溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。元BIG4パートナー。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

コロナ禍が繰延税金資産に与える影響とは!?

www.nikkei.com

 

 

「航空・鉄道業界で実質上の税金の前払いに当たる「繰り延べ税金資産」が急増している。JR東日本ANAホールディングス(HD)など主要5社では6月末に2020年3月末比75%増の約1兆3200億円と最大になった。同資産は将来、想定した収益を確保できなければ取り崩す必要があり利益を押し下げる。新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長引くようなら、中長期での取り崩しリスクも増しかねない。」

 

 

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日経新聞9/14’21より

記事にも触れられているが、繰延税金資産の一部は、将来の税務上の利益(課税所得)によって解消される。そして、繰延税金資産が解消されるということは、将来の税金支払いを引き下げる効果があることになる。言ってみれば、将来の税金の支払時に、キャッシュの代わりに繰延税金資産という前払チケットを提示することができるわけだ。

 

ただし、その前払チケットはいつでも無条件に使えるわけではないので注意が必要だ。1つは、前払チケットをキャッシュに交換することはできないということだ。これは前払チケットを飲食店などで使用することをイメージすると分かりやすいだろう。例えば、1,000円の飲食に対して500円の前払チケットを使用し、現金支払いを500円にすることはできるが、100円の飲食に対して500円の前払チケットを使用して400円お釣りは通常もらえないのと同じだ。

そしてもう1つは、この場合の前払チケットには使用期限があることだ。これは特に、繰延税金資産の発生原因が当期の赤字(税務上の繰越欠損金)の場合だ。法人税では、赤字を将来の税務上の利益と相殺して、将来の税金支払いを削減することが出来る。ただし、その期限はざっと10年だ。つまり、10年以内に赤字を上回る利益を出さないと前払チケットを使い切ることができないということになる。

では、使いきれないとなると前払チケット、つまり繰延税金資産はどうなるか?資産性無し、つまりそんな前払チケットは紙切れ同然ということで価値無し、とみなされる。そして、価値無しとなった場合に必要な会計処理が、繰延税金資産の取り崩し」となる。

繰延税金資産が取り崩されると、以下の会計処理となる。

 

借)法人税等調整額 ××× 貸)繰延税金資産 ×××

 

法人税等調整額は、いわゆる税金費用の1つなので、繰延税金資産の取り崩しが発生すると、その決算期の税金費用が増加することになる。

つまり、売上高当期純利益ROEが悪化することになる。

 

ということを念頭において、記事を読むと各社のコメントの意味が理解できるだろう。

「同期間の増加額はANAHDが1707億円、日本航空JAL)が1294億円、JR東が1170億円。前期はANAHDが4046億円の最終赤字を計上した。JALは2866億円、JR東は5779億円の最終赤字となり繰越欠損金が膨らんだ。ANAHDやJAL自己資本に対する繰り延べ税金資産の比率が約3割ある。」

「航空2社は目先の取り崩しリスクは小さいとみる。ANAHDは「繰り延べ税金資産の回収可能性の判定は中期的な業績の見込みを踏まえて実施する。仮に22年3月期業績が下振れしてもすぐに取り崩すことにはならない」とコメントした。」

 

株主、投資家の皆さん、大丈夫ですよ、安心してください!多少、損益が悪化しても繰延税金資産を取り崩して当期純利益ROEが悪化することはないですから~

ということだろうか?

 

記事では、この6月に成立した改正産業競争力強化法で、一定条件を満たせば繰越欠損金による所得の控除上限を最長5年間は所得の100%(通常は50%)に引き上げることが認められたことも、繰り延べ税金資産の回収可能性の見通し改善につながるとしている。

従来は、例えば、100の赤字があって、翌年に100の課税所得が出ても、100の赤字を相殺して翌年の課税所得を0にすることはできなかった(100の赤字の内、50だけを相殺するので、残りの50に対しては課税された)。つまり、長期にわたり課税所得を出し続けないと繰延税金資産を使い切ることが出来なかったが、この法改正によって、短期間ガッと課税所得を出せば一気に使い切る目途が立ちやすい、と言うことになる。

 

とはいえ、使用枠が広がったからと言って、それだけの課税所得を出さなければ意味が無い。つまり、繰延税金資産を使い切れると保証されたわけではない。そして、繰延税金資産の取り崩しの要否の判断は、来期の決算期末の状況(その時点の将来の事業計画やタックスプランニングのの妥当性も含めて)になされることになる。それも、会社だけでなく監査法人の会計監査においても、だ。

特に、こうした将来の状況に絡む経営者の見積りに依存する会計処理(減損なども)については、2021年3月期の会計監査では、「監査上の主要な検討事項(KAM)」として、監査法人が特に注意して監査した旨を監査報告書に記載されることになる(それぐらい危うい資産ですよってこと)。

 

なので、現時点で、大丈夫です!

と言い切るのは、いささか時期尚早のように思うのだが・・・

まあ、どの程度のニュアンスでコメントしたかにもよるけどね。

 

それにしても、(繰延税金資産が)自己資本の3割って、筆者が監査法人で会計監査に従事していた時には、要注意レベルで本部の了解得ないと監査意見(適正意見)出せないレベルだったけどね・・・