溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

固定資産売却益をマイナスするのは何故? 【キャッシュ・フロー計算書の構造】

キャッシュ・フロー計算書(間接法)の構造について、よく質問を受ける内容2点について説明しておく。

 

よくある質問は、営業キャッシュ・フローの調整計算において、

 

①固定資産売却益をマイナスするのは何故?

 

②支払利息をプラスするのは何故?

 

というものだ。

以下、それぞれ簡単に説明する。

 

①固定資産売却益をマイナスするのは何故?

 

質問の趣旨としては、減価償却のようにキャッシュの収支を伴わない項目を調整するのは分かるが、固定資産の売却によってキャッシュを得ているにもかかわらず、何故それをマイナス(無かったこと)にするのか?ということだろう。

 

これについては理由は2つある。

1つは、P/Lに計上されている固定資産売却益は、売却によって得たキャッシュとは異なる。例えば、100の固定資産を150で売却する場合、売却益は50としてP/Lに計上されるが、得たキャッシュは150である。キャッシュ・フロー計算書では150が必要となる。そのため、一旦、売却益50を消去して、改めて得たキャッシュ150をキャッシュ・フロー計算書上、記載するためだ。

もう1つは、表示位置の調整だ。固定資産の売却によって得たキャッシュは、営業活動によるキャッシュ・フローではなく、投資キャッシュ・フローに区分される。したがって、上記150は投資活動によるキャッシュ・フローの区分に固定資産の売却による収入などとして記載される。

なお、この関係は、固定資産に限らず、’(投資)有価証券なども同様だ。

 

②支払利息をプラスするのは何故?

 

支払利息は、実際にキャッシュで支払っている費用なのに何故プラスしてしまうのか?実は、P/Lに計上されている支払利息(受取利息も同様)は必ずしもその期間に”支払った”利息とは限らない。例えば、3月度の支払利息を翌月4月に支払うことがある。費用は発生主義で計上されるが、キャッシュ・フロー計算書ではこれを現金主義に転換する必要がある。例えば、P/Lでは、3月分の支払利息として計上されているが、3月にはまだキャッシュとしては支払われていないため、その分をキャッシュ・フロー計算書の調整においては考慮する必要がある。そこで、調整のため、一旦、PLに計上されている支払利息をプラス(加算)してオフセットし、そして、小計後に、その期簡に実際に支払った利息額を”利息の支払額”などとして記載している。つまり、P/Lの支払利息計上額と実際のキャッシュの支払額の調整を行っているということだ。

なお、支払利息を財務活動によるキャッシュ・フロー、受取利息及び受取配当金を投資活動によるキャッシュ・フローで調整記載することも認められている。但し、選択した方法(区分)は継続適用が原則となる。

 

 

 

 

 

 

 

四半期報告書の廃止に思う

www.nikkei.com

 

「政府は上場企業など約4000社が四半期ごとに公表する決算書類で、法律で開示を義務づけている四半期報告書を廃止する検討に入った。証券取引所の規則に基づき開示する決算短信に一本化する。内容に重複が多いため企業側の事務負担を軽減することが目的だ。投資家が企業価値を正当に評価するため、四半期ごとの決算開示そのものは維持する。」

実際に四半期報告書の開示義務がなくなるのは、2024年度以降になる見通しとのこと。

 

岸田首相は、これまでにも内閣総理大臣所信表明演説(2021年10月)や施政方針演説(2022年1月)などで四半期開示の見直しについて言及していたし、四半期開示の見直しについては、これまでにも証券市場や経営の短期主義化(short-termism)や他の開示・報告書と重複感の是正などを理由に政策課題として掲げられてきた。2017年6月に公表された「未来投資戦略2017」なども一例だ。

 
報道では、四半期報告書が廃止され四半期決算短信へ一本化される程度の情報で、具体的な内容(短信の内容がどう変わるかも含めて)は定かではないが、気になった点がいくつかあるので、備忘記録として書いておこうと思う。
 
四半期報告書廃止に対する疑問
・コスト削減効果って大きいの?
四半期報告書の廃止(四半期決算短信へ一本化)によって確かに企業の業績開示に係るコストは軽減されるだろうが、それってどの程度の話なのだろうか。そもそも重複感の是正と言うぐらいだから、四半期報告書を廃止したところで削減できるコストはそれほど大きくはないのではないだろうか。それに、今後、IT技術の進歩発展により省力化や効率化が期待でき、時間も問題のようにも思うけど。
また、それなりのコスト削減効果があったとしても、それが内部留保に転嫁されるのでは意味が薄れる。軽減されたコストが、事業への投資⇒売上、利益の成長にどれだけ活かされるかが問われるだろう。
 
