相談役って必要なの? 【武田薬品工業の例】
6月と言えば、3月決算会社の定時株主総会だ。
トヨタのように早期開催する会社もあるが、多くの会社は6月後半、終盤に株主総会を開催する。
今年の株主総会の争点、株主と経営者の議論の対象は、以下と言われる。
≪3月決算定時株主総会のポイント≫
・低ROE会社経営者の再任
・社外取締役の人数(2名以上)と出席率
・買収防衛策
・相談役、顧問の新任、再任
いずれも、スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードの導入から数年を経て、このようなテーマが株主総会で議論されるのが当たり前の状況になってきた。それぞれの課題について一応の決着というか落ち着きをみせるまでまだ時間はかかるとは思うが、コーポレートガバナンスがあるべき方向へ移行する過渡期と捉えたい。
個人的にも今すぐに決着、つまり経営者側からすればすぐに何らかの対応とならなくても、真剣な検討を促すという効果であっても良いとも思っている。
この中で、相談役について武田薬品工業で一波乱ありそうということだ。
日経朝刊によれば、
『武田薬品工業は6日までに、長谷川閑史会長の相談役就任についてクリストフ・ウェバー社長名で見解を公表した。長谷川氏が既に事業判断に関与していないとしたうえで、相談役としてアドバイスを求める機会も「ごくまれ」と説明した。年間報酬は現在の12%ほどになるという。社用車、専任秘書はおかない。』
とのこと。
事業判断もしない、アドバイスもめったにしない相談役・・・
じゃあ、何のためにいるの?
という疑問もあろうかと思う。
【相談役とは?】
そもそも相談役とは何だろうか?また、相談役とともに引き合いに出される顧問も実際のところ何する人なのか、という疑問もあるだろう。
相談役は顧問は役職の呼称であって、実際に何をするかは会社によってそれぞれ異なる。
相談役は、会社の会長や社長、あるいは専務などの役付役員を退いた人が就任する例が多いと思う。待遇は前のポジションをベースに決定される。さすがに会長、社長の待遇そのままということはないだろうが、平取レベルの待遇も少なくない。武田薬品工業が、社用車、秘書はおかない、とさも画期的な決断のように主張するのは逆に言えば通常は「おく」ということの裏返しだ。役員の立場を維持するかどうかも会社による。役員を引退する場合は、雇用(嘱託)関係も維持することも多い。第一線を退いてもなお、依然として会社の役員等から事業戦略やオペレーション上の意思決定、社内人事などの面で助言やアドバイスを求められる立場と言えよう。経営者の経験が浅い場合など、事業に精通し経営者としての経験もある相談相手がいてくれるのは頼もしいとも言える。
これに対して、顧問は必ずしも会社の従業員や役員上がりとは限らない。技術や法律などの特定の専門知識を提供も期待される。例えば、外部の技術者、弁護士、公認会計士などが会社の顧問に就任する例はよくある(僕もしていたし)。この場合は、いわゆる専門機能の一部外注というイメージかもしれない。また、顧問であっても経営者の相談相手となる場合もある。
【何が問題なのか?】
ISSのような議決権行使助言会社や機関投資家が何を問題しているかというと、相談役や顧問という立場が会社、経営者の意思決定に及ぼす影響だ。要するに、会社の重大な意思決定をしているのは代表取締役会長や社長ではなく、相談役ではないのか?という点だ。したがい、ここからは相談役、顧問と言った役職や呼称はともかく、
経営に対して重大な影響を与える立場かどうかが、問題となる。以下、相談役を中心に話を進める。
【会長との関係】
会長と社長の関係についても、同様の指摘がある。会長の存在が重しになって、社長が思い切ったかじ取りが出来ない、というものだ。順風満帆に行っている会社であってもだが、そうでない会社であればなおさら過去を踏襲するだけではなく、むしろ新しい方向への事業展開やそのための施策を打ち出す必要があるだろう。ところが、社長が提案をしたとしても会長が同意しないことには会社としての意思決定がされない。これは、会長と社長との間には世代間ギャップ、単なる年齢ということではなく、現状に対する認識が異なることが原因の1つだ。例えば、社長としては危機感を持ったとしても会長はまだそこまで悪くないだろう、ということだ。さらに、結果として会長の過去の意思決定を否定するような方向転換となればなおさらだ。会長が始めた新規事業の撤退などをイメージすれば想像に難くないだろう。実は、これと全く同じ問題が、相談役にも当てはまる。いわば、社長の上に、会長、相談役が存在するわけで、2者合意ならぬ3者合意が必要となると、いかにドラスティックな意思決定が阻害されるかお分かりだろう。内部、あるいは外部の目から見ても、
『何であの不採算事業から撤退しないのだろう?』
と言う疑問も実はこんなところに原因があるのかもしれない。
それもこれも、
日本では未だ会社の取締役、役員は従業員生え抜き
であることが多い。取締役として職責に見合った人材というよりは、
役員は従業員のゴールという位置づけだ。そして、誰のおかげで社長、役員になれたかというと、ほかならぬ相談役、会長(当時は、社長など)だ。
恩人に弓を引くわけにはいかないという心理、
これは、自分の立場が代表取締役社長になろうが、相手が役員を退いていようが変わらない。
【会長と相談役の違い】
屋上屋を重ねる構造については、会長も相談役も変わらないし、
ドラスティックでスピード感ある意思決定の阻害要因になる点も同じだ。では、ISSが何を指摘しているかというと、その立場である。相談役は会社法上の機関、地位ではない。院政と揶揄されるが、会長(取締役の場合)は院政とはいえ、表舞台に登場して株主の審判を仰ぐ立場だ。株主からすれば、経営手腕の是非を役員の再任否決という形でジャッジすることができる。また、自身の推薦者を役員候補として提案し(他の株主の同意が得られれば)経営に反映させることができる。
しかし、役員でもない相談役を株主が否認することはできない。まさに奥の院。院政と言っても、上皇が役員なのかそうでないのかは大きな違いなのである。
株主にとっては、自らの判断でおカネを託した相手ではない人間が会社の実質的な意思決定をしている、これほど気味の悪い、信用のおけないことはないだろう。
【相談役の役割】
そうは言っても、相談役は必要と言う意見も当然ある。1つは財界活動だ。忙しい会長、社長に代わって対外的な活動は相談役にお願いするということだ。経団連や同友会などの団体にとっても会長、副会長、理事などの所属のバランスの都合があるのかもしれない。さりとて、それとコーポレートガバナンスの問題のバランスをとることはそれほど難しいこととは思えない。
先にも述べたように、経験の浅い経営者にとっては、
過去幾多の荒波を乗り越えてきた相談役という存在がいてくれることは非常にありがたいし、結果として経営者の意思決定がより正しくなる可能性もある。個人的には一概に相談役を否定するつもりもない。
問題は、相談役の役割の曖昧さ、ではないだろうか。役割の曖昧さが、株主視点からは意思決定の不透明さや経営に対する不信感を増長させてしまうように思える。
武田薬品工業の例に戻るが、相談役(長谷川氏)の事案について、
事業判断に関与していない、アドバイスも「ごくまれ」、年間報酬は現在の12%、社用車、専任秘書はおかない、だが、これでは、特にメリットはないが、極力経営の邪魔しないから認めてくれ、という印象はぬぐえない。
相談役をおく積極的な理由、会社に対するメリットを堂々と主張すればよいと思うのだが・・・