溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

役員報酬の補填は秘密裏に可能なのか?   【関西電力の例】

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60623980S0A620C2000000/

 

関西電力は22日、2017年3月期~19年3月期の有価証券報告書を訂正したと発表した。役員らによる金品受領問題に絡み、東日本大震災後に減額した役員報酬

秘密裏に補填したことが明らかになっており、その補填分を役員報酬額や対象となる役員の人数に加算した。25日に開く定時株主総会の招集通知も同様に修正した。

3カ年の有報は取締役の報酬総額が3800万~6900万円、対象となる人数が4~7人、それぞれ増えた。招集通知は総額を3200万円増の5億1500万円、人数を6人増の19人とした。監査役についても補填内容を反映した。』

関西電力(関電)の訂正報告書はコチラ☟

https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0622_1j_01.pdf

業績回復後の16年7月~19年10月、常務執行役員以上の退任者18人に秘密裏に支払った金額は、約2億6000万円に上るとのことだ。

 

しかし、関電とは言っても、

そんな大金を『秘密裡』に処理することができるのか?

と疑問を持つ人もいるのではないだろうか。

 

実は役員報酬の場合、

案外出来てしまう

のである。

 

どういうことかを説明する前に、関電の取締役会責任調査委員会の報告書の該当部分を確認してみる。

 

取締役会責任調査委員会の報告書はコチラ☟

https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0608_1j_01.pdf

 

役員報酬カット分補填問題と追加納税分補填問題は報告書の後半(第5)

に書かれている。

 

問題の所在にも書かれているが、

 

まず、役員退任後の元役員に対する嘱託等報酬に過去の役員報酬相当分が含められていることが問題だ。役員報酬と従業員報酬では決定プロセスが異なる。

また、会計上も役員報酬を他の項目として会計処理、表示することは企業業績の適正表示の点から問題だ。

さらに、役員報酬の開示の誤記。元日産のゴーン氏でも注目されたが、近年の役員報酬の増加傾向に伴い、投資家の注目が高まっている点だ。金融商品取引法の違反にも該当し、今回の有価証券報告書訂正報告書の原因となった。

 

なお、会計処理に関しては、外部に報告されている範囲では詳細は不明であるが、おそらく役員報酬以外の従業員やその他の給与等として会計処理されているのだろうと推察する。つまり、勘定科目違いであって、費用が過小計上されているのではないと考える。

 

嘱託等の契約上、あくまで嘱託業務に対する報酬として補填部分を含ませておけばまだしも、報告書によれば、ご丁寧にも報酬補填方針を策定し、個別に補填額を把握していたということだから、これはもうどうしようもない。

 

また、相談役、エグゼクティブフェロー、嘱託等の報酬についても慣行的に代表取締役(森氏)に決定権限があったとのことであるが、一方で、稟議事項として取り扱ったとのことだ。

形式的には代表取締役のみが内容を把握していたとは言えない(稟議回付の対象者は少なくとも契約内容について認知している)が、稟議書に業務に対する報酬の妥当性等について、どこまでの説明が記載されているかは不明である。推測になってしまうが、稟議という形式をとっているものの、やはり実質的には代表取締役に一任されており、内容について疑問や指摘は無かったのだろう。

 

さて、

役員報酬は秘密裏に決定できる

に関して。

 

役員の報酬は、いわゆるお手盛りを防止するため、原則的には定款に定めるか株主総会で決議する必要がある。

しかし、定款に定めると報酬額の度に定款変更が必要となり、株主総会で毎回取締役の報酬額を決議するのは煩雑だし、日本の風習的に取締役の個別報酬額の周知を避けるという目的で、通常は、取締役全員分の報酬額の上限を株主総会で決議しておき、それを超えない範囲であれば取締役個別の報酬の決定は取締役会に委ねることが出来る。そして、取締役会の決議で取締役個別の報酬額の決定を代表取締役に一任することが可能だ。なお、監査役の報酬については、株主総会で決議する点はは取締役と同様だが、複数の監査役がいる場合、監査役の総額の内訳は監査役の協議によって決定する。

 

報告書によれば、関電は、取締役の個別報酬について代表取締役へ一任のスタイルをとっている。これは、通常の上場会社に見られるスタイルであり、それ自体が問題という訳ではない。

 

毎年、

はい、あなたはこれ

、と代表取締役から手渡されるだけで、自分の報酬の決定プロセスを知らない、

という取締役も結構いる。

 

したがって、株主総会で決議された範囲内であれば、趣旨として過去の報酬カットの補填分を報酬に織り込ませることも可能だ。

一定の範囲内であれば、代表取締役の一存で、つまり

秘密裏の補填も可能

という訳だ。

 

最近では、1億円を超える役員報酬の開示など、徐々に誰がいくら報酬を取っているかを公開する流れにはなってきているが、日本では伝統的に報酬、給与を公開することを好まない。これは役員も従業員も同じだろう。また、それが代表取締役に一任の理由でもある。

しかし、これは同時に、役員報酬の決定プロセスの不透明さの土壌ともなる。

 

それでいいのかという疑問が生じるのも当然だろう。

特に、最近はコーポレートガバナンス(CG)が注目されている。

改訂されたCGコードにおいても、補充原則4-2①において、取締役会は、

客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである」

とされている。

こうした流れもあって、関電では、2015年11月以降、人事・報酬等諮問委員会における審議を経て個別の取締役に対する役員報酬額を決定する制度にしている。

しかしながら、取締役に対する報酬を嘱託等に対する報酬として当諮問委員会の審議の対象外としたことは、社内制度に違反したことになる。

 

なお、関電が制定した諮問委員会は任意の組織であるが、指名委員会等設置会社の機関設計を採る会社においては、会社法上、指名委員会、報酬委員会、監査委員会の3委員会を置く必要がある。そして、各委員会は、3名以上で構成され、過半数社外取締役である必要がある。

報酬委員会では、

・取締役会及び執行役員の個別の報酬内容、又は報酬内容の決定に関する方針を決定

・執行役が指名委員会等設置会社の支配人その他の使用人を兼ねるときは、当該使用人その他の使用人の報酬等の内容を決定

する。

指名委員会等委員会設置会社へ移行している会社は、上場会社の中でも80社程度に留まる。社外の会社をよく知らない人間に会社の重要事項を決定されたくない、という経営者の主張にも思える。

 

組織や制度など形式的にはCGコードが求める客観性、透明性を高める対応をしつつも、実態面は旧態依然という会社は、少なくないのかもしれない。