溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

ベースキャッシュフローって何⁉【富士通の例】

www.nikkei.com

富士通は現金収支の指標として、成長投資前のフリーキャッシュフローにリース料支払いを加えた「ベースキャッシュフロー」を重視している。磯部武司最高財務責任者CFO)は「25年3月期までで1兆円程度創出されると想定していたが、1兆5000億円以上となりそうだ」と話した。」

 

富士通が、ベースキャッシュフローを重視しているとのことだ。

 

ベースキャッシュフロー

ということで、少し調べてみたが一般的な概念ではないようだ。

 

記事によれば、

ベースキャッシュフロー

=フリーキャッシュフローー成長投資+リース料支払い

 

とのことだ。

 

富士通の2022年3月期の決算説明資料で確認すると、(https://pr.fujitsu.com/jp/ir/library/presentation/pdf/20220428-01.pdf)

 

該当ページはこちら☟

 

 

 

成長投資は、営業キャッシュフロー投資キャッシュフローのそれぞれに含まれる該当する投資とのことだ。

営業キャッシュフローでは、研究開発投資や人材投資など、

投資キャッシュフローでは、通常投資ではない戦略的な設備投資やM&Aなど

が含まれるのではないかと思われる。

フリーキャッシュフローは、一般的には営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの合計で表される。個人的には、キャッシュ(フロー)の面からの余力情報と解している。余力(フリーキャッシュフローがプラス)があれば、戦略的、追加的な投資ができるといった見方ができるが、現在の作成ルールでは、戦略的な投資も通常投資も合わせて営業キャッシュフローと投資キャッシュフローに反映されてしまうため、外部からはこうした詳細な情報は把握しにくい。したがって、会社側からこうした情報を開示することは、投資家等にとって会社の戦略とおカネの使い方の整合を確認する上でも非常に有益な情報だと思う。

 

また、リース料支払いは財務キャッシュフローに含まれるため、通常であればフリーキャッシュフローからは控除されていない。しかし、会社にとってリース料支払いが経常的に発生する重要性の高いキャッシュフローであれば、フリーキャッシュフローに含めるべきという考え方もあると思う。例えば、営業利益は本業の利益と言われる。しかし、事業に必要な資金を自己資金だけで賄えなえず一定の借入金が必要な会社の場合は、営業利益から支払利息を差し引いた利益を本業の利益として捉えるべき、と個人的には従来考えている。

 

2021年3月期の決算説明資料ではベースキャッシュフローは開示していない(フリーキャッシュフローのみ)ので、2022年3月期から導入したと思われる。東証の市場区分の変更が影響したのだろうか?

いずれにしても、形式的ではなく、自社の戦略や進捗状況をより良く表すように財務指標等の数値をカスタマイズして開示、説明することは、投資家との建設的な対話に役立つと思われる。

 

こうしたnon-GAAP情報を活用する会社が増えると良いと思う。

 

non-GAAP情報についてははこちら☟

tesmmi.hatenablog.com

 

 

 

 

 

最近、自己株式の消却が流行ってるってよ!?【小ネタ】

久しぶりの投稿にして小ネタ。

しかもこの年の瀬に…

 

最近、自己株式を消却する上場会社が目立つように思う。

というか、先日、そんな質問を受けたので改めて確認してみた。

 

すると、この12月だけでも

日東紡

りそなHD

PCA

ウィザス

gumi

信越化学

オリックス

テルモ

ツツミ

(ほんの一例)

と自己株式の消却を発表した例に枚挙にいとまがない。

 

ROEやEPSの改善

・被買収リスクの軽減

・配当金の削減

 

が目的であれば、自己株式の取得だけで達成できるため消却の必要はない。

自己株式は、その後、M&A株式交換)、株式報酬、再度市場での売却(資金調達)などに活用できるため、将来の自己株式の「処分」(活用)の可能性を残すには、とりあえずそのまま置いておくことも考えられる。

もっとも、消却することで、将来の処分によるROEやESPの悪化要因を断つという意味で、市場から好感を持って迎えられることはある。

 

【参考】

tesmmi.hatenablog.com

tesmmi.hatenablog.com

 

では、最近自己株式の「消却」を決定する会社が何故多いかと言えば、理由は上場維持基準への対応だろう。

 

事例としてあげたツツミの自己株式の償却については、日経新聞で次のように報じている。

「ツツミは、12日、自社株約445万株(発行済み株式の22.16%)を30日に消却すると発表した。同社株式については創業家や財団が約6割を保有し、9月時点の流通株式比率は2割を下回っている状況にある。自社株を消却して流通株式比率を高める狙いだが、消却後もなお25%を下回る見通しという。

