溝口公認会計士事務所ブログ

京都在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。会計監査、内部監査代行、内部統制の構築・改善業務、IPO支援業務、原価計算制度構築・改善業務、企業価値算定業務等のコンサルティング業務を中心に活動しています。また、グロービス経営大学院大学でアカウンティングとファイナンスの講師活動も行っています。日頃の業務の中で気づいたことをブログに書いていきます。【保有資格】公認会計士(CPA)、公認内部監査人(CIA)、証券アナリスト協会検定会員(CMA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人

日産ゴーン氏の役員報酬虚偽記載報道で疑問に思うこと

 

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181126&ng=DGKKZO38164790V21C18A1CC1000

 

日産自動車カルロス・ゴーン元会長(64)の報酬過少記載事件で、ゴーン元会長が年約10億円の報酬受け取りを退任後などに先送りし、この分を有価証券報告書に記載していなかったことが25日、関係者の話で分かった。受領を先送りした報酬は2011年3月期~18年3月期の8年間で約80億円に上るとみられる。』

 

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先週、突如、日産のゴーン元会長の逮捕が報じられた。

その事実にも驚かされたが、同時に、罪状が金融商品取引法違反

しかも、有価証券報告書の虚偽記載だという。

それも、ライブドアオリンパス東芝のような

粉飾決算(今風に言えば、不適切会計処理)ではなく、

役員報酬開示の虚偽記載とのこと。

 

なんとまあちっちゃい・・・

 

というか、

それ個人の問題か?

有価証券報告書をまさかゴーン氏個人で作成しているわけじゃなかろうし・・・

 

もちろん、

粉飾決算だろうが役員報酬開示虚偽記載だろうが、

不正は不正、虚偽は虚偽、

大きいも小さいもないと言えばそのとおりだ。

 

有価証券報告書の虚偽記載の罰則】 

個人の罰則は、

10年以内の懲役若しくは1,000万円以下の罰金、あるいはその併科

法人への罰則は、

7億円以下の罰金

 

なので、決して軽いとは言えない

アメリカと比べれば軽いけど・・・)。

 

とはいえ、あれだけの大物経営者を、検察特捜部が動いて、ってことを考慮すると

やはり釈然としない・・・

 

日産の公表でも複数の重大な不正行為として、

役員報酬の虚偽記載 だけでなく、

社内経費・投資資金の不正流用

があったとされる。

 むしろ本命はこっちか?であれば、個人の逮捕ってのも頷ける。

粉飾決算でもいきなり代表取締役の逮捕は聞いたことがないし・・・

 

ゴーン氏については、毎日のように新しい情報が報道されるので、正直何がどうなっているかは分からない。

ましてや最終的に捜査がどこまで及ぶかは当然ながら知る由もない。

 

報道を見聞きするに、ゴーンさんも人の子なのね、と人間の性を

感じたりしていたのだが、最近の報道に疑問に思うことがある。

 

虚偽記載の根拠は何か?

 

ということだ。

 

疑問の内容は後述するとして、まず、

本件の端緒となった役員報酬開示について少し書いてみたいと思う。

 

 役員報酬開示の義務化】

そもそも、有価証券報告書の虚偽記載箇所を以下に示す。

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日産の有価証券報告書の目次を見ると、

第4「提出会社の状況」の

6「コーポレート・ガバナンスの状況等の内訳

として記載されていることが分かる。

 

役員報酬の開示は、コーポレート・ガバナンス強化の一環として

2010年3月期から有価証券報告書への記載が義務付けられた。

それ以前は、役員がいくらの報酬を受けているかは個別には不明だった。最近、株式会社の役員報酬ラインキング等が報道されるようになったのは、この開示制度がきっかけだろう。

 

1億円以上の役員報酬は、開示初年度の2010年3月期には289人(166社)だったが、2018年3月期には538人(240社)へ増加している。

 

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1億円の線引きは、金融庁によれば、当時の役員報酬のレベル等を勘案して決定したらしい。1億円以上の報酬を受ける役員が以降右肩上がりで増加するが、いわゆる国内外からのプロ経営者の増加、あるいは、他社がそうならウチもといった、免罪符的な意味での相乗効果もあったのかもしれない。

 

制度改正により役員報酬開示が義務付けられたのは以下の3点。

 

①役員の区分別・報酬種類別による総額

②連結報酬が1億円以上の役員の個別報酬

役員報酬の決定方針

 

【日産の役員報酬開示】

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株式会社は所有と経営の分離を前提としている。会社の所有者たる株主が経営者に対して経営を委託する形式をとる。受託者たる経営者が自身の報酬を自由に決定することは、株主の意に反して株主の持ち分を減らすことにつながりかねない。そのため、会社法上も、会社の経営者の報酬は原則として株主総会で決議される。実務的には、役員報酬の総額の上限を株主総会で決議して、個別には取締役会等で決定している会社が多いと思われる。したがって、上記①は株主総会の招集通知にも同様の記載がされる。一方、②については会社法では要求されていない。有価証券報告書のみに求められる記載だ。上場会社に対してより開示が強化されているのは、上場会社の株式は株式市場で自由に売買が可能、そして誰もが株主になることができ、株主も頻繁に入れ替わることが想定されるため、非上場会社よりも広い範囲での情報開示、説明責任が求められるとの理由からだ。

