「現金が増えると企業価値は減少するのですか?」
という質問を受けることがある。
企業価値をDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法で算定する場合の話だ。
DCF法についてはこちらを参照のこと☟
Globis(MBA用語集)
mba.globis.ac.jp
Wikipedia
DCF法 - Wikipedia
DCF法の分子に当たるフリーキャッシュフローは以下の計算式で求める。
フリーキャッシュフロー=
営業利益(1-税率)+減価償却費ー投資額ー⊿運転資本
そして、運転資本は、
運転資本=流動資産ー(有利子負債を除く)流動負債
で計算する。流動資産の中には現金、つまりキャッシュも含まれているので、現金が増えると、その分、運転資本が増加する。ということは、フリーキャッシュフロー(以下、FCF)は減少することになり、FCFが減少すれば、他の条件が変わらなければ企業価値が減少することになる。
これが、
キャッシュが増えると企業価値は減少するの?
という疑問につながる。
会社の財産であるキャッシュが増加するのに企業価値が減少するってなんだか矛盾するように聞こえるかもしれない。
実はこの点を理解するには、そもそも企業価値とは何か、がポイントになる。
いくつか論点があるので順にみていこう。
まず、DCF法は何の価値を計算するのか?と言う点だ。
次の図を見て欲しい。
DCFの算定対象は事業の価値である。事業価値はざっくり企業価値と同じという理解で良いが、正確には(日本では特に)常に企業価値=事業価値とはならないことがある。
この点については後述するので、ここでは一旦、企業価値=事業価値として話を進める。
事業価値は、事業に対して投じたキャッシュが生み出す成果(の現在価値)である。そして、そのための必要資金は投資家から調達している。事業に投じたキャッシュは、一旦、運転資本と固定資産となり、その後、運転資本と固定資産が活躍することによってそれを上回るキャッシュをもたらすことになる。
FCFの計算式を今一度確認して欲しい。FCFの計算式は、この状況を表している。
フリーキャッシュフロー=
営業利益(1-税率)+減価償却費ー(投資額+⊿運転資本)
ビジネスからの成果:営業利益(1-税率)+減価償却費
ビジネスへの投資:投資額+⊿運転資本
投資無くして成果無し、だ。
そして、事業に必要な運転資本には現金、キャッシュも含まれる。
例えば、月末にキャッシュ残高が100あったとする。これは事業において不要なキャッシュだろうか?実際のビジネスをイメージすると、月中は仕入れや経費の支払いによってキャッシュの残高は減少する。そして月末付近の現金回収によってキャッシュ残高が持ち直すことを繰り返している。つまり、月初(=月末)残高は事業運営に必要なキャッシュである(無ければ資金ショートする)。そして、それは、一般にビジネスの規模に伴い増加する。つまり、キャッシュの増加はなんとなく増えてしまったのではない。在庫や設備と同様に、既に行先の決まったおカネ、事業に対して投下した拘束されたキャッシュとみるわけである。
そして、キャッシュの増加⇒⊿Wの増加⇒FCFの減少と、そこだけ切り取れば、キャッシュの増加はFCFの減少を通じて事業価値を低めることになるが、これは将来の成果に対する投資という意味合いであり、事業に投じたキャッシュはその後の事業活動によってそれを上回るキャッシュとなり回収されることになる。この点は、将来の営業利益の増加等に反映される。つまり、キャッシュが増加した年度のFCFは減少したとしても、その後のFCFがそれを上回る増加となれば、キャッシュの増加による運転資本の増加は必ずしも事業価値を低めることになることにはならない。
では、会社の保有するキャッシュは全て運転資本に含めるかというとそうとは限らない。外部からの把握が難しいが、会社の保有キャッシュといっても、実際、事業活動の運営に必要なキャッシュとそれを上回る余剰キャッシュの区分が可能であると思う。前者は、先ほどの説明の対象とした事業に必要はキャッシュであるが、後者は余剰、つまり当面事業活動には必要のないキャッシュである。
企業価値は、事業から将来もたらされる価値と現在既にある価値から構成されている。
企業価値=事業価値+非事業価値
非事業価値は、現金及び預金、短期所有の有価証券、持ち合い株式などの投資有価証券といった余剰キャッシュのことである。
したがって、余剰キャッシュが増えると”事業価値はそのまま”であったとすると、企業価値は増えることになる。
おそらく、キャッシュが増えるのに企業価値が減少するのに違和感を感じるというのは、キャッシュ=余剰キャッシュとイメージしているのではないだろうか?
というと、
「じゃあ、やっぱり余剰キャッシュを貯め込んだ方が企業価値は高まるじゃないか!」
となるかもしれないが、余剰キャッシュは良くも悪くもリスクの無い資産だ(インフレ等で価値が変動するリスクはゼロではないけど)。つまり、それ以上でもなければ以下でもない。一方、事業にキャッシュを投資すれば、それを上回るリターン、つまり企業価値を高める可能性がある。というか、それこそが会社の存在意義だろう。
また、上の図(FCF説明図②)からも分かるように、余剰キャッシュの原資もまた投資家から調達している。投資家から調達したキャッシュを寝かしていてもほぼリターンは期待できないわけだ。そういう会社が投資家にとってどう映るだろうか?キャッシュを貯めれば貯めるほど、調達したキャッシュを有効に事業に活用していないとして、投資家からの事業価値の評価が下がり(株価が低下)、結果的に企業価値は減少するかも知れないので注意が必要だ。