溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

自己株式取得の目的は?【三菱商事の例】

【はじめに】
2023年5月9日、三菱商事は、発行済株式総数の6%に相当する86,000千株、3,000億円を上限とする自己株式の取得を発表した。

三菱商事は2023年2月に700億円の自己株式の取得を発表しており、今回の自己株式取得は追加取得ということになる。自己株式は、2023年5月10日から12月31日(予定)において市場買い付けにより取得し、取得した自己株式は2024年1月31日に全数消却を予定している。

三菱商事の自己株式の取得の目的は何なのだろうか?

 

三菱商事の自己株式取得の目的】
三菱商事の2023年3月期の決算説明資料「2022年度決算及び2023年度見通し 説明会資料」によれば、電力ソリューション等で利益を伸ばすなど2年連続で過去最高益を更新(1兆円台)し、2023年度も高水準が見込まれる。また、2022年度のキャッシュ・フロー配分の実績等を踏まえ、「中期経営計画2024」の株主還元及びキャッシュ・フロー配分の考え方に基づき、キャッシュ・フローの増加分を投資及び株主還元へ追加配分するとのことだ。

なお、総還元性向は、2023年度以降は40%程度を目処としてる。同社の自己株式の追加取得額及び株数は、財務規律を維持しつつ企業価値向上に向けた投資と株主還元に関する方針に基づいた意思決定であることが分かる。

 

(参考)「2022年度決算及び2023年度見通し 説明会資料」(三菱商事 2023年5月9日)

https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/ir/library/meetings/pdf/230509/20230509j.pdf

「中期経営戦略2024」(三菱商事 2022年5月10日)

https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/about/plan/pdf/mcs2024_220510.pdf

 

【自己株式の処分とは】
取得した自己株式を再利用することを、自己株式の「処分」と言う。自己株式の処分には、株式市場で売却の他、


・役員、従業員等への株式報酬
・従業員等への退職金の支給
株式交換によるM&A


などがある。株式報酬や退職金として支給することで、役員や従業員のモチベーションを高め、会社の業績アップも期待できる。また、新株発行のための手続きやコストも省ける。株式交換によるM&Aであれば資金をセーブすることも可能となる。

 

【自己株式消却の目的】
自己株式の消却とは、取締役会の決議(取締役会設置会社の場合)により自己株式を消滅させることだ。自己株式を売却などにより処分すると、発行済株式数が増加しROEやEPSの数値は元に戻ってしまう。これをシンデレラ効果ということがある。自己株式の消却によりシンデレラ効果を抑止するため、株価に対してプラスの効果がある。


三菱商事には直接関係ないが、最近、上場維持基準を満たしていない上場会社では、流通株式比率の改善を目的とした自己株式の消却の例が見られる。流通株式比率は、流通株式数を上場株式数で割って計算するため、自己株式の消却により流通株式比率を改善することができる。

東証の上場維持基準より(日本取引所グループ


東証の上場維持基準によれば、各市場における流通株式比率は、次のとおり。

 

(流通株式比率)
プライム市場  :35%以上
スタンダード市場:25%以上
グロース市場  :25%以上

 

流通株式数では自己株式は控除されるが、上場株式数には自己株式も含まれる。

  

東証の上場維持基準より(日本取引所グループ

【バフェット氏の影響はあるのか?】
先日、米国の著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が日本の大手総合商社5社(5大商社)への投資比率を増やす意向を表明した。バフェット氏は、5大商社の現在の株式の保有比率7.4%を9.9%まで増加する方針とのことだ。これを受け、日本の株式市場では三菱商事を含む5大商社株が上昇しているが、未だその水準は十分とは言えない。現時点の三菱商事のPBRは1倍を超えているが、4月末の時点では1倍を割っていた。著名な投資家であるバフェット氏が投資する以上、株価上昇に対する期待、プレッシャーは相当なものがあると予想される。

 

東証のPBR改善要請の影響】
東京証券取引所東証)は、2023年3月31日、プライム及びスタンダード市場に上場する約3,300社を対象として、PBRやROEなどの改善計画の策定、開示などを要請した。企業価値向上に向け、経営者の資本コストや株価に対する意識改革を促す目的だ。東証が公表した資料「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」によれば、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR1倍割れとなっており、資本収益性や成長性に課題があるとされる。

 

(参考)「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(東京証券取引所

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000048bt.pdf



PBRを分解すると、ROE✕PERになる。ROEは、当期純利益率✕総資産回転率✕財務レバレッジだ。

 

(参考)

PBR=ROE✕PER

ROE当期純利益率✕総資産回転率✕財務レバレッジ

 

したがって、自己株式を取得すると財務レバレッジが上昇し、ROEが上昇する。その結果、PBRの改善の期待できるという訳だ。三菱商事を始め自己株式の取得を公表する会社が増加傾向にあるのも、自己株式の取得を通じたPBR改善が目的の1つと考えられる。なお、東海東京調査センターの調べによると、2023年5月1日から19日までに東証に上場する企業が発表した自社株買いは、総額で3兆2300億円余りにのぼり、企業が1か月間に発表した自社株買いの総額としては過去最大となったとのことだ。

 

【まとめ】

今回の三菱商事の自己株式の取得&償却は、バフェット氏などの影響が背景にあるものの、企業価値向上に向けた自社の中長期的計画に基づく事業への成長投資を含めた施策の1つであることが分かる。こうした前向きな取組みは、会社のリソースの問題もあろうが、外部のステークホルダーからの視線、注目が経営にもたらす緊張感が影響しているように思う。一方、3,900社に及ぶ上場会社の中には、株式市場からの注目度が低い、外国人投資家などの比率が低いなど、経営の緊張感が低い会社も少なくないのではないか。そうした会社が本腰を上げるきっかけになればと思うが、果たして・・・