溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

MRJ 消えた4,000億円の行方を追え!? 【三菱重工の例】

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180620&ng=DGKKZO31979490Z10C18A6EA1000

 

6/20付日経朝刊の記事。

 

あ~、ついにMRJも減損か・・・

 

f:id:tesmmi:20180629161837p:plain

 

と思って読むと、何と

 

『損失なしで資産減額』

 

とのこと。

 

記事を読んでなるほど、そういうことね。

でも、この内容って分かりにくいよな(記者もよく理解していないのでは?)ということで、三菱重工が発表した減損無しで資産減額のスキームをこちらのコラム☟で説明してみた。

appapi.globis.jp

 

【損失なしで資産減額のカラクリ】

 

P/Lに減損損失を計上することなくMRJに係る資産を減額するスキームを理解するには、

 

減損会計(それも日本基準とIFRSの違い)

 

IFRS適用初年度の処理

 

の2つを理解することが前提になるため、会計に多少明るいビジネスパーソンにとっても理解は容易ではないと思うのだがどうだろうか?

 

今回の三菱重工の会計処理(といっても、2019年3月期の業績予想に関する発表なので正確には未定なのだが)は①②がそろって初めて成立する

 

減損会計の日本基準とIFRSの違いについては、減損判定プロセスに違いはあるものの、仮に三菱重工が以前からIFRSを適用していて2019年3月期にMRJの減損が必要と判定されるのであれば、2019年3月期のP/L(連結P/Lだが、ややこしいのでP/Lとする)に減損損失として計上される。日本基準では特別損失、IFRSでは営業費用と損益区分の違いはあるものの、いずれの基準であっても減損損失はP/Lへ計上される。

 

ちなみに、IFRSに比べて日本基準の減損判定がユルいというか慎重なのは、減損の『戻し入れ』の可否が1つの理由だろう。

日本基準では、一旦減損するとその後資産の収益性の回復が認められたとしても減損の戻し入れはしない。IFRSでは、のれん以外の減損の戻し入れはありだ。そのため、IFRSでは

『ユー、減損しちゃいなよ、後で戻せばいいんだから』

と気軽に減損ゴーとなるのだが、日本基準では一旦減損したら後戻りはできない。

『気軽に減損するなよ~、するなよ~』

ということだ。

 

話を戻して、IFRSでも減損はP/Lに計上されるが、ここで効くのが②だ。

 

IFRS適用初年度に関しては、以前からIFRSを適用してきた体を作る。つまり、日本基準で作成してきた過去の決算書を全てIFRS遡及修正する必要がある。とはいえ、IFRS適用初年度に有価証券報告書に開示される(連結)財務諸表は2期分のみ(適用初年度とその前期分)だ。それ以前の(連結)財務諸表を開示する必要はない。そのため、コラムに記載のとおり開示対象の2期分以前の日本基準とIFRSとの差異の金額は、適用初年度の前期の期首のB/Sに集積されることになる。

 

そして、ここがミソだが、日本基準の減損判定なら今までMRJの減損は不要だったがIFRSならとっくに減損必要だったよね、ということで過去の日本基準の(連結)財務諸表を修正する、

f:id:tesmmi:20180702191511j:plain

 

これらの結果、4,000億円とも言われるMRJ減損損失が2019年3月期に開示される2期間のP/Lには表れないことになる。

 

これが損失無しで資産減損のカラクリだ。

 

 

ちみなに、IFRSの適用初年度の遡及修正も過去の見積もり自体を見直すことはできない。あくまでMRJから期待される将来キャッシュ・フロー自体は以前の見積もりのままで単に割引前(日本基準)だったから減損不要だった、割引後(IFRS)なら減損必要になったということで、どさくさに紛れて将来キャッシュ・フローの見込みをこの際グッと引き下げて減損損失を過去に葬り去る(P/Lに出さないために)のは✖だ。

 

まあ、対外的に発表しているということは監査法人との協議の上だろうから、そういうことはないのだろうし、会計上は問題ないということだろう。

 

IFRSと日本基準の違いだけでもこうはならない。

IFRS適用初年度というタイミングが合わさってこそ

会計処理、損失無しの資産減額。

 

なるほど、考えたものだ。

 

【2018年度決算に与える影響】

 

三菱重工の2017年度決算説明資料

https://www.mhi.com/jp/finance/library/result/pdf/h30_05/setsumei.pdf

 

によれば、MRJに関連する減損見込みは約4,000億円で来期(2018年度)の連結純利益は約800億円だから、仮に日本基準のままで進行期(2018年度)にMRJの減損をしたら2018年度は赤字ということだ。

 

ということは・・・

 

性格の歪んでいる僕はどうしても穿った見方をしてしまう。

 

監査法人時代であれば、仮に会社からこういう相談されてもそんなのB/S見れば過去分に減損損失巻き込んだのすぐバレるから意味ないですよ、却って逆効果だと思います、と回答したと思う。

 

けど、意味なくないんだよね、多分。

 

一般の人は、P/Lしか見ないし(笑)

B/S、しかも過去のB/Sまでチェックするのは会計の専門家ぐらいだろうか。

 

だとすると、会社にとっては結構な意味のある処理とも言える。

 

ルールの範囲内ではあるけれども、ルールの隙間を突いたというかなんというか、

 

相撲で言えば、猫だまし

野球で言えば、隠し玉

サッカーならば、ボール回し(ちょっと違うか?)

 

といったところか。

 

三菱重工の決算発表を見ていないから何とも言えないが、

どういうトーンでこれを発表したのだろうか。

 

ドヤ顔

 

でなかったことだけを願うばかりだ。

 

それにしても、今回のMRJを巡る三菱重工の処理、一般のビジネスパーソンに理解しろと言うのも酷な話(ぐらいの難易度)だが、さりとて金額で4,000億円、そして会社の業績が赤黒逆転するという質量ともにインパクト大な事象となれば、まったく理解しなくて良いとも言い切れないのではないか。

 

巨額の減損予備軍を抱えた会社

IFRSへ移行する例が今後増えないとも限らない・・・

 

益々、ビジネスパーソンのアカウンティング・リテラシーが問われるようになることは間違いなさそうだ・・・