溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

箸の上げ下げまで…【東証のPBR改善要請】

東京証券取引所東証)は、2023年3月31日、プライム及びスタンダード市場に上場する約3,300社を対象として、PBR(株価純資産倍率)やROE自己資本利益率)などの改善計画の策定、開示などを要請した。

企業価値向上に向け、経営者の資本コスト株価に対する意識改革を行うことが目的とのことだ。

東証が公表した資料「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」によれば、現在、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れとなっており、資本収益性や成長性に課題があるとされる。特に問題視しているのが、PBRが1倍を割り込んでいる企業だ。

 

【参考】

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000048bt.pdf

 

PBR(Price Book-value Ratio)は株価純資産倍率とも言う。株価を1株当たり純資産で割ったもので、株価が割安か割高かを判断するための指標の1つだ。PBRが1倍であれば株価がその企業の解散価値と等しいことを意味する。PER(株価収益率)と同様、株価が割高か割安かを判断するための指標として重視される指標だ。

 

PBR1倍割れとは、株価が会社の解散価値を下回っている状態を表し、株式市場からは「上場失格」とみなされることもある。株式市場の低迷により一時的にPBR1倍割れとなっている場合もあるが、保有資産を有効に収益に繋げられていないなど営上の問題が指摘されることも少なくない。国際財務報告基準IFRS)では、PBRの1倍割れは減損の兆候ありと判断され、IFRS適用会社においては減損リスクが高まることにもなる。

 

東証が公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」では、プライム及びスタンダード市場の全上場会社を対象として、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて、

・現状分析

・計画策定・開示

・取り組みの実行

について、継続的な実施を要請する。計画策定・開示の具体的な時期の定めはないが、出来る限り早期対応を求めるとのことだ。経営戦略や経営計画、決算説明資料等に含めて示すことなどが想定される。

 

例えば、現状分析においては、資本コスト(株主資本コストやWACC)に対する資本収益性(ROEやROIC)や市場評価(PBRやPER)などの具体的な数値を使って分析、評価することが求められる。

 

ROEなどの資本収益性の改善は、今始まった話ではなく、10年以上前のアベノミクス成長戦略(第3の矢)の時代からずっと言われてきているし、コーポレートガバナンス・コードの2018年改正でも資本コストを意識した経営が明文化された。これまで、ことあるごとに要請されてきたが、適切に対応している会社は言うほど多くなく、その結果が、「プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れ」ということなのだろう。

 

また、それに拍車をかけたのが、昨年から始まった東証新市場区分だ。東証によれば、22年10月末時点で上場維持基準に適合しておらず、適合に向けた計画を開示している会社は507社とのことだ。資料によれば、その内360社流通時価総額が未達となっている。株数の問題もあるが、要は株価が低いということだ。

 

【参考】「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議 第四回東証説明資料」2022年11月25日

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/co3pgt0000002992.pdf

 

適合計画の期限内に上場維持基準を達成しないと最悪上場廃止になるため、該当する507社は今まで以上に、企業価値向上に取り組むことになるだろう。プライム市場の会社の中には、今後白旗を上げて「やっぱりスタンダードにします~」って会社も出てくるだろうけど・・・

 

というわけで、東証金融庁、政府をあげて、あの手この手を使って何とか企業の背中を押し、お尻を叩き、「企業価値上げるように努力しなさい!」と煽っている状況だ。

 

きっかけはどうあれ、結果として、企業(経営者)が事業戦略を再検討し、設備投資、人的資本投資、あるいはESG投資を行い、それらの取組みの結果として企業価値、株価が上がり、気づいてみればPBRも余裕で1倍を超えていた、となれば、それはそれで良いと思う。

 

まあ本来は、経営者自身が、自社の株価評価(の低さ)に危機感を持ち、原因分析、対応策の策定及び実施とすべき話であって、外からヤイヤイと箸の上げ下げまで指図されること自体を問題視すべき、と思うけど。