溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

秀和システムHDによる船井電機に対するTOBで気になったこと

昨日、2021年3月23日、株式会社秀和システムホールディングス(秀和システムHD)による船井電機に対するTOBが報じられた。

後述する買収スキームを通じて船井電機の発行済株式を全株買い取ると、約250億円規模の買収とのことだ。

 

船井電機は、F.P.S(Funai Production System)を駆使し、テレビなどの家電製品を安価で大量生産することで成長した大阪の家電メーカーだ。OEMにより、生産は中国、販売の主戦場は北米(ウォルマートなど)という日本を介した三国間貿易でも知られる。

 

少なくともこの10年は経営不振に苦しんだ。ここ10期間で黒字はたったの2期だけ・・・(連結ベースの当期純利益

今期、2021年3月期も約21億円の連結最終赤字を見込み、3期連続の無配も発表している。

 

F.P.Sは、部品の省略による原材料費の削減や生産性の向上によるコストダウンが強みだが、液晶TVではその強みを発揮しにくい。むしろ、液晶パネルをいかに大量に安く調達するかがKSFとなる。時代の変化にうまく対応できなかったということだろうか。

 

また、偉大な創業社長ゆえの課題である後継者育成の問題もあっただろう。内部人員の育成や、外部からのヘッドハンティングもうまく機能していなかった印象だ。

 

このような状況での買収(TOB)ということもあり、買収自体に驚きはしなかったが、買収相手には驚いた。

てっきりヤマダ電機辺りが買収者かと思ったが、なんと非上場で従業員70名の出版会社による買収提案とは驚いた。

船井電機は、東証一部 売上高:約900億円 従業員:約2,150人 いずれも連結)

規模もさることながら、出版事業者が家電メーカーを買収する狙い、どんなシナジーを期待しているのだろうか?

 

今回のTOBは、友好的TOBとされる。買収者の買収提案に対して、買収対象会社は10日以内に意見を表明する必要があるが、その際、提案に対して賛同する場合が友好的TOB、反対する場合が敵対的TOBとされる。

 

船井電機の意見表明はコチラ☟

http://www.funai.jp/usr/dl.php?path=http://www2.funai.co.jp//images/news/1616482610/1616482610_4.pdf

 

35ページと少々長いので、パワポの概要版が読みやすい。

http://www.funai.jp/usr/dl.php?path=http://www2.funai.co.jp//images/news/1616551359/1616551359_4.pdf

 

今回のTOBについて、いくつか気になった点があったのでチェックしてみた。

 

なお、情報の見落とし、解釈違いがあるかも知れないが、ご容赦願いたい。また、そのような点があれば、ご指摘いただけるとありがたい。

 

【気になった点】

1.買収の経緯

2.買収のスキーム

3.TOB価格(918円)の妥当性

4.公正性担保措置

 

1.買収の経緯

 

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(会社公表資料より)

 

創業者である船井哲良氏の長男である船井哲雄氏は医師であり、従来会社の経営には関与していない。とはいえ、大株主(34.18%に当たる株式を保有)として近年の会社の業績や将来に憂慮されていたのだろう。会社公表資料によれば、哲雄氏は2017年から船井電機の経営を託す相手を模索していたとのことだ。いくつかのファンド等と接触をしたが信頼関係を築くには至らず、船井電機の顧問である板東氏を通じて秀和システムHDの上田氏と知り合ったとのこと。つまり、今回のTOBは、創業者の長男であり会社の大株主である哲雄氏主導であることが分かる。非上場の出版会社が船井電機を買収する、あるいは、出版会社が家電メーカーを買収すると聞くと、何故⁈となるが、会社対会社の買収ということではなく、哲雄氏と板東氏、上田氏の人的関係のなせる業ということであれば、分からなくもない。それにしても、よく現経営陣が納得したな、とは思うが・・・

経営者の立場からすれば、スルーされた感は否めない。これまでの経営の成果からすればやむを得ないかもしれないが、全体景気や業界の成長性などの外部要因も否定できないため、自分であれば、やはり好い気はしない。

 

 

・買収のスキーム

 

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(会社公表資料より)

 

図のようにいくつかの段階を踏んでの完全子会社化を計画している。

まず、大株主である哲雄氏以外の一般株主を対象にTOBを実施し(その後株式併合によよるスクイーズアウトにより)65.82%を取得し、次に、減資等により自己株取得のための剰余金を創出し、哲雄氏の保有株式を会社が自己株式として取得するというスキームだ。

ポイントは、今回のTOBには大株主である哲雄氏は参加しないということだ。これは、TOBに反対ではなく(合意済み)、一般株主の利益をできるだけ守ることが目的とのことだ。後述するが、TOBでは一般株主の利益保護が問われるが、哲雄氏の秀和HDへの実質的な譲渡価格は403円であり、一般株主へのTOB価格918円と大きな差がある。哲雄氏の403円がどういう根拠で算定されたのかは資料からは分からない(当初の400円から403円へ増額した理由については、経済的負担の軽減、とある)が、大株主や創業者の長男としての責任という部分もあるのだろう(税務対策等も)。とはいえ、哲雄氏と同じ価格でのTOBとなれば、とても一般株主には受け入れられないだろうということでのスキームと思われる。

 

なお、秀和システムHDは、株式会社秀和システムの100%子会社で、昨年、船井電機買収のために設立された会社だ。

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(会社公表資料より)

 

秀和HDは、船井電機買収完了後、両社は合併し、船井電機存続会社となる(秀和システムHDは消滅)。船井電機の名称も本社もブランド(FUNAI)も継続するとのことだ。また、雇用及び雇用条件も3年間は維持される。

 

買収完了後、当面の間は船井電機が実質的に継続するとしても、そもそも経営不振の会社を買収後、どう改善するのだろうか?

