溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

アセットライトしか勝たん!はホント?

www.nikkei.com

 

「」内は、日経朝刊7/16より引用

西武ホールディングス(HD)は「ザ・プリンスパークタワー東京」などプリンスホテルやレジャー施設などを売却する方針を固めた。対象は国内40施設程度で、売却額は1000億円を超える見通し。投資ファンドから提案を募っており、今後交渉を本格化する。運営に特化しつつ、資産を持たずに効率化を進めるアセットライト経営への転換を進める。」

 

新型コロナウイルスの影響が長引き、業績悪化に苦しむ鉄道業界に資産流動化の動きが広がっているとのこと。記事によれば、近鉄グループホールディングス等もホテルなどの不動産売却に動いており、西武HDはホテル・レジャー事業の有形固定資産の簿価(5,703億円)の2割弱を売却するということだ。

鉄道各社の中でもホテル・レジャー事業の比率が大きい西武HDは、21年3月期には過去最大となる723億円の連結最終赤字を計上した。ホテルなどの稼働率の低下による202億円の減損損失が主たる要因だ。

これを受けて、コロナ後を見据えた中期経営計画では、「アセットライト」(=持たざる経営)への転換を掲げるという。

 

持たざる経営は、2000年代前半に流行ったのを思い出す。当時は、設備などの有形固定資産を所有からリースに切り替えることでオフバランス化を進めようという動きだった。リース会計の改正以前は今よりもハードルが低く、所有権移転外ファイナンスリースはオフバランスが可能だった(現在は、ファイナンスリースは全てオンバランス)。とはいえ、特殊な製造設備など、あなた以外に誰が借りるんですか?というリース物件までも形式的に所有権移転外ファイナンスリースの要件を満たすように趣向を凝らすなど、閉口する相談も多かったけど(苦笑)

 

さて、西武HDは、資産の保有と運営を分離し、運営で専門性を発揮していく方針らしい。

ふぁ?

 

運営が上手くいかなかったから減損に至ったんじゃないの?

 

減損損失はザックリ言うと、

 

資産から得る将来のカネの現在価値<資産の取得価額

 

の場合に必要となる。

つまり、運営の失敗が原因の場合だけでなく、買い物の失敗(買値が高すぎ)が原因の場合もある。どっちも採算が合わない買い物をしたことには変わりないが、今後の対策は変わるだろう。原因が後者(高く買い過ぎ)の場合は、現在の資産の運用自体には問題が無いのだが、買い物が下手だったということ。つまり、今後は資産の取得の意思決定プロセスを見直すことになるだろう。しかし、前者の場合は、運営手法がお粗末と言うことになる。もし仮に、西武HDの減損の原因が前者であるならば、運営に専念するというのは果たして期待できるだろうか?

 

また、コロナ禍で業績、とりわけ売上が大きく減少する局面では、限界利益の減少に対して固定費(中でも減価償却費などのコミッテドコスト)は機動的に減らすことが難しいため大赤字に陥る。こうした不確実性に対応するために、出来るだけ外注等を活用して固定費を変動費するという手法がとられる。

しかし、景気が回復し売上が戻った場合は、影響が逆に出る。稼働が上がれば上がるほど、固定費型の事業の方が利益が出る(収益性が高まる)。

 

つまり、アセットライトは、不況期における損失回避といった短期的な施策としては良いが、中長期視点においても常に有効かとは言えない。

 

そして、当たり前だが、西武HDが資産を売却するということは、誰かがそれを買っているということだ。今回のケースでは、複数の投資ファンドが買い手として名乗りを上げているらしいが、彼らは西武HDの救済のために手を差し伸べているのだろうか?あるいは、自ら進んでババを引こうとしているのだろうか?

そんなはずは無いだろう。コロナ終息後のインバウンドの回復を見据え、中長期的な収益確保を期待した種まきだということは容易に想像がつく。

 

資産を保有することがハイリスクであるならば、期待される見返りも当然ハイリターンとなる。景気回復後に、さら資産の再取得だ!と言ってもその時はもう誰かが所有しているしね・・・

 

短期的な損失回避か、あるいは、中長期視点の成長戦略か、いずれを重視するかによってアセットに対する考えたかも変わり得る。

もっとも、短期を無視した中長期戦略はあり得ないので、決して短期視点を軽視しているわけではない。短期視点に偏った意思決定は好ましくないということだ。

 

ということで、持たざる経営が良いかどうかは一律に言えるものではなく、アセットの取得、維持、運用といった一連のビジネスプロセスのどこに自社の強みがあるのかによるのではないかと思う。つまり、アセットライトで勝つ会社もあれば、アセットヘビーだから勝つ会社もあると思うのだ。

西武HDの競争力の源泉が、資産の所有にではなく運用の専門性にあることを期待したい。