溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

早すぎる減損の深読み 【日本郵政の例】 ~半ばボヤキ系記事~

 

www.nikkei.com

日本郵政は25日、海外物流子会社で発生した損失を2017年3月期に

4003億円計上することを決めた。日本郵政の連結最終損益は

400億円の赤字に転落、07年の郵政民営化以来初の赤字となる。損失処理を優先する姿勢を市場は前向きに受け止めているが、肝心の郵便事業の強化には課題を残す。海外展開のてこ入れは急務だ。』

 

まったく、減損なんて降ってわいた話じゃないんだから、3月中に結論出して欲しいよ ・・・

記者会見でも、監査法人に言われてやるわけじゃないということなので、

社内事情で調整が遅れたのだろうか・・・

 

会社が同日に発表したプレスリリースがこちら☟

トール社の減損についての詳細が説明されている。

日本郵政のプレスリリース on 4/25/2017】

http://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS06651/fc5628be/a92b/4596/9f81/10e5f80383ce/140120170424448469.pdf

 

今回処理する減損損失4,003億円の内訳が、

のれん:3,682億円

商標権:241億円

有形固定資産:80億円

であることが分かる。

マスコミの報道等ではのれん『等』約4,000億円とされているが、

実は商標権や有形固定資産も対象になった。

 

日本郵政の記者会見でも『高値掴み』だったとの弁があったが、この構成からも把握できる。

一般に、のれんは、買収先の純資産を上回る金額で買収した際の買値と純資産の差額と説明される。おおむねはそれで正しいが、もう少し詳しくいうと、差額の内、無形資産として個別把握できるものは個別把握する必要がある。これをパーチェス・プライス・アロケーション(PPA)と言うが、トール社の場合は商標権がこれに当たる。

と、違いはあるものの、のれんも商標権も、トール社のB/Sには計上されていない、つまり、目に見えない資産価値だ。日本郵政が、買収に当たり、トール社を活用することで見込まれるとして見積もった追加的価値だ。商標権であれば、未だ顕在化してはいないが、トールの商標権を活用することでこれだけの追加的価値が期待できるということだ。のれんは超過収益力と言われるが、具体的には、会社を買収することで、規模の経済が働いてコストメリット(コストシナジー)が期待できるとか、技術的な相乗効果が期待できる(技術シナジー)とか、事業多角化によって範囲の経済が効くなど(戦略シナジー)などがその正体だ。こういったシナジー日本郵政トール社じゃあ、そもそも期待薄だったようにも思うが・・・

粗っぽく言えば、買い手にとっての『皮算用』がのれん等というわけだ。

買収してから皮算用をしっかり実現させていけば良いのだが、実現を怠ったり、そもそもあり得ないような期待値を設定したりすると、カボチャの馬車に戻ってしまう・・・

日本郵政のケースではその両方に問題がありそうだが、高値掴みの金額的なインパクトはやはり冷静に考えれば期待薄なシナジーを大きく評価してしまったことが要因に思える。冷静さを欠く要因はいくつかあって、まず結論ありき、ということだろう。この機会を逃せない等、どういう根拠か分からないが、会長、社長などの意思決定権者が先に買うことを決めてしまう、というやつだ。こうなると、実務部隊は多少の『どうなんかな~』という要素が出てきても見て見ぬふりをしたり、となる。また、M&A部門も予算がついて専任が張り付いてとなれば、実績が問われる

実績=M&Aディール、大型買収などいくらのディールを達成したかとなれば、

買収額は高い方が良いだろう。ファイナンシャルアドバイザー(FA)にしたって、成功報酬も買収金額に依存するとなればそりゃあ・・・と、会社を取り巻く環境からも、買わないよりは買う、安くよりは高く

という引力が強いと思われる。

 

そういった事情で、よほど

会社の戦略(事業ポートフォリオ)に合った会社しか買わない、

ペイするような妥当な金額の範囲でしか買わない

としていないと、ビットになれば加熱して思わぬ『もう一声』が出かねない・・・

 

減損は、のれん等の皮算用だけでなく、有形固定資産からも80億円発生している。こちらは買収時に既にトール社が事業で活用していた現物資産だ。これを減損対象とすることは、

既に営んでいる事業からの期待価値も目減った

ということだ。

日本郵政は、『資源価格の下落 及び中国経済・豪州経済の減速等を受け』てトール社の営業利益が(当初見込みより)大きく落ち込んだと説明している。将来のことは神のみぞ知る、既に営んでいる事業であっても外部環境の変化等によって見込みが大きく変わることもある。であれば、

未だ発生していない潜在的シナジーは言わずもがな

だ。のれん等はそういう性質である。

のれんの期待値を上げることのリスクを理解いただけるだろうか?