秀和HDが提案している企業価値向上の提案は以下のとおり。

 

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(会社公表資料より)

 

率直な感想は、まともで正論。したがって、納得感はある。が、意外性は無い。逆に言えば、船井電機の事業を知り尽くしている現経営陣が何故、これらを実行できなかったのか?ということだ。日本の会社は、様々なしがらみのせいで、当たり前のことを当たり前に実行できない(業績不振の長期化の原因)と言われるが、船井電機も例ということだろうか。そうであれば、外部からメスを入れるという荒療法は期待できるかもしれない。しかし、事業そのものの再構築に課題があるとすればどうだろうか。

 

板東氏はNTTぷららで代表を務める21年間で、赤字の新規事業を増収増益に導くなど迅速で正確な意思決決定や組織作りの能力が高く、上田氏は製造業領域のSCMやBPR、そしてM&Aの実績が豊富と、いずれも有能な経営者とのことだ。

 

ところで、板東氏は船井電機の顧問であり、買収完了後は新生船井電機の代表にということであれば、完全子会社化による非上場化といったドラスティックな手法でなくても板東氏と上田氏が船井電機の取締役(社外含む)に就くことも考えられるではないかと思うのだが、その辺りのいきさつは読み取れない。

 

哲雄氏の株式をいかに処分させるかとか、まあ色々とあるのだろう・・・

 

TOB価格918円の妥当性

 

秀和システムHDから提示されたTOB価格は918円だ。公表前の3/23の株価終値は733円なので、約25%増しとなる。通常、TOBでは、20~30%程度のプレミアムを乗せての提案となるので、それなり納得感のある水準だ。

 

会社の説明では、TOB価格は当初750円(2020年11月)からスタートし、会社、買収者、哲雄氏に加えて特別委員会も含めて、継続的に協議を重ねた結果、918円に落ち着いたとのことだ。

 

船井電機は、秀和HDからのTOB価格918円の妥当性を検証するため、独立した第三者機関である大和証券から株価算定書を入手している。

また、船井電機特別委員会(当TOBの公正性の担保を目的として設置)は、プル―タスから株価算定書とフェアネスオピニオンを入手している。

 

両社の算定結果は、以下のとおり。

 

大和証券

市場株価法:466円~696円

DCF法:798円~867円

 

プル―タス

市場株価法:466円~696円

DCF法:894円~950円

 

市場株価法については、市場の株価データを使用していることもあり、同様の結果となっている。興味深いのは、DCF法による算定結果だ。両社ともに、DCF法のベースとなる将来キャッシュフローは、2021年3月期から2024年3月期の4期間における事業計画の収益や投資計画等をベースに算定している。資料中の特別委員会の答申によれば、割引率等の違いにより株価が異なっている。大和証券の方が、船井電機の事業リスクを高めに見積もったということだろうか?

 

・公正性担保措置

完全子会社化を伴うTOBでは、

・最終的に一般株主からの強制的な株式取得が予定されるため、一般株主に機会損失(値上期待を喪失)が発生

・一般株主と買収者との間に、利益相反の関係及び情報の非対称性が通常の取引以上に存在

など、一般株主の利益が不当に阻害されるおそれが指摘される。

 

そこで、TOB価格の公正性を担保するための公正性担保措置を実施することが通常となる。

具体的には、

①第三者機関からの株価算定書の取得(買収者、買収対象者)

②買収対象者における第三者委員会の設置

③法律事務所からの助言(買収者、買収対象者)

④買収対象者における取締役・監査役全員の賛成

⑤公開買付期間を比較的長期に設定

⑥買付予定数の下限設定(マジョリティ・オブ・マイノリティ)

 

会社資料からは、これらを概ねクリアしていることが分かる。

このうち、いくつかピックアップする。

 

②は、船井電機では特別委員会に相当する。特別委員会は、独立社外取締役3名で構成されている。

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(会社公表資料より)

 

④について、会社資料では、1名(社外取締役)の反対を除いて全員が賛成とのことだ。反対した1名の取締役は、非上場によるデメリットの方がメリットを上回ると反対した。

なお、資料によれば、最初から非上場化ありきで話が進んだわけではないとある。哲雄氏と板東氏、上田氏との協議の過程で、早期に業績を回復させ成長につなげるためには(一時的な損益の悪化を伴うこともあり)非上場化がベターと判断したとのことだ。

 

⑤の公開買い付け期間は、3/24~5/20までの30営業日。ミニマムの20営業日を上回る30営業日としている。

 

MBOなどの特に一般株主の利害が損なわれるおそれがあるTOBでは、マジョリティ・オブ・マイノリティを満たすことを案件の成立条件とする場合がある。マジョリティ・オフ・マイノリティとは、大株主を除く一般株主の多数という意味だ。MBOのように一般株主が損害を被るおそれがあるTOBでは、TOBの公正性を担保する措置の一つとして一般株主の中で少なくとも過半数の応募をTOBの成立条件とする場合もある。今回のTOBでは、マジョリティ・オブ・マイノリティを設けていないが、会社及び特別委員会の見解は、他に公正性を担保するような上記措置を実施しており、マジョリティ・オブ・マイノリティを設けないことが直ちに一般株主の利益を害することにならない。むしろ、設けることで却ってTOBの成立を不安定にし、TOBへ応募する一般株主の利益に資さない場合がある、としている。

 

ところで、秀和システムHDのTOBに対する会社の意見書には、社長を始め社内の取締役の意見が一切出てこない。こうした点からも、近年の会社の低迷ぶりが見え隠れするように思える・・・