東証スタンダード市場の上場維持基準では流通株式比率を25%以上にすることが求められている。今後は創業者などの主要株主や金融機関に株式売却の検討を要請し、数年以内での流通株式比率の向上を目指す方針だ。」

www.nikkei.com

 

www.jpx.co.jp

 

記事にもあるように、とりわけ流通株式比率の改善(上場基準を満たす)を目的とすると思われる。

 

上場維持基準の詳細(日本取引所グループ)より

 

流通株式比率は、流通株式数を上場株式数で割って計算する。

流通株式比率は、

 

【流通株式比率】

プライム市場  :35%以上

スタンダード市場:25%以上

グロース市場  :25%以上

 

が求められる。

 

ポイントは、流通株式数では自己株式は控除されるが、上場株式数には自己株式も含まれるということだ。

 

上場維持基準の詳細(日本取引所グループより)

 

つまり、自己株式を取得すればするほど流通株式比率が低下することになる。そこで、自己株式を消却すれば、分母の上場株式数を減少させることになり、流通株式比率が改善する。

ということで、現時点で上場維持基準を満たしていない上場会社などで行われることが多いみたい。

 

では、また。

ある監査法人の指導に思う【決算期ズレ取引の連結会計処理】

先日、事業会社の経理責任者をされている前職の先輩から聞いた話。

 

先輩「決算期のズレがある場合の親子間の販売取引の連結会計処理ってどうなると思う?」

 

僕「重要性がある場合ですよね?どうって、普通に処理すればいいのではないですか?」

 

先輩「普通って?」

 

僕「未達取引の調整して、取引と債権債務の消去、それと未実の消去ですかね」

 

先輩「そうやろ?それがなあ、監査法人が未実現利益の消去まではしないのが一般的って言うんや」

 

僕「一般的って根拠は何ですか?」

 

先輩「それがよく分からん」

 

実際には少しニュアンスが違ったかもしれないが、おおよその内容はこんな感じだったと思う。

 

何の話かというと、連結決算における親会社と子会社との販売取引に関する会計処理の話だ。もちろん、親子間取引の連結会計処理はルール上も明記されており議論の余地は無いのだが、問題は、親子の決算期にズレがある場合の取り扱いだ。

 

論点を明確にするために、まず、通常の親子間の販売取引の連結会計処理を確認してみよう。

 

【設例】

・A社(親会社)は、当期資本金1,000で設立された。

・A社は、100を投資してB社(子会社)を設立した。

・A社の当期の取引は、商品を80を現金で仕入れ、B社へ100で掛けで販売したのみ。

・A社がB社へ販売した商品はB社の在庫として倉庫保管されている。

・税金等は無視する。

極端な例ではあるが、簡略化した方が対象となる連結会計処理が分かりやすいため、このような設例にしてみた。

 

当期末におけるA社のP/L、B/Sは次のようになっている。

 

 

同様に、B社のP/L、B/Sは次のとおりである。

筆者作成(B社のP/L、B/S)

連結決算では、まず、親会社と子会社の財務諸表を合算する。

A社とB社のB/S、P/Lを合算すると次のとおりになる。

 

筆者作成(単純合算後)

次に、グループ間取引は相殺消去する。

・投資と資本の相殺消去

A社のB社に対する投資(B社株式)とB社の資本金は、グループとしてみれば内部の資金移動に過ぎないため、相殺消去する。

 

会計処理

借方)資本金 100 貸方)B社株式 100

 

筆者作成(投資資本相殺消去後)

 

また、A社からB社への販売(B社にとってはA社からの仕入)及びA社とB社間の債権債務もグループとしてみれば、在庫移動、グループ内部での貸し借りなので、相殺消去する。

 

会計処理

借方)売上高 100 貸方)仕入(売上原価) 100

借方)買掛金 100 貸方)売掛金 100

 

この段階での連結ベースのP/L、B/Sは次のようになる。

 

筆者作成(取引等相殺消去後)



何か違和感を感じないだろうか?

B社が保有するA社から仕入れた商品の金額が100のままとなっている。そして、何とも奇妙なことに、P/Lの売上原価が△20となっている・・・

実際には、外部販売も含めて他の取引があるから売上原価がマイナスになることは無いが(設例を極端にしたため)、その結果、A社で認識した利益(20)が連結決算でもそのまま維持されている。

グループとしては在庫を内部移動しただけにもかかわらず、含み益が実現されてしまっている。そこで、連結決算では、含み益(未実現利益)も消去する。

 

会計処理

借方)売上原価 20 貸方)商品 20

 

その結果、連結B/S、P/Lは次のようになる。

筆者作成(未実現利益消去後)

 

要するに、A社グループとしての当期の活動は、会社を設立し、商品80を現金で仕入れたのみ、ということだ。

 

さて、前置きが長くなったが、ここからが本題だ。

 

上記は、親子の決算日が同じ場合だが、A社が3月決算、B社が12月決算の場合はどなるだろうか?