 

といった経緯もあり、個人情報と言うこともあり、下世話な野次馬根性もあり、とかく②の役員個人の報酬情報に注目があつまりがちだ。

 

しかし、開示の趣旨からは①と③が重視されるべきと思う。②はその結果であって(結果から制度の妥当性を検討することもあるが)、どのような報酬体系・プロセスで役員個人の報酬が決定されるのか、が会社のガバナンス上は重要だ。

報酬体系については、日産のストック・アプリシエーション権(SAR)も然りだが、ストックオプション等、経営者の目線を短期のみでなく、中長期の業績へ向かせるなど株主が監視できるモニタリングシステムをどう構築するか、ということにつながるし、総額は株主総会で決議するとしても、個別の報酬についてどう決定されるかは社内の意思決定プロセスの妥当性にもつながるだろう。

 

記事によれば、

『ゴーン元会長には、役員報酬の総額上限内で個々の役員の報酬額を決める権限があったという。』

 

有価証券報告書の記載には、

取締役会議長が、代表取締役との協議の上、決定する、とあるが、

実際のところはどうだったのだろうか?

役員とて、報酬決定がゴーン氏に一任されていたとすれば、果たしてゴーン氏に対して物が言えたかどうかは怪しいだろう。

 

【財務諸表との関係】

現時点で指摘される日産の有価証券報告書の虚偽記載は、上記の内、②の部分だ。

②の連結報酬が1億円以上の役員の個別報酬には日産本社からの報酬だけでなくグループ会社(連結子会社)からの報酬も合計される。これに対して①は有価証券報告書の提出会社である親会社(例:日産本社)に限定した役員報酬の情報だ。

 

①と②では役員報酬の範囲が異なる

 

ところで、ゴーン氏の役員報酬の虚偽記載は役員報酬開示に限ってのことなのか、という疑問もある。

 

役員報酬開示内容と財務諸表の関連

と言う点では、

 

①の役員の区分別・報酬種類別による総額については、その総額が親会社の販売費及び一般管理費役員報酬、役員賞与引当金繰入額等の関連する費用項目の金額合計と基本的には一致すると理解している。

 

 

役員報酬の開示ルール(内閣府令)によれば、

開示対象となる役員報酬

報酬等とは、報酬、賞与その他その職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益であって、当事業年度に係るもの及び当事業年度において受け、又は受ける見込額が明らかとなったものをいう。」

と説明している。

 

報酬の定義が一義的に決まるほど明確ではないと感じるのではないだろうか。一律に名目を定義するのではなく、会社ごとに実質的に報酬と考えられる、会社から受け取る財産上の利益、を報酬として開示する、と言う趣旨だろう。それはそれでごもっともだと思う。その結果、何をもって役員報酬とするかは会社によって多少ばらつくことになるだろう。

役員報酬開示が義務化された以降、様々なリサーチ機関から上場会社の役員報酬開示の事例や傾向が発表されるのもある程度のばらつきを示唆していると思う。

   

役員報酬の定義と言うか範囲が会社ごとにばらつくからこそ、役員報酬額の大部分についてはP/Lに費用計上されると役員報酬相当額とコーポレート・ガバナンスに関する状況等に開示される金額は一致すると思われる。

 

有価証券報告書作成の実務を考えても、そうでなければ大変だろう。
役員報酬等として開示する金額とP/Lに費用計上した役員報酬等の金額が異なるとなれば、別途、役員報酬の定義づけ、金額把握等の作業が必要になる。
投資家から見ても、役員報酬として開示された金額が会社の決算書の数値とは別の話だと言われれば、当惑するのではないか。

 

例えば、ストップオプションに関して金融庁は次のように説明している。

 

「原則、費用計上額(総額ではなく期間按分した額)が該当する」

金融庁の考え方 89より)

https://www.fsa.go.jp/news/21/sonota/20100331-8/00.pdf

 

開示ルールには、損益計算書(P/L)の役員報酬等の金額と整合をとることは明記されてはいない

が、ストックオプションに関する記載からも基本的には金融庁も両者は整合すると考えているのだろう。

  

 

ちなみに、日産では役員報酬等の該当する勘定科目が財務諸表への記載が省略されているため両者の整合はチェックできなかった。

 

②の連結報酬が1億円以上の役員の個別報酬ついても、基本的には連結ベースの役員報酬の総額と連結P/Lの販管費役員報酬(関連する勘定科目合計)とは整合するだろう。しかし、上記に加え、実際には、通常、役員全員の報酬が個別開示されることは無いし、また、役員報酬が連結ベースの役員報酬の金額が連結損益計算書へ開示されることは少ないことなどから、外部から数値間の整合をチェックすることは困難だ(日産も同様)。

 

ちょっとややこしくなってきたので、まとめると、

 

役員報酬開示の趣旨からすれば、基本的には、単体も連結も

 

役員報酬の開示金額=販管費役員報酬(*) 

(*)役員報酬、役員賞与引当金、役員退職慰労金等該当する勘定科目合計

 

となるだろう。

(内部調査等では詳細なデータが入手できるため、両者の整合の確認は可能だろう)

 

と言うことは、

P/Lに費用計上されていなければ、普通に考えれば

役員報酬開示の対象にもならない。

 

役員報酬が虚偽記載(過小)ということは、

P/Lに費用計上されているにもかかわらず、役員報酬の開示をしなかった、つまり、

 

役員報酬開示<P/Lの費用(該当部分)

 

ということだろうか? 