 

日本郵政によれば、オーストラリア全体の景気要因トール独自(M&A中心で成長)の要因で業績が悪化、と説明しているが、そういうリスク評価も、

本来は買収時に検討、評価して買収金額反映すべきであるし、もうひとつ言えば、今後の対策として挙げている

競争に勝つつための土台固め、コスト削減・見直し、差別化 、シナジー選択と集中

なども同様。買収時に検討すべきであって、今やる話じゃないだろう。

 

これらの点からも、会社も説明しているように、失敗M&Aと言わざるを得ない。

 

ところで・・・

 

『過去のレガシーコスト負の遺産を一気に断ち切る』 

また、

『赤字決算に対する経営責任も明確にした。長門社長と日本郵便の横山邦男社長は6カ月間、20%の役員報酬を返上。買収当時に日本郵便社長だった高橋亨同会長は30%の返上に加え、代表権も無くした。』

 

経営陣の覚悟が伝わる、と言いたいところだが、

長門社長は「不本意ながら(当時の)査定が甘かったのではないか。少し買収額が高かった」とし、旧経営陣にも責任があるとした。』

 

むしろ、これじゃないか?

 

トール社は2015年2月に買収発表で、2015年5月に買収している。

日本郵政の連結決算への加入は、2016年3月期からで今期2017年3月期は2期目

一般に、継続的な営業赤字または営業キャッシュ・フローの赤字が減損処理を検討する1つの基準だ。もちろん、経済環境の悪化などもあるので、一概には言えないが、買収後2年もたたないうちに減損処理、しかも4,000億円規模の減損損失は通常ではない。普通は、減損処理を迫るのは監査法人であり、会社としてはできるだけ損失は先送りしたいと考える。冒頭にもあるように、会社の自主的な判断で減損を決意とのこと。

よほど、トール社の減損処理をしたかったと見える。

日本郵政はこれまでのれんを20年かけて償却するとしており、今回も分割償却で決算上赤字を出さない手もあった。だが、将来にわたる償却費の発生が避けられず、一括償却で一気にウミを出し切る方針を選択。海外子会社の巨額損失にあえぐのは東芝と同じ構図だが、グループで15兆円の純資産を持ち、吸収は可能と判断したもようだ。』

ちなみに、25円/株の期末配当は予定通り実施(そら、このタイミングなら出さないと荒れる…)潤沢な資金があるので、4,000億円程度は問題なし。むしろ、来期以降の215億円/年の償却負担が減るので業績改善となる(記者会見でも弁明)←この発想もどうかと思うが・・・

 

現経営陣としては、

悪いのは前の経営者トール買収を決めた人たちですよ、われわれはノーと言えなかっただけです。もちろん、その責任はとりますが、本心はあんな値で買うべきじゃなかったんです。そんな影響を引きずって経営したくない(業績評価されたくない)。

ということだろうか?

 

ウミは早期に吐き出す。抱え込むよりは良いのだが、早すぎる減損処理はまた違った問題になりかねない。買収時から時間の経過とともに、外部環境や事業の見通し等は変化する。買収時の見通しとかい離した結果が減損だ。

5年先までは見通せませんでした、は通っても、

1年先であればどうだろう?

1年先も読めなかったんですか?こうなると分かっていて買収した、あるいは経営者であれば当然その程度は想定すべきだった、となると、善管注意義務違反等で株主代表訴訟の対象となるかも知れない。

 

また、本日の日経記事にこんなのがあった。

日本郵政減損、民営化委委員長「企業価値高める」 :日本経済新聞

政府の郵政民営化委員会の岩田一政委員長は26日の記者会見で、日本郵政がオーストラリアの物流子会社トール・ホールディングスで4千億円の減損処理をしたことを巡り、「最終的に日本郵政企業価値が高まる」との考えを示した。岩田氏は昨年10月の委員会でトール社の構造改革が必要と訴えていたが、今回の処理について「そうしたことに応えるものだ」と評価した。』

子供が聞いてもおかしいと思う話だ。負の遺産を清算したことで、

来にわたって会社が稼ぐ価値はむしろ高まる

ということかもしれないが、随分と虫の良い話だ。

過去の失敗をそそくさと切り離してやれやれと思っているとしたら、

近い将来同じような失敗をして、企業価値は低下することになりかねない。