溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

キャッシュ・フロー計算書の読み方 【久々にレクチャー系】

久々にレクチャー系。

 

アカウンティングのクラスで財務3表の読み方について講義をすると、P/Lに比べて

キャッシュ・フロー計算書(以下、CF計算書)は分かりにくいという意見がよくある(B/Sもだけど、これはまた別の機会に)。

これって馴染みが薄いから分かりにくいということで、決して難易度が高いということではないと思う。ちょっとしたコツさえつかめば実は全然難しくない。

 

 ところで・・・

会社は赤字でもすぐには倒産しないが、

キャッシュが底をつくとたちまち倒産する

 

事業の成長性も収益性ももちろん重要だが、倒産してしまっては元も子もない。

従業員、取引先、融資先など多くのステークホルダーにとっては、会社のキャッシュがどういう状況かはもしかしたらP/Lの売上、利益以上に重要な関心事かも知れない

 

ということで、今回はCF計算書の読み方について書いてみたい。

 

【CF計算書の形式】

現在、多くの会社(CF計算書の作成が義務付けられているのは上場会社等に限る)が作成するCF計算書は『間接法』で作成されている。これが、また一般のユーザーを遠ざける遠因にもなる。というのも、率直に分かりにくいのだ。

 

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間接法というぐらいだから、『直接法』のCF計算書もある。あるにはあるが、知る限り全ての会社が間接法で作成している。というのは、

間接法が作成がしやすいからだ。実は、CF計算書が義務付けれるまでは、キャッシュ・フロー情報は『資金収支表』という名称で、財務諸表の附表として有価証券報告書に含まれていた。この資金収支表は直接法で作成されていた。当時は注目されることも無く、間接法で読みにくくなってからキャッシュ・フロー経営の重視などで注目されるとは皮肉なものだ。

 

それはさておき、直接法と間接法の違いは『営業活動によるキャッシュ・フロー(以下、営業CF)』の部分だけで、その他の『投資活動によるキャッシュ・フロー(以下、投資CF)』、『財務活動によるキャッシュ・フロー(以下、財務CF)』はどっちで作っても全く同じ。違いは無い。

 

受講者の多くは、営業CFの作成(利益から営業CFへの調整計算)の難解さに目を奪われて、CF計算書の仕組みが分からない=CF計算書が理解できない、となるようだが、作成の仕組みが分かることとその意味するところが理解できることは全く別。

 

作成方法など知らなくても気にする必要なし。

着眼点を押さえておけばちゃんと読める。

 

そうは言っても、少しぐらいはCF計算書の構造を理解しておく必要はある。

 

【CF計算書の構成】


・営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)
・投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF)
・財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF)

 

と3つのキャッシュ・フローから構成されている。簡単に説明すると、


営業CF: 一定期間に会社の事業から生み出されたキャッシュ
投資CF: 一定期間に事業の維持・成長のために投じられたキャッシュ
財務CF: 一定期間に株主、債権者から/へ調達・返済(還)されたキャッシュ

だ。

 

構造については、これだけでOK。

 

【CF計算書の着眼点】

次に、着眼点を4つ。

 

① 営業CFが黒字か?

  会社は事業からキャッシュを生み出しているのかどうかということだ。会社が事業からキャッシュを生み出していれば、営業CFは黒字になる。営業CFが赤字ということは、事業を続けるほどに会社がどんどんキャッシュが流出していることを意味する。リストラなどで一時的であればその限りでは無いが、継続的に営業CFが赤字の状況は早晩会社のキャッシュが尽きることとなる。

 

② 何に投資しているか?

  よく勘違いされるが、投資CFは赤字が普通。投資CFが赤字ということは、会社が投資にキャッシュを使っているということだ。投資CFの説明からも、事業の維持・成長のためにキャッシュを投じる(使う)ことが望ましいということだ。しかし、投資CFには、有価証券の取得や貸付金なども含まれるので、会社の事業の維持・成長につながる投資かどうかをチェックする。メーカーにおいては、製造設備などへの投資、すなわち、有形・無形固定資産の取得(による支出)などが該当する。また、M&Aだと子会社株式の取得(による支出)という項目で投資CFの項目に記載される。

最近、成長が著しい会社はメーカーに限らない。ITやECなど人材こそが会社の重要リソースという会社が増えてきている。このような会社にとっての投資とは、人材の確保、育成、研究開発などで、会計上はこれらの項目は人件費、研究開発費(R&D)としてPLの営業利益までに反映される。したがって、営業CFに反映されており投資CFには表れないので留意が必要だ。

 

③ 営業CF+投資CFは黒字か?

  会計上の定義ではないが、営業CF+投資CF(投資CFが赤字とすると、営業CF-投資CFとも)は黒字かどうかを確認する。これは、よくフリー・キャッシュ・フロー(FCF)と言われる。簡単に言うと、キャッシュ・フローの余裕度だ。毎月100の収入がある人が50使って50の余力があれば、不測の事態等への対応の余裕がある。一方、100の収入に対して100使う場合、何事もなければギリギリ回るが、突発的な事態が発生すると対応に困るのは理解できるだろう。

 

④ 営業CF>当期純利益か? 

