溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。元BIG4パートナー。日頃の業務や最近のニュースの中で気になったことを書いています。                     【資格】公認会計士(CPA)/証券アナリスト(CMA)/公認内部監査人(CIA)/地方監査会計技術者(CIPFA)【事務所】http://www.mizoguchi-cpa.jp/

ニデックだけの問題なのか?【PwC統合の裏側にある監査法人の組織文化(あくまで個人的な妄想:すぐ消す)】

筆者作成

先日、ニデックの記者会見にPwC Japanの代表が同席したことについて、監査法人と監査先企業との関係という観点から考察した。

今回は、少し違った角度から、あくまで個人的な妄想を書いてみたい。

実は、あの会見で私が気になったことがある。それは、会見に同席したPwC Japanの代表が、旧PwCあらた側の人間だったということだ。

もちろん、PwC Japanを代表する立場として同席したのだから、それ自体に不思議はない。しかし、ニデックの監査を担当してきたのは、旧PwC京都監査法人である。

その場にいた本人は、内心どのような思いだったのだろうか。監査人としての立場と、PwCグループを代表する立場。そこには、何とも複雑な思いがあったのではないかと想像してしまう。

 

PwCには、なぜ二つの監査法人があったのか

そもそも、PwC Japanの前身には、PwCあらたとPwC京都という二つの監査法人が存在していた。

日本の大手監査法人グループを見渡しても、これは少し特殊な形態だったと思う。

その背景には、2006年の中央青山監査法人の業務停止と、その後の解体・再編がある。

中央青山から離れて新たに設立されたのが、あらた監査法人である。一方、京都の事務所のメンバーを中心に設立されたのが京都監査法人だった。京都監査法人は2013年にPwCのネットワークに加わり、PwC京都監査法人となった。

ここには、当時の関係者の複雑な思いもあったと聞いている。

私が耳にした話では、中央青山が業務停止となり、再生に向けて多くの関係者が苦心していた時期に、先に独立したあらたの動きに対して、京セラの稲盛氏が必ずしも好意的ではなかったという。

そのため、京都のメンバーがあらたに合流することを望まず、独自の監査法人として歩む道を選んだ、という話である。

もちろん、この経緯については、私自身が聞いた話であり、公開資料で確認できた事実ではない。したがって、これを設立の確定的な理由として述べるつもりはない。

ただ、もしそうした経緯があったのだとすれば、京都監査法人には、設立当初から独自の組織文化が形成されていたのかもしれない。

 

クライアントとの距離感

京都監査法人は、京都を中心とする有力企業を数多くクライアントに抱えていた。京セラ、ニデック、任天堂、KDDIなど、その顔ぶれを見ても、地域密着型という言葉だけでは片付けられない、強固な顧客基盤を持っていたことが分かる。

私自身、京都監査法人のクライアントとの距離の近さについては、業界内でもそれなりに知られていたという印象を持っている。

もちろん、クライアントとの良好な関係を築くこと自体は悪いことではない。企業の事業や経営を深く理解するには、むしろ必要なことだろう。

しかし、監査人には、クライアントとの良好な関係を維持しながらも、必要なときには厳しい判断を下すことが求められる。

クライアントとの距離が近いことと、監査人として独立した判断ができること。この二つは、必ずしも同じではない。

 

PwC統合で、本当に何が変わったのか

2023年12月、PwCあらたとPwC京都は統合し、PwC Japan有限責任監査法人として新たなスタートを切った。

私が気になったのは、統合後の監査チームの編成だ。

例えば、ニデックについては、統合時に公表された業務執行社員は3名だったが、3名とも旧京都監査法人のメンバーだった。つまり、法人は統合したものの、少なくとも監査責任を担うパートナーについては、従来の体制がそのまま引き継がれたのである。

私の経験からすると、監査法人の統合後は、監査品質の維持・向上という観点からも、監査チームのメンバーを一定程度入れ替え、相互に人材を交流させることが一般的だと思う。

特に、長年にわたり同じ監査法人が担当してきたクライアントや、監査リスクについて慎重な検討が必要と考えられるクライアントであれば、従来の監査チームに新たな視点を取り入れることには意味がある。

もちろん、監査先に関する知識や経験の蓄積も重要であり、全員を交代させればよいというものではない。しかし、少なくとも統合を機に、監査チームの構成を見直すことは検討されてもよかったのではないだろうか。

ところが、ニデックについては、統合時に業務執行社員3名全員が旧京都のメンバーのまま据え置かれた。

その後、旧あらた出身者が加わったものの、2025年9月時点でも旧京都出身者が3名を占めていた。2026年3月期になって、ようやく旧京都出身者3名が交代している。

この経緯をどう評価すればよいのだろうか。

PwCあらたは、私の知る限り、外資系監査法人らしく、比較的クールでドライな組織(旧青山監査法人は業界ではこう評されていた)であり、リスク評価や監査判断についても厳格な姿勢を持つ監査法人という印象だった。

そうした監査法人が、統合直後にニデックの監査責任者を全員据え置いたというのは、私の持っていたイメージとは少し異なる。

もちろん、人員配置の理由は外部からは分からない。旧京都のメンバーの監査能力に問題があったと主張するつもりもない。

ただ、京都の有力企業を多く抱え、長年にわたりクライアントとの関係を築いてきた監査法人を統合するにあたり、顧客基盤や収益面への配慮が、監査チームの人員配置に影響することはなかったのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。

 

監査法人は、組織を統合すれば変わるのか

監査法人の統合は、法人格や組織図を一つにすれば終わりというものではない。

監査に対する考え方、リスク評価、職業的懐疑心、そしてクライアントとの距離感。こうした組織文化まで融合して初めて、本当の意味での統合といえるのではないだろうか。

今回のニデックの問題は、単に一企業と監査法人との関係だけではなく、監査法人自身の組織文化や経営のあり方にも目を向ける必要があるのかもしれない。

これは、あくまで私個人の経験や伝聞をもとにした妄想であり、特定の監査法人や個人の判断を批判・断定する意図はない。

ただ、最後に一つだけ。

監査法人は統合した。しかし、監査チームも、監査法人の文化も、本当に統合されたのだろうか。

もしかしたら、ニデックだけの問題ではないのかもしれない。

同じフリーキャッシュフローでも、会計とファイナンスでは意味が違う?