・四半期決算短信の開示のスピードアップは?
四半期決算短信には監査法人のレビューは不要だが、会社として外部発表するからには間違いを避けたいということから、決算短信の開示が四半期報告書と同じようなタイミングになっているとの指摘もある。では、四半期報告書が無くなることでどれほど開示スピードが上がるのだろうか?
 
(参考:四半期報告書と四半期決算短信の違い:筆者作成)

 

四半期報告書

四半期決算短信

提出期限

45日以内

30日~45日

適用される制度

金融商品取引法 

取引所の適時開示制度

監査(レビュー)

あり

なし

報告内容

企業の概況

・売上高、利益などの主要な財務数値

・事業の内容(重要な変更があった場合)

など

事業の状況

・事業等のリスク

・経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の説明

・研究開発活動

・経営上の重要な契約

など

提出会社の状況

・発行済株式や新株予約権

・自己株式

・役員の状況(異動があった場合)

など

経理の状況

・四半期財務諸表及び注記

・セグメント情報

など

レビュー報告書

会計監査人(監査法人)のレビュー報告書を添付上述のとおり

・連結業績

 経営成績、財政状態

 

・配当の状況

 

・注記事項

 重要な子会社の異動、 発行済株式数、四半期特有の会計処理の適用の有無等

 

・添付資料

 四半期財務諸表等

 
・四半期決算短信の内容は変わる?
四半期業績開示(短信)についての見直しも開示の速報性には影響する。例えば、欧州諸国、例えばイギリス、フランス、ドイツでは財務諸表は開示せず重要な取引とその影響などの定性情報のみの開示も認められている。確かに情報量が減ればスピードは上がりそうだが、情報の十分性について果たして投資家はどう感じるだろうか?
 
・四半期開示情報の信頼性は低下する?
四半期報告書は全面的に廃止ではなく、第2四半期報告書は現状維持のようだ。ということは、第2四半期の四半期レビューは維持されるのだろうか。監査法人のチェックという点では四半期報告書以前の半期報告書時代へ逆行することになる(監査に対してレビューなので厳密にはそれ未満となる)。いずれにしても、企業が開示する情報に対する外部の第3者のチェックという点では今よりも後退することになる。利用者にとっては、利用者自身が企業の開示情報を分析、評価するリテラシーが求められることになる。
 
企業側の負担軽減を強く感じるが、情報の受益者の視点についてはどう考えているのだろうか?検討会議には当然ながら情報の受益者の代表も含まれているはずなので、検討済みと思うが、受益者にとってはそもそも四半期報告書は有益な情報でなかったということなのだろうか?そうであれば、無駄な情報開示を10年超にわたって強いてきたということになる・・・
 
海外における四半期開示制度の動向

四半期開示制度の見直しについては、欧米諸国との調和と言う観点もある。

2018年8月に、米国のトランプ大統領(当時)が四半期開示制度の見直しに賛同するツイッター投稿をして話題になったのは記憶に新しい。背景には、米国のあるビジネスリーダーの四半期開示制度に対する提案があったようで、その理由は企業が長期的な視点を持てるようにすべきということや欧州の情報開示制度との調和を図ることということだ。EU諸国では、例えば、イギリスでは2014年、ドイツとフランスでは2015年に四半期開示を任意化されたが、それ以降も四半期開示を継続する会社は少なくないのが現状だ(イギリスでは約6割、フランスでは約8割の企業が四半期開示を継続、ドイツでは一定の上場企業に対して取引所規則により四半期開示を要請)。

 

四半期開示制度の見直しの是非

四半期開示制度の見直しの是非については、次のような意見がある。

 

金融庁事務局説明資料(情報開示の頻度・タイミング 第6回金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)を参考に筆者が作成)

見直しすべき意見の例

維持すべき意見の例

・投資家や企業の短期的利益志向を助長し、中長期的視点に立った企業の成長を阻害する

・情報開示のための時間やコスト(働き方改革の流れに反する)

