溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

エフエム東京の粉飾決算で使われた「連結外し」の本当の目的とは!?

 

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エフエム東京が8/21、2017年3月期~2019年3月期連結決算に関し、デジタル放送事業で生じた赤字を隠蔽する目的で、損失を抱えた子会社を連結決算から外す粉飾決算をしていたことが発覚、公表に至った。

 

記事はコチラ☟

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48816940R20C19A8TJ1000/?n_cid=SPTMG002

 

ざっと、3期間で営業利益が約11億円水増しされていたとのことだ。

エフエム東京の直近(2019年3月期)の連結業績は

 

売上高  :18,530百万円(185億円)

営業利益 :  1,475百万円(14.7億円)

当期純利益:     549百万円(5.4億円)

総資産  :39,628百万円(396億円)

純資産  :30,308百万円(303億円)

 

なので、それなりのインパクトと言える。

 

僕は車での移動時間が長いので、道中はほぼFM東京系列のラジオ番組とともにいるといっての過言ではない。バラエティーに富んだ番組とパーソナリティに長時間のドライブの疲れも緩和される気がする。会社と番組は別と言えばそれまでだが、それだけに個人的には残念なニュースだった。

 

報じられたように、今回発覚した粉飾決算の手口は 

「連結外し」

だった。

意外と言えば意外。

 

というのも、連結外しは連結決算における典型的な粉飾の手口で、過去にも

ライブドアカネボウ粉飾決算でも使用された。

そして、その都度ルール改正が施され、また、監査法人のチェックも厳しくなっており、現在は連結外しはかなり難しくなっているからだ。

 

「連結外し」についてはコチラをチェック☟

https://globis.jp/article/7189

  

連結外しは、本来、連結決算に含めるべき子会社を意図的に連結対象から外す手法だ。連結外しの目的は、損失の付け替え、損失を子会社へ押し付けて

親会社の業績を良く見せることだ。

エフエム東京のケースもこれに該当する。

 

気になったので、第三者委員会のレポートを確認してみた。

https://www.tfm.co.jp/company/pdf/news_aff8c32a0a9f794bb1d7039cfefdc99e5d5cd64086651.pdf

エフエム東京 調査報告書by第三者委員会 8/8/2019)

 

すると、思わぬ発見があった。

 

【連結決算義務は無かった!?】

エフエム東京非上場会社だ。

連結決算書の作成が義務付けられるのは、有価証券報告書を提出する会社、つまり、主に上場会社が対象となる。エフエム東京は非上場会社で有価証券報告書も提出していないので、連結決算書を作成は義務付けられていない。しかし、会社法上の大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上)は任意で連結決算書を作成することが出来る。

 

詳細はコチラ☟

https://www.shinnihon.or.jp/corporate-accounting/commentary/companies-act/2016-06-03-01.html

 

つまり、エフエム東京任意で連結決算を行っていると思われる。

おそらく、株主などからの要請からと思われる。

 

任意でやっているのに粉飾かよ!

と思いたくもなるが、そこは利害関係者間の軋轢というものだろうか・・・

 

【完全な連結外しでは無かった!?】

エフエム東京の連結外しの対象となるデジタル放送事業子会社

「TOKYO SMARTCAST(TS)」は、実は、2017年3月期から

持分法適用関連会社としてエフエム東京の連結決算に組み込まれていた。

連結外しの目的からも、完全にエフエム東京の連結決算から除外されていた思っていたのでこれは意外だった。

 

TS社は2105年に設立された。当初エフエム東京及びその子会社が保有する株式の議決権割合は96%だったが、重要性が乏しい、つまり規模が小さすぎて連結に含めてエフエム東京グループの業績を把握する上では影響なし、ということで連結から外された(これは問題なし)。しかし、企業規模(というか損失)の拡大とともに重要性が増したため、2016年3月期には連結子会社となった。

そして、2017年3月期以降に保有株式の実態を欠く異動により持分法適用関連会社へ変変更したということだ。

 

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エフエム東京の第三者委員会による調査報告書より筆者作成

意外に感じた理由は、

持分法と連結法では利益に与える違いは無い

からだ。

エフエム東京が業績の悪い子会社の損失を隠す目的であれば、

持分法の適用対象からも外さないと意味がない

つまり、持分法の適用対象としていたら広い意味で連結外しとは言えないのである。

 

ところが、第三者委員会による報告書では、連結外しによる影響額を以下のように記載している。

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連結外しの影響額 ㈱エフエム東京三者委員会による調査報告書より筆者作成

何と、利益に対する影響額が発生していた。

2017年3月期を例にとると、当期純利益に対する影響額は41百万円とある。

本来であれば利益に対する影響はゼロのはずだ。

しかし、エフエム東京は見せかけの株異動で議決権比率が見かけ上、49.5%から38.5%へ低下した状態になっていた。本来の議決権比率であれば営業損失の49.5%の189百万円がエフエム東京の負担分ということで、修正前の148百万円との差額が△41百万円となる。

 

2018年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益の修正影響額△128百万円は2つの要因による。1つは、2017年3月期同様の本来の議決権比率によるTS社純損失のエフエム東京負担分への修正(40百万円)だ。

そして、2つは、TS社の債務超過部分に対する負担(86百万円)の合計だ。

TS社は2018年3月期に債務超過となった。債務超過となった以降の損失は親会社責任として全額、エフエム東京が負担する形で連結決算へ取り込んだ。

 

これが3期累計で利益への影響額は、

 

営業利益 :1,117百万円

経常利益 :   720百万円

当期純利益:   362百万円

(注)当期純利益は親会社株主に帰属する当期純利益とした。したがって利益剰余金への影響額と同じとなる。

 となる。

 

理屈の上では、持分法と連結法では連結決算における利益の違いは無い。

しかし、エフエム東京は、

 

・議決権比率の修正による損失増

・TS社の債務超過に対する損失増

 

により、損失負担を軽減していたことになる。

 

エフエム東京のTS社の連結外しはこれが目的だったのだろうか?