筆者作成

「フリーキャッシュフロー(Free Cash Flow、以下FCF)」という言葉は、キャッシュフロー計算書でも、DCF法による企業価値評価でも使われます。

どちらも、会社が事業活動を通じて生み出したキャッシュから、必要な投資に使ったキャッシュを差し引いたもの、というイメージがあります。

しかし、実は両者は必ずしも同じものではありません。

大きく分けると、①目的の違い、②実績値と予測値の違い、という2つの観点から整理することができます。

 

1.目的の違い:法人全体のキャッシュフローか、投資家に帰属するキャッシュフローか

まず、両者ではFCFを計算する目的が異なります。

キャッシュフロー計算書は、営業活動、投資活動、財務活動の3つに区分して、会社という法人全体のキャッシュの流れを把握するためのものです。

一般に、キャッシュフロー計算書からFCFを計算する場合には、次の算式を使います。

 

FCF = 営業活動によるキャッシュフロー + 投資活動によるキャッシュフロー

 

営業活動で獲得したキャッシュから、投資活動で使用したキャッシュを差し引くことで、会社に残るキャッシュを把握するわけです。

一方、DCF法による企業価値評価で使用するFCFは、少し意味が異なります。

ファイナンスにおけるFCFは、会社が事業活動を通じて生み出したキャッシュのうち、株主と債権者という投資家全体に帰属するキャッシュフローを意味します。

ここで重要なのは、利息の支払いを控除しないという点です。

利息は債権者に対するキャッシュの支払いです。DCF法で計算するFCFは、株主と債権者の双方に帰属するキャッシュフローですから、利息を支払う前の段階で計算します。

これに対して、日本のキャッシュフロー計算書では、一般に支払利息は営業活動によるキャッシュフローに含まれます。そのため、キャッシュフロー計算書から計算したFCFには、通常、支払利息が反映されています。

ただし、日本基準では支払利息を財務活動によるキャッシュフローに区分することも認められています。会社がその方法を採用していれば、この点に関する違いはなくなります。

なお、両者とも、配当金の支払いや自社株買いなど、株主に対するキャッシュフローは控除しません。これらは、投資家全体に帰属するFCFを計算した後の、キャッシュの配分だからです。

このように、両者は同じFCFという名称を使っていても、支払利息の取り扱いなどに違いがあるのです。

 

2.実績値と予測値の違い:過去のキャッシュフローか、将来のキャッシュフローか

もう一つの大きな違いは、キャッシュフロー計算書のFCFが実績値であるのに対し、DCF法のFCFは将来の予測値であるという点です。

DCF法では、一般に次の算式でFCFを計算します。

 

FCF = 税引後営業利益(NOPAT)+減価償却費-投資-Δ運転資本

 

税引後営業利益に減価償却費を加算し、設備投資などの投資額と運転資本の増加額を差し引くことで、事業活動から生み出されるキャッシュフローを計算します。

ここで注目したいのは、営業利益をベースに計算しており、営業外収益・費用や特別利益・損失が基本的に含まれていないことです。

日本基準の損益計算書では、営業利益の下に営業外収益・費用、さらに特別利益・損失が区分されています。したがって、これらは通常、DCF法のFCFには反映されません。

なぜでしょうか。

その理由の一つは、DCF法が将来のキャッシュフローを予測する手法だからです。

例えば、今後5年間の事業計画を作成するとき、売上高や営業利益であれば、過去の実績や受注状況、市場動向、経営戦略などを踏まえて、一定の仮定のもとで予測することができます。

もちろん、本業の将来予測も簡単ではありません。

しかし、営業外収益・費用や特別利益・損失については、そもそも数年先の発生自体を予測することが難しいものも少なくありません。仮に予測値を置いたとしても、合理的な根拠を示すことが難しい場合があります。

そのため、通常のDCF法では、事業活動から生み出されるキャッシュフローを中心に予測することになります。

もっとも、営業外収益・費用や特別損益であれば、必ずFCFから除外しなければならないというわけではありません。

例えば、継続的に発生する営業外収益や、将来の発生が具体的に見込まれる特別なキャッシュアウトフローなど、合理的な根拠に基づいて将来キャッシュフローを予測できるのであれば、それらをFCFに反映させることも考えられます。

つまり、会計上の表示区分だけで機械的に除外するのではなく、企業価値を評価するうえで、将来のキャッシュフローとして合理的に見積もることができるかどうかが重要なのです。

 

3.ここでいう営業利益とは?

最後に、少し補足です。

上記のFCFの計算式でいう営業利益は、日本基準の損益計算書における営業利益をそのまま意味するものではありません。

日本基準では、財務関連の収益・費用などが営業外損益として区分されます。また、減損損失なども特別損失に計上されることがあります。

一方、米国会計基準では、日本基準のように営業外損益や特別損益を一律に区分する形式ではありません。減損損失なども、その性質や表示方法によっては営業利益に反映されます。

ただし、米国会計基準でも営業利益の定義や表示方法がすべて一律に定められているわけではありません。

ここで想定しているのは、財務活動などの影響を除いた、事業活動そのものから生み出される利益をベースにFCFを計算するという考え方です。

 

まとめ

同じフリーキャッシュフローという言葉でも、キャッシュフロー計算書とDCF法では、次のような違いがあります。

比較項目 キャッシュフロー計算書 DCF法
目的 法人全体のキャッシュの把握 投資家全体に帰属するキャッシュの把握
数値の性格 過去の実績値 将来の予測値
支払利息 通常は控除される 控除しない
配当等 控除しない 控除しない
営業外・特別損益 実際のキャッシュフローに反映される 原則として予測対象外。ただし合理的に予測できれば反映可能

FCFは、企業のキャッシュ創出力や企業価値を考えるうえで重要な指標です。

ただし、同じFCFという言葉であっても、何を目的として、どのような考え方で計算されているのかを理解しておかなければ、数字を正しく比較することはできません。

会計とファイナンスでは、同じ数字や用語でも、その意味や役割が異なることがあります。FCFも、その一つといえるでしょう。

「簿外債務268兆円」は何を意味するのか!?【 AI投資が問いかける「契約上の義務」と「会計上の負債」の違い】

米テック5社AI投資、「見えざる債務」268兆円 注記のみ記載に危うさ - 日本経済新聞

 

米国の大手テクノロジー企業によるAI投資が急拡大しているようです。

GPUやサーバーの大量確保、巨大なデータセンターの建設、電力の長期確保など、AIを支えるインフラへの投資額は、これまでとは比較にならない規模になりつつあります。

こうした中、先日、米テック大手のAI関連投資に伴う「見えざる債務」が約268兆円に達するとの報道がありました。

GPUやサーバーの長期購入契約、まだ稼働していないデータセンターのリース契約など、将来の巨額の支払いを伴う契約がB/Sに負債として計上されていない、ということです。

「268兆円もの負債がB/Sに載っていない」と聞くと、企業が巨額の借金を隠しているようにも感じるのではないでしょうか。

実は、この問題を理解するためには、一つ重要な区別が必要になります。

 