・中長期的な企業価値を重視するのであれば、四半期情報の重要性は低下するため、四半期開示制度の簡素化、任意化を検討すべき

・中長期の目標に対する進捗度の確認のためには四半期開示は必要である

・そもそも欧米に比べて開示内容が見劣りするとされる中、四半期開示の廃止によって企業の開示姿勢が後退したと受け取られると、海外投資家の投資に水を差すことになる

・利益調整が難しくなることにより、情報の質・信頼性が向上し、市場の価格形成が効率的になる

・企業と投資家の間における情報の非対称性が緩和される

 

 

四半期開示については、以前から証券市場や経営の短期主義化(short-termism)を助長するという指摘がある。この点については、検討会議でも賛否が分かれ結論が先送りされたようだ。その結果、重複感の解消という差しさわりの無い点に着地したようにも思える・・・

短期主義化については、例えば米国では、1934年に四半期報告に関する規定が設けられ、1955年から1970年までは半期報告書の開示が義務付けられるといった変遷はあったものの1970年の規則改正以降50年超にわたって四半期開示制度が継続されている。その間の米国経済の著しい発展と成長を見れば、米国企業が短期的な経営姿勢に終始してきたかどうかは明らかではないだろうか。

また、四半期の実績開示ではなく四半期業績予想が予想数値に固執する圧力が経営者に働くという指摘もある。これは、言ってみれば自らが公表した予想値によって自らが束縛されるということであって、ある意味経営者の資質が問われそうな話ではある。仮にそれが弊害ということであれば、業績予想の公表を制限するという対応は考えられるが、それと四半期開示すべてを廃止することは別問題だろう。例えば、機関投資家にも株主はいる。機関投資家の株主に対する説明という点では、やはり適切な期間におけるパフォーマンスと投資先企業に対する業績のモニタリングは必要だろう。

 

まとめ

制度やルールが常に適切とは限らない。立場による見解の相違もあるだろう。四半期開示のあり方や見直しについての様々な意見や議論を通じて、経済環境や投資家のニーズの変化に応じて都度必要な改善が施されていくことが望ましい姿ではないかと考える。企業経営者と投資家が四半期開示制度のあり方について議論するプロセスそれ自体が、投資環境の改善や適正な株式市場の形成にとっても有益ではないだろうか。

非財務情報?「未」財務情報?

このところやたらと忙しく、気づいてみれば随分と久しぶりなブログとなってしまった(汗)

少し落ち着いたと思ったら気になる記事があったので、少しコメントしてみる。

 

統合報告書、665社発行 東証再編にらみ中堅でも:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58980630Q2A310C2DTA000/

www.nikkei.com

 

『財務情報と、ESG(環境・社会・企業統治)など非財務情報をまとめた「統合報告書」を発行する上場企業が増えている。2021年は前年比2割増665社になった。投資家の要望に加え、東京証券取引所の新市場区分「プライム市場」で高い水準の情報開示を求められ、中堅企業でも発行が広がっている。今後は具体的な内容や目標など情報の質が焦点になる。』

 

統合報告書は売上高や利益など財務情報に加えて、経営戦略や企業統治、環境・社会への対応などの非財務情報もあわせて記載した報告書のことだ。統合報告書は企業が任意で作成し、投資家などに対して中長期の視点から自社の理解を促す狙いがある。任意ではあるが、東証の新市場区分やコーポレートガバナンスコードの要請などから、統合報告書を作成する企業が増加傾向にある点は日経記事の指摘の通りだ。

 

【参考】コーポレートガバナンス・コード(2021年改正)

https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf

 

コーポレートガバナンス・コード【2021年改正の3大ポイントの1つ】

3. サステナビリティを巡る課題への取組み
■プライム市場上場企業において、TCFD 又はそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実
サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取組みを開示

 

ちなみに、他の改訂ポイントは、以下。

・取締役会の機能強化

・企業の中核人材における多様性の確保

 

f:id:tesmmi:20220312114146p:plain

日経新聞朝刊3/11’22より

いわゆる時代の流れと言う部分もあるだろうし、これまで対応すべき事項に十分対応しきれていなかった点の是正という部分もあるだろう。一企業の、そして目先の利益を重視しすぎると公害のように将来の社会全体の損失を招くことにもなる。そういう意味では、従来必要なコストを払っていなかったのだから本来の負担をすべきということにもなるのだろう。

 

