溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

1株当たり純資産(BPS)の紛らわしさ    【1株当たり情報】

先日、1株当たり純資産の計算式

について改めて考える機会があった。

 

改めて考えると、確かに名前と中身がミスマッチというか、

紛らわしさを感じた。

 

【1株当たり純資産の計算式】

 

1株当たり純資産(BPS=Book Value per Share)というと以下の計算式をイメージする人が多いのでないだろうか?

 

1株当たり純資産(BPS

=純資産/発行済株式数

 

名称から普通はそうイメージするだろうし、また、ざっくりと1株当たり純資産の意味を理解するには十分だ。

実際、そんな説明をしている書籍やインターネット記事なども見られる。

 

ところが、実際には・・・

 

1株当たり純資産(BPS

普通株主に係る期末の純資産/期末の普通発行済株式数ー期末の普通株式の自己株式数

 

なんだか面倒くさそうだ・・・

(ということもあり、先ほどの簡略的な表現をしているのかも)

 

【何故、普通株式?】 

まず、目につくのは普通株式という単語だろう。

何故、わざわざ『普通』と断りを入れるのか?

答えは、普通じゃない株式があるかもしれないからだ。

会社によっては優先株式、劣後株式のような普通株式とは性格の異なる株式を発行しているケースがある。

このような株式を種類株式と言うが、種類株式には会社の資金調達の多様化のニーズに応える機能がある。

例えば、会社が資金調達はしたいが経営に口を出して欲しくないという場合、経営には参加できない代わりに配当金は普通株主よりも優先する配当優先株を発行するといった具合だ。

 

つまり、1株当たりといっても株式の性格が必ずしも一致しないため、一括りに扱うわけにはいかず、株式の性格に応じた純資産を計算する必要がある。

 

では、何故、『普通株式』1株当たりの純資産なのか?

適用指針には、『1株当たり純資産額の算定及び開示の目的は、普通株に関する企業の財政状態を示すことにあると考えられるため』とある。

こういうと身もふたもないのだが、理由としては、通常は普通株式の発行数が圧倒的に多く、株主にとって最も関心が高いであろう普通株式を対象としたということだろう。また、1株当たり純資産(BPS)は、株価の割高、割安の水準を示す指標であるPBR(Price Book‐value Ratio)の分母となる。株価は普通株式の株価であるから、両者の対応関係から1株当たり純資産は普通株式を対象としているとも言える。

 

PBR(株価純資産倍率)

=株価/1株当たり純資産(BPS

 

しかし、普通株式が重視されているとは言え、普通株式以外の株式が殊更に軽視されている訳ではない。適用指針では、普通株式以外の株式に係る1株当たり純資産額に重要性が認められる場合には同様に開示対象とするとしている。

いわゆる、 2 種方式(ツークラス法)と呼ばれる方式だ。

 

詳細は以下を参照☟
企業会計基準適用指針第4号
1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針 』
https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/shihanki-s_5.pdf

 

【何故、自己株式を控除?】

次に、自己株式を発行済株式数から控除している点。

1株当たり純資産の開示の趣旨は、普通株式1株当たりの期末時点での財産を表すことだ。自己株式は、実質的に資本の払い戻しと解釈されてる(消却はされていないため資本から直接控除はされていない)。そして、自己株式には、配当請求権残余財産分配請求権もない。つまり、共益権も自益権もない。

期末時点での純資産の分け前に預かれない株式のため、控除される。

 

【何故、純資産全額が対象でない?】

最後に、分子の純資産の意味だ。

純資産には、実は普通株主に帰属しない資産(*)も含まれている。

例えば、新株予約権、非支配株主持分(連結のみ)だ。

  

新株予約権は、そもそも株式は未発行

非支配株主持分は親会社の株主以外の株主の持ち分だ。

 

(*)他に、優先株式に係る資本金、資本剰余金、当会計期間に係る優先配当、新株式申込証拠金、自己株式申込証拠金など

 

純資産、自己資本、株主資本の違いについては

こちらを参照☟

https://globis.jp/article/5067

 

何故、そんなモノが純資産に含まれているのかと言うと、資本の概念が変化したためだ。ずっと以前は、資本というと株主の持分という定義だった(当時は、B/Sでも”純資産の部”ではなく”資本の部”と表記していた)。

ところが、時価主義が会計へ反映されるにつれて段々と資本の概念が変わり、資産から負債を控除した残りが純資産を表すようになった。そのため、非支配株主持分や新株予約権のように現時点の親会社の株主に帰属しない資産も純資産に含まれることになる。

 

1株当たり純資産の趣旨からは、あくまで対象とすべきは現在の親会社の株主に帰属する財産(1株当たりの)であるから、対象とならない項目は控除することになる。

  

 

なお、この考え方は1株当たり純利益ROE自己資本利益率)にも同様に当てはまる。むしろ、それらと平仄を合わせている。

 

ところで、例えば、ROEの分母は純資産ではなく、自己資本(*)としている。

 

自己資本=純資産ー(非支配株主持分(連結のみ)+新株予約権

 

概念的には、自己資本は1株当たり純資産の分母に一致

する(普通株式のみの場合)。

ROEの場合は、”純資産利益率”とは呼ばず”自己資本利益率”と呼ぶため、受け取る側も分母は≠純資産なのか、と気づきやすい(でも無いか?)。

 

この点、1株当たり純資産としつつも、実は純資産全部が対象でないというのは紛らわしいと言えば、確かに紛らわしい。

 

”1株あたり自己資本”とか、名前の交通整理をしたらいいのに(笑)