溝口公認会計士事務所ブログ

京都在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。会計監査、内部監査代行、内部統制の構築・改善業務、IPO支援業務、原価計算制度構築・改善業務、企業価値算定業務等のコンサルティング業務を中心に活動しています。また、グロービス経営大学院大学でアカウンティングとファイナンスの講師活動も行っています。日頃の業務の中で気づいたことをブログに書いていきます。【保有資格】公認会計士(CPA)、公認内部監査人(CIA)、証券アナリスト協会検定会員(CMA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人

現金預金は運転資本なのか? 【運転資本解説 補足】

前回、運転資本について書いた。

今さら感もあったのだが、意外に多く質問があった。

 

ワードの知名度に反して、意外に理解が難しい概念なのかもしれない。

 

その中でも多かったのが、

 

現金預金は運転資本なのか?

 

というものだ。

 

前回の設例では、設定を簡単にするために現金預金を一切持たずに事業を始めるということにした。そのため、事業に必要な資金は全て借入で賄うことにしたので、運転資本=借入金になった。

 

では、現金預金を保有する場合、現金預金は運転資本に含まれるのだろうか?

 

今回は、運転資本と現金預金の関係について説明してみたい。

 

【設例】

資本金8,000千円を元手に、1月1日より小売業を開業する。

開業に当たり必要な固定資産を4,800千円購入する(現金払い)。

(設定を簡略化するため減価償却は無視する)

当面の月間の売上高は1,000千円(原価率60%)

事業運営に必要な経費(販管費)は300千円(全て現金払い)

上代金の回収は販売後2か月後

仕入代金の支払いは仕入後1ヵ月後

棚卸資産は売上の1.5ヶ月分を保有

 

以上を前提とすると、開業から2か月後の2月末までのB/Sの推移は以下の通り。

 

【B/Sの推移 開業~2月末】

f:id:tesmmi:20190516183648p:plain

 

1月に販売用と在庫用の計2.5ヶ月分を仕入れるため、1月末の買掛金は1,500千円(月次商品原価600千円*2.5ヶ月)となる。一方、棚卸資産は1.5ヶ月分が残るので、900千円となる。売掛金は1か月分の売上高に応じた1,000千円となり、その結果、運転資本をここでは、売掛金棚卸資産-買掛金とすると、1,000+900-1,500=400千円となる。

現金が開業時の3,200千円から2,900千円と300千円減少している。これは、1月度の現金経費支払い300千円によるが、B/Sの動きから見ると、運転資本の増加(300千円)による減少と月次利益による100千円の増加の合計と捉えることが出来る。

 

2月には1月末の買掛金1,500千円を支払うが、新たに1か月分の棚卸資産仕入れるため、2月末の買掛金は600千円となる。棚卸資産は1ヶ月分の販売で減少した分を追加仕入するため1.5ヶ月分のまま900千円となる。売掛金は2月分の売上高1,000千円が増加し2,000千円となり、その結果、運転資本をここでは、売掛金棚卸資産-買掛金とすると、2,000+900-600=2,300千円となる。

現金が1月末の2,900千円から1,100千円と1,800千円減少している。これは、2月度の経費支払い300千円と買掛金の支払い1,500千円によるが、B/Sの動きから見ると、運転資本の増加(1,900千円)による減少と月次利益による100千円の増加の合計と捉えることが出来る。

 

運転資本が増加するとその分現金が減少

するのが分かるだろう。

 

2月末のB/Sを見ると、開業時3,200千円あった現金が1,100千円まで2,100千円減少し、一方、運転資本は2,300千円(*)増加した。

(*)2ヵ月の利益200千円分だけズレる。

 

つまり、

現金が運転資本に投資

されたと考えることができる。

 

 

3月以降、月次売上高、売上原価、経費等の損益項目、また、売掛金棚卸資産、買掛金の期間に変化がないとすると、

以降運転資本には変動はない。

 

実際に、3月~5月末までのB/Sで確認してみよう。

 

【B/Sの推移 3月末~5月末】

f:id:tesmmi:20190516183702p:plain

 

事業規模や取引条件に変化がない(この場合は売上高、仕入高、売掛金棚卸資産、買掛金に変化がないとする)場合、運転資本は2,300千円のまま変動がない。現金は、毎月の利益分だけ増加するが、一旦運転資本に投下された2,300千円はそのまま運転資本へ投資され続けることなる。

 

前回、運転資本を事業野ために棚卸資産等へ投資され、かつ投資され続ける資金と称したのはこの状況を指す。

 

では、現金はどうだろうか?

