「不動産担保や経営者の個人保証に偏重した日本の融資慣行を見直す議論が始まる。政府は企業の技術や顧客基盤などの無形資産を事業の価値として評価し、担保にできる新制度を検討する。資産の乏しい中小企業やスタートアップでも将来性があればお金を借りやすくなる。担保・保証付き融資からの脱却には貸す側の目利き力の育成も大きな課題になる。」
朝一のニュースに目を奪われた。
あちこちで話題にしたのだが、
一応、備忘の意味で事務所ブログにも書いておくことにする。
無形資産を担保に融資って、ちょっと実務が想像できない・・・
もっとも、具体的には、
「金融庁は11月にも民法の担保制度に関する研究会を立ち上げる。民法を所管する法務省とも協議し、法改正を視野に2021年にも法制審議会(法相の諮問機関)での議論に入る。」
ということなので、現段階では決まっていないことが多いのだろう。
詳細は今後の進捗に期待するとして、ここでは、課題というか、これどうするんだろう?と気になった点について書いておきたい。
1.無形資産の範囲
無形資産といっても多種多様である。
ソフトウエア、顧客リスト、特許で保護されていない技術、データベース、研究開発の途中段階の成果等々
また、法律上の権利としては、特許権などの産業財産権、著作権、商号、営業上の機密事項、知的所有権等
無形資産といっても多岐にわたっている。
どの無形資産が対象になるのだろうか?
例えば、
既に会社の貸借対照表(B/S)にオンバランスされている無形資産のみを対象とするだろうか?
それとも、会社に内在するオフバランスの無形資産も対象にするのだろうか?
いずれかによって実務はかなり変わると思う。
以前に当ブログでも書いているが、ほとんどの無形資産の価値はB/Sには計上されていない。
B/Sの無形固定資産の区分に計上される無形資産としてよく見られるのが、
ソフトウエア
商標権
ソフウエア
のれん
だ。
無形固定資産として計上される金額は、実はそれらの「価値」を表してない。
B/Sに計上されるのは、それらを取得するにかかったコストだ。
例えば、特許権などの権利であれば、取得に費やした各種事務手数料が相当する。ソフトウエアであれば、開発にかかった人件費という具合だ。
外部に売却するとしたらいくらになるかといった価値や、その資産が将来いくらのキャッシュを生むかという価値を表しているわけではない。
担保価値という場合は、おそらく、市場における売却価値などを基準とした価値評価となるだろうから、少なくともB/Sの無形資産の金額を担保価値として評価することにはならないだろう。
つまり、B/Sに計上されている無形資産の再評価が必要になるだろう。
それでも、まだB/Sに計上されている無形資産の再評価ということであれば、対象資産は絞られる。仮に、未だB/Sには計上されていないが、会社に内在する無形資産までを対象とするとなると大変だ。
果たして、外部の人間がどこまで会社の見えない資産をピックアップできるのだろうか?
当然、会社のビジネスの理解や無形資産の評価スキルが必要になるが、実際に実行するとなれば相当なプロセスが必要になるように思う。
とはいえ、対象をB/Sに計上されている無形資産に限定するとなれば、それも偏りが生じそうだ。
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前回のブログでも紹介したように、最近の傾向として、無形資産の金額として大きな存在感を示すのがソフトウエアだ。ソフトウエアについては、個別に資産計上の会計ルールが設定されていることも影響している。つまり、ソフトウエアの開発会社などの特定の事業のみが制度の優遇を受ける可能性もある。
また、偏りという点ではM&Aを多用している会社も考えられる。会社に内在するノウハウ、人材といった無形資産はB/Sに計上されない。これは、それらの無形資産を自社で却下手性をもって適正に評価するのが難しい等の理由によるが、外部から購入する場合は別だ。企業買収や事業譲渡など、他社の無形資産を金銭等で取得する場合は、そのプロセスにおいて無形資産の評価を実施しており、かつ、金銭の収受があることから、その金額に客観性が付与される。したがって、M&Aを多用している会社では、無形資産の割合が相対的に高まる傾向がある。
(もっとも、スタートアップの会社が対象ということであれば、そこまでM&Aは多用していないとも思われるが)
なお、のれんは、M&Aでの取得金額の内、特定の無形資産として認識されなかった残骸だ。超過収益力と説明されることが多いのれんだか、現時点では得体の知れない存在ともいえる。個人的には、のれんを担保に融資しろと言われれば、尻込みせざるを得ない。
2.無形資産の評価
オンバランス、オフバランスにせよ、融資に際しての担保価値の評価のために無形資産の価値を(再)評価する必要があるだろう。
その場合、誰がどうやって無形資産を評価するのだろうか。
無形資産評価の実務は、比較的歴史の浅い分野だ。2008年の企業結合会計基準の改正により、
買収価額の内、識別可能な資産や負債が認識できる場合には、買収価額をそれらの資産等へ配分し、残額をのれんとして計上することが必要になった。
いわゆるPPA(パーチェス・プライス・アロケーション)が導入されて未だ10年ちょっとだ。現在も、広く浸透したとも思えず、監査法人、コンサルティング会社などの特定の機関が実務を担っていることが多いと思われる。今回の制度をどの程度広げるかにもよるが、無形資産の評価の担い手をどう確保するかが課題となるだろう。
現在の無形資産評価の拠り所、指針としては、
企業結合に関する会計基準
無形資産の評価実務ーM&Aにおける評価とPPA実務ー
などがある。我々実務家にとって非常に参考になる指針等ではあるが、公正価値によるアプローチなどの原則的な考え方が中心であり、個別具体的な評価手続に関しては、事業予測やファイナンス理論等を基にした判断による部分が大きい。つまり、誰がやっても同じ結果となるものではなく、それだけに合理的な評価には理論と経験が求められる。
また、無形資産の識別調査や無形資産の測定評価にもそれなりの時間とコストが必要になる。評価の合理性を追求すれば、それだけ評価プロセスに時間とコストが必要になる。今回の制度がスタートアップ会社へ機動的な融資ということであれば、それほど時間をかける訳にもいかないだろう。また、評価のコストは誰が負担するのか?調達資金から控除となり、必要な資金が集められないとなれば本末転倒にもならないだろうか。
などなど・・・
少し考えるだけでもいろいろな課題が浮かび上がる。
ということで、これはちょっと大変だなあ、という最初の感想に戻る。
ところで、
「今の制度では銀行が企業に融資する際に担保とするのは土地や工場、設備・機械といった有形資産だ。貸す側からみると事業が行きづまって返済が難しくなった場合に回収しやすい。企業は事業が続けられなくなるリスクが高い問題があった。技術を持っていても不動産のないスタートアップは銀行からの資金調達が難しい課題もあった。」
趣旨は分かるのだけど、銀行にそんなリスクを負わせるのも酷な気がする。
昔の目利きの利くバンカーなら出来ていた、
ということかもしれないが、個人の才覚はともかく、制度となるとどうなのだろうか。
そもそも、スタートアップ等に出資する投資家と融資する銀行では、採るべきリスクの質が異なる。
そういう趣旨なら、スタートアップに出資するVCを育成するなり、優遇措置を設けるなりしても良いのではいかと思ったりする・・・