 

エフエム東京の狙い】

もちろん、議決権比率を低下させることで被る損失額を小さくする目的もあろう。

しかし、一番重視したのは営業利益への影響だろう。

 

持分法による投資損益は営業外費用・収益に計上される。TS社が利益を出そうが損失をだそうが、エフエム東京の営業利益への影響はゼロだ。

しかし、連結子会社として連結決算に組み込むと、TS社の売上、営業損失、資産、負債が全て項目ごとに合算される。

 

詳しくはこちらを参照☟

https://globis.jp/article/4702

 

三者報告書には、連結外しの理由として経営者の保身を挙げている。

報告書では以下が記載されている。

 

「TFMの連結営業利益の悪化の原因がTSの営業損失にあることが明らかになった場合、i-dio事業の収益の源泉であるTSの経営状況、財務状態が大幅に悪化していることが、又は、(中略)これまでTFMグループで総額100億円規模の投融資資金を投じてきたにもかかわらずi-dio事業全体の状況が芳しくないことが、社外取締役を含むTFMの取締役や、株主その他の利害関係人等にも広く共有されることになる。

そうすると、撤退を含めたi-dio事業の抜本的な見直しを検討せざるを得ない事態となるおそれがあり、また、i-dio事業に多額の投融資を行い積極的に事業を推進してきた経営陣の経営責任を問われるおそれがあった。」

 

TS社が運営するデジタル放送事業「i-dio」は2016年にサービスを開始したが、利用者の低迷により赤字が続いており、この経営責任を株主や社外取締役から追及されるのを経営者が避けたかったということだ。

 

どんな事情があるかは知らないが、何とも身勝手な理由と言わざるを得ない。

ネットでは、こうしたエフエム東京の体質をタイマーズ時代の故忌野清志郎氏が見抜いていたというニュースが流れているが、果たしてどうなのだろうか・・・

 

また、会計監査の責任も今後、指摘されるかもしれない。

過去の粉飾の事例を受けて、会計ルール同様、会計監査も厳格化されている。

 

ましてや、記事にも

「報告書ではTS社の株式を購入した3か月後にエフエム東京の別の子会社が一部のTS社株を買い戻しているほか、TS社の取締役の過半数エフエム東京やグループ会社の役職者で占めているため、連結子会社と認定した。」

とあるように、今回のエフエム東京のケースは株の異動はそこまで手の込んだものでもないように思われる。

それに、単に連結除外ではなく、連結子会社を持分法適用関連会社として持分法とするのは会計的にかなりの知見が伺える。

これが会計監査で見逃されていたのは個人的には不思議でならない・・・

 

 

ヤフーは実は親会社じゃなかった!?   【ASKULの例 その2】

前回に続いて、アスクル第2弾。

 

前回書いたように、アスクル対ヤフーの役員選任決議を巡った論争で、まず気になったのはアスクル社外取締役≠独立役員、だったが、関連する情報を得る中で、もう1つ気になる点に出くわした。

 

【親子上場が問題なのか?】

 

7/23の独立役員会による記者会見でも、再三、ヤフーによる権力の乱用が指摘された。

また、そうした状況を生むそもそもの要因として親子上場の是非が質疑応答でも議論された。

 

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(記者会見での戸田独立社外取締役 日経新聞より拝借)

 

親子上場については、日本特有の上場形態とも言われ、そのメリット・デメリットについて従来様々な議論がなされてきた。

当事務所ブログでも過去記事で言及しているので、参考にしていただきたい

過去記事はコチラ☟

奇しくもコチラのソフトバンク・・・

tesmmi.hatenablog.com

 

アドバイザーの松山弁護士の回答の中で以下の件があった。

「親会社=支配株主というのは、自分の一声でその会社のガバナンスを変えてしまうことが出来るを持っている。~中略~ただ、自分の議決権行使で上場企業のガバナンスを変えられるとう力を持っている以上はやはり、そこには守るべきルール・マナーがあるべき。」

まさに、ノブレスオブリージュ

個人的に大いに納得させられた。

 

と、そこで疑問。

 

ヤフーってアスクル親会社だったっけ?

 

【子会社の判定根拠は?】

 

ヤフーの議決権比率は約45%

議決権の過半数を持っているわけではない。

 

でも、会計上は必ずしも議決権割合だけで親会社と判定されるわけではない。

会計上の親子関係、つまり親会社から見た場合の、連結子会社の判定は以下の通り。

 

①50%超の議決権を所有

②40~50%の議決権を所有+緊密者の議決権や役員等の特別な関係あり

③0~40%未満の議決権を所有+緊密者の議決権+役員等の特別な関係あり

 

なお、

緊密者:自己の意思と同一の内容の議決権行使が認められる者

特別な関係:過半数の役員派遣、重要な財務、営業、事業の契約等、資金調達額の総額の過半の融資、など

 

議決権は関係ないんか~い!?

 

連結子会社かどうかの判定は、実質支配力基準といって、対象企業の意思決定機関を「支配」しているかどうかがポイントとなる。

筆者は、通称、ゼロ連結、つまり、会社としては0%の議決権の所有だが、連結子会社とした例も経験したことがある。

 

詳細はこちらを参照☟

https://www.shinnihon.or.jp/corporate-accounting/commentary/consolidated/2016-04-12-01.html

 

だから、ヤフーが議決権割合以外に、緊密者がいたり、人事、契約、資金、技術等の特別な関係をアスクルと有していれば、連結子会社と判定することも大いにあり得る。

 

【実は親会社では無かった!?】

 

そういうことで親子関係なのかなと思っていたら、記者から以下質問というかつぶやきがあった。

 

アスクルコーポレートガバナンス報告書には親会社ナシと書いてあるのに、親子上場しているのか不思議』

 

ん?どういうことだ?

 

気になったので両社の有価証券報告書を調べてみた。

 

まず、ヤフー側

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ヤフー㈱ 2019年3月期有価証券報告書より

議決権割合は過半には満たないが、アスクルを子会社と判定しているようだ。上述の実質支配力基準に基づいた特別の関係を考慮した結果だろうか。

 

次に、アスクル

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アスクル㈱ 2019年5月20日有価証券報告書より

 

【その他の関係会社って何?】

 

アスクルって5月『20日』決算なんだ・・・

それはさておき、アスクルはヤフーを

『その他の関係会社』と判定している。

親会社ではない・・・

 

なんだ、これは?

