溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

店長評価にROA導入の意図は!? 【J・フロントリテイリングの例】

www.nikkei.com

 『J・フロントリテイリング傘下の大丸松坂屋百貨店では、2018年2月期(国際会計基準)から店長の評価指標総資産利益率(ROA)」を導入する。従来は店舗ごとの利益が評価軸だった。より具体的に、細分化して利益を上げる意識を高めることを狙う。』

 

先日、三越伊勢丹HDの業績管理指標について書いたが、今度はJ・フロントリテイリングの情報。

傘下の大丸松坂屋の店長の評価指標にROAを導入するとのこと。記事にもあるが、利益だけじゃなくて資産の効率的運用も意識させる目的だろう。

 

ROA=経常利益(*)÷総資産

   =経常利益/売上高(経常利益率)×売上高/総資産(総資産回転率)

(*)日本では経常利益を分子におくことが一般的だが、より正確には事業利益(営業利益+金融収益(受取配当金、受取利息等)を用いる。

 

ROAを高めるためには、経常利益率(収益性)を高めるか、あるいは総資産回転率(効率性)を高めるかの2つのアプローチがある。

 

百貨店のようなビジネスは一般的には薄利と言われる。薄利で有れば効率を効かせることによって総合的指標を改善しようという目論見ともとれる。

そして、ROAを改善すれば、その結果ROEも改善する。

一応確認しておくが、

 

ROE=売上高純利益率*総資産回転率*財務レバレッジ

 

収益性が、ROAの売上高経常利益率と異なるが、経常利益を増加させれば通常は当期純利益も増加するので、収益性を改善するという根本的な点では同じだ。財務レバレッジを一定に据え置くとすれば、ROAを高めれば連動してROEも高まるのが分かるだろう。

 

同社の連結ベースの中期経営計画(2017~2021)では、2021年度目標の1つとして、

  

        2021年度  2016年度実績

連結営業利益   560億円    417億円

連結営業利益率   10.0%     9.2%

連結ROE       8.0%       7.6%

 

を掲げている。グループ全体の話にはなるが、事業内容を従来の『マルチリテイラー』から小売業の枠を超えた『マルチサービスリテイラー』を目指し、不動産事業の割合を12%まで増加させるなど事業環境的にも従来より投資対効果の効率性が重視されることも、今回の店長の業績評価指標にROAを導入する理由の1つではないだろうか。

 

『Jフロントは不動産事業を強化するなど「脱・百貨店」を進める。今年4月に開業した「GINZA SIX」(東京・中央)では賃料収入を柱に据えた。』

 

なお、ROEの項の内、財務レバレッジは、資金の調達手法(負債と自己資本)は前者ベースで判断しているだろうから(店舗ごとに増資、借入等の意思決定をしていれば別だが)店長の評価からは除外しているのだろう。財務レバレッジは本社でコントロールできるから、収益性と効率性は現場で頑張ってほしい、ということだろうか。

 

三越伊勢丹HDといいJ・フロントリテイリングといい、それぞれ経営目標に対してどんなアクションを起こせば(変えれば)達成できるのかを考えた結果のKPIであり、理にかなった施策だと思う。逆に言えば、それだけ厳しい市場環境に置かれているからこそとも受け取れるのだが・・・

 

店長(店舗)の業績管理指標にROA導入自体は良いのだが、1つ気になるのは、

店舗のA=資産をどう考えるのか?また、店長の評価にどう結び付けるのか?だ。

店舗の資産がそもそも何か、だが、我々消費者が目にする商品の多くは出店社であるメーカーの所有だろうから、百貨店の資産のメインは、不動産(建物、建物付属設備、土地、借地権等)だろう。

大型店、中型店などの店舗のサイズによって期待される利益も概ね比例するのであれば利益率は店舗規模によって差異はそれほどないと思われる。しかし、店舗が自己所有なのか、リースなのかによっては分母である店舗資産額に差異が表れる。リース契約によっては、オフバランス(not 資産)場合は資産が軽くなりその分効率性が改善する(したように見える)。つまり、リースの店舗の方が効率性、ひいてはROAが高く出ることになる。これは次の点にも関連するのだが、店舗間のROAの調整をどうするのかな?と思う。

 

『 全国14店(単体ベース)の大丸松坂屋百貨店の店長が対象だ。今期見通しのROA(営業利益ベース)は平均で4.6%。店舗ごとに目標水準は変えるが、「全店平均で5%以上」(若林勇人取締役)を目指す。達成度に応じて報酬や昇進時の評価に反映させる。』

 

記事にあるように、目標ROAの水準は店舗ごとに変えるとのことだから、算定ベースの不均衡はそこで加味されるのだろう(具体的にどう調整するのか興味あり)。

 

それ以上に気になるのが、責任と権限のバランスだ。利益責任を店長に求めるのはそれなりに納得感はあるのだが、資産の投資責任はどうだろうか。ROAは設備投資などの投資されたおカネを有効活用して売上、利益につなげるということだが、その投資は誰が決めたの? ということだ。要するに、資産の投資意思決定権限が店長に委譲されているのか?ということだ。先述の自己所有、リースの選択も然りだ。仮に店長に店舗に係る資産の投資決定権限があるとしても、店長の任期がどの程度かにもよるが、前任、あるいは前々任の店長が意思決定した資産の活用責任を問われるというのも評価される店長の身になればモチベーションの維持向上も気になるところだ。

 また、そもそもの疑問として、店舗に関わる大規模な投資案件は本社決裁ではらなかろうか。となると、そもそも店長に投資の権限が無いことになる…

 

もっともKPIは1つのメジャメントに過ぎないし、評価において考慮すれば良いとも言える。確かに言えるが、果たしてどう考慮するのか…その辺りが気になる。

 

ところで、J・フロントリテイリングは、当期(2018年2月期)から会計基準

IFRSへ移行する。 移行目的は次のとおり。

『当社グループでは、適正な資産評価に基づいた効率経営の実践や、当期利益重視の経営管理、 財務情報の国際的な比較可能性を高めることによる、海外投資家の利便性向上を目的として、 次期中期経営計画の開始(2017年3月から)に合わせて、IFRSを任意適用することといた しました。』

(出所:http://www.j-front-retailing.com/_data/news/161227_IFRS_J.pdf

 

先述の同社の中期経営計画にも掲げられている2021年の目標数値は実はIFRSベースの数値だ。

 

ちなみに、日本基準からIFRSへ会計ルールを変更することによって2017年2月期の連結ベースの売上高と営業利益は以下のような影響がある。

 

                                               (単位:億円)

            2017年2月期

       日本基準  IFRS

連結売上高    11,085   4,529

 

連結営業利益   445   417

連結営業利益率  4.0%  9.2%

 

売上高の差異の主たる要因は、百貨店(4,463億円)とパルコ(2,000億円)の総額取引をIFRSに則りそれぞれ消化ベース、純額取引金額へ変更したことによる減少。売上の金額修正のみで営業利益にはほとんど影響がないのが分かるだろう。この変更により、売上(規模)は小さくなるが、利益率は改善する。

先日のブログ(収益認識に関する会計基準(案)の公表に思う - 溝口公認会計士事務所ブログ

)で書いたように、日本の収益認識の会計ルールが近く変更になる。この変更による業績への影響の大きな業界として筆頭に挙げられるのが百貨店業界だ。規模を追う経営から利益、効率を求める経営への転換。

収益認識の会計ルールの変更がJ・フロントリテイリングの業績評価制度の変更に影響した部分もあったかも知れない。