2021年3月31日、三菱UFJフィナンシャル・グループの傘下にある三菱UFJ証券ホールディングス(MUFG証券)は、欧州子会社とその顧客であるアメリカ企業との取引において発生が見込まれる損害額が約2.7億ドル(約300億円)になると発表した。発表資料によれば、当該損失は、欧州子会社であるMUFG Securities EMEA plcの決算に反映され、MUFG証券では、今期2021年3月期ではなく、2022年3月期の第1四半期(2021年4月―6月)の連結決算に反映される予定とのことだ。
MUFG証券は3月決算会社だ。MUFG証券の決算期末である3月31日までに実質的に確定した子会社の損失が、今期(2021年3月期)の連結決算に反映されないのを不思議に感じる人もいるのではないだろうか?
【親子間の決算日に関する会計ルール】
日本の連結決算に関する会計ルールでは、原則的に連結グループの決算日を統一することを求めているものの、親子間の決算日の差異が3か月以内の場合は、子会社の決算をそのまま連結決算に使用することが可能だ。
今回のMUFG証券の事例、欧州子会社で発生した損失が来期決算(1Q)に反映される、は親子間の決算日の差異の取り扱いの適用例と言える。
(グロービス知見録より)
ただし、その場合は、連結会社間(例:親子間)の取引に係る会計記録の重要な不一致については、連結上の調整が必要になる。
連結上の調整とは、例えば次のようなものだ。
【設例】
親子間で建物の賃貸取引100/月(親貸し手、
親会社3月決算、子会社12月決算、
賃貸借取引契約が11月から開始したとすると、
親会社では、受取賃貸料は、100*5か月の500、一方
子会社では、支払い賃料は、100*2か月の200 となり、
連結上、親子間の受取/支払賃料が、相殺できない。
連結決算上も、親会社の受取賃借料が300残ってしまう。
そこで、
支払賃料 300/未払金 300
の(連結)仕訳を入れたうえで、相殺消去する。
なお、親子間の決算期の差異が3か月超の場合は、連結決算日(親会社の決算日)に決算を行うか、3か月超の差異に相当の理由がある場合には、3か月の差異を超えない一定の日に、決算を行うことができる。
【子会社の決算日と必要な手続き】
|
子会社の決算日 |
必要な手続き |
原則 |
親会社と異なる |
・親会社の決算日へ変更 ・変更が難しい場合、連結決算日に正規の決算に準ずる合理的な手続きによる決算 |
例外 |
決算日の差異が3か月以内 |
・子会社の正規の決算を基礎とすることが可能。但し、決算日の差異から生じる連結会社間の取引に係る重要な不一致の調整が必要 |
決算日の差異が3か月超、かつ相当の理由がある場合 |
・連結決算日から3か月以内の一定の日において、決算を行うことが可能。但し、決算日の差異から生じる連結会社間の取引に係る重要な不一致と、当該子会社と連結会社以外の会社との取引等の重要な変動について調整が必要 |
【何故、親子で決算日が異なるのか?】
例えば中国のように決算日が国によって規定されている場合がある。但し、この場合は、後述する仮決算によって実質的な決算日を親会社と同じにすることができる。
それ以外に、子会社の決算日を親会社とズラす実務上の理由がある。親会社に比べ手子会社では決算体制が十分でないことが多い。子会社の決算日を親会社と同じにすると、親会社の連結決算スケジュール上、子会社においても親会社と同様のスピードでの決算手続きが必要となる。これは、子会社の決算体制や子会社の監査法人の対応が難しいといった課題を生じさせることになる。また、(海外)子会社の規模が大きくグループ全体の業績への影響が大きい場合、子会社の業績を確認してからグループ全体の予算達成状況を踏まえて親会社の業績を確定させるといった利便性もある(親会社3月 子会社12月の場合)。
日本の連結決算のルールはこうした実務上の都合を考慮したものだが、一方で、MUFG証券のように、親子間の決算日の差異によって目下の損益等の状況がタイムリーに決算に反映できないという問題が生じる。これは、外部の株主や投資家の投資判断に支障を来すだけでなく、経営者にとっても、連結グループ全体の損益等の状況を適時に把握できないことにより、適切な経営判断に悪影響を及ぼすおそれがある。
【決算日統一の方法】
こうした連結会社間の決算日の差異の弊害を解消する目的で、三菱商事、日立建機、日産自動車など、グループ会社の決算日の統一を図る会社もある。
決算日統一のパターンとしては以下が考えられる。
・仮決算対応
・決算日の統一(変更)
仮決算は、現地法人の法定の決算日は変更せず、親会社の連結決算のために別途決算手続きを実施する対応だ。仮決算においては、売上高や諸経費などのように月次の実績数値の合計だけではく、減価償却、未払などの経過勘定の処理、固定資産の減損、引当金の設定、繰延税金資産等の見積りなどの決算整理手続が必要となる。こうした決算特有の手続きをスピーディーにこなすには人員やITシステムを含めた決算体制の再検討が必要になる場合が多い。