契約上の支払義務と、会計上の負債は必ずしも同じではない。

 

今回のニュースは、AI投資の規模だけでなく、会計が「いつ負債を認識するのか」という基本的な問題を改めて考えさせるものでもあります。

 

5年間のGPU購入契約を結んだら、すぐに負債なのか

例えば、ある企業がGPUメーカーと、今後5年間で合計100億円分のGPUを購入する長期契約を締結したとします。

最低購入数量や価格が定められ、一定の条件の下ではキャンセルできない契約かもしれません。

この場合、企業は将来の購入について、契約上、一定の法的義務を負うことになりますが、契約を締結した瞬間に、100億円の負債をB/Sに計上するわけではありません。

この時点では、買手にも売手にも、まだ履行すべき義務が残っているからです。

買手にはGPUを購入する義務があり、売手にはGPUを供給する義務があります。いわば双方がまだ契約を履行していない「未履行契約」の状態です。

例えば、その後20億円分のGPUが引き渡されれば、買手はGPUという資産を認識します。まだ代金を支払っていなければ、その時点で買掛金などの負債を認識します。

つまり、

契約上、将来の購入コミットメントが存在することと、会計上、負債を認識することは別の問題となります。

したがって、単に「今後5年間で100億円を購入する契約を結んだ」というだけで、その100億円全額が直ちにB/S上の負債になるわけではありません。

 

データセンターのリース負債はいつ計上されるのか

AI投資では、GPUだけでなく、それを稼働させるデータセンターも不可欠です。

例えば、テック企業がデータセンター運営会社と20年間のリース契約を締結したとします。

しかし、そのデータセンターはまだ建設中であり、企業はまだ使用することができません。

この場合も、契約を締結しただけでは、通常、直ちにリース負債を認識するわけではありません。

原則として、リースが開始され、企業がその資産を使用する権利を得た時点で、使用権資産とリース負債を認識します。

仮に20年間のリース料の現在価値が1,000億円であれば、リース開始時には概念的に、

使用権資産 1,000億円
リース負債 1,000億円

が認識されます(新リース会計基準)。

しかし、データセンターがまだ完成しておらず、使用可能になっていない段階では、その1,000億円のリース負債は原則としてまだB/Sには計上されません。

ここにも、

「将来の契約上の支払コミットメントは存在するが、会計上の負債はまだ認識されていない」

という状態が生じます。

 

GPU購入とデータセンターリースを時間軸で見る

両者を時間軸で整理すると、次のようになります。

 

筆者作成

 

両者には違いがあるものの、共通するのは、

将来の契約上のコミットメントが存在していることと、会計上の負債を認識するタイミングが一致しない

という点です。

 

日本基準、米国基準、IFRSで違いはあるのか

今回のテーマに関する限り、日本基準、米国基準、IFRSの間に決定的な違いは見られません。

長期購入契約については、いずれの基準でも、通常の未履行契約について、契約金額全額を契約締結時に負債として認識する考え方は採られていません。

リースについても、契約締結時点ではなく、原則としてリース開始時点が負債認識の基準となります。

概略を整理すると、次のようになります。

 

筆者作成

 

もちろん、詳細な認識や測定には違いがあります。

しかし、今回の問題の中心である、

「将来の契約上の支払義務があるからといって、直ちにその全額が会計上の負債になるわけではない」

という基本的な考え方は、日米IFRSで共通しています。

 

参考:日本基準の引当金はIFRSより広いのか

日本基準では、将来の特定の費用又は損失について、その発生が当期以前の事象に起因し、発生可能性が高く、金額を合理的に見積もることができる場合には、引当金を計上します。

賞与引当金のように、期末時点で確定した金銭債務が存在していなくても、期間損益の適正な対応という観点から引当金が認識される場合があります。

一方、IFRSのIAS 37では、引当金の認識にあたって、過去の事象から生じた「現在の義務」の存在が重要な要件となります。

そのため、概念的には、日本基準の引当金の方がIFRSよりも広いと考えられる部分があります。

しかしながら、長期購入契約の契約金額をそのまま引当金として計上できるわけではありません。

将来100億円を支払ってGPUを購入する場合、その支出は(将来の)費用や損失ではなく、GPUという資産を取得するための支出だからです。

つまり、

「将来100億円を支払う義務がある」

というだけで、100億円の引当金を計上することにはなりません。

ただし、その契約が極めて不利な契約となり、契約を履行するためのコストが、そこから得られる経済的便益を上回るような場合には、別途、引当金の認識が問題となります。

重要なのは、

「将来支払う義務があるから負債」ではなく、その義務が会計上の負債認識要件を満たしているかどうか

です。

 

スカイマークの民事再生から見る「簿外」のリスク

日本でも、B/Sに計上されていない契約上のコミットメントの重要性を考えさせる事例がありました。

2015年に民事再生法の適用を申請したスカイマークの事例です。

興味深いのは、民事再生申請直前の決算を見ると、必ずしも「倒産間際の会社」には見えなかったことです。

 

【参考:簿外債務の衝撃 ~未経過リース料~【スカイマークの例】 - 溝口公認会計士事務所ブログ 】

 

直近の本決算である2014年3月期末では、債務超過ではなく、純資産比率は約57%。流動比率も約139%と100%を上回っていました。営業キャッシュフローも、わずかながらプラスでした(その後、業績や資金繰りは急速に悪化していく)。

一方で、スカイマークには、エアバス社とのA380型機の購入契約という、B/S上の負債だけでは十分に捉えられない巨額の契約上のコミットメントが存在していました。

その後、契約解除をめぐって、約7億ドル規模の違約金請求という問題が顕在化し、仮に、この支払義務を当時の最大請求額ベースで負債として加味すれば、2014年3月期末に約447億円あった純資産を大きく上回り、実質的には大幅な債務超過に相当する状態となっていました。

もちろん、これは「A380の購入契約を締結した時点で、その契約額や違約金相当額を負債として計上すべきだった」という意味ではありません。

また、実際の違約金額や法的な支払義務の確定時期も、会計上の認識とは別に検討が必要になります。

しかし、スカイマークの事例は、

B/S上の負債だけを見ていては、企業が抱える将来の契約上のリスクを十分に把握できないことがある

ことを示しています。

むしろ、巨額の契約上のコミットメントが存在する場合、現時点では簿外である債務がが将来どのような形で企業の財政状態や資金繰りに影響するのかを考える必要がありま

す。

今回のAI企業のケースとスカイマークの事例を単純に同一視することはできませんが、B/Sに計上されている負債だけを見て企業の財務リスクを判断することには限界があるという点では、共通する問題を含んでいるのではないかと考えます。

