溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

RIZAPの下方修正は何が問題なのか!?【割安購入益って何?】


www.nikkei.com

 

RIZAP株式が連日のストップ安265円(2018/11/16時点)・・・

先日の19年3月期第2Qの決算発表を受けての株式市場の反応だ。

RIZAP株式は昨年、17年11/24に最高値1,545円を付けて以来ほぼ一貫して下落し、

ついに今年度の最安値となった。

(追記:11/19 最安値更新248円 ううう・・・)

 

『フィットネスジム経営を軸に積極的なM&A(合併・買収)で多角化を進めてきたRIZAPグループの経営が転換点を迎えた。14日に2019年3月期の連結最終損益(国際会計基準)が70億円の赤字になりそうだと発表した。159億円の黒字との従来予想から一転、大幅な赤字となる。今後は新規のM&Aの凍結と不採算部門の撤退で収益性を重視していく。』

 

RIZAPはここ数年、積極的な企業買収を繰り返し、直近18年11月時点では連結子会社は85社、グループ従業員は約7000人に達したとのこと。

買収した会社の再建が思うように進まず、不採算事業の整理などに伴い155億円の損失を計上する見通し。

 

RIZAPは過去の決算説明資料の中で、M&Aの方針について以下のように語っている。

 f:id:tesmmi:20181120175841p:plain

 (2018年3月期 決算説明会より)

 

(何故その会社を買うのかの事業戦略的な論点)

RIZAP事業とキーワード”自己投資”で関連する企業に対するM&Aであること

それによって、主軸事業のノウハウが活かせシナジー効果が期待できること

 

(いくらで買うのかの財務戦略的な論点)

適正価格でM&Aすること

 

(買った後の管理(PMI)の論点)

同じ船に乗る、M&A後の統合を進めること

 

と、僕の解釈に間違いがなければ、

RIZAPのM&Aに対する基本的な考え方は間違っていないと思う。

 

基本的な考え方、は、ね・・・

 

ちなみに、この資料は19年3月期第1Qの決算説明会の資料だ。第2QではM&A凍結へ方針転換したが、そのつい3か月前まではM&Aに対する積極的な姿勢を見せていた。

 

実際、この3年間で連結会社数が約55社増加している。

 

2015年3月期:連結会社数 19社

2018年3月期:連結会社数 75社

 

急ピッチなM&Aの展開を危惧する意見もあろうが、事業戦略上、計画を早期に進める必要があるのではあれば、個人的にはそれ自体は問題ないと思う。

 

それをやりきるだけの、ノウハウとリソースがあれば、ではあるが・・・

 

しかし、下方修正と言うことは、何らかの見込違いがあったと言うことであり、

それが、不可避的な外部要因なのか、それとも、内部要因、つまりRIZAPの事業戦略あるいは経営管理に問題がなかったかどうかを分析することは、今後のRIZAPの業績を予測する上でも重要だと思う。

 

【RIZAPの下方修正の問題点】

 

今回のRIZAPの下方修正について、以下の点に疑問を感じる。

 

・買収後の経営再建プロセスの遅延

 

M&AがRIZAPが掲げる基本方針通りに実行されていたのだろうか?

 

f:id:tesmmi:20181120175735p:plain

 (2019年3月期第2Q決算説明資料より)

 

後述の割安購入益にも関連するが、RIZAPが買収した会社の中には足元の業績が悪化している会社も少なくない。そのような会社を放置しておけば当然ながら赤字が継続するだろう。

f:id:tesmmi:20181118151219j:plain

(日経朝刊より)

 

M&Aを成功させるには、買収後にRIZAPのノウハウやリソースと掛け合わせることで業績を回復する必要がある。この点は、RIZAPの重々に承知しているはずだ。

 

f:id:tesmmi:20181120175703p:plain

 (2019年3月期第2Q 決算説明会資料より)

しかしながら、今回の下方修正の要因の1つは、このような会社の経営再建の遅れ(約71億円)という。構造改革費用等も同種の内容が含まれるとすると、ざっくり今回の下方修正の原因の半分以上になる。

 当初から分かっていたはずの買収後の経営再建が想定通り進んでいないということは、買収時には予測しえなかった事態が発覚、あるいは発生したのか、

それとも、あるべきプロセスをやっていなかったのだろうか?