しかし、投資家目線としては、やはり無駄なコストはセーブして欲しいとも思う。

例えば、会社が法的義務、任意で定期的に作成、発行している報告書は、ざっと以下が挙げられる。

 

(法的義務)

・税務申告書(法人税、消費税等)

会社法計算書類(株主総会招集通知)

有価証券報告書、四半期報告書(金融商品取引法

 

(任意)

・アニュアルレポート(英文財務諸表:外国人株主等への説明)

・IRレポート(投資家への説明)

CSR報告書

・株主通信(事業報告書)

 

法令等の要請に基づく報告書はともかく、任意の報告書は、内容的に重複する点も多く、整理統合も含めて見直す必要もあるのではないだろうか。

これらに加えての統合報告書となればなおさらだ。

 

そして、コーポレートガバナンス・コードの補充原則2-3にも、

 

サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むう検討を深めるべきである。』

 

と明記されており、サステナビリティへの対応が単なるコストではなく、企業の将来の収益機会につながることを求めている。

 

この点については日経新聞の記事にも、

開示が広がる一方、課題も残る。環境や社会問題は幅広く、企業ごとに取り組むべきESG課題は異なる。日経平均株価を構成する225社のうち176社が、統合報告書に重要なESG課題を記載しているものの、経営戦略との関係を説明した企業は48%の84社にとどまる。関連するESG指標の目標と実績を開示した企業は56%の99社だ。』

とある。

 

従来、中期経営計画に企業のミッション、ビジョン、戦略が反映されていない、あるいは両者の関係が希薄であると言った指摘は少なくないが、統合報告書においても同様のようだ。ESG課題への対応などの非財務情報がどう財務情報と関係するのかのつながりが見えにくいということだろう。当の企業(経営)において両者の関連が明確でないと、結果としてESC課題への対応コストだけが浪費される(企業としてはやるしかないんでしょ!という開き直り?)だけで、将来の収益獲得に有機的につながるとは到底期待できないだろう。そして、統合報告書と言うからには、まさに財務と非財務を有機的に関連づける、つまり統合(インテグレート)することが求められる。財務情報と非財務情報のそれぞれを単品のまま開示するのであれば、それは合算報告書だ・・・

 

非財務活動も含めて人が動けばおカネも動く。つまり、全ての企業活動は遅かれ速かれ最終的に財務活動に帰結する。その意味では、非財務情報ではなく『未』財務情報と言った方が適切なのかもしれない。

 

知らんけど。

 



意思決定の対象期間による固定費の取り扱いの違い 【小ネタ】

事業や製品の限界利益マイナスは、その事業や製品から撤退を考えるサイン

という話をすると、

限界利益が出ていれば事業継続すべきなのですね?」

という質問されることがある。

 

それはそなんだけど、常にそうでもないだよな・・・

 

ということで、固定費の取り扱いを整理してみた。

 

テーマは、「意思決定の対象期間の長さと固定費の取り扱いの関係」だ。

意思決定の対象期間とは、例えば、当期や来期の損益改善や事業撤退などの短期的意思決定なのか、それとも中長期的な期間での損益改善(これは長期的意思決定)なのかによって間接費の取り扱いは変わるということだ。

 

例があった方が分かりやすいので、少し極端な例だが、次のケースで考える。

 

【設例】

当年度のある製品Xの売上高と変動費は次のとおりである。


売上高     100
変動費    50

限界利益   50


そして、これとは別に固定費が100発生する。
製品Xに関するP/Lを作成すると、次の通りになる。

 

(設例①)

売上   100
直接費    50
限界利益   50
固定費  100 ←減価償却
利益    △50

 

ここで、短期的な意思決定、例えば、製品Xの製造販売を停止するかというと、この段階では停止すべきでないとなる。なぜならば限界利益がプラスだからだ。この場合の固定費を減価償却費とすると、製品Xの製造販売を停止しても減価償却費を削減することは(短期的には)できない。仮に停止すれば、全社損益は悪化することになる(このP/Lで見ると赤字は50から100へ拡大する)。つまり、製品Xの撤退の意思決定においては、固定費100は「無関連原価」であり埋没原価として無視すべきとなる。

 

しかし、長期的視点に立つと固定費100を無視するわけにはいかない。上記P/L(の各数値)が継続すると考えると、製品Xから期待される利益で固定費を(全額)賄えないということは、会社全体は常に赤字となることを意味する。