なお、日本の連結会計ルールでは、親子間の決算期の3カ月以内のズレは許容される。つまり、A社は4/1~3/31、B社は1/1~12/31のB/S、P/Lを連結することができる。

設例のA社からB社への商品販売が2/1に行われたとすると、A社、B社のB/S、P/Lはそれぞれ、次のようになる。

 

A社のB/S、P/L

 

B社のB/S、P/L

筆者作成(B社決算期ズレ有)

A社については、先ほどの設例と同じだが、B社は決算日時点では未だA社からの仕入が発生していない(B社にとっては翌期2月の仕入)。

親子間の決算期ズレについて、連結会計ルールでは子会社の決算をそのまま連結決算に取り込むことを認めている。つまり、親子間の取引等の相殺消去は不要(というか、子会社では仕入が生じていないので、親子間取引は無い)ということだ。したがって、単純合算+投資・資本の相殺消去のみの連結会計処理となるため、次のようになる。

 

筆者作成(期ズレ有/重大な不一致無)

 

ただし、親子間の決算期のズレから生じる連結会社間の取引に係る重要な不一致がある場合は、必要な整理を行う必要があるとしている(連結会計基準 注4)。

 

では、必要な調整とは何か?

これについては明確に規定はされていないため、個別に検討して判断することになる。

 

ここで、冒頭の先輩の話に戻る。

先輩は、原則的には親子間の決算日も統一すべきであり、あくまで決算日のズレも、ズレの期間中に発生した連結会社間の取引も、重要性が無い場合に限って例外的に簡便な処理が認めらているのであるから、ズレの期間中の連結会社間の取引に重要性がある場合は、原則どおり本来の連結会計処理(上記設例)をすべきと主張した。

つまり、B社において、未達となっている仕入について次の会計処理を行い、

 

会計処理

借方)仕入 100 貸方)買掛金 100

借方)商品 100 貸方)仕入 100

 

その上で、設例の連結会計処理の3点セット(売上・仕入相殺消去+債権・債務相殺消去+未実現利益消去)をすべきとなる。

つまり、この状態になる。

筆者作成(未実現利益消去後)

 

これに対して、担当する監査法人は、(未達仕入の会計処理を行ない)売上・仕入相殺消去と債権・債務詳細消去のみが一般的な会計処理と指導を受けた、とのことだ。

つまり、この状態になる。

 

 

決算期ズレ取引について何ら調整しない場合と比べれば、ましではあるが、どちらが、実態を表すかは自明だろう。

 

ちなみに、何をもって”一般的”なのかは不明とのこと・・・

 

重要性の考え方はあるので、決算期ズレ間の親子間取引に重要性がない場合に、会社が簡便的な処理を主張するのを容認するということはあると思うが、会社がより正しい処理をしようとするのを否定するというのがよく分からない。

 

それに、監査法人の指導によれば、決算期ズレ間(例えば、1月~3月)の親会社から子会社への販売を意図的に増加することで利益を水増しすることが出来てしまう(グループ間の在庫移動による商品の含み益が実現)

 

もっとも、そのツケは来期に跳ね返ってくるので、そんなアホなことはしないと思うが、切羽詰まれば何があるか分からない・・・

そういうおそれもあるから、僕であればそういう指導はしないと思う。

 

それに、

”一般的”の定義を示して欲しいと思う。

ロジックで商売する監査法人にはやはりロジックで会社に指導して欲しい。

 

皆さんは、どう思うだろうか?

 

 

特許価値の開示に思う(ある会計士のつぶやき)

www.nikkei.com

 

前回のブログから1カ月以上経過し、すっかり久しぶりとなってしまった・・・

書きたいことが無かったわけではないが、色々と忙しくしていてついつい間が空いてしまった(言い訳)。

たまたま本日の日経朝刊で結構大きく取り上げられていたので、少しだけ呟いてみる。

 

旭化成「特許価値」を投資家との対話に生かす。特許価値は非財務的な価値指標で、他の特許への引用件数や特許保有地域などから求める。今年から毎年開示する。多角化企業価値が抑えられる「コングロマリット・ディスカウント」もあり株価がさえない。特許価値が伸びると利益も増えるという一定の相関があるとし、潜在的な成長力を訴え、株価の底上げを狙う。」

 

