。ところが、

減損処理はプロジェクト全体のキャッシュ・フローには一切影響しない。

減損損失すでにキャッシュアウトされたおカネの会計的な処理にすぎないからだ

つまり、

減損処理自体は企業価値を高めることにはならない

 

2点目減損は本当に将来キャッシュ・フローに影響を与えないのか?ということだ。上述と矛盾するのでは?と思うかもしれない。減損損失自体は将来キャッシュ・フローにも影響を与えないし、その結果としての企業価値にも影響は与えない

何が言いたいのかというと、

減損処理の原因が問題ということだ。

設例では、減損処理後減価償却前の営業利益を一定(200/年としている。

だから、将来キャッシュ・フロー合計1,000(と初期投資を差し引いた500)が減損処理の前後で不変となっている。ところが、

投資が計画通り進捗しない⇒業績が悪化⇒減損必要となる。つまり、減損損失が問題になる状況ではそもそも営業利益(減価償却前)自体が悪化していることが大いに予想される。そして、営業利益が低下すればとりもなおさず企業価値のベースとなる将来キャッシュ・フローも減少させることが分かるだろう。

 

したがって、

減損処理(負の遺産の精算)だけでは企業価値は高まらないし、業績も改善しない

減損処理をもたらした事業の業績悪化要因の改善が同時に必要になる。

日本郵政は、当然そのための施策を考えていると思うが・・・