 

両者の違いはどこにあるか整理してみる。

簡単にいうと固定費の可変性の違いだ。短期的意思決定の場合では、間接費は過去の意思決定において既に確定した費用であり、「当面」は動かしようがない。例えば設例の減価償却費のように発生要因である設備投資は既に過去の意思決定の結果であり、耐用年数の期間内には減価償却を止めることはできない。いまさら何を言っても始まらないので、当該固定費を全額回収できなくても少しでもキャッシュを回収できるのであればやった方が「まし」となる。

 

ところが、長期的意思決定では固定費も増減が可能になる。長期的な視点では、固定費は過去の意思決定で確定してしまった費用ではなく、将来また同様の固定費を発生させるかどうかの改めて意思決定することになる。例えば、新規の設備投資をしてまで赤字受注することは適切か?ということだ。短期的な意思決定においては、”減価償却費の原因である設備投は既にしてしまっているので”、その一部でも回収できるのであれば(限界利益が出るのであれば)赤字受注であっても受注すべきであるが、新規設備投資をするとなれば話は変わる。新規投資の資金を無視(負担しなくてもいいやという意味)してまで赤字受注をすると、設備投資の資金は永久に回収されずに会社全体の損益は悪化(そしてキャッシュフローも悪化)することになる。したがって、長期的意思決定においては、固定費の負担額を含めた利益を黒字化するようにコスト削減等を推し進める必要がある。

 

なお、減価償却費のような長期間拘束されるような固定費をコミッテドコストと言うが、固定費でも広告宣伝費や研究開発費のように短期間での増減が可能な費用をマネッジドコストと言う。マネッジドコストについては、事業や製品等の撤退に伴い減少させることが可能な場合が多いため、撤退のような短期的意思決定においては変動費と同様に取り扱うことができる。

 

(設例②)

売上   100
直接費    50
限界利益   50
固定費  100 ←広告宣伝費
利益    △50

この場合の固定費が短期的に増減可能な広告宣伝費とすると、先ほどの減価償却費の例と異なり製品Ⅹの撤退について固定費は関連費用となる。撤退によって削減することができるとすると、利益は0(設例①では100の赤字)となる。

 

単純に変動費、固定費という費用分類だけではなく、意思決定の対象期間における費用の可変性の有無によって費用の取り扱いも変わるということだ。

 

なお、今回は、固定費./変動費の費用分類を例に説明したが、費用の管理可能性という観点では、管理可能費管理不能の費用分類がある。この費用分類は、計算される利益が誰(部門なども含め)の責任なのかを明らかにし、計算される利益を用いて個人や部門等の業績評価などに活用される。

この場合、管理不能費であっても、誰にとっての管理可能性なのか、どの程度の期間において管理不能なのか、によって管理可能性は変わり得るが、この点は今回の例と同じだ。

 

 

 

工事損失引当金が収益性を圧迫する仕組みの解説

www.nikkei.com

清水建設の建築事業の採算が大幅に低下する懸念が高まっている。鉄骨や鉄筋の建材価格の急騰といった事業環境の変化がゼネコン各社に押し寄せる中、清水は不採算になるリスクを示す工事損失引当金と、低採算の大型工事などの受注などで次期繰越高が積み上がる。利益率の低迷が長引くようだと、成長のための大型投資も滞りかねない。」

日経新聞朝刊12/22’21)

 

不採算工事が会社の収益性を圧迫することは想像に難くないと思うが、では、

いつ

どれだけ

の利益率を悪化させることになるだろうか?

 

これが、今回のテーマである「工事損失引当金」を理解することで明確になる。

 

工事損失引当金は、工事で損失が発生する可能性が高いと判明した場合に計上する必要がある。

 

そもそも前提として、工事契約にいついては、一定期間にわたり履行義務が充足されると考えられるため、工事の進捗に応じて収益が計上される。21年4月から「収益認識会計基準」が導入されたが、工事契約の収益計上については、従来の「工事進行基準」と変わっていない。

 

設例を使って、工事損失引当金の計上方法を見てみる。

(設例)

A社は、ビル建設を1,000で受注した。工期は3年で、受注時における工事に係る総コストは800であった。1年目までに発生した工事原価は400であった。

2年目に発生した工事原価は400であったが、資材価格等の高騰により総コストが400増加することが見込まれた。施主との交渉により受注額は1,100へ変更された。

 

