溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

大抵の会社は監査制度をコケにしている 【暴露系ブログ】

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先週、インターネットでこんな記事を見つけた。

表現はやや厳しめだが、会計監査制度の重要性、とりわけ、資本主義社会における重要性を訴える内容だ。

会計監査に長く携わってきた人間からすると、よくぞ言ってくれた!という気持ちだ。しかも、業界人でない方が言ってくれるのがなおさらうれしい。

 

会計監査は、なかなかモチベーションの維持が難しい仕事だ。

理由はいくつかあるが、顧客からの感謝を感じにくい仕事ということもある。

その理由はおいおい・・・

 

うれしい記事に水を差すようだが、いや敢えてだからこそ、会計監査の実態について書いてみたい。

 

・監査制度をコケにする会社は実は多い!?

記事には、

『これは監査制度の危機だ。東芝の行動は「監査意見なんて無くてもいい」と言っているに等しいからだ。日本の資本市場の歴史の中で、ここまで堂々と開き直って、監査制度をコケにした企業は無かった。』

とあるが、確かに直接的にそう言う会社は少ないと思うが(東芝も危機的状況に追い込まれたからということもあろうが)、

本音のところでは同じような考えの会社は多いと思う

『監査意見なんか無くてもいい』とは言わないまでも、制度だから入れている、という会社は少なくないだろうし、おカネを払ってまでは・・・と思っている会社は普通だと思う。良い悪い、べき論は置いておいて、実態はそうだと思う。

実経験として、ある大手企業の経理担当者から

監査なんて何の役にも立っていないじゃないですか

と言われたことがある。それに留まらず、会社の邪魔ばかりしている、という趣旨のことを言われたこともある。邪魔と言うのは、会計ルール上問題があるため会計処理の修正を会社に要求することを指してだ。明らかな間違いであれば問題は無いのだが、見解の相違もある。減損や引当金のような会計処理に会社の判断が介入する性格を持つ会計処理や会計ルールが想定していないような新しいタイプの取引などが対象となる。会社の意見は意見として、監査法人としても疑問があれば提示し議論となる。それが、会計監査の役割だから当然なのだが、会社の立場からすれば、決算処理が止まる(数字の確定が遅れる)、追加資料など説明が必要となる(決算業務の増加)、さらに結果として数字を修正なんてことになれば役員承認を得る必要がある。一旦決まった(決まりかけた)数字を修正することが(社内調整含め)いかに労力が必要サラリーマンの方には想像に難くないだろう。そして、その会社もそうだが、そもそも日本の会社の社員は優秀だ。中には不正を働く会社もあるが、大抵の会社は、正しい決算をすべく社内の組織を作り、人員を配置している。経理部門などの人員も会計ルールのアップデイトも抜かりなく、自信を持った会計処理を監査法人にも説明してくる。こういった事情もあり、

大手になればなるほど

会計監査なんかぶっちゃけ無くても大して影響なし、制度上監査報告書もらわないと対外的な説明が難しいから、やむなく監査法人を雇っている

というのが本音ではないだろうか・・・

経理部門の人員の質量ともに十分ではなく監査法人にノウハウを期待している会社は、いえいえ滅相もありません、会計監査は必要です、と言うかもしれないが、それはいわゆるバーター的に考えるのであって、仮に自分たちが監査法人に頼らなくても決算業務が滞りなくできるのであればどうなのだろうか・・・

 

会社に文句を言いたいのではない。

会社がそう考えるのも無理はない、と言いたいのだ。

 

・監査コストって!?

会社にとって会計監査は負担となる。例えば、監査報酬。これは、2013年度の金融商品取引法適用会社の監査報酬額は、連結ベースで平均4610万円ということだ。金商法監査なので主に上場会社のような規模の会社が対象ではあるが、結構な金額と感じるのではないだろうか?もちろん、毎年のことだ。

(参考:http://www.taxcom.co.jp/snews/ticker/publish_tax.cgi?news_src=1606

 

また、上述のように、会計監査は監査法人が勝手にやって帰っていく訳でなく、

会社の対応が必要になる。会計監査が長くなることはイコールその分会社の対応が必要になるということで、事務コストが上がる。例えば、連結売上高及び資産総額が2,000億円程度、本社以外に支店10 箇所、工場6箇所、国内子会社10 社、海外子会社4社、持分法適用会社3社、物流センター1箇所を持つ上場企業を想定した場合、年間の監査時間約8,000時間に及ぶという報告もある。