特許に代表される無形資産の活用は少し前から盛んに言われているように思う。ハードなモノ作りからコト作りへの移行、米国のGAFAを見習えと言わんばかりに、しきりに知的財産の形成や活用を助長するような記事も多くみられる。まあ、その通りだとは思うが、”アメイジング!、ビューティフル!!”と感嘆する外国人観光客に喜びと同時に驚きの表情の地元民がごとく、普段から当たり前にある存在を改めて認識することは案外と難しいのかもしれない。欧米企業からはなぜ実現できているのか不思議に思われる日本的経営の優位性も、日本企業の経営者や従業員にとっては何が優位性かピンとこないという話もよく聞く。むしろ、時代遅れといったレッテルを貼った形式的な業務の欧米化は、そうした強みを削いでいるようにも思える。そういう意味では、”study abroad”と昔、ハーバード大学のサマーズ学長が話していたのを思い出す。外から自分を客観視することも大切だろう。

 

特許価値は引用件数や産業分野別、出願国などに基づいて計算し、自社グループが持つ特許をすべて足し合わせた総価値だ。算出は法務情報サービスの米レクシスネクシス社が提供する分析ツール「パテントサイト」を使う。同ツールは90カ国以上の特許網を把握し、価値の算出手法も公開している。同社によるとスウェーデンボルボや独シーメンス、日本ではソニーグループやリコーなど国内外など計350社以上が分析に使った実績がある。」

 

株価には、会社が保有する有形、無形の資産に対する投資家それぞれの評価が織り込まれている。評価においては、コーポレートファイナンス理論に基づいたDCF法などの手法を用いることがおそらくは一般的だろう。

 

参考までに、無形資産評価の指針を共有する。

無形資産の評価実務-M&A 会計における評価と PPA 業務-(経営研究調査会研究報告第57号)

https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-57-2a-20160621.pdf

 

会社の価値をどう捉えるかは今後、様々なアプローチが出てきそうだが、現在では金銭価値で評価することが一般的だ。記事で紹介されている評価手法については詳細は確認していないが、参考として紹介した経営研究調査会研究報告第57号などでは、

・コストアプローチ

・マーケットアプロ―チ

・インカムアプローチ

に基づく価値評価を示している。それぞれアプローチの違いはあるが、いずれも、現在、あるいは将来、いくらのキャッシュをもたらすかが価値算定の基本的な考え方だ。

 

しかし、既存事業や稼働している製造設備を評価する場合に比べて、特許権などの無形資産は未だ事業などの”形”になっていない潜在的な価値である場合が少なくない。したがって、価値算定のための前提条件をどう設定するかが難しい。特に外部者にとっては、無形資産の内容や性質、あるいはその活用についての情報が限られていることもあり、算定される評価額にかなりのばらつきが出そうだ。

そういう意味では、記事にあるように一般に公開された手法により算定された価値には一定の客観性もあり、他社との比較もしやすくなるように思う。また、企業が保有する無形資産の価値を提示するということは、無形資産をどのように活用して将来のキャッシュフローを生むのかといった事業計画を示すことになるため、外部の投資家にとっても参考になる有意義なIR活動になると思う。

また、こうした活動が進展すれば、豊富な無形資産を保有しながらも活用されずに終わっていたPBR1割れ企業にとってはプレッシャーになるのではないだろうか。PBR1割れという状況が既に相当なプレッシャーなはずであるが、株式市場における注目度が低いこともあり放置されている(つまりさほどプレッシャーが強くない)企業もあると思う。記事にある無形資産価値とEBITDAの相関についても、無形資産が活用された結果の成果としての数値がEBITDAに表れている。宝の持ち腐れ状態の企業にはこうした相関は見られないはずだ。単に無形資産を保有しているだけでなく、それらをどのように将来のキャッシュに繋げていくか、見えない資産の見える化に対する姿勢がさらに問われることになるのではないだろうか。

 

持ち合い株式解消の新たなブースター⁉️

www.nikkei.com

『企業が政策保有株式の縮減の状況や方針を株主総会の招集通知に記載する動きが広がっている。3月期決算の主要企業で6月総会前に開示したのは約3割と、昨年の2割から増えた。投資家が政策保有への監視の目を強めるなか、保有状況などを早期に開示することで投資家から総会議案への支持を得たい考えだ。』(日経新聞6/24’22)

 

日経新聞6/24’22



 

政策保有株式の解消に新たなブースターが登場したようだ。

 

