溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

無形固定資産倍率が表す本当の意味は!? ~見えない資産は見えるのか?~

www.nikkei.com

 「日本経済新聞社が中堅上場企業「NEXT1000」を対象に、ソフトウエアなど無形資産の占める割合が高いことを示す無形固定資産倍率をランキングしたところ、上位にアプリ開発やオンライン学習などのIT(情報技術)企業が並んだ。デジタル投資を進めて成長を目指す攻めの姿勢が目立つ。」

  

最近やたらとこの手の記事が多いように思うのだが気のせいだろうか。

 

21世紀に入り、インターネットの普及とともに世界的にビジネスの流れが大きく変わった。

米国の時価総額ランキングのトップ30の多くは最近30年に創業した会社という。

日本はどうだろうか?

2050年には日本の人口は8,000万人を下回るという。

人口が減少していく中、マスプロダクションを前提にした産業構造は本当に可能なのだろうか?アジア諸国とコスト競争で太刀打ちできるのだろうか?

 

これまで日本を支えた基幹産業からの脱却、新たな柱となる産業の確立が必要になる。 

安く大量に製品を生産するのではなく、

より付加価値の高いサービスを提供する、

知的財産に代表される無形資産を積み上げることこそが、これからの中心産業となる

べき、という現状に対する苛立ちもあるのではないだろうか。

 

長くなったが、こうした状況においてGAFAに倣った産業に多く見られる無形資産の重要性にスポットライトを当てることは理解できるし、方向性としては賛成だ。

 

なお、表現上、無形資産、無形固定資産と異なる場合があるが、同義と理解してもらって差し支えない。

 

【無形資産って具体的に何?】 

しかし、一口に無形資産と言っても実は色々な種類がある。

 

一例をあげれば、

ソフトウエア、顧客リスト、特許で保護されていない技術、データベース、研究開発の途中段階の成果などだ。

また、法律上の権利としては、企業結合会計適用指針では、産業財産権特許権実用新案権、商標権、意匠権)、著作権半導体集積回路配置、商号、営業上の機密事項、植物の新品種等の知的財産権知的所有権などを例示している。

ちなみに、被買収企業の法律上の権利等による裏付けのない超過収益力や被取得企業の事業に存在する労働力の相乗効果(リーダーシップやチームワー ク)、コーポレート・ブランド(会社全体のブランド)は、対象外としている。

 

無形資産といっても内容は多岐にわたり、事業の種類や性質によって必要とされる無形資産は必ずしも同じでないことは想像に難くないだろう。

 

こうした違いを無視して、一概に「無形資産の割合を高めろ!」といっても、一体どんな事業を中心に考えるのか判然としない、乱暴な話だ。

まるで、「メーカーを成長させろ!」と言っているようなものだ。

 

また、会計上、内容によってバランスシート(B/S)に資産計上される金額の大きさも異なる。

 

参照したのは、日経新聞朝刊(9/21/2020)に掲載された、「無形固定資産倍率の高い企業 見えない資産で稼ぐ」の記事だ。この記事では、中堅企業「NEXT1000」を対象に、ソフトウェアなど無形資産の占める割合が高い(無形固定資産倍率)をランキングして紹介している。

 

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  (日経新聞朝刊 9/21/2020より)

 

 

単純に貸借対照表(B/S)の金額を参照してこのような数値を算定すると、結構なバイアスがかかってしまうことなり、特定のビジネスへの評価が偏るおそれがある。

 

上位10社に対して、無形資産の内容を中心にもう少し詳細に分析してみた。

 

【無形固定資産倍率の高い要因】

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無形固定資産倍率詳細分析 日経朝刊データと各社の有価証券報告書から筆者が作成

 

データから、以下の特徴が把握できる。

 

1.有形固定資産の金額が小さい

 

2.ソフトウエアの割合が多い

 

【有形固定資産の金額が小さい】

無形固定資産倍率が高い理由として、有形固定資産が小さいことが挙げられる。

工場など製造設備を自社で所有して製造販売を行っていない会社が該当する。メーカーは、一般的に総資産に占める有形固定資産の割合が高いため、そうとう無形固定資産の金額が大きくならないと無形固定資産倍率は高くならない。なお、メーカーであってもファブレスの場合は該当するだろう。

つまり、業種間で比較する場合には、業種によって倍率に優劣が生じる。これは果たして適当なのか?

業界を跨いで比較することは無いと思うかもしれないが、このようなランキングがすでに業種を跨いでの比較、評価となっている。

 

【ソフトウエアの割合が多い】

上位10社中、7社で主な無形固定資産がソフトウエアだ。

実はこれは偶然ではない。

数ある無形資産の中でも現在の会計ルールに照らすと、自社で開発した無形資産がB/S上顕在化するのはソフトウエアぐらいしかない

 

ソフトウエアの会計処理については、「会計制度委員会報告第12号
研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」に規定されている。

 

【ソフトウエアの会計ルール】

ソフトウエアは、

・市場販売目的

・自社利用

に大別される。

上位10社の有価証券報告書をチェックしたところ、いずれも「自社利用のソフトウエア」だった。

 

実務指針によれば、

「自社利用のソフトウェアの資産計上の検討に際しては、そのソフトウェアの利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であることが認められるという要件が満たされているか否かを判断する必要がある。その結果、将来の収益獲得又は費用削減が確実と認められる場合は無形固定資産に計上し、確実であると認められない場合又は確実であるかどうか不明な場合には、費用処理する。」

 

とある。そして、ソフトウェアが資産計上される場合の一般的な例として、

 