(参考:『監査時間の見積りに関する研究報告』(日本公認会計協会)http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/pdf/2-8-18-2-20080603.pdf#search=%27%E4%BC%9A%E8%A8%88%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E6%99%82%E9%96%93%E6%95%B0%27

そもそも会計監査にどのくらい時間が必要かイメージ無い人がほとんどだと思うが、8,000時間と聞くと驚くのではないだろうか。当然、会社も相当の時間を監査法人に付き合うことになる・・・

 

それだけ、時間とお金をかけて、ゲットするものが監査報告書一枚だけ

とは何ともやり切れないというのはわかる気がする。

また、会計監査は無限定適正、つまり監査であれこれ調べた結果、会社が用意した財務諸表が正しい、と言うのがもっとも望ましい終わり方だ。いわゆるお墨付きなのだが、あれだけ時間とお金かけて、特に問題無し、以上言われるとそれはそれで拍子抜け、本当にそれだけかける必要あるの?と思う気持ちも分かる気がする。

 

いくら会計監査に理解があったとしても、そこまでのコストを負担する値打ちがあるのか?と会社が思うのは自然だし、コスト意識が高い会社ほどそうなるだろう。

 

但し、それは、監査コストが製造コストや販売コストのような事業を維持運営するための必要なコストであれば、だ。

 

・会計監査は誰のため?

会社にとっては会計監査は結果社会からの信頼が得られるといった副次的な効果はあるにせよ、そのような副次的効果と監査コストの比較で高い安いではない。会社にとっては会計監査は義務なのだ。じゃあ誰にとっての権利でありメリットの享受者かとなれば、株主や投資家などのステークホルダーだ。

これまで会社と言ってきたが、ここからは明確に経営者とすると、ステークホルダーが安心して会社の株式へ投資したり、金融機関が融資したりするための判断材料の1つとして会計監査制度がある。経営者のためではない。

むしろ、経営者を監視するためエージェンシー問題のソリューションの1つとの位置づけだ。

ここは是非、誤解いただきたくない点だ。だから、

会社が会計監査をコケにしようがしまいが制度としては関係ない

重要な点は、株主、投資家、債権者、取引先、従業員といった会計監査によってメリットを享受するステークホルダーが会計監査の重要性を認識していただくことだと思う。

その点において、会計士業界とは関係ない方がこのような記事を書かれ、何で誰も怒らないんだ、と警鐘を鳴らしていただいたことは意味あることだと思う。

ステークホルダーのみなさん、東芝監査法人だけの問題ではないですよ!

ステークホルダーのみなさんも当事者であること自覚していますか?

会計監査制度の受益者はみなさんなんですよ、そして監査コストの負担もみなさんなんですよ、と。

 

監査コストについて、監査を受ける立場の会社から監査報酬をもらう仕組みが良くない、だから監査法人は会社に強くものが言えない、とよく批判されるが、

これは監査報酬の支払窓口が便宜上会社ということであって、あくまで監査報酬の負担者は受益者の株主ステークホルダーの代表として)ということだ。現在の制度の立て付けは、監査報酬の決定権限は取締役にあるが、この点を明確にするには監査報酬の決定権限を株主(総会)か社外役員が中心となる監査委員会にすべきではないだろうか。

 

約10年前、とある上場会社の会計不正の影響で担当していた監査法人が廃業した。当時は国内で最大手、4大監査法人の一角の監査法人だった。その監査法人が廃業する事態になって、何故監査法人が廃業に追い込まれないといけないのか?(ちなみに、資金不足ではなく信用失墜での決断)、そもそも会計監査制度とは何なのか?(無いと社会にとってどんな問題があるのか)が社会全体で大きく論じられた記憶がない。個人的には、この点が最も残念だった。あれから10年を経て、東芝の会計不正と言う決してあってはならない事件ではあるが、改めて、経営者でもない、監査法人でもない、

会計監査制度は投資家、株主を始めとする会社と関係を持つステークホルダー、ひいては社会全体のためという理解を醸成するきっかけにしたいと思う。