 

AI投資によって何が変わったのか

今回の問題は、会計ルールが変わったことによって生じたわけではありません。

長期購入契約を締結しただけでは、通常、直ちに負債を認識しません。

リースについても、原則として使用開始前にはリース負債を認識しません。

こうした基本的なルールが、AIの登場によって突然変わったわけではありません。

変わったのは、むしろ企業活動の規模と形態、

つまり、AIの急速な普及によって、企業は数年、あるいは十数年にわたる巨額のGPU購入契約やデータセンター契約を、かつてない規模で締結するようになったということです。

その結果、

会計上B/Sに認識されている負債よりも、企業が将来に向けて契約上コミットしている金額の方がはるかに大きくなる

という状況が生まれています。

この点に「簿外債務268兆円」という数字の衝撃があるのではないでしょうか。

もちろん、この268兆円を、そのまま「268兆円の借金」と理解するのは適切ではありません(将来取得する資産に対応する購入契約や、まだ開始していないリース契約など、性質の異なるコミットメントが含まれている)。

しかし一方で、企業が将来、巨額のキャッシュアウトを伴う契約をすでに締結していることも事実であり、このギャップが大きくなればなるほど、B/Sだけを見て企業の財務リスクを評価することは難しくなります。

 

これからは、注記情報がますます重要になる

B/Sは、企業の財政状態を理解するうえで極めて重要な情報です。

しかし、B/Sだけで財政状態をすべてを理解できるわけではありません。

今回取り上げた事例のように、経済的には重要な将来のコミットメントであっても、一定の時点まではB/Sに負債として計上されないものがあります。

そこで重要になるのが、財務諸表の注記です。

長期購入契約、将来のリース料、契約上のコミットメント、偶発債務など、B/Sの数字だけでは見えてこない企業の将来のキャッシュアウトやリスクを理解するためには、注記情報を読み解く必要があります。

注記情報は、これまでも企業の経営成績や財政状態の実態を読み解くうえで重要な情報でしたが、AI投資の急拡大等によりB/Sに計上される債務より簿外債務の方が大きくなると、その重要性がますます高まるように思います。

現在の会計ルールは、取引をどの時点でB/Sに認識するのかについて合理的な基準を設けています。しかし、企業活動が変化し、巨額かつ長期の契約が急増する中で、投資家などの財務情報利用者に対して、どのような情報を、どこまで提供すべきなのでしょうか。今後、会計情報の役割そのものを改めて考える必要が出てくるかもしれません。

まとめ

今回の「簿外債務268兆円」というニュースで重要なのは、「B/Sに計上されている負債」と「企業が将来負担する可能性のある契約上の支払義務」は必ずしも一致しないということです。

GPUやサーバーの長期購入契約では、将来の購入について契約上のコミットメントがあっても、まだ引渡しを受けていなければ、通常、その全額を負債として計上しません。

データセンターのリースについても、契約を締結しただけではなく、原則として使用可能となりリースが開始された時点でリース負債が認識されます。

これは、会計上の負債の「認識」と企業が負っている「将来の契約上のコミットメント」が必ずしも同義ではないためです。

そして、AI投資の拡大によって、両者の金額的なギャップがこれまでにない程大きくなってきています。

こうした状況を鑑みれば、これからの財務分析では、B/Sに何が載っているかだけを見るのでは十分とは言えず、

「なぜ載っていないのか」
「B/Sにまだ表れていない契約上のコミットメントには何があるのか」

まで考える必要があると考えます。

同時に、会計情報のあり方について今後さらに議論が必要になるかもしれません

しかし、当面、財務情報の利用者にできることはシンプルです。

B/Sだけを見ない。注記もしっかり読む。

AI時代の企業分析では、その重要性がこれまで以上に高まっているのではないでしょうか。

 

筆者作成

 

監査人は会社を「指導する」立場なのか?【監査人にできること、できないこと】

www.nikkei.com

1.監査法人は会社を十分に指導できなかったのか

ニデックの会計問題をめぐる報道のなかで、監査法人が会社を十分に指導できなかったことを問題視する意見がありました。

監査人は会計の専門家なのだから、会社に適切な会計処理を教え、問題があれば改善へと導くべきだ。そうした考え方は、もっともらしく聞こえます。

私自身、公認会計士になった当初は、監査人には会社を指導する役割があると考えていました。会計の専門家として、会社に会計基準を正しく理解してもらい、適切な会計処理へと導く。それは監査人の重要な役割だと思っていたからです。

しかし、長年にわたって監査や企業支援の実務に携わるなかで、「会社を指導する」という言葉には、性質の異なる複数の役割が含まれていることに気づきました。

監査人は、どこまで会社を指導できるのでしょうか。そして、会社が変わらなかった場合、その責任は監査人にあるのでしょうか。

 

2.会計基準を説明することと、会社を変えることは違う

まず、監査人が会社に対して会計基準の解釈や適用を説明し、適切な会計処理を促すことは、重要な役割です。

会計基準には、具体的な取引に当てはめる際に判断が必要となる部分もあります。会社が採用した会計処理に問題があれば、監査人は根拠を示して説明し、必要な修正を求めます。

この意味での「指導」は、会計の専門知識と、それを相手に理解してもらう説明力によって実現できる部分が大きいでしょう。

しかし、実務では、会計基準を説明すれば会社が納得するとは限りません。

会社側にも独自の解釈や主張があります。事業の実態や取引の背景については、むしろ会社のほうが詳しいこともあります。そのため、監査人が一方的に正解を教えれば済むという関係ではありません。

会社の主張を理解したうえで、会計基準や取引の実態に照らして何が適切なのかを議論する。必要であれば、会社の見解に対して明確に異議を唱え、修正を求める。そこには、知識だけでなく、対話力や交渉力も必要になります。

さらに難しいのは、不正の防止や内部統制の改善、組織風土の変革です。

例えば、経営者が会計上の問題を認識していても、現場に改善を指示しないことがあります。反対に、経理部門が問題を認識していても、経営者の意向に反する意見を述べられないこともあります。

こうした問題は、会計基準の知識だけでは解決できません。経営者の姿勢、組織内の権限関係、評価制度、企業文化など、さまざまな要因が絡み合っているからです。

会計処理の問題を説明することと、その問題を生み出す組織を変えることは、同じ「指導」という言葉で括れるものではありません。

 

3.監査人は会社より上位の存在なのか

かつての監査実務には、会計士は会社よりも会計知識に優れているのだから、会社を教え導く立場にある、という考え方があったように思います。私自身、先輩会計士のなかに、そうした姿勢を持つ方を見てきました。