であれば、財務諸表自体は正しくて、役員報酬開示のみが虚偽記載ということになる。

 

冒頭の疑問と言うのはこの点だ。

 

何が問題なのかがいまいち分からない。

 

例えば、受領を先送りした80億円について記事には、以下が記載されている。

 

役員報酬の個別開示が義務化されると、ゴーン元会長は高額報酬への批判を避けるため、各期に受け取る金銭報酬を10億円程度にとどめ、差額分の約10億円は退任後などに受け取ることにしていたという。』

 

東京地検特捜部は、ゴーン元会長が報酬として受け取っていなくても、日産側の支払いが確定していれば各期の有価証券報告書に記載すべきだったと判断しているもようだ。』

『報酬の先送りについては、社内でもグレッグ・ケリー元代表取締役(62)らごく一部しか把握していなかったもよう。日産の社内調査で関連する内部文書が見つかったが、取締役会には諮られておらず、資金移動がないため監査法人なども気づいていなかったとみられる。』

 

開示ルールにある、当事業年度に将来受給される金額が明らかとなった状況

とは何か?

会社としてゴーン氏の退職後に支給することを金額とともに確定した、

と考えるのが普通ではないだろうか?

 

役員会にも諮られていない退職後給付は会社として支払う義務があるのだろうか?

一体誰と約束したのだろうか?

当然ながら役員の退職慰労金の支払も株主総会の決議事項だ。役員退職金規程に則ったものであれば、そのスキームに従う限り会計上は当期発生分の費用計上はできるが、ゴーン氏のこのケースはおそらくイレギュラーな扱いだろう。

であれば、そんな状況で引当金として会計処理する方がおかしい。  

 

ちなみに、毎年の役員報酬の一部を退職後に支払う覚書云々の報道もあるが、その場合でも、正しく会計処理されていれば、支払が将来であっても報酬額自体はP/Lに費用計上されているはず。

  

とすれば、80億円の将来給付分については、

P/Lの費用にもなっていないし、役員報酬として開示もされていない。

 

役員報酬開示=P/Lの費用

 

となるが、それで役員報酬開示が過小となれば、そもそも費用計上が過小、

つまり、財務諸表が不適切ということになる・・・

となると、会計監査は適正に実施されたのか、も問われるだろうし、

更には、報酬総額(2018年3月期実績:約19億円)が実は株主総会で決議した上限(約30億円)を超えていたか、も問われるだろうし・・・

 

役員報酬、役員賞与、退職慰労金、業績連動報酬、ストックオプションなどそれぞれに会計処理のルールがあり、会計処理はそれらに従って行われる。

そしてまた、役員報酬は開示ルールに従って行われる。

日産が、会計ルールに従って引当金の要件を満たさないため80億円を費用に計上しなかったとしたら、会社として費用認識していない役員報酬を開示するとも思えない。 

 

税務調査で交際費として会計処理されている項目が、役員賞与と認定されるケースがあるが、それは法人税法の規定に則った判断をしたため、会計ルールと齟齬が生じるわけだ。ルールが異なることによって解釈の差が生じることはあるが、今回のゴーン氏の件はどうだろうか。

金融商品取引法有価証券報告書の虚偽記載

と言うからには、あくまで、役員報酬開示ルール、そしてそのベースになる会計ルールに照らして適切かどうか、ということだと理解する。

 

であれば、

ゴーン氏の役員報酬開示が会計ルール、開示ルールのどの部分に抵触しているのかを明確にして欲しいし、報道もそこを強調して欲しいと思う。

 

80億円、100億円と注目を集めるため誇張して報道するのは構わないが、ルール違反と言うからには、本来あるべき金額を示す必要があるのではないか。

報道では、開示と申告を混同することもしばしばで、ホントに分かって報じているのかなと思う…

 

報酬のもらい過ぎ(これだって何を基準にとなるが)、会社を食い物にしている、従業員、取引先に辛い思いをさせて自分は良い思いをしている、といった感情的な部分で判断されるのは違うように思う。

それはそれで別のところで問われれるべきで、だから有価証券報告書もきっと虚偽記載していたはず、とはならない。

 

対象となる役員報酬の範囲にしても、開示ルールに明確な定義が無い以上、会社ごとに独自の解釈が入る余地はある。

仮にこれまで都度当局から指導等無いままに、事後的に異なる物差しを持ち出して、これは役員報酬に該当する、開示していないからアウト、と言うのであれば、日産に限らず全ての上場会社が慌てるのではないだろうか。

 

ここ数日、ニュースで新しい情報が報道される度に、疑問は深まるばかりだ。