親は子と呼び、子は親じゃないという

その関係・・・

 

まず、その他の関係会社の説明が必要だろう。

その他の関係会社とは、ある会社が他の会社を関連会社としている場合、他の会社から見てある会社のことを指す。

言葉で説明すると分かりにくいかもしれないので、図示するとこう☟

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図_その他の関係会社ってどんな関係_溝口公認会計士事務所ブログ

関連会社の定義はこちらを参照☟

https://globis.jp/article/4533

 

要は、アスクルから見た場合、支配されているとまでは言えないが、それなりの影響力を持たれている会社として、ヤフーを認識している、ということだ。

 

そのままやん!

 

ヤフーはアスクルの約45%の議決権を持っているから、この点だけでアスクルの重要な意思決定に対する影響力を持つ。これは明らかだ。

しかし、アスクルは、一定の影響力は持たれているが支配はされていない、と認識しているということになる。

 

『え!?僕、あなたの子供でしたか?

全く気が付きませんでした~』

 

議決権比率などの外形的な点以外は外部から親子判定するのは難しい。

が、

当事者同士の認識がズレるということはあるのだろうか?

 

答え

そういったケースは、まず、無い

 

100万歩譲って、もし仮に当初の親会社、子会社の判定に食い違いがあったにせよ、関連会社と子会社ではグループ内での位置づけも、コミュニケーションの取り方も異なる(例:連結決算において必要な情報)から、両社が親子認識のズレに気づかないことはあり得ない。

 

そもそも親会社子会社とった関係は、会計数値のみならず、経営のガバナンスにも大きな影響がある。相手が了解していないのに一方が勝手に子会社とするなど考えられない。

 

と、書きながら、そういえば、他に大株主がいながらも40%所有の会社を連結子会社にしていた例があったなあ、と思い出したが、それもかなりレアなケース(笑)

 

両者が、互いに会計ルールに従った親子判定の結果が食い違うことは無い、普通。

 

では、ヤフーとアスクルで起きている認識の齟齬は何故か?

 

GAAP差異って何?】

 

実は、両社、財務諸表作成において適用する会計ルールが異なるのだ。

 

ヤフーの会計基準IFRS国際財務報告基準

アスクル日本基準で財務諸表を作成している。

 

実務では、IFRSの方が日本基準よりも連結の範囲、つまり子会社の判定を広く捉えることがあるようだ。

参考情報☟

https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/ifrs/disclosure/ifrs-disclosure016.htm

 

ヤフーは、15年3月期にIFRSへ移行したが、その際はアスクルは未だ持分法適用会社だった。

ヤフーがアスクル連結子会社化したのは、16年3月期のことだ。

 

その理由について、ヤフーは有価証券報告書で次のように述べている。

アスクル㈱による自己株式取得の結果、当社が保有するアスクル㈱の議決権比率は41.7%(2015年5月20日現在)から44.4%(2015年8月27日現在)となり、議決権の過半数保有しておりませんが、議決権の分散状況および過去の株主総会の投票パターン等を勘案した結果、当社がアスクル㈱を実質的に支配していると判断し、同社を連結子会社としております。』

 

また、その後提出された訂正有価証券報告書では、

日本基準では持分法適用関連会社であるが、IFRSでは連結子会社と判断した旨が記載されている。

 

(参考)ヤフーの訂正有価証券報告書(2017年2月21日提出)

https://s.yimg.jp/i/docs/ir/archives/vsreport/yuho2015_vsreport_teisei.pdf

 

この理由付けも微妙な感じがするなあ・・・

 

要するに、日本基準では連結子会社に該当しないが、IFRSだと連結子会社と判定されるケースがある、ということらしい。

 

なお、ヤフーはアスクル連結子会社化に際して、ヤフーが保有するアスクルに対する資本持分を公正価値により再測定した結果、16年3月期の連結PL上、約600億円の再測定益を計上している。

これが無かったら、減益だったのね・・・

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ヤフーの2016年3月期有価証券報告書より

 

 

 

日本基準とIFRSの基準差異、つまりGAAP差異

隙間で生じたズレ

とでも言うのか・・・

 

こうした例を直接経験したことがないので何とも言えないが、日本基準も実質支配力基準で子会社判定しており、IFRSはパワーと影響力基準とでも言うのか、表現方法の違いはあれどIFRSと基本的な考え方に差異は無いと認識していた。

確かに、日本基準では重要性の判定、特定の特別目的会社、一時的な支配といった連結の範囲から除外する特例的な取り扱いはあるが(IFRSではこうした明文の規定はなく、個別に判断する)、一般の事業会社における連結の範囲の判定にGAAP差異はちょっと想像し難い。

 

具体的に、どの項目の考え方が変わるのだろうか?

日本基準だとプラス社は緊密者には該当しないが、より実質的な判定が必要なIFRSでは、実はヤフーの息がかかった緊密者に該当し、これと議決権を合わせると過半を押さえる、ということだろうか?

 

いずれにしても、ヤフーとアスクルの親子認識のズレは、両社の適用する会計基準の違いが絡むかなりレアなケースであることは間違いない。

 

前回の社外取締役と独立役員の違いと言い、なんと言うか、稀であること自体が問題であるとは言わないが、レアであることはやはり通常では都合の悪い事情があるということでもあり、そうした事情から派生的に通常ではありえないような状況に発展する可能性はあるだろう。

 

連結決算における親子会社の判定は会計の話ではあるが、こうした会計的な判定の食い違い1つをとっても、両社の関係のこじれの原因が透けて見える気がする・・・

 

いよいよ明日に迫ったアスクルの定時株主総会

岩田社長の再任の決議の行方は果たしていかに?