 

努力はしたものの、買収後の統合過程において非買収会社との経営再建方針の折り合いがつかず思ったように再建が進まなかったということは考えられるが・・・

 

ここまでは理解できる。

 

『瀬戸社長は「グループシナジーが見込めない事業については積極的に縮小、撤退、売却を検討していく」と述べ、拡大路線を百八十度転換し、新規のM&Aは凍結する姿勢を示した。』 

とある。

 

f:id:tesmmi:20181120175723p:plain

 (2019年3月期第2Q 決算説明会資料より)

 

基本方針ではRIZAPとのシナジー効果が見込める企業を買収対象とするとしていたはず。

買収時にはシナジーが期待できたが、買収後に期待薄となったということだろうか?

そうであれば買収時のデューデリジェンス(DD)が適切に行われたのかと言う疑問は残るが、それ以上に、もしかして買収自体が目的になっていなかったか?と言う点が気になる。

 

経営目標、それを実現するための事業戦略の一環としてのM&A、つまり経営目標という目的を達成するための手段としてのM&Aそれ自体が、目的に変わっていたのではないか?と言うことだ。

 

その疑問を助長するのが以下だ。

 

・割安購入益の活用

 

『路線変更は、RIZAPの利益に大きく貢献してきた会計処理が今後は使えなくなることも意味する。この会計処理とは、割安な買収の際に発生する「負ののれん」だ。

負ののれんとは買収額が買収先の純資産を下回った場合、その差額を買収したタイミングで利益として一括計上するもの。企業を割高に買収した際に発生する「のれん」とは逆だ。経営不振の赤字企業を中心に買収してきたRIZAPでは、18年3月期の営業利益(135億円)のうち、6割以上を負ののれんが占めた。』

 

負ののれんの概要は記事に書かれているとおりで、以前当ブログでも取り上げているので参考にして欲しい。

 

【参考過去ブログ】

tesmmi.hatenablog.com

tesmmi.hatenablog.com

 

負ののれんは、異常な存在だ。どのくらい異常かというと、会計ルール(企業結合に関する会計基準 110、111項参照)にも、『異常利益』としてそもそも勘違いかも知れないからもう一回ちゃんと負ののれんが発生するかどうか再考しろ、とあるぐらいだ。

https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/ketsugou_1.pdf

 

そもそも、仮に会社を安く買収したとして、買っただけで利益が出ること自体疑問に思う人もいるのではないか(それは極めて正しい感覚だ)。

 

【負ののれんの発生要因】

そもそも、どういうケースで負ののれんが発生するのか。

例えば、足元の業績が悪化しており、このまま事業を継続すれば徐々に企業価値が下落すると考えられる企業を買収するケースだ。現時点では未だ実現していない将来の企業価値の目減り分M&Aでは買収金額に織り込んで評価するため、純資産>買収金額となるわけだ。ということは、買収する企業にとっても、買収時に一時的に利益(割安購入益)を得たとしても、買収した企業が以降損失を発生し続ければせっかくの割安購入益が帳消しになる。

当たり前と言えば当たり前。

世の中そんな都合の良い話は無い

 

f:id:tesmmi:20181120175822p:plain

 (2018年3月期 RIZAPグループ決算説明資料より)

 

上の決算説明会資料からも分かるように、RIZAPもそんなことは当然織り込み済みだ。しかし、結果としては再建が思うように進められていないことが問題だ。

が、ここまでは理解できる。

 

しかし、次は解せない。

 

『瀬戸社長によると負ののれんは「2年ほど前から業績予想に織り込んでいた」。19年3月期も、買収が実現していないにもかかわらず、期初の利益予想にあらかじめ織り込んでいた。M&Aの凍結でこれが消え、総額100億円を超える利益が押し下げられる。』

  

RIZAPは、負ののれんによる割安購入益を業績予想に織り込んでいたという。

自社の事業戦略、事業ポートフォリオに見合った買収先企業をタイミングよく見つけられること自体当たり前にあることじゃない。その上、さらに割安に買収できる機会なんてそうそう期待できるものでもない。

 

M&A路線が凍結すれば当然、予算計上していた割安購入益が未達となる(これも下方修正要因)。

 

 

この点、監査法人は予算の妥当性を監査していなかったのか?との指摘もあるが、監査法人は会社の予算に対して監査意見は述べない。企業の継続性、固定資産の減損、あるいは引当金の妥当性など、来期あるいは当期の会計監査プロセスにおいて会社の予算を確認することはあるが、仮にその予算はちょっと・・・と思ったとしてもそれを修正させるまでには至らない。

 

そういえば、数年前、イギリスで大手流通企業のTescoの業績予想が不適切だったとのことで罰金処分が下ったが、業績予想にまで会計不正が及ぶのかと驚いた。しかし、

gumiのように上場後即の下方修正など、株式市場に与える影響の大きさからすれば日本で同様の措置が必要になるかもしれない。

 