(2年度末までの実績と今後の見込み)

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筆者が作成

なお、1,2年目は実績値、3年目の数値は見込み額である。

 

1年目の収益計上額:1,000×(300/800)=375

2年目の収益計上額:1,100×((300+400)/1,200)ー375=266.7≒267

3年目の発生コスト:1,200ー(300+400)=500

3年目の収益計上額:1,100ー(375+267)=458

 

となる。

工事の進捗に応じて収益計上するというのは、総コストの内、当年度に発生したコストの割合に応じて受注額を分割計上するということだ。

ただし、設例にように、途中で総コストや受注額に変更が生じた際には、それまでに計上した収益とコストの修正はせずに(*)、変更後の受注額と総コストを用いてその時点の累計の収益とコストから既に計上済みの収益とコストを差し引いて当該年度の収益とコストを計算する(設例では2年目の収益とコストの計算)。

 

(*)もちろん、過去の各時点における総コストの合理的な根拠に基づいて見積もられている限りにおいて、だ。そんな会計不正が少し前にあったような・・・

 

そして、2年目の期末時点で、3年目に42の損失が見込まれることがほぼ確実となったことから、3年目の予想損失42も2年目の決算において引当金計上することになる。

 

(工事損失引当金の会計処理)

2年目の決算時:

借方)工事原価 42 貸)工事損失引当金 42

 

工事損失引当金は負債(勘定)だが、会計処理では同時に工事原価が同額計上されることになる。実は、工事損失引当金ではなく、工事原価の計上が収益性を圧迫することになる。

時系列的に言えば、2年目に負担する損失は133であり、42は来年、3年目に発生が見込まれる損失なのだが、これを前採りして2年目に計上する。つまり、損失だけが2年目にドンと計上されるため、利益が大きく損なわれることになる。なお、工事原価は売上総利益に影響することになる。

 

企業にとって、まだ発生していない損失を先行して計上するのは何とも酷に思えるかもしれないが、これが引当金の考え方だ。

引当金についてはこちらを参照☟

 

tesmmi.hatenablog.com

 

P/L脳は本当に悪いのか?

日本企業の多くは、P/L脳に汚染されている

 

といった言い方を最近はよくされるようだ。

 

P/L脳=✕

ファイナンス脳=〇

のような表現がされることは認識していたが、たぶんそういうことなんだろうな、とあまりに気に留めていなかった。

上手いこと言うなとは思ったけど(笑)

 

最近気になることがあったので、改めて調べてみると、

 

P/L脳とは、「目先の売上や利益などのP/L上の指標を最大化することを目的とした短絡的な思考態度のこと」

 

のようだ。

 

「増収増益こそが経営者の責務である」

「無借金は健全経営の証である」
「黒字だから問題ない」
「減益回避のためにR&D費用を削減しよう」

 

P/L脳の問題点として、

・キャッシュ

・資本コスト

・事業価値

を軽視していると指摘される。

キャッシュ:

P/Lでは、減価償却方法や固定資産の減損あるいは引当金をコントロールしたり、本来は売上原価や販管費を特別損失として計上したりすることができる。つまり、P/Lには解釈の余地があり、極端な話、「見せかけ」の利益を作ることができる。しかし、黒字倒産しかりで、キャッシュが無ければ会社は潰れる。経営におけるクリティカルマターはキャッシュである。

資本コスト:

会社の調達資金には銀行や株主からの期待リターンといった資本コストが発生している。借入金の金利を上回る利益を出さないことには採算が採れないことは自明だろう。しかし、株主資本コスト(株主の期待リターン)は目に見えないこともあり、軽視されがちだ。そのため、資本コストに満たないリターンしか実現できていない場合でも「黒字だから問題ない」といった非合理な判断がなされている会社は少なくないのではないか(CGコードではそんな会社は無いはずなのだけど・・・)。

事業価値:

目先の売上や利益だけを考えると削減対象となるR&Dや教育研修費も、将来の事業成長や事業価値の向上のための先行投資のはずだ。目先のコスト削減にばかりに囚われているおそれがある。

要するに、

短期的な業績に囚われず「長期目線で事業価値の最大化を考えていく」という視点を重視すべき

 

ということだ。

 

まあ、その通りではある。

そういえば、過去にこんなブログも書いていた。

tesmmi.hatenablog.com

 