確かに、会計や監査に関する専門知識は、監査人が会社に対して提供できる重要な価値です。

しかし、会計の専門知識を持っていることと、会社よりも上位の立場にあることは別です。

大企業の経営者や従業員には、それぞれの専門性や経験があります。監査人が会計に詳しいからといって、事業や組織運営についても会社より優れた判断ができるとは限りません。

一方で、会社の事情を理解することと、会社の主張をそのまま受け入れることも違います。

監査人には、会社の説明を理解し、その合理性を検討し、必要な証拠を入手したうえで、独立した立場から判断することが求められます。会社との関係を良好に保つために、必要な指摘を控えるようでは、監査人としての役割を果たせません。

 

会計士は会社より上位に立つ存在ではない。しかし、会社に迎合する存在でもない。

 

この姿勢こそ、監査人に求められる基本的な立ち位置ではないでしょうか。

 

4.会社を変える責任は誰にあるのか

重要なのは、監査人にできることと、会社が自ら実行しなければならないことを区別することだと考えます。

監査人は、会計処理や内部統制に問題があれば、それを指摘し、改善を求めます。問題の重要性や状況に応じて、経営者や監査役等に報告し、必要な対応を促します。そして、問題が解消されず、十分な監査証拠を入手できない場合には、その状況を監査意見に反映させることもあります。

しかし、改善策を実行するのは会社です。

内部統制を構築・運用する責任は経営者にあります。経理部門の体制を見直すのか、権限や承認手続を変更するのか、不正に関与した役職員にどのような対応をとるのか。こうした判断と実行は、会社の責任に属します。

監査人には、経営者に代わって人事を決定したり、組織を運営したりする権限はありません。

もちろん、監査人の指摘が不十分だった、必要な問題を見逃した、経営者への報告やエスカレーションが適切でなかった、といった問題があれば、監査人の責任として検証されるべきです。

しかし、会社が改善しなかったという結果だけをもって、監査人が十分に指導できなかったと結論づけることはできません。監査人が何を把握し、何を指摘し、どのような対応を求めたのか。そして、会社がそれにどう対応したのか。両者の行動を分けて検証する必要があります。

 

5.「指導できなかった」ではなく、何を検証すべきか

今回のニデックの問題についても、監査法人が会社を十分に指導できなかったという評価だけでは、監査上の問題の所在は明らかになりません。

検証すべきなのは、監査人が必要な問題を適切に識別できていたか、会社に対して必要な指摘や改善要求を行っていたか、経営者や監査役等に適切に報告していたか、そして、入手した監査証拠に基づいて適切な監査判断を行っていたか、といった点です。

監査人に求められるのは、会社を変えることではありません。必要な問題を指摘し、改善を求め、監査基準に従って独立した判断を行うことです。

その結果、会社が改善に応じないのであれば、その事実自体が監査上重要な意味を持ちます。監査人が会社を変えられなかったからといって、会社の問題を監査人の責任に置き換えることはできません。

会計基準を説明し、会社の理解を助けることは、監査人の重要な役割です。しかし、会社の経営判断や組織風土を変えることまで、監査人の「指導力」の問題として一括りにするのは適切ではないでしょう。

監査人と会社は、協力して監査を進める関係であると同時に、必要な場面では意見が対立する関係でもあります。その関係を理解したうえで、監査人と会社それぞれの責任を明確にすることが、監査の役割を考えるうえで重要だと思います。

 

まとめのイラスト

筆者作成

 

便利だけど少し注意が必要【Non-GAAP情報と会計リテラシー】

【Summary】

筆者作成


決算短信や決算説明資料には、財務諸表には出てこない会社独自のKPIや利益指標を目にすることがあります。

このような、一般に公正妥当と認められる会計原則(GAAP)に基づかない、企業独自の補助的な財務指標や情報をNon-GAAP情報と言います。

Non-GAAP情報は、EBITDA、調整後EBITDA、ROIC、ARR、LTVなど、さまざまです。

こうしたNon-GAAP情報は、会社のビジネスモデルや経営者が何を重視しているのかを知るうえで、有用な情報ですが、一方で、少し注意して読む必要もあります。

 

今回、興味深い事例に出会いました。

ある上場会社が「将来利益込みEBITDA」という指標を開示しています。

将来利益込みEBITDA=EBITDA+将来利益

です。

【参考】ポート株式会社 2026年3月期決算短信 140120260515536763.pdf

 

同社では「ストック利益」と「将来利益」を重要なKPIと位置付けています。

では、そもそも「ストック利益」や「将来利益」とは何でしょうか。

 

「ストック売上」と「ストック型契約」とは?

例えば、電力サービスを例にします。

ある会社が電力会社に顧客を紹介し、契約が成立すると報酬を受け取るビジネスを行っているとします。

この報酬の受け取り方には、大きく2つのタイプが考えられます。

一つはショット型です。

顧客が電力契約を結んだ時点で、例えば1万円の報酬を一度だけ受け取る。

もう一つがストック型です。

顧客が契約を継続している間、毎月の電気料金などに応じて、例えば毎月500円の報酬を受け取る。

後者が「ストック型契約」です。

そして、このストック型契約から毎月発生する売上が「ストック売上」です。

ポート社の資料でも、電力契約について、ショット型では「成約月のみ」収益が発生するのに対し、ストック型では「ユーザーの電力契約期間」にわたって収益が発生するという違いが説明されています。

このようなストック売上から、コールセンターなどの顧客対応費用、顧客維持費用、販売パートナーへの継続的な報酬、契約コストの償却費など、継続的に発生する費用を差し引いたものが、同社のいう「ストック利益」です。

 

つまり、

毎月のストック売上- 継続的に発生する費用= ストック利益

ということです。

このストック利益は、実際にその月の売上・利益として計上され、EBITDAなどの業績に貢献します。

では、「将来利益」は何でしょうか。

例えば、今月、上記のようなストック型の電力契約を100件獲得したとします。

すると、その契約からは来月以降もストック売上が発生すると期待できます。

そこで、

「今月獲得した100件の契約から、将来どれくらいの利益が生まれるだろうか?」

を試算します。

これが「将来利益」です。

将来利益は、近い将来にこれだけの売上や利益が見込まれるという情報であり、その性格は受注残高に似ています。受注残高は、すでに受注しているものの、まだ売上として計上されていない金額を示す情報です。有価証券報告書では、通常、「生産、受注及び販売の状況」の「受注状況」などの箇所に、受注高や受注残高が記載されています。

もっとも、受注残高が既に受注済みの契約に基づく情報であるのに対し、将来利益は、将来の売上や利益に関する会社独自の見積りです。そのため、両者は似た性格を持つ一方で、確実性や計算方法は異なります。