 

現金は、未だ棚卸資産等の運転資本へは投資されていない

 

では、

5月末の残高1,400千円は固定資産などに自由に使っても良いのだろうか?

 

以下の例を見てみよう。

 

商品の売れ行きが好調で、6月に大口の受注が入ったため、月次の販売計画を一気に3倍(3,000千円)に引き上げることにする。また、これにともない棚卸資産保有量もこれまでの2倍(1,800千円)に引き上げることにする。

 

f:id:tesmmi:20190516183729p:plain

 

5月末の棚卸資産は900千円であったが、6月度に1,800千円(月次売上3,000千円の60%)を販売してなお1,800千円残すためには、2,700千円を6月に仕入れる必要がある。したがって、6月末の買掛金は2,700千円となる。

売掛金は、5月末の残高2,000千円の内1,000千円は6月に回収するが、新たに3,000千円売上により増加するため、4,000千円となる。

その結果、運転資本は3,100千円(4,000+1800-2,700)と5月末の2,300千円から800千円増加する。さきほどと同様に現金の増加(1,400⇒1,500)をB/Sの動きから見ると、運転資本の増加800千円分による減少と月次利益の増加900千円の結果となる。

 

7月には、6月末の買掛金2,700千円が支払われるが、7月分の販売のための仕入(1,800千円)により買掛金は1,800千円となる。売掛金は、4月販売分1,000千円の回収が行われるが、7月販売分3,000千円が増加するため、6,000千円となる。棚卸資産は、1,800千円のまま変動ない。

その結果、運転資本は6,000千円となり、6月末から2,900千円増加する。

現金は̠マイナス500千円となった。

(便宜上マイナスするが、現金ショートにより倒産となるので、実際には、最低でも500千円の借入が必要になる)

なお、6月末からの現金の減少2,000千円は、運転資本の増加要因(-2,900千円)と月次利益(900千円)の合計だ。

 

やはり、

運転資本が増加すると、現金が減少する

現金が運転資本に新たに投資された、ということだ。

 

そして、運転資本の増加=現金の減少ということは、事業の進行によって運転資本の増加が見込まれる場合は、相当する現金を保有する必要がある。

先ほどの例では、5月末では一見1,400千円の余裕資金のように見えたが、状況変化(大口需要で月次売上3倍)により一気に資金ショートとなった。余裕どころか、500千円の資金不足だったことが分かる。

なお、売上高の増加に限らず、売掛金棚卸資産の滞留により運転資本が増加する場合も同様の影響がある。

 

会社の存続のためには、近い将来の運転資本の増加に備えていくらかの現金預金をバッファーとして保有する会社も少なくない。

 

つまり、未だ事業へは投資されていなくても、将来の運転資本への投資のために

実質的に使途が拘束されている現金預金

は運転資本に含める場合がある。

 

上の例を使うと、6月末における運転資本は既に棚卸資産等に投資された3,100千円プラス保有現金1,500千円の4,600千円となる(この時点で500千円の不足を認識していれば、5,100千円となる)。

 

この考え方に即した運転資本の表現方法は以下だ。

 

流動資産ー流動負債(有利子負債を除く)

 

なお、外部から判断するのは難しいが、厳密には現金預金の内、将来の運転資本の増加に備えて保有する以上の部分、つまり実質的な余剰分は運転資本には含めない。

 

なお、実質的な変化はないが、7月末のB/Sのマイナス500千円の現金を500千円の借入を起こしたとすると、現金が0、借入金が500となる。

f:id:tesmmi:20190520183652p:plain

この時、流動資産計7,800千円(現金0+売掛金6,000+棚卸資産1,800)、

流動負債2,300千円(買掛金1,800+借入金500)となる。

運転資本=流動資産ー流動負債とすると運転資本は5,500千円と計算されるが、この時点で事業に拘束されている資金(=運転資本)は6,000千円でありギャップが生じる。計算式で流動負債に有利子負債を含めないのはこのためだ。

なお、借入金の残高と運転資本の金額が同じではないこともこの図から分かるだろう。

 

【まとめ】

 

現金預金は運転資本なのか?

 

 

既に事業に投資したかどうかに関わらず、実質的に使途が拘束されている場合は、現金預金も運転資本の一部と捉える。