しかし、それとP/L脳がダメというのはどうも結びつかない。

というか、それってP/Lの守備範囲じゃないし・・・

 

のこぎりが必要な時にトンカチ持ってきて、使えねぇ・・・

って言われてもなあ、って感じがする。

 

P/Lがどうと言うよりは、これは視点の問題だろう。

 

それに、P/L脳が悪いというのであれば、いっそのこと、P/Lを無くしてしまえば良い

それで、企業経営に支障が出ないのであれば、作成の手間も省けるというものだ。

 

ファイナンス脳が〇でP/L脳が✖っていうのは、数字を数字としてしか見ていないということで、たぶんP/Lの本質的な意味も理解していないし、単なる思考停止状態を指しているように思う。

 

長期視点で事業を考えることは重要だが、同時に長期スパンで立てた計画が現在どのように進捗しているか、短期的に業績を把握するニーズもあるだろう。それによって、対計画との差異を分析したり、改善計画に役立てたりする。例えばこれがP/Lの役割の1つだ。

また、P/Lは利益だから嘘をつく、だからリターンはキャッシュで捉えるべきとの意見もある。確かに、黒字倒産などの極端なケースはあるが、通常の場合であればキャッシュの収受のみで業績を把握する方がはるかに難しい。一定期間にいくらのキャッシュが増減したかは分かっても、それと業績が良いのか悪いのかの評価は別物だ。1年間でキャッシュが増加していれば良いというような短絡的な判断であれば、それはP/L脳と同じ状態だ。

なお、原始的なP/Lはキャッシュベース(現金主義)で作成されていたが、現在は発生ベースで作成されているのはその方が企業活動の成果を把握しやすいためだ。もっとも、これは短期的な業績の把握や評価においてであって、長期視点で企業価値等を評価する場合は、金銭の時間価値を考慮する必要があるのでやはりキャッシュベースが望ましい。

それに・・・

短期、長期の視点がそのままP/L、キャッシュに区分けされるわけでもない。会社の生き死にを決するのはキャッシュだ。資金ショートすれば、ジ・エンドとなる。そのため、資金繰りは(P/Lのタームよりももっと短い)月次で検討する必要がある。

 

つまり、P/Lかファイナンスかという問題ではなく、短期視点で数字を見るか、長期視点で数字を見るか、その場合、何を使って数字を見るのが良いか、と言う問題だと考える。

P/L云々もツールの役割分担の問題であり、必要に応じて見るべき数字を切り替えていきましょう、ということだ。

そういう意味では、P/L脳が悪いのではなく、P/Lしか見ない脳が悪いということだろうまあ、そういう人たちは実際にはP/Lの意味も分からず何となく数字を追っかけているだけなのだろうけど…

 

それから・・・

短期的視点に終始するのは良くないが、かといって長期的な視点を盾に何ら対策を講じず問題を先送りするのはもっと始末が悪い。

現金が増えると企業価値は減少するの?

「現金が増えると企業価値は減少するのですか?」

 

という質問を受けることがある。

 

企業価値DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法で算定する場合の話だ。

 

DCF法についてはこちらを参照のこと☟

 

Globis(MBA用語集)

mba.globis.ac.jp

 

Wikipedia

DCF法 - Wikipedia

 

 

DCF法の分子に当たるフリーキャッシュフローは以下の計算式で求める。

 

フリーキャッシュフロー

営業利益(1-税率)+減価償却費ー投資額ー⊿運転資本

 

そして、運転資本は、

 

運転資本=流動資産ー(有利子負債を除く)流動負債

 

で計算する。流動資産の中には現金、つまりキャッシュも含まれているので、現金が増えると、その分、運転資本が増加する。ということは、フリーキャッシュフロー(以下、FCF)は減少することになり、FCFが減少すれば、他の条件が変わらなければ企業価値が減少することになる。

 

これが、

 

キャッシュが増えると企業価値は減少するの?