  営業CFはPLの営業利益と関係があると誤解されやすいが、簡単に言えば、

営業CFは当期純利益のキャッシュ版だ。営業CFをよく見ると、利息の受け払いや、キャッシュを伴う特別損益、さらには法人税の支払いも含まれる。

  さて、①は営業CFが黒字か?ということで、赤字は論外(1年限りは例外)。では、黒字なら問題ないかというと、営業CF<当期純利益だと怪しい。何が怪しいかというと黒字倒産の懸念がある。PLで当期純利益が黒字で、営業CFがそれ未満(赤字も含む)黒字倒産の予兆はまさにこの点に表れる。普通に健全な会社であれば、

営業CFは当期純利益の2~3倍は期待できる。

 

【CF計算書の簡単な分析】

 

以上、4点のポイントだけ理解しておけばCF計算書は十分読み取れる(仮に作成できなくても)。

 

例えば、以下の2つのCF計算書を見てみよう。

 

              A社     B社

当期純利益 100     200

調整額   200    △300

営業CF     300    △100

 

投資CF    △100     200

 

財務CF    △100     200

 

トータル     100     300

 

なお、

日本では、CF計算書は税金調整前当期純利益から調整計算を開始するが、ここでは便宜上当期純利益から開始している。また、

間接法のCF計算書の『税前利益⇒営業CF』へ至る調整項目を一括して『調整額』として記載している。実際には、減価償却費や売上債権やたな卸資産の増減などの各項目ごとに記載される。


A社のこの期のキャッシュの面からの状況をざっくり読み取ると次のようになる。

本業から300のキャッシュを生み出し、将来の事業への投資(設備投資など)に100のキャッシュを投じ、更に借入金を100返済して財務体質を改善した。

営業CFは黒字。更に、当期純利益よりも3倍大きい。投資にもキャッシュを投じている(投資内容は不明だが、ここでは設備投資を仮定)。さらに、資金的余裕(営業CF+投資CF=200)を活用して、負債の返済(ここも仮定)を進めた、と言ったキャッシュをどう稼いだか、どう使ったかを読み取ることができる。

同様に、B社。

本業では100のキャッシュを失い(流出し)、土地などの保有する資産を売却して200のキャッシュを調達し、さらに200の借入れでキャッシュを賄った、といった状況が読み取れる。

特に、当期純利益が黒字(200)なのに営業CFが赤字(△100)。整額△300の要因が、売上債権の増加、あるいはたな卸資産の増加が主たる要因によってこのような状況になっている場合には、黒字倒産に至る予兆と言える。これは、事業が(急)成長している場合も該当するが、事業が行き詰まり粉飾まがいの行為を行っている場合もそうだ。

黒字倒産の予兆は、当期純利益黒字、営業CF赤字にそのサインが表れることを覚えておいてほしい。

最近の上場会社の倒産の事例はこのパターンが多い。

過去ブログは☟

 

tesmmi.hatenablog.com

 

B社は事業からキャッシュを生み出せていないので、何とかキャッシュを工面しようとして手持ちの資産(不動産など)を売却し、更には借り入れをしてキャッシュを確保している。もちろん、このような状況がいつまでも続くとは思えないだろう。

 

A社とB社、キャッシュ・フローの典型的な良好なパターンと悪いパターンではあったが、上記の4つの着眼点を意識すると、結構CF計算書から、キャッシュの面からの両社の状況が読み取れたのではないだろうか?

 

【キャッシュが増えていれば良いのか?】

ところで、CF計算書の読み取り(分析)をすると、

キャッシュが増えている会社の方が良好ではないか

という意見があるが、必ずしもそうは言えない。

例えば、上記のA,B社ではB社の方がキャッシュは増えている(A社:100<B社:300)。

しかし、B社の方がキャッシュに苦労していると考えられるのは先ほどの分析のとおりだ。


CF計算書から会社の何を読み取りたいかによるが、

会社が将来に亘ってキャッシュを生み出す力

があるかどうかは、会社がどの活動でキャッシュを生み出し、何に使っているかに大いに関係するからだ。つまり、CF計算書はキャッシュの増減ではなく、キャッシュ・フローの内訳にこそ意義がある。トータルでキャッシュが増えたかどうかの結果だけならばCF計算書を作成するまでもなく、B/Sなどでキャッシュの増減を把握すれば済む。

ちなみに、最近ソニーの例が日経新聞で掲載されていた。

www.nikkei.com

『ソニーが2017年から独自のキャッシュフロー(CF)計算書の開示を始めた。』ということで、記事を読んだが、最初何が独自なのか全くわからなかった(あまりに当たり前なので)が、どうやら以下がポイントのよう。

 

『資金の流れを測る上で重要なCFだが、ソニーが開示するCF(金融を除く)は

事業が現金を稼ぎ出す能力により焦点を当てたのが特徴だ。前の期の現金収支の状況をスタートに置き、営業や投資、財務活動に伴う収支を反映する。ここでは、通常は財務CFとして算入する借入金の返済や資金調達に伴う資金の増減は考慮しない。

 「借り入れを増やせば手元資金が増えるのは当たり前」(村上氏)。借り入れに伴う資金の出入りはあくまで別物とみなし、期中の増減要因から除外する。』

 

キャッシュの増減だけで会社の良しあしを判断するのであれば、事業でキャッシュを稼ごうが、銀行から借り入れようが同じ、ということになる。しかし、どっちが将来における継続性を期待できるかというと自明だろう。

 

もっとも、だからCF計算書で営業CF、投資CF、財務CFに区分してるんでしょ、何を今更・・・と言いたくもあるが。

 

 

ところで、文中、キャッシュ、キャッシュと連発しているが、そもそもキャッシュとは何かを最後に触れておく。ここでいうキャッシュとは、CF計算書上のキャッシュのことだ。細かい定義はこちらを参照☟

現金及び現金同等物 | PwC Japanグループ

ザックリ言えば、現金ないしは現金に極めて近い、要求したら短期(おおむね3か月以内)で現金化可能な有価証券ということだ。したがって、B/S上の現金及び預金の金額とは異なる。例えば、短期に資金化可能な有価証券も含まれるし、一方、流動資産に含まれる満期が3か月超の預金は含まれない。