溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

意思決定の対象期間による固定費の取り扱いの違い 【小ネタ】

事業や製品の限界利益マイナスは、その事業や製品から撤退を考えるサイン

という話をすると、

限界利益が出ていれば事業継続すべきなのですね?」

という質問されることがある。

 

それはそなんだけど、常にそうでもないだよな・・・

 

ということで、固定費の取り扱いを整理してみた。

 

テーマは、「意思決定の対象期間の長さと固定費の取り扱いの関係」だ。

意思決定の対象期間とは、例えば、当期や来期の損益改善や事業撤退などの短期的意思決定なのか、それとも中長期的な期間での損益改善(これは長期的意思決定)なのかによって間接費の取り扱いは変わるということだ。

 

例があった方が分かりやすいので、少し極端な例だが、次のケースで考える。

 

【設例】

当年度のある製品Xの売上高と変動費は次のとおりである。


売上高     100
変動費    50

限界利益   50


そして、これとは別に固定費が100発生する。
製品Xに関するP/Lを作成すると、次の通りになる。

 

(設例①)

売上   100
直接費    50
限界利益   50
固定費  100 ←減価償却
利益    △50

 

ここで、短期的な意思決定、例えば、製品Xの製造販売を停止するかというと、この段階では停止すべきでないとなる。なぜならば限界利益がプラスだからだ。この場合の固定費を減価償却費とすると、製品Xの製造販売を停止しても減価償却費を削減することは(短期的には)できない。仮に停止すれば、全社損益は悪化することになる(このP/Lで見ると赤字は50から100へ拡大する)。つまり、製品Xの撤退の意思決定においては、固定費100は「無関連原価」であり埋没原価として無視すべきとなる。

 

しかし、長期的視点に立つと固定費100を無視するわけにはいかない。上記P/L(の各数値)が継続すると考えると、製品Xから期待される利益で固定費を(全額)賄えないということは、会社全体は常に赤字となることを意味する。

 

両者の違いはどこにあるか整理してみる。

簡単にいうと固定費の可変性の違いだ。短期的意思決定の場合では、間接費は過去の意思決定において既に確定した費用であり、「当面」は動かしようがない。例えば設例の減価償却費のように発生要因である設備投資は既に過去の意思決定の結果であり、耐用年数の期間内には減価償却を止めることはできない。いまさら何を言っても始まらないので、当該固定費を全額回収できなくても少しでもキャッシュを回収できるのであればやった方が「まし」となる。

 

ところが、長期的意思決定では固定費も増減が可能になる。長期的な視点では、固定費は過去の意思決定で確定してしまった費用ではなく、将来また同様の固定費を発生させるかどうかの改めて意思決定することになる。例えば、新規の設備投資をしてまで赤字受注することは適切か?ということだ。短期的な意思決定においては、”減価償却費の原因である設備投は既にしてしまっているので”、その一部でも回収できるのであれば(限界利益が出るのであれば)赤字受注であっても受注すべきであるが、新規設備投資をするとなれば話は変わる。新規投資の資金を無視(負担しなくてもいいやという意味)してまで赤字受注をすると、設備投資の資金は永久に回収されずに会社全体の損益は悪化(そしてキャッシュフローも悪化)することになる。したがって、長期的意思決定においては、固定費の負担額を含めた利益を黒字化するようにコスト削減等を推し進める必要がある。

 

なお、減価償却費のような長期間拘束されるような固定費をコミッテドコストと言うが、固定費でも広告宣伝費や研究開発費のように短期間での増減が可能な費用をマネッジドコストと言う。マネッジドコストについては、事業や製品等の撤退に伴い減少させることが可能な場合が多いため、撤退のような短期的意思決定においては変動費と同様に取り扱うことができる。

 

(設例②)

売上   100
直接費    50
限界利益   50
固定費  100 ←広告宣伝費
利益    △50

この場合の固定費が短期的に増減可能な広告宣伝費とすると、先ほどの減価償却費の例と異なり製品Ⅹの撤退について固定費は関連費用となる。撤退によって削減することができるとすると、利益は0(設例①では100の赤字)となる。

 

単純に変動費、固定費という費用分類だけではなく、意思決定の対象期間における費用の可変性の有無によって費用の取り扱いも変わるということだ。

 

なお、今回は、固定費./変動費の費用分類を例に説明したが、費用の管理可能性という観点では、管理可能費管理不能の費用分類がある。この費用分類は、計算される利益が誰(部門なども含め)の責任なのかを明らかにし、計算される利益を用いて個人や部門等の業績評価などに活用される。

この場合、管理不能費であっても、誰にとっての管理可能性なのか、どの程度の期間において管理不能なのか、によって管理可能性は変わり得るが、この点は今回の例と同じだ。