「通信ソフトウェア又は第三者への業務処理サービスの提供に用いるソフトウェア等を
利用することにより、会社(ソフトウェアを利用した情報処理サービスの提供者)が、
契約に基づいて情報等の提供を行い、受益者からその対価を得ることとなる場合」

 

つまり、NEXT1000に多く見られる自社で開発したソフトウエアを使ってサービスを提供するビジネスが該当する。

 

また、ソフトウエア開発のどの部分が無形資産に該当するかというと、

 

「自社利用のソフトウェアに係る資産計上の開始時点、将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる状況になった時点であり、そのことを立証できる証憑に基づいて決定する。そのような証憑としては、例えば、ソフトウェアの制作予算が承認された社内稟議書、ソフトウェアの制作原価を集計するための制作番号を記入した管理台帳等が考えられる。自社利用のソフトウェアに係る資産計上の終了時点は、実質的にソフトウェアの制作作業が完了したと認められる状況になった時点であり、そのことを立証できる証憑に基づいて決定する。そのような証憑としては、例えば、ソフトウェア作業完了報告書、最終テスト報告書等が考えられる。」

 

具体的なタイミングは会社によって必ずしも同じではないものの、ソフトウエアの開発期間の開始から完了までの人件費など、相当な金額が無形固定資産の対象になることがイメージできるのではないだろうか。

 

なお、ソフトウエアは 一般的に定額法による償却される。償却の基礎となる耐用年数は原則として5年以内の当該ソフトウェアの利用可能期間による。

今回調査対象とした会社は、全て償却期間を5年以内の利用可能期間としている。

 

【他の無形資産の会計処理】 

では、他の無形資産はというと、ソフトウエアのような詳細規程は無く、既に費用処理されてしまっていることが多いだろう。

例えば、自社での研究開発の結果取得した特許権は、実際にかかった費用のほとんどは研究開発費であり、研究開発費は発生時に年々費用処理されてしまっている。つまり、研究開発後の特許の出願料や登録料などのいわゆる付随費用程度が無形固定資産の金額の対象となる。

総合家電メーカーなど、特許を多数保有する会社のB/Sの特許権の金額を保有する特許件数で割ってみると、1件当たり数10万円程度となる。およそ、特許の価値が数10万円とは考えられないというのはこういった事情があるのである。

 

しかし、これは自社で開発した無形資産の場合だ。

他社から買い取る場合は会計処理が異なる。

 

【他の無形資産がB/S計上される場合】 

例えばM&Aの場合だ。特許権などの無形資産を持つ会社を買収する場合である。M&Aでは、特許を開発した会社ではB/S上顕在化していない無形資産の価値も含めて会社の価値を評価して買収金額が決まる。現在の会計ルールでは、買収した会社はこの差額のうち特定の無形資産に起因する差額は該当する無形資産として認識する(PPA=パーチェスプライスアロイケーションという)。会社を定価(B/S)よりも高くプレミアムを付けて買う場合には、そのプレミアムの原因となった特許権等の無形資産の価値がB/Sに計上=見える化される。

M&Aのように会社全体の買収でなく、事業譲渡や特定の無形資産を買い取る場合も同様だ。この場合も、対象となる無形資産の価値を個別に評価して取引され、取得した会社は買い取った金額で無形資産をB/Sに計上する。

 

会計ルール上、ソフトウエア以外の無形資産は、自社で創造した場合にB/Sに表れないが、他社から買い取った場合には表れる

一見、違和感を感じるかもしれないが、会計ルール上はそういう扱いになる。

 

今回の例では、キャリアインデックスの顧客関連審査(17.2億)、デ・ウエスタン・セラピテクス研究所契約関連無形資産(2.5億円)が該当する。

これらの無形資産は、いずれも事業譲渡により時価等で買い取ったため時価相当額でB/Sに計上されているという訳だ。

(宮越HDの土地使用権はおそらく中国子会社の資産と思われるが、親会社の有価証券報告書からは詳細は把握できなかった。)

 

 

会計基準の影響】

もう1つ会計基準の影響がある。

日本基準では、研究開発費は全て発生時に費用処理だが、国際財務報告基準IFRSでは研究開発費の一部は資産計上される。研究開発を一括りにするのではなく、製品化等がより確実視される段階以降の費用は無形資産に計上し以後償却することになる。研究開発プロセスを研究ステージと開発ステージに区分し、開発ステージで発生した費用が無形資産となるイメージだ。

研究開発プロセスにおける開発ステージに相当する期間の長短にも影響されるが、一般的には、日本基準に比べるとIFRS適用会社の方が研究開発費が無形資産計上される割合が高いとされる。

 

【まとめ】

 以上の考察から、無形資産の(総資産、あるいは有形固定資産に対する)割合といっても、業種により相違する部分もある。

例えば、製造業よりは非製造業、非製造業の中でも研究開発型の企業、さらに研究開発でもソフトウエア開発事業が相対的に無形固定資産倍率が高くなる傾向がある。

また、会計基準による影響もある。

 

~無形固定資産B/S金額(大小)フローチャート 

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注)金額の大/小は可能性を含んだ相対的なイメージ。

 

したがって、単純に財務諸表に計上された”見た目”の数字だけで、

会社が”見えない資産”を生み出しているかを評価するのは容易ではないだろう。

 

過渡期が故なのかもしれないが、一概に無形資産比率を高める、ではなく、どの無形資産、どのビジネスに焦点を当てるのか、もう少し丁寧な議論が今後求められるのではないかと思う。

 

”見えない資産”を含めた企業活動やその成果を適切に評価するには、それを見極める目、”心眼”が必要になるのかも知れない。