ただし、単純に「毎月500円×100件×60カ月」と計算するわけではありません。

実際には、途中で解約する顧客もいますし、将来発生する費用もあります。そのため、月次解約率や割引率などを考慮し、将来売上から継続的な費用などを差し引いて算出します。同社ではエネルギー領域について、原則として60カ月を上限として将来の収益を見込んでいます。

イメージとしては、

今期:ストック型契約を獲得
↓
将来:毎月ストック売上が発生
↓
そこから継続的な費用を控除
↓
将来利益を試算
↓
実際に契約が継続すれば、将来のストック利益として実現

という流れです。

この考え方自体は理解できます。

ストック型ビジネスでは、「今期いくら稼いだか」だけでなく、「今期どれだけ将来の利益につながる契約を獲得したか」も、経営を見るうえで重要だからです。

 

「将来利益」はまだ実現していない

ここで重要なのが、「将来利益」はまだ実現していない利益だということです。

EBITDAが基本的に当期の実績をベースとするのに対し、将来利益には、契約がどれだけ継続するのか、将来どの程度の費用が発生するのか、将来の収益をどのように現在の価値に置き換えるのか、といった仮定が入ります。

したがって、

EBITDA=当期に実現した業績

に対して、

将来利益=将来の利益貢献を一定の仮定に基づいて試算したもの

であり、その性格は大きく異なります。

もちろん、「将来利益込み」と明示されている以上、それを実績利益として開示しているわけではありません。

しかし、

「EBITDA 36億円」
「将来利益込みEBITDA 55億円」

と並んでいたら、投資家は後者をどのように評価すればよいでしょうか。

ここには慎重さが必要だと思います。

 

Non-GAAP情報は悪いのか?

では、こうしたNon-GAAP情報は開示すべきではないのでしょうか。

私は、必ずしもそうではないと思います。

財務諸表だけでは、その会社のビジネスモデルや価値創造のプロセスを十分に表現できないことがあります。

例えば、ストック型ビジネスであれば、「今期の利益」だけを見ていると、将来の収益基盤がどの程度積み上がっているのかが分かりにくいことがあります。

だからこそ、会社独自のKPIには意味があります。

重要なのは、

「これは会計上の利益なのか」
「どのような計算方法なのか」
「どんな仮定が入っているのか」
「過去の予測は実際にどの程度実現したのか」

を明確にすることです。

特に、実績値と将来予測値を一つの指標に組み合わせる場合には、その違いを利用者が十分に理解できるようにすることが重要でしょう。

 

IFRS 18のMPMとは何か?

この問題を考えるうえで、IFRS 18で導入されるManagement-defined Performance Measures(MPM:経営者が定義した業績指標)も興味深いと思います。

なぜ、わざわざこのような仕組みが導入されたのでしょうか。

背景には、企業が財務諸表以外で独自の業績指標を数多く公表するようになったことがあります。

これらの指標は投資家にとって有用な場合がある一方で、IASBは、その指標がどのように計算され、会計基準で定められた利益指標とどのような関係にあるのかについて、十分な説明がないケースがあることを問題として認識しました。

そこでIFRS 18では、一定の要件を満たす会社独自の業績指標について、単に数字を示すだけではなく、

・その指標が何を表しているのか

・なぜ経営者が有用だと考えているのか

・ どのように計算しているのか

・ IFRS会計基準上の最も比較可能な指標とどのように違うのか

などを説明することが求められます。IFRS 18は2027年1月1日以後開始する事業年度から適用され、早期適用も認められています。

つまり、

「会社独自の指標を使ってはいけない」

という考え方ではありません。

むしろ、

「会社独自の指標を使うのであれば、その意味や計算方法をきちんと説明し、財務諸表上の指標との違いを明らかにする」

という方向です。

これは、今回の「将来利益込みEBITDA」のようなKPIを考えるうえでも、非常に示唆的だと思います。

 

作成者にも利用者にも会計リテラシーが必要

Non-GAAP情報そのものが悪いわけではありません。

むしろ、企業の実態をより深く理解するためには、有用な情報になり得ます。

ただし、

会計基準に基づく数字と会社独自のKPI
実績と予測
実現した利益と将来期待される利益

は、それぞれ性格が異なります。

したがって、作成者である経営者には「この数字で何を伝えたいのか」を明確に説明することが求められます。

そして利用者である投資家にも、「この数字は何を意味しているのか」「どこまでが事実で、どこからが仮定なのか」を読み解く力が必要です。

これは専門家だけの問題ではないのかもしれません。

企業の開示を読み解き、資本市場を適切に利用するためには、社会全体の「アカウンティング・リテラシー」を高めていくことも重要ないかと考えます。

Non-GAAP情報は、企業の実態をよりよく伝えるための便利な道具です。

しかし、便利だからこそ、作成者は「何を伝えたいのか」を明確にし、利用者は「その数字は何を意味するのか」を考える必要があると考えます。

その両方があって初めて、会社独自のKPIは投資家にとって本当に役立つ情報になるのだと思います。

なぜ、ニデックの記者会見に監査法人が同席したのか?【会社と監査法人の「特殊な関係」を考える】

筆者作成

 

先日、2026年10月1日のニデックの記者会見に、監査法人PwC Japanの代表執行役が同席しました。

監査法人が会社の記者会見に出席し、しかも会社の社長と並んで説明する。

これは、通常の監査実務からすると、かなり異例です。

では、なぜ今回は監査法人が記者会見に同席したのでしょうか。

 

この事例から、「会社と監査法人の関係」について考えてみたいと思います。

 

監査法人は会社の「代理人」ではない

通常、会社の記者会見では、会社側が業績や事業の状況、経営上の問題などについて説明します。

一方、監査法人の役割は、会社の財務諸表について監査を実施し、その結果に基づいて監査報告書において意見を表明することです。

つまり、

 

会社 → 経営・決算等を説明する
監査法人 → 監査を行い、監査意見を表明する

 

という役割分担が基本です。

監査法人は、会社の「代理人」ではありません。

したがって、監査法人の代表執行役が会社の社長と並んで記者会見に出席し、「なぜ監査意見を表明できなかったのか」を直接説明するという今回の形は、通常のケースとは大きく異なります。

 

なぜ今回は監査法人が同席したのか

今回、監査法人が同席した背景には、ニデックの監査意見不表明があります。

ニデックでは2期連続で監査意見不表明となり、そのことは有価証券報告書の提出にも影響しました。

こうなると、記者や投資家にとって大きな疑問になるのが、

「なぜ監査法人は監査意見を表明できなかったのか?」

という点です。

通常であれば、監査法人が会社の記者会見に出席する必要はありませんが、今回は、「監査意見を表明できなかったこと」そのものが会社の決算・開示をめぐる大きな論点となりました。