政策保有株式は、(企業間)持ち合い株式とも言われる。1960年代辺りから広まった日本独特の株式保有の仕組みであり、海外では類を見ない。企業間で相互に株式を持ち合う場合が多いが、どちらか一方の企業だけが他社の株式を保有する場合もある(これを「片持ち」というらしい、知らんけど)。後述するが、株式持ち合いについては、さまざまな理由から問題視されていたが、バブル崩壊を契機に、保有株の下落によって損失が嵩んだ金融機関を中心に株式持ち合いの解消が進んだ経緯がある。そして、2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入されて以降、持ち合い株式の解消が一層進んできている。以前にも、当ブログに書いたのだが、今回の日経新聞の記事を大学院のクラスで紹介したところ、「そんな昔の記事は読まないので、同じネタでも書いて欲しい」と言われた。まったく、読む気があるのか無いのか(笑) というわけで、アップデイトとして書いておくことにする。なお、当コラムでは、文中では基本、持ち合い株式と表現することにする。

 

  • 政策保有株式を巡る規制

以前は、安定株主工作や取引先との関係強化などを目的に企業間で互いに株式を保有する持ち合い株式は当たり前に行われていた。しかし、記事にもあるように、コーポレートガバナンス・コードの導入により、持ち合い株式は経営陣の緊張感を緩ませ資産効率の低下につながるといった企業ガバナンスに対する指摘や、もっと積極的に事業投資をして成果を上げて欲しいと言った企業業績に対する投資家の声などによって、その解消が進められてきた。

また、上場会社においては、2019年3月期決算より、有価証券報告書に政策保有株式の保有方針等を示すことが求められ、どの会社の株式をどういった目的でいくら持っているのかと言った政策保有株式の明細を記載する必要がある(具体的な記載内容は後述)。まさに、持ち合い株式がガラス張りとなったことも解消の要因とみられる。なお、有価証券報告書における政策保有株式は、いわゆる純投資(専ら株価の変動又は株式に係る配当によって利益を受けることを目的とした投資株式)以外の、例えば、取引先との関係維持や買収防衛といった経営戦略上の目的で保有している株式を「政策保有株式」としている。

 

【参考】

有価証券報告書における持ち合い株式の記載箇所と内容

上場会社等は、有価証券報告書の【コーポレート・ガバナンスの状況等】の【株式の保有状況】に、特定投資株式及びみなし保有株式のうち主要なもの(最大60銘柄)について、以下の項目を開示する必要がある。

1.銘柄

2.株式数

3.貸借対照表計上額

4.保有目的等

5.提出会社の経営方針・経営戦略等、事業の内容及びセグメント情報と関連付けた定量的な保有効果(定量的な保有効果の記載が困難な場合には、その旨及び保有の合理性を検証した方法)

6.株式数が増加した理由(当期末における株式数が前期末における株式数より増加した銘柄に限る。)

7.当該株式の発行者による提出会社の株式の保有の有無

 

追記)

2022年4月からの東証の新市場区分により、流通株式比率が導入された点も持ち合い株式の解消が進んだ要因とされる。例えば、プライム市場では、流通株式比率が35%以上が求められるが、その際、上場株式の内、国内の普通銀行、保険会社及び事業法人等の所有する株式(持ち合い株式の可能性が高い)が流通株式から除外される。

 

  • 政策保有株式に対する規制の問題点

持ち合い株式については、持つ方の問題持たれる方の問題があるとされる。例えば、持つ方の問題としては、株式と言うリスク資産に投資しながらも有効にリターンに繋げていない資本効率性の悪化を問題視している。一方、持たれる方の問題としては、安定株主の存在による経営者のディシプリンの低下や株主・投資家とのコミュニケーションの阻害などが挙げられる。この内、有価証券報告書における開示は、持つ方の会社に対する開示義務であり、持たれる方に会社にはそうした義務はない。しかし、例えば事業会社同士などでは、立場の強い方が自社の株式を”持たせている”場合が少なくない。つまり、持つ方が売却しようとしても”待った!”を掛けられると売るに売れないことになる。そこで、持たれる方に対するケアに関しては、2018年のコーポレートガバナンス・コード改正で、補充原則として売却を妨げるべきでない旨が追加された。上述のとおり、持ち合い株式には持つ方と持たれる方の両方に問題があるため、両方に対する働きかけ(規制というやり方はあまり好きではない)が求められる。

 

【参考】

コーポレートガバナンス・コード

補充原則1-4①

「上場会社は、自社の株式を政策保有株式として保有している会社(政策保有株主)からその株式の売却等の意向が示された場合には、取引の縮減を示唆することなどにより、売却等を妨げるげきではない。

 

  • 政策保有株式解消の新たなブースター

筆者が関与してる会社においても、保有方針(逆に言えば売却方針)を定め、持ち合い株式を優先付けした上で、毎期決算期末に近づくと機関決定を経て売却(持ち合いの解消)する会社も多いと思われる。考えようによっては利益調整に使われているような気もするが、持ち合い株式解消の大義の前にはそれも辞さずといったところだろうか・・・ともかく、このような取り組みの結果、事業会社における持ち合い株式はかなり解消が進んでいるのではないかと推察する。残るは、事業会社が退職給付信託などへ拠出するみなし保有株式だろうか。みなし保有株式は5兆円超と、純投資以外の目的で保有する株式の1割にあたるが、信託に拠出しているが故に政策保有株式であるとの意識が希薄になりやすいとも言われ、通常の保有株に比べ解消が遅れている。

