溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

役員報酬開示と財務諸表の関係【日産ゴーン氏/続報】

 

www.nikkei.com

日産自動車カルロス・ゴーン元会長と同社が役員報酬について有価証券報告書に虚偽の記載をした罪で起訴されたことを受け、記載されていなかった役員報酬に絡む費用を2019年3月期決算で一括処理する方針だ。正しい決算を作成するための社内管理体制が整っていると上場企業が投資家に向けて宣言する文書、「内部統制報告書」の訂正も検討する。』(日経朝刊より)

前回のブログにも、日産の有価証券報告書の虚偽記載は、


役員報酬開示に留まるのか?
過去の決算は問題は無かったのか?


が腑に落ちないと書いた。

 

tesmmi.hatenablog.com



その疑問解消に向けて事態が動きを見せたようだ。
(もっとも僕の疑問解消のためではないが・・・)

有価証券報告書への役員報酬開示が始まった前後で、日産からゴーン氏への報酬が不自然に約10億円/年減少したということで有価証券報告書の虚偽記載、ゴーン氏とケリー氏の逮捕、そして現在に至るが、今もってなお、開示ルールに従った場合の

”あるべき”役員報酬開示額は示されていない。



また、こちらも前回ブログに書いたが、
P/Lの役員報酬総額(総額とは、基本報酬に賞与、退職慰労金等の引当額、ストックオプションの費用計上額等実質的に役員報酬と考えられる総額)とコーポレートガバナンスの状況等の役員報酬開示金額とは基本的には一致すると理解する。


もっとも、両者の整合を有価証券報告書内で取ることは開示ルール上も求められていないので、完全一致するかは分からない。もしかしたら、P/Lに費用計上されてもいないような報酬(?)まで積極的に開示する会社もあるかもしれないが、有価証券報告書の作成の実務を考えても通常は(よほどヤヤコシイ報酬体系でなければ)費用計上された役員報酬をベースに役員報酬開示を記載すると思われる。それに、役員報酬のようなセンシティブな項目を必要以上に積極開示する会社が多いとも思えない。

報道などでもしかして勘違いしているのかなと思うのは、(役員報酬の)
支払いは将来であっても役員報酬の開示対象になる
という『表現』だ。
会計ルール上、これは当たり前のことだ。
P/Lに(役員)報酬を費用計上するかどうかは報酬に見合う労働サービスが提供されたかどうかによって決まるのであり(発生主義)、支払は関係ない。
実際、流動負債に従業員への『未払給与等』を計上されている会社も多いが、それと同じだ。

支払いの有無に関係なく、役員報酬はP/Lに費用計上もされるし役員報酬開示の対象にもなる。
いずれにせよ、両者は一致する。

 

日産の役員報酬は、金銭報酬と株価連動型インセンティブ受領権のみから構成されており、それほど複雑な報酬体系でもない。
役員報酬開示が虚偽ということは、過年度の財務諸表も虚偽となるが、この点が報道等で指摘も言及もされていなかったので、不思議だったのだ。

日産のIR情報で公表されたプレスリリース(12/10)では、以下のような記載だ。


『当社は、現在、役員報酬として本来開示すべきであった額、及び有価証券報告書上の役員報酬額の訂正に伴い必要となる可能性のある、報酬費用の計上等の財務情報等に関する訂正内容 を精査しています。これらの訂正内容が確定次第、速やかに、過年度の有価証券報告書及び四 半期報告書の訂正報告書を財務当局に提出するとともに、決算短信及び四半期決算短信の訂正 を各位に開示いたします。 』

https://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/FINANCIAL/TSE/2018/20181210_02_J.pdf



日経の報道よりも若干含みを持たせているが、こんなプレスリリース出すくらいだから概ねの方向性は決まっているんだろう。

『19年2月初旬とみられる18年4~12月期決算発表と合わせて開示する。日産内部では費用の一括処理案が有力。「虚偽記載の額が利益に対して小さい」(関係者)ためだ。ただ、取引所などとの今後のやりとり次第では過去にさかのぼって分割処理する案が検討される可能性もある。』(日経朝刊より)

なお、一括処理の場合は販売費及び一般管理費販管費)での処理になるだろう。というのも、特別損失となる程の金額的インパクトが大きい場合は過年度決算の遡求修正が必要となるからだ。

今回は金額的重要性は無いとのことだが、内容的に明らかに過年度の役員報酬の修正であるため、販管費で一括処理と言うのもなあ・・・

過年度決算の遡及修正になるような気がする。


さて、ゴーン氏とケリー氏が秘密裏に報酬の後払いを約束させ、他の役員はじめ経理部門は知り得なかったため適切な会計処理が出来なかった。もしその事実を知っていたら適正に役員報酬として費用処理していた。間違いを適時に発見、あるいは間違いを起こさせないような仕組みを社内に構築・運用できなかったのは我々経営陣の責任です。

でも、実際に悪いことをしたのはこの人たちです。

と、いうことだろうか。
もちろん、実際にこの通りかもしれないが、どうも、
肉を切らせて骨を断つ感がぬぐえない。

そして、訂正の対象となる役員報酬は総額90億円であり、これは日産の今期の純利益見込みは5000億円の2%未満、各年度決算では約10億円程度となるので各年度の純利益を5,000億円とすれば0.2%インパクトは僅少で、おそらくこの程度であれば監査報告書も不適正意見とはならないとの見立てもあったのではないか・・・

(根拠のない想像)



しかし、今もってなお釈然としないのは、後払いとされたゴーン氏の報酬が果たして確定債務、あるいは引当金の対象となり得たのかと言う点だ。


これは後払いされる金額の名目による。例えば、実質的に毎年の役員報酬として確定したものを単に後払いということであれば、確定債務として長期未払金として計上すべきだ。日産のプレスリリースや報道はこのパターンを言っているのだろう。

しかし、仮に役員としての労働サービス等の役務の提供があったとしても、金額が流動的で金額の見積もりが困難とか、支給が条件付である場合には、引当金の要件を満たすかどうかについて疑問が残る。

(ゴーン氏のケースでは、10億円/年過小との報道から金額見積もり困難は考えにくいかも)

 

引当金については☟を参照。

tesmmi.hatenablog.com

 

このような場合は、引当金の要件を満たさないため報酬として費用処理が不要であり、その代わり偶発債務として貸借対照表(B/S)への注記が必要となる。

P/Lの役員報酬費用処理額と役員報酬開示の金額が異なるとすれば、このようなケースが考えられるだろうか。

 

この点は、日産そして監査法人含めて慎重に検討されることになるだろう

是非、訂正の会計的根拠を説明して欲しい。


ただねえ・・・
役員報酬開示前後で急にゴーン氏の役員報酬が減額になったら社内(人事や経理や)も監査法人も何で?ってなると思う。そして、普通はエビデンスを確認するはず。

そのプロセスでフツーはオカシイとなるはずだけど・・・

エビデンスも含めて形式的には整備していたということだろうか?
それとも、治外法権化して、一般的な常識(資料の整備や保管)は通用しないということだろうか。

監査法人が当たり前の資料の閲覧を依頼しても、『失礼な!、今(口頭で)説明したじゃないか!私が信じられないとでも言うのか』とか言って強引に押し通したとか。

ま、あり得るな・・・