 

 

 

 

 

 

社外取締役と独立役員の違いって何?    【ASKULの例 その1】

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47685930T20C19A7TJ1000/」

 

アスクルとヤフーが大変な事態になっているようだ。

 

アスクルの大株主であるヤフーが第2位の株主であるプラスと組んで、岩田代表取締役をはじめ3名の社外取締役の再任決議に否決を投じる見込みだ。理由は、アスクル、中でもLOHACO事業の業績が芳しくないとのこと・・・

 

もちろん、岩田代表取締役をはじめとするアスクル側はこれに猛反発。

実はヤフーが、LOHACO事業の買収を画策しているとの思惑も走り、事態は混迷を深めている。

中でも特に異例だったのが、7/23に開催されたアスクル独立役員会の記者会見だろう。独立役員会がこうした記者会見を開くのは聞いたことが無い。しかも、その内容は、基本的にアスクル支持、というかヤフー批判・・・

 

アスクル独立役員会記者会見資料☟

https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/ln8K/nNMa.pdf

アスクル独立役員会記者会見質疑応答☟

https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/C5Mj/YUjs.pdf

 

当事者の方々には申し訳ないが、こうした事例は僕のような人間には格好のネタでもあり、情報を収集するといくつか興味深い点が見られた。

 

photo(ITmediaNEWS様から写真を拝借)
この会見、久保利先生の黒さが気になって内容が全く入ってこなかった・・・
 
それはともかく、まずは、最初に興味を持った点である
 
社外取締役と独立役員の違い
 
についてから書くことにする。
 
というのも、アスクル
10名の取締役の内、5名が社外取締役だ。
しかし、5名の社外取締役の内、3名のみが独立役員だ。
 
2名は社外取締役であるが、独立役員でない
 
てっきり、両者は実質的に一致すると思っていたので、疑問に思ったという次第。
もっとも、東証の要求では、独立役員最低1名なので、必ずしも社外取締役の全員を独立役員と指定する必要はない。しかし、後述の会社の例のように、通常は、独立役員に該当する場合は社外取締役かつ独立役員とするのが普通と思われる。
 
社外取締役と独立役員の違い】
 
企業の不祥事が後を絶たず、企業統治、コーポ―レートガバナンスが重視される環境下、その1つの改善策として社外取締役の導入が挙げられる。
東証コーポレートガバナンス・コード(CGコード)でも、当初、最低1名から始まり、2名、更には、3名以上と年々質量ともに社外取締役の導入強化が推し進められている。
社外取締役の質やコーポレートガバナンスに対する実効性についての課題認識もあるが、その点はここでは一旦わきに置くとする。
 
社外取締役は、会社法の概念だ。会社法では、指名委員会等設置会社監査等委員会設置会社社外取締役を設置する義務がある。また、公開会社かつ大会社金融商品取引法が適用される会社)も実質的に社外取締役を設置が求められる。
 
一方、コーポレートガバナンスの発信源は証券取引所東京証券取引所)だ。東京証券取引所は上場規程の企業行動規範として、独立役員を最低1名確保することを遵守すべき事項として挙げている。東証の言う独立役員とは、一般株主保護の観点から、経営陣から独立した役員だ。
 
なお、独立役員には取締役だけでなく監査役も含まれるが、ここでは、論点を取締役に限定するため、独立役員=独立社外取締役として話を進める
また、企業行動規範とCGコードのそれぞれで独立役員、独立社外取締役に対する要求があるが、両者とも、独立社外取締役に関しては同様の趣旨との理解のもとに、両者を併せて「CGコード」による要求として話を進める。
 
 
ちょっとややこしいが

 

会社法社外取締役

CGコード:独立役員

 

をそれぞれ求めている。

 

会社法上もCGコード上も対象となる会社に大きな違いは無い。 

しかし、CGコード上要求されているのは、社外取締役ではなく、

独立役員ということだ。

 

【社外性と独立性】

 

そこで、それぞれの不適格要件を確認してみる。

 

会社法社外取締役

①当該会社の代表取締役、業務執行取締役、執行役及び支配人その他使用人(以下合わせて「業務執行者等」という。)
②過去10年間において当該会社の業務執行者等であったことがある者
③過去10年間において当該会社の取締役・会計参与・監査役であったことがある者の場合は、その取締役・会計参与・監査役への就任の前10年間において業務執行者等であった者
④子会社の業務執行者等
⑤過去10年間において子会社の業務執行者等であった者
⑥過去10年間において子会社の取締役・会計参与・監査役であったことがある者の場合は、その取締役・会計参与・監査役への就任の前10年間において業務執行者等であった者
⑦親会社の取締役、執行役及び支配人その他使用人
⑧兄弟会社の業務執行者等
⑨当該会社の取締役、執行役、支配人その他使用人の配偶者及びその二親等以内の親族
平成26年会社法改正前は、①~⑥のみが社外取締役となれなかったが、改正により⑦~⑨が加わり、要件が厳格化された。

 

CGコード:独立役員

① 当該会社の親会社又は兄弟会社の業務執行者
② 当該会社を主要な取引先とする者若しくはその業務執行者又は当該会社の主要な取引
先若しくはその業務執行者
③ 当該会社から役員報酬以外に多額の金銭その他の財産を得ているコンサルタント、会
計専門家又は法律専門家(当該財産を得ている者が法人、組合等の団体である場合は、
当該団体に所属する者をいう。)
④ 最近において①から③までに該当していた者
⑤ 次の(a)から(c)までのいずれかに掲げる者(重要でない者を除く。)の近親者
(a) ①から④までに掲げる者

(b)当該会社又はその子会社の業務執行者(社外監査役を独立役員として指定する場
合にあっては、業務執行者でない取締役又は会計参与(当該会計参与が法人である場
合は、その職務を行うべき社員を含む)を含む。)
(c) 最近において前(b)に該当していた者

両者の要件は全く同じではない。

 

期間しばり会社法の方が厳しいともいえるが、不適格対象者という点では、取引先等までが不適格となるコーポレートガバナンスの方が厳しい。

これは、一般株主の利益保護の観点から、社外性だけではなく、むしろ経営者からの独立性をより重視した結果だろう。

会社法社外取締役としつつもその選定においては独立性を重視することにはなっている、念のため補足)

 

なるほど、要件が異なるということは、それぞれの対象となる人物も異なるという訳か・・・

それが、アスクル社外取締役≠独立役員の理由なのだろうか?