 

さて、今回の記事は、こうした持ち合い株式の解消に拍車がかかっているとのこと。

『企業が開示を急ぐのは、機関投資家が取締役選任議案の賛否を判断する際に、政策保有株の縮減状況を考慮するようになったためだ。米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は企業の保有額が純資産の2割以上の場合、経営トップの選任に反対推奨する。』日経新聞6/24’22)

たびたび話題に上る米国の議決権行使助言会社が、持ち合い株式の保有割合について数値基準を掲げ、解消を求めているとのことだ。

 

日清食品ホールディングスは資本に占める政策保有株の保有額が20年度末で20%を超えていたが、21年度末に17.5%にまで減少した。ISSなどの基準を満たしたことを示すため、招集通知で早期に比率を示した。』日経新聞6/24’22)

とのこと。

日清食品HDは、独自の持ち合い株式の保有方針を示し、こうした流れに抵抗していたのだが、寄る年波には勝てずということだろか。

 

背景には、国内の機関投資家における議決権行使基準の改定の動きがあるようだ。2017 年 5 月のスチュワードシップ・コード改訂により、機関投資家に対して議決権行使結果の個別開示を実質的に義務化された。これにより、国内の機関投資家も従来通り企業との水面下の対話で縮減を求めるだけという訳にはいかなくなった。この点について、記事にも以下のように記載されている。

 

『アセットマネジメントOneは政策保有株を過剰に保有することに反対すると議決権行使基準に明記し、純資産に占める比率が5割以上などの場合は代表取締役の選任議案に原則反対する。東京海上アセットマネジメントも23年1月総会から、企業の政策保有株の縮減に向けた方針や実績、保有理由の説明などが不十分な場合、経営トップである取締役の選任に反対する。』日経新聞6/24’22)

 

この流れは止められそうにない。金融庁の金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループでは、有価証券報告書の政策保有株の記載を一段と拡充することが議論されているとのことだ。記事によれば、これまで断固として削減に動かなった企業も、開示や機関投資家の目が厳しくなることで、削減は一段と進むだろうとのことだ。

 

  • 今後予想される展開は!?

確かに、上場会社の中には、世間の流れ我関せずというか、これまで通り的な考えで、持ち合い株式を保有する会社もあるのだろうけど、個人的な肌感覚にはなるが、大多数の会社は解消する方向で検討しているのではないかと思う。純資産の20%はともかく、全体として解消する方向で進んでいることは明らかだ。むしろ、持ち合い株式の保有が大きいのは、事業会社よりも銀行や保険会社などの金融機関ではないだろうか。

例えば、メガバンク3社の制作保有株式/純資産をチェックしたところ、以下のとおりとなった。

 

各社の有価証券報告書数値から筆者が作成

 

政策当局としては、金融機関に関しては資本規制等の観点から一定の配慮をする余地もあるとしているが、三井住友トラスト・ホールディングスのように制作保有株式ゼロを目標に掲げる会社もある。

 

www.nikkei.com

 

メガバンク3行も、基本路線としては、政策保有株式を削減していく方針とのことだ。

 

【参考】

MUFGの政策保有株式に関する方針(同社ホームページより)

4. 政策保有株式について | 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ 証券コード(8306)

 

なお、こちらでは持ち合い株式を取得原価で記載しているため、有価証券報告書に開示される金額(時価)とは異なる。

取得原価ベースだと、それほど大きく感じないのは気のせいだろうか(笑)

 

記事に紹介されているISSの他、グラスルイスはさらに厳しい純資産に対する政策保有株式の比率が10%以上の会社に対しては経営トップの取締役選任議案に対して反対推奨する旨を公表している。また、外資のアクティビストだけではなく、国内にもこれに続く姿勢を示す機関投資家もある。今後、益々、資本市場からの持ち合い株式に対する監視の目が厳しくなることが予想される。

 

はてさて、今後の政策保有株式を巡る投資家と経営者の攻防の行方はいかに?

