溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

減損逃れは梅の花だけの問題なのか? 【梅の花の会計不正】

https://www.asahi.com/articles/ASM8Z4VSNM8ZTIPE01V.html

 

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和食レストランの梅の花福岡県久留米市)は30日、不適切な会計処理が発覚したことを受け、発表済みの2019年4月期決算を訂正した。不採算店の資産価値を下げる減損処理を適切に行った結果、純損益は1億8400万円の黒字から、9億8100万円の大幅な赤字に転落した。

 同時に、10年9月期から18年9月期まで計9年分の決算も訂正した。いずれも店舗の減損処理の修正に伴うもので、10年9月期と16年9月期の純損益は黒字から赤字となった。

 梅の花は不適切会計を巡り今年6月、弁護士らによる第三者委員会を設置。今月29日公表の報告書で、赤字店舗を黒字化して減損処理回避し、決算の数字をよくみせる不適切な会計処理を約10年間にわたり行ってきたことを明らかにした。」

朝日新聞 9/2/2019)

 

 

梅の花の採った手法の「減損逃れ」は、記事にもあるように本来赤字の店舗を黒字のように見せかけて、減損損失を先送りにする会計不正である。

梅の花が、何故会計不正に及んだのか、また、何故10年の間発覚しなかったのかについては、同社の第三者委員会がまとめた報告書を参照して欲しい。

 

梅の花 第三者委員会 調査報告書はこちら☟
https://discl.quick.co.jp/PDF/TD2019082900001

 

会計不正を誘発した同社の内部統制にもこうした会社に典型的な問題点が多々見られるが、それについては別の機会に書くとしたい。

減損損失の対象は、固定資産だ。例えば、梅の花のような外食チェーンの業態であれば主に店舗の建物、構築物等の固定資産が減損の対象となる。不採算店舗の赤字が継続すると、店舗の建物や構築物等の価値が低下していると見做され、固定資産の帳簿価額を固定資産の実際の価値まで特別損失として減損処理するというものだ。

もう少し詳しい減損判定のプロセスは、こちら☟を参照していただきたい。
https://globis.jp/article/7210

実際にはそれぞれ実態に即して判定されるので、減損のタイミングや損失額は誰が判定しても同じ結果となるとは限らない。つまり、判定においては会社の

恣意性が介入するということでもある。

例えば、資産のグルーピングだ。
梅の花のような外食チェーンの業態では、通常は店舗ごとに資産グループを決定しているが、理屈の上では常にそうとは限らない


資産グルーピングの基本的な考え方は「独立したキャッシュフローを生み出す最小の単位」であり、実務では管理会計上の管理区分や投資意思決定の単位などを考慮して資産をグルーピングする。
つまり、何をもって独立したキャッシュフローの生成単位とするかは、会社の資産管理の方針が大きく影響する。


例えば、会社が地域を管理単位として設定しており、店舗ごとではなく1地域に属する複数の店舗からのキャッシュフロー総額で地域の業績を管理し、地域ごとに出退店の意思決定をしているのであれば、資産グループは地域単位とすることも考えられる。
攻めるときには一気に攻める、退くときには一気に退く、と言った出退店の方針を掲げ、実際に、そのような管理、意思決定を実行しているケースだ。
このようなケースでは、例えば地域内の1店舗の業績が悪化したとしても、他の店舗がそれをカバーして、地域全体として業績悪化と評価されない場合は、減損処理は不要になる。

しかし、実際には梅の花も然りで店舗単位で業績管理していたり、出退店の意思決定をしているケースが多いので、外食チェーンの業態では店舗単位で資産のグルーピングするのが一般的と言うことだ。


また、業績の悪化という定義も一律に決めるのは難しい。そもそも、資産グループの業績を何で測るかも一律に決まるものでもない。というのも、何をもって業績評価をし、投資意思決定をしているかはやはり会社によるためだ。


梅の花は、店舗ごとの利益で業績評価していた。そして、店舗利益を以下のように定めていた。

店舗利益

=店舗売上-店舗直接費-本社費配賦額

店舗利益は、店舗に係る人件費、減価償却費だけでなく、本社やセントラルキッチンの人件費や減価償却費の各店舗への配賦額も控除している。
梅の花の会計不正は、この本社費等の配賦額の算定方法を操作していた。

梅の花の本社費等の配付基準等は以下。

 

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実際には、経営実態に合わせて間接費集計区分・配賦基準を構造的に階層化しており、さらに各階層間の論理的な関連をエクセル関数で複雑に組み合わせるなど、その正確性を検証するためにはそれなりのエクセル知識を要する状況だったとのこと。そして、その複雑性を利用して店舗への配賦割合算定基礎数値を操作していたとのことだ。