いや、ちょっと待て

 

【どういう人物を選定?】 

では、企業はこの要件の齟齬にどう対応しているかというと、おそらく、両方の要件に該当しない、つまり会社法、CGコードの双方の要求水準を満たす人物を選定するだろう。

 元々こうした制度が無くても社外取締役を中心にボードを編成するという会社であればともかく、従来多くの上場企業は社内取締役がボードの中心だっただろう。

対象者の確保という目的からすれば、会社法コーポレートガバナンスの双方からの要求に対して、それぞれ別個に対応するのはあまりに不効率であり、最少人数で両方の要件を満たすように考えるのが普通と思われる。

 

そこで、比較的社外取締役の人数が多いと思われる指名委員会等設置会社を中心に10社、最近決算期の株主招集通知をチェックしてみた。

 

チェックした会社

ソニー

パナソニック

トヨタ

・日産

・イオン

・Jフロントリテイリング

オリックス

東芝

ソフトバンク

楽天

 

思った通り、社外取締役全員が独立役員に該当していた。

独立役員に該当しない人物をわざわざ社外取締役として選定する理由はない、

ということだろう。

 

アスクル社外取締役の正体】

 

さて、最初の疑問。

気になるアスクル社外取締役≠独立役員2名の正体は、

 

今泉公二氏:プラス代表取締役兼務

小澤隆生氏:ヤフー取締役専務執行役員兼務

 

なるほど、

取引先と大株主

か・・・

 

プラスはアスクルにとって重要な取引先であると同時に、ヤフーに次ぐ第2位(約11%)の大株主でもある、というかアスクルの生みの親だ。

ヤフーは、約45%の筆頭株主とはいえ、親会社ではない(実はこの解釈が微妙なのでそそれは次回に書く)。

つまり、当該2名は、会社法社外取締役要件は満たすが、CGコードの要求水準は満たさない、というレアなケースと言えるだろう。

 

もっとも、両者の要件が異なるため、こうしたケースも無くは無いだろうが、先述のように、CGコードを満たすためであれば、独立役員にカウントされない

社外取締役を選定する手は無いと考えるのが普通だろう。

 

ということは、アスクルには、というか、ヤフーとプラスにはCGコードを満たすという以外の目的があったということになる、のかな・・・

超特盛は『お得』なのか? 【吉野家の例】

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47146060Z00C19A7TJ2000/

 

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(写真は7/10付日経朝刊から拝借) 

 

ちょっとした小ネタを(笑)

 

吉野家ホールディングスが9日発表した2019年3~5月期の連結決算は、最終損益が10億円の黒字(前年同期は3億8800万円の赤字)だった。牛丼店「吉野家」で牛丼の新サイズ「超特盛がヒット。既存店売上高が好調で、人件費や材料費などの高騰を吸収した。』

 

超特盛のヒットにより吉野家が前年同期の赤字から一転、黒字10億とのこと。

競争の熾烈を極める外食産業にあってもまだまだ損益改善の余地はあるものだなあ、と思いつつも、職業柄ついつい、損益改善要因が気になる(笑)

まず、気になったのは、

販売増加が単価要因なのか、客数要因なのか、

という点。

 

売上=客単価*客数

だ。

 

『新規メニューでは5月に発売した「ライザップ牛サラダ」も堅調だった。うどん店「はなまるうどん」との共通割引クーポンなどの販売促進策も集客に寄与した。3~5月期の既存店売上高は6.1%増加した。客数は0.3%増で、客単価は5.8%増と大きく伸びた。』

 

客単価の上昇が主要因のようだ。

 

そして、

客単価=商品単価*注文数

なので、更に、販売増の要因が商品単価の上昇なのか、

それとも注文数の増加にあったのかについては、

 

『超特盛は税込み価格で並盛より400円高い780円だが、発売後1カ月で100万食を超え、その後も好調を維持しているという。』

 

商品単価の上昇、つまり、超特盛の販売増加が奏功したということだろう。

 ちなみに、すかいらーくなどのファミレスでは、客単価を上げるために、+1品を稼ぐということで客当たり注文数を増やすべくデザート開発に注力していると聞く。

一口に販売増加といっても、商品単価、注文数、客数、それぞれ業態によって取り組みやすさに違いがあることが分かる。

 

次に、利益面を見てみる。

『営業損益は10億円の黒字(前年同期は1億7800万円の赤字)だった。米の価格や人件費が上昇したが、増収効果で補った。売上高に占める原価の割合は0.9ポイント下がり、人件費や広告費を含む販管費の割合も1.4ポイント下がった。』

 

最終利益では、記事のとおりだが、吉野家HD公表の2020年2月期の1Qの四半期報告書によれば、本業の収益力の営業利益までの推移は以下の通り。

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吉野屋HDの四半期報告書の情報から筆者が作成

 

売上総利益増加要因分析】

                               (単位:百万円)

f:id:tesmmi:20190712101909p:plain

吉野屋HDの四半期報告書の情報から筆者が作成

 

四半期ベースでは、対前年同期比で売上総利益率が約1%改善している。1%というとさほど大きくないと思うかもしれないが、利益率1%の改善効果を金額で表すと約5億円だ。約11億円の営業利益の増加の内、ざっと半分が売上総利益率の改善による。要因の筆頭に挙げられるのが、超特盛ということだろう。(売上総利益の増収効果にも、超特盛などの高単価商品の販売増加による影響額も含まれる)

なお、このデータは連結決算数値なので、このうち吉野家は約半分のボリュームを占める(他は、はなまる、アークミール、京樽など)。『吉野家』に限定した分析であれば、セグメント情報を確認する必要がある。

 

要するに、

当期1Qの営業利益の改善は、材料等のコストアップはあったものの超特盛を中心とした商品単価の増加による売上総利益の増加(約24億円)が、販管費の増加(約12億円)を吸収し余りあった

と言うことだろう。

 

超特盛のような高単価商品が売上総利益に好影響を与えるのは感覚的にも理解できると思うが、

こんな記事を発見した(笑)

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5181670

牛肉に関しては大盛の2倍(推計220g)という触れ込みなので、そうなっていないのは少し残念ではあるが、それはともかく、

仮に牛肉の量が並盛の2倍(注)としても、ご飯、玉ねぎ、タレ、全ての材料が並盛の2倍ということではないだろう。

 

(注)大盛の2倍であるが、ここでは販売価格がザっと2倍である並盛との比較のため

 

要は、並盛と比較すると、

 

商品単価増加割合(2倍超)>原価増加割合(2倍未満)

 

当然ながら、利益率は改善することになる。

 

ということは・・・

 

超特盛は、

吉野家にとって『超得』盛!!