キャッシュ・フローに表れるM&A戦略の歪み】

 

このようにみると、

RIZAPは当初のM&A方針から逸脱し、M&Aを繰り返すこと自体が目的化したのではないかという疑問が浮かぶ。

 

それを裏付けるのが、キャッシュ・フローだ。

 

過去3年間のキャッシュ・フローを要約すると以下の通りだ。

 

               (単位:億円)

                      2016/3       2017/3     2018/3

営業CF        8,680    1,755           876

投資CF    △ 39,731   29,147 △ 34,952

財務CF         51,375 110,885    227,252

【参考】

当期純利益          15,878      76,781        92,503

 

さらに、直近2期の詳細は以下のとおり。

 

f:id:tesmmi:20181120182755j:plain

 (RIZAPグループ 2018年3月期有価証券報告書より)

 

まず目につくのが、当期純利益と比較した場合の営業キャッシュ・フローの小ささだ。普通に健全な会社であれば、営業キャッシュ・フロー当期純利益は2倍~3倍だ。ところが、RIZAPの場合は2倍どころか当期純利益に圧倒的に満たない、2018年3月期などは当期純利益の1%に満たないレベルだ。

営業キャッシュ・フローの内訳から、営業債権、たな卸資産の増加が主たる要因であることが分かる。RIZAPの基幹事業であるフィットネスサポート事業は通常、前金入金、在庫も不要と言ったキャッシュ・フロー的には有利なビジネスだ。買収した会社が売上債権、在庫などの運転資本が必要な会社であること、さらには、それらの会社の売上債権、在庫の不効率が要因ではないかと考える。

 

次に目につくのが投資キャッシュ・フローだ。M&Aには買収先の株式の取得に資金が必要(「子会社の取得による支出」が該当)となり、その結果

投資キャッシュ・フロー合計はマイナスとなるのが通常だ。

RIZAPのように多数のM&Aを繰り返すのであればなおさらだ。ところが、2017年3月期など投資キャッシュ・フロー合計はプラスとなっている

2017年3月期には、マルコ、ジーンズメイトタツミプランニング、ぱど等約10社のM&Aを行った年度だ。投資キャッシュ・フローは当然マイナスになると予想される。

投資キャッシュ・フローの内訳を見ると「子会社の取得による収入」と言う奇妙な項目が目を引く。会社の株式を買収したのにキャッシュが増加(収入)?一見理解しがたい項目だが、簡単に言うと、100億円で買収した会社が150億円のキャッシュを保有している場合、ネットで50億円のキャッシュが会社に流入する。投資キャッシュ・フローの内訳には、このネット・キャッシュ・フローを記載するため「子会社の取得による収入」ということも起こり得る。

 

RIZAPはM&Aによって業績を拡大してきたが、事業によるキャッシュ獲得能力が乏しい。そのため、M&Aによる拡大路線を進めるためにも割安に買収できる会社を探して買収することが必要だったと思われる。

 

もしかして、事業戦略上買収すべき会社よりも割安で買収できる会社を優先したのだろうか・・・

 

さらに、M&Aに必要な資金を借入、増資によって賄う。財務キャッシュ・フローが継続的にプラスなのはその表れだろう。そして、資金調達を円滑に効果的に行うためにも見栄えの良い業績を作り上げる必要がある。

 

買収後の経営再建の遅れが予算を圧迫し、それがまた新たなM&A(による割安購入益)によって覆い隠さないといけなくなる・・・という循環になっていたのではないだろうか。

 

そう考えると、いずれこの流れが続かなくなるかもしれないと思いながらも、もはやM&Aをやめられない、止まらない、買収し続けないと転ぶ、ある意味の自転車操業的な状況に陥っていたのではないか。

 

もちろん、想像の域は出ないけど…

 

以上、つらつらと今回のRIZAPの業績下方修正の問題点を自分なりに考えてみた。

平たく言えば、

やるべきことをちゃんとやっていない。

当然把握されるリスクに手を打てていない。

手段が目的化している。

要は、身の丈に合った成長を超えてしまった

ということかもしれない。

良いか悪いかと言えば、良いことではないだろう。

しかし、分からないでもない・・・

 

 とはいえ、RIZAPは基幹事業は堅調とのこと。

そして、プロ経営者の松本氏の経営への参画。

また、いろんな社内の軋轢(これが性急な拡大路線を後押ししてしまったのかもしれないが・・・)の中、松本氏の意見を受け入れた瀬戸社長。

今後のRIZAPの業績回復に期待したい。