そのため、監査人自身が、

「なぜ意見を表明できなかったのか」

を説明する必要が生じた、と考えることができます。

そう考えれば、今回の監査法人の同席は異例ではあるものの、一定の合理性があると言えるでしょう。

 

「監査法人が会社を擁護した」ということではない

しかし、注意したいのは、監査法人が記者会見に出席した理由は、

「監査法人が会社を擁護するために出てきた」

と理解することです。

これは違うのではないでしょうか。

先述のとおり、監査法人は会社の代理人ではありません。

今回、PwCが説明したのは、ニデックの経営判断を擁護することではなく、

「必要な監査証拠を十分に入手できなかったため、監査人として財務諸表について意見を表明できなかった」

という、監査人自身の判断です。

むしろ、監査人として独立した立場から、自らの判断を説明したと考えるべきでしょう。

 

「監査法人が提出を遅らせた」という理解も少し違う

もう一つ、今回のニュースをめぐって誤解されやすいのが、

「監査法人が意見不表明にしたから、有価証券報告書の提出が遅れた」

という理解です。

これも、正確ではありません。

監査法人が有価証券報告書の提出を止めたわけではありません。

会社が有価証券報告書を提出するためには、通常、監査人の監査報告書が必要となります。

ところが今回は、会社の財務諸表について監査人が十分な監査証拠を入手することができず、監査意見を表明できなかった。

その結果として、有価証券報告書の提出にも影響した、という関係です。

つまり、

監査法人が「提出を止めた」

というより、

監査人が意見を表明できない状況となり、それが結果として会社の提出にも影響した

と理解する方が適切です。

そもそも、ニデックは、2026 年6月29日 の「第53期(2026年3月期)有価証券報告書の 提出期限延長に係る承認申請書提出のお知らせ」で、会計不正や品質問題、そして関税未払いの確認などの複数の重要な調査と手続きが必要として、有価証券報告書の期限延長を申請しています。

 

会社と監査法人はどのような関係なのか?

そもそも「会社と監査法人はどのような関係なのか?」という疑問が出てきます。

会社は監査法人と契約し、監査報酬を支払います。

そのため、一般の方からすると、

「会社がお金を払っているのだから、監査法人は会社側なのではないか?」

と思うかもしれません。

しかし、監査法人の役割は、経営者のために財務諸表を「正しい」と認めることではありません。

監査人は、財務諸表利用者である株主や投資家などに対して、財務諸表について独立した意見を表明する役割を担っています。

もちろん、監査法人は会社から監査報酬を受け取っています。

しかし、それは「会社のために財務諸表を正しいと認める」という意味ではありません。

ここに、監査という制度の少し特殊なところがあります。

つまり、

「会社と契約しているが、会社のためだけに仕事をしているわけではない」

のです。

 

なぜ「独立性」が重要なのか

もし監査人が、報酬を支払っている会社の経営者の意向に従って、

「この財務諸表で問題ありません」

と認めるだけであれば、監査制度そのものの意味がなくなってしまいます。

株主や投資家は、経営者自身が作成した財務諸表を見て投資判断をします。

そこで、その財務諸表について、経営者から独立した立場にある監査人が監査を行い、意見を表明する。

これによって、財務諸表に対する信頼性を高める。

これが監査の基本的な役割です。

したがって、監査人にとって重要なのは、「会社にとって都合のよい意見を出すこと」ではなく、必要な監査証拠を入手し、それに基づいて監査人として適切な判断をすることです。

 

今回の記者会見が示したもの

普段であれば、会社と監査法人の役割分担は、それほど意識されません。

会社が決算を発表し、監査法人は監査報告書を提出する。

それで終わります。

ところが今回は、「監査意見を表明できなかったこと」そのものが大きな問題になりました。

そのため、監査法人自身が、

「なぜ意見を表明できなかったのか」

を市場に説明する必要が生じた。

その結果、通常は表に出てこない「会社と監査法人の関係」が、記者会見という形で非常に分かりやすく表れたのだと思います。

今回のケースは、監査法人が会社側に立ったという話ではありません。

むしろ、

「監査法人は誰のために監査をしているのか?」

「会社と監査法人は、どのような関係にあるのか?」

という、監査の基本を改めて考えるきっかけになったのではないでしょうか。

監査法人が会社の記者会見に同席する。

一見すると、とても奇妙な光景です。

しかし、その背景を考えてみると、「会社から報酬を受け取りながら、会社から独立した立場で意見を表明する」という、監査制度そのものが持つ、少し特殊な会社と監査法人の関係を改めて認識することができたのではないかと考えます。

「変動費」と「固定費」の区分、誤解していませんか?

筆者作成

 

管理会計の研修をしていると、毎回のように感じることがあります。

それは、変動費と固定費の考え方を誤解している方が意外に多いということです。

 

もちろん、計算問題は解けます。

しかし、「なぜその費用を変動費と考えるのか」「なぜ固定費なのか」と尋ねると、少し曖昧な回答になることがあります。

その原因はどこにあるのでしょうか。

 

「金額が変わるか」で判断していないか

 

最も多い誤解は、

「金額が変動するものが変動費」

「金額が変わらないものが固定費」

という考え方です。

 

一見すると正しそうですが、この考え方では多くの費用を正しく分類できません。

なぜなら、実際には金額がまったく変わらない費用はほとんど存在しないからです。

例えば、固定費の代表例として挙げられる減価償却費。

もし定率法を採用していれば、減価償却費は毎年変化します。

それでも、私たちは減価償却費を固定費として扱います。

つまり、「金額が変わるかどうか」は、本質ではないのです。

 

本当に見るべきなのは「何が原因で変わるか」

変動費と固定費を区分するときに重要なのは、

「何がその費用を変化させるのか」

という視点です。

売上高、生産量、販売数量、稼働率など、営業活動の増減に応じて自動的に増減する費用が変動費です。

例えば、

  • 商品の仕入原価
  • 原材料費
  • 製品1個当たり発生する外注加工費
  • 売上連動の販売手数料

などが典型例です。

一方で、それ以外の費用は基本的に固定費として考えます。

つまり、

「金額が変わるか」

ではなく、

「営業活動の増減によって自動的に変わるか」

が判断基準なのです。

この考え方は、例えば、予算策定でも重要になります。ある費用を変動費として区分すると、売上が5%増加したらその費用も自動的に5%増加させられます。勝手にふやされては困るという費用は固定費区分する必要があります。

 