決算日を統一(変更)する場合、特に変更年度において会計期間が変則的になる。決算日の統一には、子会社が親会社にあわせる場合と親会社が子会社に合わせる場合とがあるが、子会社が親会社に合わせる場合を例にとる。
図を見て欲しい。
親会社の2年4月~3年3月期に、子会社の決算期を従来の1-12月から4-3月へ変更するとする。この場合、子会社の決算期も2年4月から開始したいところだが、前年が1年12月で終了しているため、2年1-3月が空白の期間となってしまう。そこで、子会社の決算日変更年度においては、親会社の連結決算に取り込まれる子会社の会計期間が15か月(第1四半期が6か月)とせざるを得ない。
この場合、子会社の2年1~3月の損益を、
・利益剰余金で調整する方法
・損益計算書を通して調整する方法
の2パターンとなる。
利益剰余金で調整する場合には、連結株主資本等変動計算書に、利益剰余金の増減として、「決算期の変更に伴う子会社剰余金の増加高」等の名称で表示する。
決算日の変更の場合、財務諸表の注記として、
変更した旨、その理由、変更に伴う連結会計年度の期間を記載する。
そして、パターンによって、それぞれ以下の注記も必要となる。
利益剰余金で調整する場合:
・利益剰余金で調整する方法を採用している旨
・子会社の2年1月-3月の間に発生した特別な事象について、利害関係者が適正な判断を行うために必要な事項
損益計算書で調整する場合:
・損益計算書で調整する方法を採用している旨
・子会社の2年1月-3月の売上高、営業利益、経常利益、税前利益などの損益情報
・子会社の2年1月-3月のその他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益などのその他包括利益情報
なお、IFRSでは親子間の決算日について日本基準と同様に、原則として統一することを求めている。IFRSでが、実務上不可能な場合は差異を容認しているが、日本基準のように3か月以内の差異を無条件に認めるとはしていないので注意が必要だ。IFRSにおいては、あらゆる手段を講じたとしてもなお不可能な場合を想定しているので、人員やシステム等の決算体制の不足等は決算日の統一について会社が講じるべきあらゆる手段に該当すると考えられる。したがって、IFRS適用会社では、日本基準適用会社に比べて決算体制の整備や強化等にかかる追加コストが発生することになる。
【後発事象との関係】
ところで、ニュースを読んで気になったのが、欧州子会社で3月末に発生した300億円の損失が修正後発事象に該当しないかと言う点だ。
後発事象については、こちらを参照して欲しい
☟
後発事象は、決算日以降に発生した会社の業績などに重大な影響を及ぼす事象を言う。後発事象には、
修正後発事象:
決算日後に発生し、その実質的な原因が決算日現在において既に発生していて財務諸表を修正する必要がある会計事象
開示後発事象:
決算日後に発生し、当該事業年度の財務諸表には影響しないが、翌事業年度以降の会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす会計事象
の2つがある。
いずれも、決算日後に発生し、財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす点は共通しているが、実質的な原因が決算日時点で既に存在しているかどうかが違いだ。
修正後発事象のうち重要なものは、財務諸表の修正が必要となる。つまり、MUFG証券の欧州子会社で発生した損失が欧州子会社の2020年12月期終了後に発生した損失であっても(欧州子会社の会計監査が終了した後であっても)、MUFG証券の2021年3月期の連結に重要な影響を及ぼす場合は、MUFG証券の連結決算においては2021年3月期に決算に反映させる必要がある。
MUFG証券の直近3期間の主要な連結財務データは以下の通り。
(単位:億円)
|
2018年3月期 |
2019年3月期 |
2020年3月期 |
営業収益 |
3,769 |
3,714 |
4,557 |
431 |
251 |
211 |
|
純資産 |
9,966 |
9,487 |
9,439 |
「重要」な修正後発事象かどうかについての明確な基準は無いが、考え方としては、修正の有無によらず財務諸表の利用者にミスリードさせないレベルかどうか、だ。つまり、修正しようがしまいが、MUFG証券の業績を把握する上で大勢に影響がない場合は重要性が無いと言えるだろう。MUFG証券の直近3期間の業績を見ると、300億円の損失は当期純利益の赤黒が逆転する程の金額規模であり、とてもじゃないが重要性が無いとは言えないだろう。最終的な判断は今後の会計監査を経て確定するが、このタイミングで会社が、来期(2022年3月期)の第1Qの決算へ反映と発表したということは、今回の300億円の損失は開示後発事象ということで監査法人と実質的な合意はとれているということだろう。
知らんけど。