 

経営者のレベルは株主のレベルを反映する!?【阪急阪神HDの例】

news.yahoo.co.jp

 

6月15日に開催された阪急阪神HDの定時株主総会の話題。

季節の風物詩と言うか、今年も3月決算会社の株主総会のシーズン。

 

株主総会は、株主と経営者の重要なコミュニケーションの機会だ。最近では、株主総会の開催日の分散も図られ、シャンシャン総会ではなく、出来るだけ株主と積極的にコミュニケーションの機会を持とうとする会社も増えているようで、そう考えると、スチュワードシップ・コードコーポレートガバナンス・コードの効果もそれなりに発揮されているように思える。

 

株主総会と言えば想定問答集ということで、株主からの想定質問について事前に会社としての回答を作成するQ&Aが思い浮かぶ。従業員株主を交えたリハーサルが一番白熱するという会社も少なくないだろう。従業員は会社の業務に精通し、また、会社のイケてないところも熟知しているため、ここぞとばかりにキツい質問を役員に投げかける。監査法人時代にはリハーサルを含めて株主総会に控えていることが多かったため、株主総会によっても会社のカラーが違うと思ったものだ。

 

さて、今年の株主総会での株主質問のトピックスはと言えば、まず挙げられるのは、

 

・円安、ウクライナ危機が業績へ与える影響と対策について

最近は、1億総株主政策もあってか一般株主が増加しており、この点は一般株主から注目される質問だ。そして、こうした懸念材料が株価へ与える影響と会社の対応についての質問も想定される。回答に際しては、そもそも現在の株価が理論株価よりも高いか低いかを把握していることが前提となるだろう。

 

そして、21年のコーポレートガバナンス・コード改訂ポイントに関連する事項。

 

サステナビリティを巡る課題に対する対応

・取締役会の機能発揮

・中核人材の多様化の確保への対応

 

サステナビリティ課題は、TCFD(企業業績等に対する気候変動リスクの開示)が中心となるが、SDG’s、ESGに対する対応や投資の方針、また、それによってどのように将来の収益機会を獲得するか、といった内容だ。また、取締役会の機能発揮については、社外取締役の人数もさることながら、外国人などの多様性をどう考えるのか、それから、取締役の候補者の経験、経験、能力が会社の事業(将来を含め)に照らして十分なのかを明示したスキルマトリックスについての質問が想定される。

また、会社の取締役候補者に対する反対票が増加しているようだ。これには、米国の議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズISS)が政策保有株式(企業間持ち合い株式)の金額が純資産の20%以上の会社のトップの選任に反対推奨していることなども影響しているとされる。

 

・事業ポートフォリオについての考え方

コーポレートガバナンス・コード上、中長期的な事業戦略に対する取締役会での議論が十分でないと回答している会社が多い。これを反映してか、会社の現在の事業ポートフォリオについての見解、そして中長期的に事業ポートフォリオをどうしていくのか、その考え方についての質問も考えられる。

 

さて、阪急阪神HDでは、こんな株主からの質問が・・・

「子会社の阪神タイガース関わる質問がでは「数年前にも要望したが、なぜ甲子園でたこ焼き、焼きそば販売されているのにイカ焼きが販売されないのか」というほんわかした内容からスタート。しかし、次の質問者からは手厳しい言葉が飛んだ。「矢野監督がなぜ辞めると言ったのか。プロ野球の正月にあたるキャンプインの前日に辞める、あんな自分勝手なことあらへんでしょ。さらにキャンプ中に予祝で胴上げをした。社会的な常識のない監督に役員はちゃんと言ったのか?次誰になるか気になるでしょ。アメリカ大統領が次誰になるのか、日銀総裁が次誰になるかと同じ。そっちに話題持っていかれてそんなもったいないことはない」(日経新聞記事より)

 

関西人としては、真面目な中にも笑いあり、緊張感のある株主総会の最中の一服の清涼剤としてはありだと思う。しかし、こうした質問に終始するとすれば(あくまで仮定)、それは果たして株主にとって有益なのだろうか、と思ったりする。

例えば僕が経営者であれば、こんな質問はウエルカムだ。事業戦略、企業ガバナンス、企業価値などに対する現状の課題認識や今後の改善プランと言ったシリアスな質問の時間を避けると同時に、株主からの質問に回答した実績にもなるので、めっちゃ丁寧に時間をかけて回答するだろう(笑)

そんな悪い経営者の思うつぼにならないように、株主の皆さんには何が株主にとって有益な質問なのかについて、今一度考えてほしいと思う。

 

なお、特定の会社をディスったりするつもりは全く無いので、念のため申し添えておく。

株式の追加取得で利益が上がるのは何故か? 【三越伊勢丹の例】

www.nikkei.com

三越伊勢丹ホールディングスは26日、持ち分法適用会社で高級スーパー「クイーンズ伊勢丹」を運営するエムアイフードスタイル(東京・新宿)を完全子会社化すると発表した。2018年に投資ファンドに売却した66%分を買い戻し、現在保有する34%分の株式を再評価することで22年4~6月期に39億円の特別利益を計上する。」

 

三越伊勢丹HDが、関連会社を子会社化することで特別利益39億円を計上するとの記事。

 

ちなみに、同社の適時開示情報はこちら☟

https://pdf.irpocket.com/C3099/Xq7P/p7d3/Ixkk.pdf

 

ちょっと調べると同様の事例は結構ある。

 

実は以前にも同じネタでブログを書いてたのだが、少し時間も経ったので改めて書いておくことにする。

 

・株式を購入しただけで利益が上がるのか?