誤解されやすい「広告宣伝費」「研究開発費」

研修でよく質問を受けるのが、

「広告宣伝費は変動費ですよね?」

「研究開発費も増減するので変動費では?」

というものです。

確かに、これらの費用は毎年金額が変わります。

しかし、多くの場合は変動費ではありません。

これらは固定費です。

しかも、固定費の中でもマネージド・コスト(Managed Cost)と呼ばれる費用です。

マネージド・コストとは、経営者の意思によって比較的自由に増減できる費用をいいます。

ここで重要なのは、

売上によって自動的に増減するのではなく、経営判断によって増減する

という点です。

例えば、売上が落ちたからといって、必ず研究開発費を削減するわけではありません。

むしろ、

「今こそ将来への投資が必要だ」

と判断し、研究開発費を増額する企業もあります。

広告宣伝費についても同様です。

売上が低迷しているからこそ、広告投資を強化するという経営判断は十分にあり得ます。

つまり、これらの費用は売上高ではなく、経営者の意思によって決まる費用なのです。

 

なぜ誤解してしまうのか

私は、この誤解の背景には、

「費用を区分すること自体が目的になっている」

ことがあると思っています。

本来、変動費と固定費を区分することは目的ではありません。

あくまでも、経営判断のための手段です。

例えば、

  • 売上が10%増えたら利益はいくら増えるのか
  • 新規受注によって利益はどれだけ改善するのか
  • 来期の利益やキャッシュフローを予測したい
  • 損益分岐点売上高を求めたい

こうした目的があるからこそ、費用を変動費と固定費に区分するのです。

この目的を意識すれば、

「営業活動の増減で自動的に変化する費用なのか」

という視点で考えるようになります。

すると、広告宣伝費や研究開発費を変動費と誤解することも少なくなるでしょう。

 

管理会計は「目的」から考える

管理会計では、

「どう分類するか」

よりも、

「何のために分類するのか」

の方が重要です。

これは変動費・固定費だけではありません。

KPIもそうです。

ROICもそうです。

予算実績差異分析もそうです。

手法や計算方法ばかりに目が向くと、本来の目的を見失ってしまいます。

目的が明確になれば、必要な情報が見え、分析の視点も変わります。

管理会計は「計算の学問」ではなく、「経営判断を支援するツール」です。

計算方法を覚えるだけでなく、「なぜその区分が必要なのか」という目的を常に意識することが、実務では何より大切なのだと思います。

 

 

 

管理会計の研修をしていると、毎回のように感じることがあります。

それは、変動費と固定費の考え方を誤解している方が意外に多いということです。

 

もちろん、計算問題は解けます。

しかし、「なぜその費用を変動費と考えるのか」「なぜ固定費なのか」と尋ねると、少し曖昧な回答になることがあります。

その原因はどこにあるのでしょうか。

 

「金額が変わるか」で判断していないか

 

最も多い誤解は、

 

「金額が変動するものが変動費」

「金額が変わらないものが固定費」

 

という考え方です。

 

一見すると正しそうですが、この考え方では多くの費用を正しく分類できません。

なぜなら、実際には金額がまったく変わらない費用はほとんど存在しないからです。

例えば、固定費の代表例として挙げられる減価償却費。

もし定率法を採用していれば、減価償却費は毎年変化します。

それでも、私たちは減価償却費を固定費として扱います。

つまり、「金額が変わるかどうか」は、本質ではないのです。

 

本当に見るべきなのは「何が原因で変わるか」

変動費と固定費を区分するときに重要なのは、

「何がその費用を変化させるのか」

という視点です。

売上高、生産量、販売数量、稼働率など、営業活動の増減に応じて自動的に増減する費用が変動費です。

例えば、

  • 商品の仕入原価
  • 原材料費
  • 製品1個当たり発生する外注加工費
  • 売上連動の販売手数料

などが典型例です。

一方で、それ以外の費用は基本的に固定費として考えます。

つまり、

「金額が変わるか」

ではなく、

「営業活動の増減によって自動的に変わるか」

が判断基準なのです。

この考え方は、例えば、予算策定でも重要になります。ある費用を変動費として区分すると、売上が5%増加したらその費用も自動的に5%増加させられます。勝手にふやされては困るという費用は固定費区分する必要があります。

 

誤解されやすい「広告宣伝費」「研究開発費」

研修でよく質問を受けるのが、

「広告宣伝費は変動費ですよね?」

「研究開発費も増減するので変動費では?」

というものです。

確かに、これらの費用は毎年金額が変わります。

しかし、多くの場合は変動費ではありません。

これらは固定費です。

しかも、固定費の中でもマネージド・コスト(Managed Cost)と呼ばれる費用です。

マネージド・コストとは、経営者の意思によって比較的自由に増減できる費用をいいます。

ここで重要なのは、

売上によって自動的に増減するのではなく、経営判断によって増減する

という点です。

例えば、売上が落ちたからといって、必ず研究開発費を削減するわけではありません。

むしろ、

「今こそ将来への投資が必要だ」

と判断し、研究開発費を増額する企業もあります。

広告宣伝費についても同様です。

売上が低迷しているからこそ、広告投資を強化するという経営判断は十分にあり得ます。

つまり、これらの費用は売上高ではなく、経営者の意思によって決まる費用なのです。

 

なぜ誤解してしまうのか

私は、この誤解の背景には、

「費用を区分すること自体が目的になっている」

ことがあると思っています。

本来、変動費と固定費を区分することは目的ではありません。

あくまでも、経営判断のための手段です。

例えば、

  • 売上が10%増えたら利益はいくら増えるのか
  • 新規受注によって利益はどれだけ改善するのか
  • 来期の利益やキャッシュフローを予測したい
  • 損益分岐点売上高を求めたい

こうした目的があるからこそ、費用を変動費と固定費に区分するのです。

この目的を意識すれば、

「営業活動の増減で自動的に変化する費用なのか」

という視点で考えるようになります。

すると、広告宣伝費や研究開発費を変動費と誤解することも少なくなるでしょう。

 

管理会計は「目的」から考える

管理会計では、

「どう分類するか」

よりも、

「何のために分類するのか」

の方が重要です。

これは変動費・固定費だけではありません。

KPIもそうです。

ROICもそうです。

予算実績差異分析もそうです。

手法や計算方法ばかりに目が向くと、本来の目的を見失ってしまいます。

目的が明確になれば、必要な情報が見え、分析の視点も変わります。

管理会計は「計算の学問」ではなく、「経営判断を支援するツール」です。

計算方法を覚えるだけでなく、「なぜその区分が必要なのか」という目的を常に意識することが、実務では何より大切なのだと思います。