 

会社の利益が改善するということは、利用者側から見ると割高なものを買わされているという見方もできる。

もっとも、超特盛を食べることでプライスレスな満足感が得られるのであれば利用者にとってもお得ということではある。

 

ちなみに、飲み放題メニューでは原価率の高そうなものを中心にオーダーしてしまうのも職業病(笑)

 

 

 

 

 

 

1株当たり純資産(BPS)の紛らわしさ    【1株当たり情報】

先日、1株当たり純資産の計算式

について改めて考える機会があった。

 

改めて考えると、確かに名前と中身がミスマッチというか、

紛らわしさを感じた。

 

【1株当たり純資産の計算式】

 

1株当たり純資産(BPS=Book Value per Share)というと以下の計算式をイメージする人が多いのでないだろうか?

 

1株当たり純資産(BPS

=純資産/発行済株式数

 

名称から普通はそうイメージするだろうし、また、ざっくりと1株当たり純資産の意味を理解するには十分だ。

実際、そんな説明をしている書籍やインターネット記事なども見られる。

 

ところが、実際には・・・

 

1株当たり純資産(BPS

普通株主に係る期末の純資産/期末の普通発行済株式数ー期末の普通株式の自己株式数

 

なんだか面倒くさそうだ・・・

(ということもあり、先ほどの簡略的な表現をしているのかも)

 

【何故、普通株式?】 

まず、目につくのは普通株式という単語だろう。

何故、わざわざ『普通』と断りを入れるのか?

答えは、普通じゃない株式があるかもしれないからだ。

会社によっては優先株式、劣後株式のような普通株式とは性格の異なる株式を発行しているケースがある。

このような株式を種類株式と言うが、種類株式には会社の資金調達の多様化のニーズに応える機能がある。

例えば、会社が資金調達はしたいが経営に口を出して欲しくないという場合、経営には参加できない代わりに配当金は普通株主よりも優先する配当優先株を発行するといった具合だ。

 

つまり、1株当たりといっても株式の性格が必ずしも一致しないため、一括りに扱うわけにはいかず、株式の性格に応じた純資産を計算する必要がある。

 

では、何故、『普通株式』1株当たりの純資産なのか?

適用指針には、『1株当たり純資産額の算定及び開示の目的は、普通株に関する企業の財政状態を示すことにあると考えられるため』とある。

こういうと身もふたもないのだが、理由としては、通常は普通株式の発行数が圧倒的に多く、株主にとって最も関心が高いであろう普通株式を対象としたということだろう。また、1株当たり純資産(BPS)は、株価の割高、割安の水準を示す指標であるPBR(Price Book‐value Ratio)の分母となる。株価は普通株式の株価であるから、両者の対応関係から1株当たり純資産は普通株式を対象としているとも言える。

 

PBR(株価純資産倍率)

=株価/1株当たり純資産(BPS

 

しかし、普通株式が重視されているとは言え、普通株式以外の株式が殊更に軽視されている訳ではない。適用指針では、普通株式以外の株式に係る1株当たり純資産額に重要性が認められる場合には同様に開示対象とするとしている。

いわゆる、 2 種方式(ツークラス法)と呼ばれる方式だ。

 

詳細は以下を参照☟
企業会計基準適用指針第4号
1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針 』
https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/shihanki-s_5.pdf

 

【何故、自己株式を控除?】

次に、自己株式を発行済株式数から控除している点。

1株当たり純資産の開示の趣旨は、普通株式1株当たりの期末時点での財産を表すことだ。自己株式は、実質的に資本の払い戻しと解釈されてる(消却はされていないため資本から直接控除はされていない)。そして、自己株式には、配当請求権残余財産分配請求権もない。つまり、共益権も自益権もない。

期末時点での純資産の分け前に預かれない株式のため、控除される。

 

【何故、純資産全額が対象でない?】

最後に、分子の純資産の意味だ。

純資産には、実は普通株主に帰属しない資産(*)も含まれている。

例えば、新株予約権、非支配株主持分(連結のみ)だ。

  

新株予約権は、そもそも株式は未発行

非支配株主持分は親会社の株主以外の株主の持ち分だ。

 

(*)他に、優先株式に係る資本金、資本剰余金、当会計期間に係る優先配当、新株式申込証拠金、自己株式申込証拠金など

 

純資産、自己資本、株主資本の違いについては

こちらを参照☟

https://globis.jp/article/5067

 

何故、そんなモノが純資産に含まれているのかと言うと、資本の概念が変化したためだ。ずっと以前は、資本というと株主の持分という定義だった(当時は、B/Sでも”純資産の部”ではなく”資本の部”と表記していた)。

ところが、時価主義が会計へ反映されるにつれて段々と資本の概念が変わり、資産から負債を控除した残りが純資産を表すようになった。そのため、非支配株主持分や新株予約権のように現時点の親会社の株主に帰属しない資産も純資産に含まれることになる。

 

1株当たり純資産の趣旨からは、あくまで対象とすべきは現在の親会社の株主に帰属する財産(1株当たりの)であるから、対象とならない項目は控除することになる。

  

 

なお、この考え方は1株当たり純利益ROE自己資本利益率)にも同様に当てはまる。むしろ、それらと平仄を合わせている。

 

ところで、例えば、ROEの分母は純資産ではなく、自己資本(*)としている。

 

自己資本=純資産ー(非支配株主持分(連結のみ)+新株予約権

 

概念的には、自己資本は1株当たり純資産の分母に一致

する(普通株式のみの場合)。

ROEの場合は、”純資産利益率”とは呼ばず”自己資本利益率”と呼ぶため、受け取る側も分母は≠純資産なのか、と気づきやすい(でも無いか?)。

 