株式を追加しただけで利益が出るの?それに再評価って何?

と不思議に思う人もいるのではないだろうか。

通常、資産を取得するだけでは利益は上がらない。例えば、株式(有価証券)100万円を取得する際の会計処理は次の通りだ。

 

株式取得時の会計処理

                    (単位:百万円)

 

現金預金と有価証券を交換するイメージだ。

では、いつ利益が上がるかと言うと、株式を処分する時点だ。100万円で取得した株式を120万円で売却すると、次のような会計処理になる。

 

株式売却時の会計処理

                    (単位:百万円)

 

では、何故、三越伊勢丹HDで株式の取得によって利益が上がるのかというと、これは、連結会計の考え方による。

 

・段階取得に係る損益とは?

連結会計基準では、単に他社の株式を取得することと(株式を取得する結果)他社を支配することは大きく異なると考える。例えば、A社がB社の30%の株式を取得していたところに新たに30%を追加取得して合計60%の株式を取得することでB社の支配を獲得する場合、過去に所有した30%を一旦清算して、改めて60%の株式取得を行ったと考える。その際、60%を取得した時点におけるB社の時価を新たな投資原価とする。つまり、過去の株式の取得原価と支配獲得時の時価の差額(この場合は利益)が「段階取得に係る差益」として特別利益に計上されるという仕組みだ。

 

言葉ではピンと来ないかもしれないので、簡単な設例で説明してみる。

なお、株式の追加取得によって他社の支配を獲得するには次の2パターンがある。

① 10%⇒60%

② 30%⇒60%

連結会計では、他社の支配するに至らなく点も一定の影響力を及ぼす場合は持分法を適用することになる。株式であれば20%以上を保有する場合等が該当する。①と②では、持分法の適用対象となるかどうかの違いがあるが、説明が簡単なので①のパターンで説明する。なお、三越伊勢丹HDのケースは②のパターンだ。

 

・設例による解説

A社が2020年3月31日にB社の株式を10%取得し、その2年後の2022年3月31日に50%を追加取得し、支配力を獲得したとする。

なお、単位は省略する。

 

①A社のB社株式取得の履歴

 

筆者作成

 

②2022年3月31日のA社及びB社の貸借対照表(要約)

筆者作成

筆者作成


なお、支配獲得時(2022年3月31日)のB社の土地の時価は70,000であったとする。

 

この場合、連結会計処理は次のようになる。

 

③B社資産の時価評価

B社の土地の時価評価を行う

 

 

この時点で、B社の貸借対照表は次のようになる。

 

筆者作成

④A社におけるB社株式の修正

そして、A社では、B社に対する投資額を支配獲得時の時価へ修正する。

 

 

計算式を示すと次の通り。

段階取得に係る差益=B社に対する投資額(時価)ーB社に対する投資額(簿価)

=@65✕600-36,500=2,500

 

ここで、特別利益である段階取得に係る差益が出現することになる。最初に@40で取得した10%を50%を追加取得した時と同じ単価、つまり@60で再度取得したことに修正している。実際にはそんなに支払っていないので差額が利益になるということだ。

 

そして、連結消去仕訳は次のようになる。

 

 

のれん=A社のB社投資額39,000-B社資本の部✕A社持分比率60%=3,000

非支配株主持分=B社資本の部✕非支配株主持分比率40%=24,000

 

例えば、追加取得時に段階取得に係る差益を認識せず、つまり、過去の取得分を再評価しないとすると、連結消去仕訳は次のようになる。

 

 

違いは、B社株式とのれんの金額に表れる。そして、のれんは日本基準であれば、20年以内の期間で償却され段階的に費用となる。段階取得により思わぬ利益が出てラッキーと思うかも知れないが、利益と費用のタイミングの差こそあれ、結局はその影響は相殺されることになる。

おカネが動いていないのだから、そりゃそうだろうけど・・・

 

段階取得に係る差益を得と考えるか、それともぬか喜びと考えるかは貴方次第です、ということかも。

 

以上、マニアックなネタではあるが、それでいて同様の事例は少なくない。

段階取得に係る差益について知っておいても悪くないだろう。