不自然に複雑な仕組みはそれ自体が不正の余地となりやすい典型例

と言える。

 

ところで、本社費等の配賦前の利益で減損判定をするのはダメなのかと言う意見もあろう。

確かに、会社全体として利益を出すためには店舗に係る直接費だけでなく、本社費等も店舗の利益で賄う必要がある。しかし、本社費等は店舗の営業に直接関係して増減する費用ではない。不採算店舗を閉店したからと言って本社費が自動的に削減できるわけではない。むしろ、店舗が本社費配賦前で利益を出している場合は、その利益が失われることによってむしろ会社全体の損益が悪化する場合もあり得る。したがって、本社費配賦前利益(店舗売上ー店舗直接費)で出退店の意思決定を行うという経営判断もあるだろう。あるいは、仮に地域の中に不採算店舗が存在しても、他社に対する地域全体での優位性を維持強化するためには、敢えて閉店しないという判断もあるかもしれない。

つまり、経営判断において重視する経営管理指標や損益状況は会社によるのであって、一律に与えられるものではない。

 

固定資産の減損は、根本的には会社の事業が良好に進捗しているかどうかであり、そしてそれは会社の事業内容や経営管理における考え方に大きく影響を受ける。

したがって、会社の経営管理の考え方を無視した一律のルール設定はそもそもおかしい

これが、会社によって減損のタイミングや金額に差異が生じる根本的な理由だ。

 

事業の実態を考慮した柔軟な減損判定であるべきという会社側の意見はよく聞く。

しかし、そうした会社の減損判定の妥当性をジャッジする監査法人にとってはどうだろうか?


減損会計について、監査法人時代、ある先輩に次のようなことを言われたことがある。
会計士が会社に減損処理を求めると、大抵の会社は反発する。顔を真っ赤にして失礼だ!、会社の事業をよく理解していないあなたに何故当社の事業がダメだと判断できるのか!、と。しかし、会計士にそんな指摘をされること自体恥ずかしいと思って欲しいよ、と。

減損の会計基準では、概ね2年程度の継続的な損益やキャッシュフローの赤字の場合に減損が必要とされる。会計基準だから、会社の事業をよく理解していないからこそ、それだけの猶予を見ているとも言える。
2年も赤字を垂れ流しておいて、何も異常を感じてないのか、対策を講じていないのか、ということだ。


つまり、会社の業績管理から見れば、減損の会計基準など相当に緩いはずで、監査法人から指摘されるまでもなく、会社はもっと早期に店舗の業績の悪化を察知し、対策を実施しているはずだ。また、そうであれば、結果として減損の判定に該当する店舗は無い(既に、業績回復するか閉店しているので)。
監査法人の指摘に対して、2年で減損なんてルールが厳しすぎる!と顔を真っ赤にして怒る会社ほど、不採算店舗に対する対策はというと、

もう少し状況を静観したい

業績回復するように頑張る

といった具体性の無い精神論的な意見しか得られないということも少なくなかった。

 

ところで、減損の会計基準には、店舗損益は本社費等の配賦後で評価すると明記されている。

先ほど業績には複数の考え方があると書いたが、理屈はそうだが実際には会計基準で1つに決められている。これは何故なのか?


先述のように、本来は会社の事業等の実態に応じた減損判定であるべきだが、いかんせん、実態に応じた会社の方針が明確でないことが少なくない。例えば、何年を継続的な損益悪化と考えるかについても、会計基準の2年という意見に対して、それは短い、実態を反映していない、と反論はあるが、会社側からの合理的な根拠に基づく具体的な年数の提示が無いことが少なくない。

理論対理論であるべきなのだが、理論対浪花節では議論の余地がない。


減損の会計基準が画一的なルール設定になっているのは、こうした状況を考慮して、その場しのぎの都合の良い理屈よる減損処理の先送り、つまり会社の意図によって損失が将来に繰り延べられる弊害を重視した結果だろう。

監査法人も減損に対してはかなり厳しいというか画一的な対応のように思える。とにかく減損を先行、取得後間もない固定資産の減損、未稼働の固定資産の減損といった例もあった・・・

 

固定資産の減損それ自体は会計処理であるが、本質的には、会社が投資した事業が計画通りに進捗しているかどうかを評価する1つの視点であり、まさに経営管理そのものだ。

 

梅の花での減損逃れも根本的には、(出退店の)経営判断と(減損)会計処理を別個と認識している点にあるように思う。そのような会社は少なくないのではないだろうか?

 

経営者が減損判定は単に会計処理の問題ではなく、会社の業績管理や投資意思決定のプロセスの一部との認識を持ち、減損判定プロセスを経営管理の仕組みに取り入れることが、杓子定規な減損判定から脱却し、結果として事業の実態に即した減損の会計基準につながるようにも思う。