溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

四半期報告書の廃止に思う

www.nikkei.com

 

「政府は上場企業など約4000社が四半期ごとに公表する決算書類で、法律で開示を義務づけている四半期報告書を廃止する検討に入った。証券取引所の規則に基づき開示する決算短信に一本化する。内容に重複が多いため企業側の事務負担を軽減することが目的だ。投資家が企業価値を正当に評価するため、四半期ごとの決算開示そのものは維持する。」

実際に四半期報告書の開示義務がなくなるのは、2024年度以降になる見通しとのこと。

 

岸田首相は、これまでにも内閣総理大臣所信表明演説(2021年10月)や施政方針演説(2022年1月)などで四半期開示の見直しについて言及していたし、四半期開示の見直しについては、これまでにも証券市場や経営の短期主義化(short-termism)や他の開示・報告書と重複感の是正などを理由に政策課題として掲げられてきた。2017年6月に公表された「未来投資戦略2017」なども一例だ。

 
報道では、四半期報告書が廃止され四半期決算短信へ一本化される程度の情報で、具体的な内容(短信の内容がどう変わるかも含めて)は定かではないが、気になった点がいくつかあるので、備忘記録として書いておこうと思う。
 
四半期報告書廃止に対する疑問
・コスト削減効果って大きいの?
四半期報告書の廃止(四半期決算短信へ一本化)によって確かに企業の業績開示に係るコストは軽減されるだろうが、それってどの程度の話なのだろうか。そもそも重複感の是正と言うぐらいだから、四半期報告書を廃止したところで削減できるコストはそれほど大きくはないのではないだろうか。それに、今後、IT技術の進歩発展により省力化や効率化が期待でき、時間も問題のようにも思うけど。
また、それなりのコスト削減効果があったとしても、それが内部留保に転嫁されるのでは意味が薄れる。軽減されたコストが、事業への投資⇒売上、利益の成長にどれだけ活かされるかが問われるだろう。
 
・四半期決算短信の開示のスピードアップは?
四半期決算短信には監査法人のレビューは不要だが、会社として外部発表するからには間違いを避けたいということから、決算短信の開示が四半期報告書と同じようなタイミングになっているとの指摘もある。では、四半期報告書が無くなることでどれほど開示スピードが上がるのだろうか?
 
(参考:四半期報告書と四半期決算短信の違い:筆者作成)

 

四半期報告書

四半期決算短信

提出期限

45日以内

30日~45日

適用される制度

金融商品取引法 

取引所の適時開示制度

監査(レビュー)

あり

なし

報告内容

企業の概況

・売上高、利益などの主要な財務数値

・事業の内容(重要な変更があった場合)

など

事業の状況

・事業等のリスク

・経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の説明

・研究開発活動

・経営上の重要な契約

など

提出会社の状況

・発行済株式や新株予約権

・自己株式

・役員の状況(異動があった場合)

など

経理の状況

・四半期財務諸表及び注記

・セグメント情報

など

レビュー報告書

会計監査人(監査法人)のレビュー報告書を添付上述のとおり

・連結業績

 経営成績、財政状態

 

・配当の状況

 

・注記事項

 重要な子会社の異動、 発行済株式数、四半期特有の会計処理の適用の有無等

 

・添付資料

 四半期財務諸表等

 
・四半期決算短信の内容は変わる?
四半期業績開示(短信)についての見直しも開示の速報性には影響する。例えば、欧州諸国、例えばイギリス、フランス、ドイツでは財務諸表は開示せず重要な取引とその影響などの定性情報のみの開示も認められている。確かに情報量が減ればスピードは上がりそうだが、情報の十分性について果たして投資家はどう感じるだろうか?
 