 

という疑問につながる。

 

会社の財産であるキャッシュが増加するのに企業価値が減少するってなんだか矛盾するように聞こえるかもしれない。

 

実はこの点を理解するには、そもそも企業価値とは何か、がポイントになる。

 

いくつか論点があるので順にみていこう。

 

まず、DCF法は何の価値を計算するのか?と言う点だ。

次の図を見て欲しい。

 

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FCF説明図①(筆者作成)



DCFの算定対象は事業の価値である。事業価値はざっくり企業価値と同じという理解で良いが、正確には(日本では特に)常に企業価値=事業価値とはならないことがある

この点については後述するので、ここでは一旦、企業価値=事業価値として話を進める。

 

事業価値は、事業に対して投じたキャッシュが生み出す成果(の現在価値)である。そして、そのための必要資金は投資家から調達している。事業に投じたキャッシュは、一旦、運転資本と固定資産となり、その後、運転資本と固定資産が活躍することによってそれを上回るキャッシュをもたらすことになる。

 

FCFの計算式を今一度確認して欲しい。FCFの計算式は、この状況を表している。

 

フリーキャッシュフロー

営業利益(1-税率)+減価償却費ー(投資額+⊿運転資本)

 

ビジネスからの成果:営業利益(1-税率)+減価償却

 

ビジネスへの投資:投資額+⊿運転資本

 

投資無くして成果無し、だ。

 

そして、事業に必要な運転資本には現金、キャッシュも含まれる。

例えば、月末にキャッシュ残高が100あったとする。これは事業において不要なキャッシュだろうか?実際のビジネスをイメージすると、月中は仕入れや経費の支払いによってキャッシュの残高は減少する。そして月末付近の現金回収によってキャッシュ残高が持ち直すことを繰り返している。つまり、月初(=月末)残高は事業運営に必要なキャッシュである(無ければ資金ショートする)。そして、それは、一般にビジネスの規模に伴い増加する。つまり、キャッシュの増加はなんとなく増えてしまったのではない。在庫や設備と同様に、既に行先の決まったおカネ、事業に対して投下した拘束されたキャッシュとみるわけである。

 

そして、キャッシュの増加⇒⊿Wの増加⇒FCFの減少と、そこだけ切り取れば、キャッシュの増加はFCFの減少を通じて事業価値を低めることになるが、これは将来の成果に対する投資という意味合いであり、事業に投じたキャッシュはその後の事業活動によってそれを上回るキャッシュとなり回収されることになる。この点は、将来の営業利益の増加等に反映される。つまり、キャッシュが増加した年度のFCFは減少したとしても、その後のFCFがそれを上回る増加となれば、キャッシュの増加による運転資本の増加は必ずしも事業価値を低めることになることにはならない。

 

では、会社の保有するキャッシュは全て運転資本に含めるかというとそうとは限らない。外部からの把握が難しいが、会社の保有キャッシュといっても、実際、事業活動の運営に必要なキャッシュとそれを上回る余剰キャッシュの区分が可能であると思う。前者は、先ほどの説明の対象とした事業に必要はキャッシュであるが、後者は余剰、つまり当面事業活動には必要のないキャッシュである。

企業価値は、事業から将来もたらされる価値と現在既にある価値から構成されている。

 

企業価値=事業価値+非事業価値

 

非事業価値は、現金及び預金、短期所有の有価証券、持ち合い株式などの投資有価証券といった余剰キャッシュのことである。

したがって、余剰キャッシュが増えると”事業価値はそのまま”であったとすると、企業価値は増えることになる。

おそらく、キャッシュが増えるのに企業価値が減少するのに違和感を感じるというのは、キャッシュ=余剰キャッシュとイメージしているのではないだろうか?

 

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FCF説明図②(筆者作成)

 

というと、

「じゃあ、やっぱり余剰キャッシュを貯め込んだ方が企業価値は高まるじゃないか!

となるかもしれないが、余剰キャッシュは良くも悪くもリスクの無い資産だ(インフレ等で価値が変動するリスクはゼロではないけど)。つまり、それ以上でもなければ以下でもない。一方、事業にキャッシュを投資すれば、それを上回るリターン、つまり企業価値を高める可能性がある。というか、それこそが会社の存在意義だろう。

また、上の図(FCF説明図②)からも分かるように、余剰キャッシュの原資もまた投資家から調達している。投資家から調達したキャッシュを寝かしていてもほぼリターンは期待できないわけだ。そういう会社が投資家にとってどう映るだろうか?キャッシュを貯めれば貯めるほど、調達したキャッシュを有効に事業に活用していないとして、投資家からの事業価値の評価が下がり(株価が低下)、結果的に企業価値は減少するかも知れないので注意が必要だ。