この点、1株当たり純資産としつつも、実は純資産全部が対象でないというのは紛らわしいと言えば、確かに紛らわしい。

 

”1株あたり自己資本”とか、名前の交通整理をしたらいいのに(笑)

 

 

フローとストックの関係 【両者の連続性】

これまでも度々、書こうかなと思いつつも、

今更感に苛まれて書かずにいたが、やはり書いておこう。

 

フローとストックの関係

について

 

そんなこと当然知っているよと言う人は読み飛ばしてもらいたい。

 

個人的には、フローとストックを殊更に勉強した記憶はなく、ごく自然に理解していた。とはいえ、フローとストックは経済学の概念なので、経済学部卒としては学校でそれとなく勉強していたのかもしれない(それも記憶がないが・・・)。

とまあ、そんな具合なので、フローとストックなんて、自然に

誰もが理解していると思っていた。

 

ところが、意外に知らない人が多いようだ。

 

僕の友人も昨年、”フローとストックなんて初めて聞いた”

と言っていた(立派な大人☚本人の名誉のため)。

 

案外、フローとかストックとか考えなくても

日常生活には支障はないらしい(笑)

 

簡単に言えば、

フローは、『流れ』

ストックは、『残高』

だ。

 

もう少し言及すれば、

フローは、一定期間のモノやおカネの流れ

ストックは、一定時点のモノやおカネの残高

ということだ。

 

個人の生活では、

フローは、給料、家賃、食費、保険料等

ストックは、不動産、自動車、住宅ローン等

 だ。

 

フローは流れの量なので、いつの流れ?ということで、期間の設定が必要になる。

また、同様に、ストックについては、いつの残高?と、時点の特定が必要になる。

 

そして、フローとストックには相互に関係がある。

 

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図_フローとストック_1 筆者作成

 

カードに記載されるキャラクター同士を戦わせて勝った方が相手のカードを獲得できるといったカードゲームを考えてみる。

この場合、手持ちのカード10枚からゲームをスタートして、今日の勝敗は4勝2敗で2枚のカードを対戦相手から獲得したとすると、手持ちのカードは12枚になる。

ゲーム開始時点と終了時点のカード10枚、12枚がストックで、今日のカード獲得高2枚がフローだ。

 

カードゲームの例からも分かるように、フローとストックには連続性がある。

 

ストック⇒フロー⇒ストック⇒フロー⇒ストック・・・

 

ストックから始まり、フローの結果がストックに蓄積されていくという連続性だ。

 

この考え方は、会計にもそっくり当てはまる。

 

フローが、損益計算書(P/L)、キャッシュ・フロー計算書

ストックが、貸借対照表(B/S)

だ。

P/Lをフローの代表とすると、P/LとB/Sも同様に相互に関係していることになる。

 

B/S⇒P/L⇒B/S⇒P/L⇒B/S・・・

 

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図_フローとストック_2 筆者作成

 

先の例と同様、

B/Sからスタートし、活動結果(P/L)が活動期間終了時点のB/Sに蓄積される。

 

スタート時点の持ち高(利益剰余金):40+活動結果(当期純利益):20

=活動期間終了時点の持ち高(利益剰余金):60

例えば、2018年度末の利益剰余金に2019年度の当期純利益が加算されて、2019年度末の利益剰余金になる。

注:実際には配当金や積立金などが控除された残額が加算される。

 

会計においては、

P/Lの当期純利益とB/Sの利益剰余金

が連結環となって互い関連している。

 

 

担当しているクラスでは、
当期純利益と利益剰余金をとり違えたり、

B/SとP/Lがどう連続するのか疑問

といった例が少なくない。

単なる勘違いであれば良いのだが、勘定科目がストックを表すものなのかフローを表すものなのかを理解しておけば、およそそのような間違いを起こすことは無いように思う。これもまた、フローとストックの概念の意識が希薄であることの表れだろうか・・・

 

フローとストックの関係は、ビジネスを理解する際も有用だ。

ビジネスにも、フロー型ビジネスとストック型のビジネスがある。

フロー型ビジネス

小売業、卸売業、飲食業、建設業など多くの事業が該当する。

フロー型ビジネスの特徴は、初期投資がさほど大きくない、ビジネスが軌道に乗るまでの期間が短い、ワンショットで大きな利益が期待できるといったメリットがある反面、売上が不安定、売上の度にコストが発生などのデメリットがある。売上、利益を上げるためには、小売業であれば仕入と売上を繰り返す、つまり常に走り続ける必要がある。トータルのコストに占める変動費の割合が大きいビジネスとも言える。

 

一方、

ストック型ビジネス

電力、ガス、通信などのインフラ事業が主に該当する。

ストック型ビジネスの特徴は、通常、初期投資が大きい、ビジネスが軌道に乗るまでの期間が長い(顧客の確保)、一定の顧客を確保できないと永遠に赤字、減収による利益インパクトが大きいといったデメリットはあるものの、一旦、ビジネスを軌道に乗せれば以降安定した収益が期待できる、継続的に発生するコストは少ないので増収による収益性の改善が見込めるといったメリットがある。

GAFAなどのプラットフォーマーが提供するサブスク型ビジネスというとイメージしやすいだろうか。一時に大きな利益を上げることは少ないが継続的な利益が期待できるため、事業計画が立てやすい。新規顧客を獲得し、かつ顧客をいかに繫ぎ止めるかがキーとなるだろう。

トータルコストに占める固定費の割合が大きいビジネスとも言える。

 

以上、フローとストックの関係について簡単に紹介してみた。

 

フローとストックの違いを理解すると、自分自身が日々得る情報の整理が

しやすくなるかも知れない。

 

 

賞味期限間近の返品調整引当金について思う・・・

返品調整引当金の存在はもちろん知ってはいたが、担当企業の業種からかこれまで実務でそれほど関りは無かった。

先日、たまたま返品調整引当金の会計処理を確認して、改めて、その

ユニークさに目を奪われた(笑)

 

返品調整引当金の概要についてはこちらを参照して欲しい。

https://globis.jp/article/7040

 