・四半期開示情報の信頼性は低下する?
四半期報告書は全面的に廃止ではなく、第2四半期報告書は現状維持のようだ。ということは、第2四半期の四半期レビューは維持されるのだろうか。監査法人のチェックという点では四半期報告書以前の半期報告書時代へ逆行することになる(監査に対してレビューなので厳密にはそれ未満となる)。いずれにしても、企業が開示する情報に対する外部の第3者のチェックという点では今よりも後退することになる。利用者にとっては、利用者自身が企業の開示情報を分析、評価するリテラシーが求められることになる。
 
企業側の負担軽減を強く感じるが、情報の受益者の視点についてはどう考えているのだろうか?検討会議には当然ながら情報の受益者の代表も含まれているはずなので、検討済みと思うが、受益者にとってはそもそも四半期報告書は有益な情報でなかったということなのだろうか?そうであれば、無駄な情報開示を10年超にわたって強いてきたということになる・・・
 
海外における四半期開示制度の動向

四半期開示制度の見直しについては、欧米諸国との調和と言う観点もある。

2018年8月に、米国のトランプ大統領(当時)が四半期開示制度の見直しに賛同するツイッター投稿をして話題になったのは記憶に新しい。背景には、米国のあるビジネスリーダーの四半期開示制度に対する提案があったようで、その理由は企業が長期的な視点を持てるようにすべきということや欧州の情報開示制度との調和を図ることということだ。EU諸国では、例えば、イギリスでは2014年、ドイツとフランスでは2015年に四半期開示を任意化されたが、それ以降も四半期開示を継続する会社は少なくないのが現状だ(イギリスでは約6割、フランスでは約8割の企業が四半期開示を継続、ドイツでは一定の上場企業に対して取引所規則により四半期開示を要請)。

 

四半期開示制度の見直しの是非

四半期開示制度の見直しの是非については、次のような意見がある。

 

金融庁事務局説明資料(情報開示の頻度・タイミング 第6回金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)を参考に筆者が作成)

見直しすべき意見の例

維持すべき意見の例

・投資家や企業の短期的利益志向を助長し、中長期的視点に立った企業の成長を阻害する

・情報開示のための時間やコスト(働き方改革の流れに反する)

・中長期的な企業価値を重視するのであれば、四半期情報の重要性は低下するため、四半期開示制度の簡素化、任意化を検討すべき

・中長期の目標に対する進捗度の確認のためには四半期開示は必要である

・そもそも欧米に比べて開示内容が見劣りするとされる中、四半期開示の廃止によって企業の開示姿勢が後退したと受け取られると、海外投資家の投資に水を差すことになる

・利益調整が難しくなることにより、情報の質・信頼性が向上し、市場の価格形成が効率的になる

・企業と投資家の間における情報の非対称性が緩和される

 

 

四半期開示については、以前から証券市場や経営の短期主義化(short-termism)を助長するという指摘がある。この点については、検討会議でも賛否が分かれ結論が先送りされたようだ。その結果、重複感の解消という差しさわりの無い点に着地したようにも思える・・・

短期主義化については、例えば米国では、1934年に四半期報告に関する規定が設けられ、1955年から1970年までは半期報告書の開示が義務付けられるといった変遷はあったものの1970年の規則改正以降50年超にわたって四半期開示制度が継続されている。その間の米国経済の著しい発展と成長を見れば、米国企業が短期的な経営姿勢に終始してきたかどうかは明らかではないだろうか。

また、四半期の実績開示ではなく四半期業績予想が予想数値に固執する圧力が経営者に働くという指摘もある。これは、言ってみれば自らが公表した予想値によって自らが束縛されるということであって、ある意味経営者の資質が問われそうな話ではある。仮にそれが弊害ということであれば、業績予想の公表を制限するという対応は考えられるが、それと四半期開示すべてを廃止することは別問題だろう。例えば、機関投資家にも株主はいる。機関投資家の株主に対する説明という点では、やはり適切な期間におけるパフォーマンスと投資先企業に対する業績のモニタリングは必要だろう。

 

まとめ

制度やルールが常に適切とは限らない。立場による見解の相違もあるだろう。四半期開示のあり方や見直しについての様々な意見や議論を通じて、経済環境や投資家のニーズの変化に応じて都度必要な改善が施されていくことが望ましい姿ではないかと考える。企業経営者と投資家が四半期開示制度のあり方について議論するプロセスそれ自体が、投資環境の改善や適正な株式市場の形成にとっても有益ではないだろうか。