返品調整引当金は、いわゆる返品権付販売をしている場合が対象となる。

こうした商慣習は、医薬品、出版、音楽(CD等)、化粧品・トイレタリーなどの業界に多く見られる。

返品調整引当金は、一旦は販売したが、将来の返品に備え、返品によって取り消されることになる売上総利益引当金として費用処理する。

この利益を直接の調整対象とする点に当初非常に違和感を感じた・・・

 

以下、ざっと会計処理を示す。

 

【設例】

当期に、商品(購入価額:10,000)を15,000で販売した。

過去の実績等から当期販売分の5%が将来返品されると見積もられる。

当期末に、既販売分(代金は全て未回収)に対して5%の返品調整引当金を計上する。

次期になり、前期販売分の内、2%が返品された。

 

【会計処理】

販売時

借)売掛金 15,000 貸)売上 15,000

 

期末

借)返品調整引当金繰入 250 貸)返品調整引当金 250

 (15,000-10,000)*5%

 

返品時

借)返品調整引当金 100 貸)売掛金 300

  仕入      200

 

一連の会計処理について特徴的な点がいくつかある。

・返品を受けても売上を取り消さない点

引当金の対象は売上総利益という点

・返品在庫を仕入として受け入れる点

 

一見奇妙な気もするが、実はこれらは互いに関連しており、全体としてそれなりに辻褄が合っている。

 

売上は、本来、財やサービスの提供が完了し、その対価の獲得(現金ないしは現金同等物)の要件を満たした時点で計上される。厳密にいえば、商品等を引き渡したとしても返品される可能性が高い場合は、売上は計上できない

例えば、買戻条件付販売委託販売などは商品が得意先の手元に渡っても売上とはならない。

ところが、返品権付販売においては、得意先へ渡った商品の全額が売上となる。これは、得意先に返品権は付与されているものの、過去の実績等から返品されるのは販売した分の一部に過ぎない。したがって、(既に計上された)売上の『大勢に影響はない』。したがって、売上を修正するに及ばすということだろう。

 

この点は、貸倒引当金も同様だ。貸倒引当金は、将来の代金回収が不能と見積もられる部分に対して費用(販管費)を計上するが、売上自体は修正しない。販売取引と代金回収取引は別の取引であり、代金が回収できなくても販売自体は成立しているとの見解もあるが、厳密に言えば、代金が回収できないということは結果として売上の実現要件を満たしていないと言える。

しかし、貸倒引当金も返品調整引当金も、回収不能や返品は売上全体の極わずかであって会社の売上全体に及ぼす影響は軽微であること、また、確定決算主義ではないが、過去の確定した売上高を修正に対する抵抗感もその理由かもしれない。

売上高は修正しない代わりに回収不能や返品による逸失利益を『事前に』処理する、つまり、将来のリスクを利益に反映するということなのだろう。この点は、割賦販売も同様だ。

 

一方で、売掛金棚卸資産のようなB/S項目はそうはいかない。

B/S項目は繰り越されるため、P/Lのようにリフレッシュスタートはできない。

そこで、返品による売掛金の減額や棚卸資産の増加については、

『新しい』取引として認識する。

返品による棚卸資産の増加を仕入とするのはそういうことだろう。

 

かくして、返品時の、

 

借)返品調整引当金 100 貸)売掛金 300

  仕入      200

 

という、まさに真骨頂というべき会計処理会計処理が成立することになる

(というか、帳尻を合わせている)。

 

なお、当期の売上が返品される場合、つまり返品調整引当金が設定されていない場合は、以下のようになる。

 

【設例】

当期中に販売した商品の内600(売上高1,000)が返品された。

 

【会計処理】

売上の返品

借)売上高 1,000 貸)売掛金 1,000

原価の戻し入れ

借)仕入    600 貸)売上原価  600

 

なお、参考に仮に同額が次期以降返品されると見積もられ返品調整引当金が設定される場合は以下となる。

 

【会計処理】 

借)返品調整引当金繰入 400 貸)返品調整引当金 400

 

何と、この場合は売上の取消の会計処理をする。売上取消しも返品調整引当金利益に対する影響は不変だが、売上高の金額が変わる。   

 

返品割合の売上高に対する割合がどの程度までであれば返品調整引当金の対象となるのか(売上の取り消しは不要なのか)の明確な基準はない。出版業界などでは、販売の約4割が返品されるという。こうなると、そもそも売上の認識自体が妥当なのかといぶかってしまう。

 

また、返品のタイミングによって会計処理が異なる。

利益に対する影響は無いといっても、重視されるべき会計情報は利益だけではないだろう。むしろ、売上高の規模の方が会社の信用力を判断する上では一般的に重視されているのではないだろうか?

とすれば、むしろ売上高情報を歪曲させることになりはしないだろうか・・・

 

全くもって、 

売上高を重視しているのか、軽視しているのかよく分からない話

だ。

 

実務上の妥協の産物という運用がされてきたとも思えるが、もともと変な会計処理だったわけである(個人的には、利益を直接調整するのが気色悪かった)。

 

だからという訳ではないが、2021年以降適用される『収益認識に関する会計基準』により返品調整引当金は廃止されることになる。

 

ちなみに、先ほどの設例を使えば、会計処理は以下のようになる。

売上15,000(原価10,000)の内、5%は将来の返品が見込まれる場合、

 

【会計処理】

借)売掛金 15,000 貸)売上高 14,250

            返品負債  750

返品負債:15,000*5%

 

また、原価部分については、

借)売上原価 9,500 貸)商品 10,000

  返品資産  500

返品資産:10,000*5%

 

将来の返品を見積る方法や計算される利益は返品調整引当金の場合と同じと考えてよいが、新会計基準では将来の返品リスクはそもそも売上として計上しない

 

 

『収益認識に関する会計基準』の中には複雑や煩雑な会計処理を要するものもあるが、殊、返品調整引当金に関してはすっきりと分かりやすい会計処理への改正と言えるのではないだろうか。

 

なお、法人税法上は、既に平成30年度税制改正で返品調整引当金は廃止(経過措置はあり)となった。