溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

IPO難民は、監査法人の責任か!? 【ボヤキ&業界暴露系記事】

www.nikkei.com

あずさ監査法人が監査業務の新規受注を1年間停止すると表明して半年あまり。大手が不正会計などリスクが大きい割に実入りの少ない新規株式公開(IPO)企業の監査を敬遠する動きが広がっている。監査契約を結べない「IPO難民」が増えれば、東京市場の活力低下にもつながりかねない。』

 

散々待たされた挙句に大手監査法人から契約を断られる上場準備会社が相次いでいるという。

東芝などの不祥事受け、監査法人(特に大手)がIPOに対して尻込みしているらしい。

東芝のような一部上場会社にすらリスクを感じるのであれば、IPOを目指す新興企業ならばなおさら、と言うことだ。

ここで言うリスクとは

『監査リスク』だ。

 

監査リスクは、財務指標の重要な虚偽表示看過して誤った監査意見を述べる可能性のことだ。

監査リスクの要因には、不正と誤謬(*)の2つがある。会計監査人(以下、監査法人で通す)が、不正や誤謬を見逃して財務諸表が正しいと判断してしまうリスクだが、IPOを目指す会社や上場後間もない会社は一般的に監査リスクが高い。

(*)誤謬=ミス

 

監査リスクを見誤った結果として起こる

監査の失敗はもちろん監査法人の責任だが、敢えて言うとそもそもの原因は会社にある。つまり、会社が正しい財務諸表を作成していないことがそもそもの原因だ。これは言い訳でも何でもない。

会計監査の大前提に、二重責任の原則、がある。

正しい財務諸表を作成するのは経営者の責任

財務諸表に監査意見を表明するのは監査法人の責任

と役割と責任が異なる。

したがって、経営者は、正しい財務諸表を作成するために従業員、システムなどのリソースの確保、教育研修、内部統制の整備、運用する責任がある。

ところが、一般に上場準備会社人的、資金的リソースが十分でなく、営業、技術等にリソースが優先される傾向があるため、このような体制整備が後回しにされがちだ。

 

具体的な社名は伏せるが、新規上場後まもなく業績予想を下方修正(それも黒字から赤字)したり、架空売り上げ等の粉飾決算で問題となった会社も少なくない。また、記事にもあるような顧客情報流出やコンプライアンス違反などの不祥事もよく聞く話だ。さらに、経営者が刑事事件で逮捕されるといった会社もあるからあきれるばかりだ。 

 

こういう状況が続くと、監査法人が尻込み

をするのも頷ける気がする。

 

もっとも、どんな会社でもフリーパスで上場できるわけではない。

このような不祥事を起こさないような経営者の倫理感や組織の体制整備については、上場準備の過程で厳しく審査される。

 

ところが・・・

上場審査の実態については、以前、こちら(☟)に記載したので確認してほしいが、上場会社の増加という目的が先行して、審査が甘くなっているのではないかとの指摘もある。

 

tesmmi.hatenablog.com

 

上場準備の過程では、

証券会社、証券取引所ベンチャーキャピタル(VC)、監査法人などがそれぞれの立場から、会社を指導して上場会社として期待される管理体制整備を進める。

 

証券会社、証券取引所、VCなどは、会社を上場させることで成功報酬やキャピタルゲインが得られる、あるいは上場後の手数料が得られる等のインセンティブがある。

これが、上場審査が甘くなる原因の1つとされる。

 

監査法人も上場後も継続的に監査報酬を得られるという点では同じなのだが、成功報酬のような上場をゴールとしたインセンティブはない。

 

また、上場後も同じ立場で継続して関与するのは監査法人だけだ。

 

監査法人は、上場準備段階において監査法人は会社が正しい財務諸表を作成できるよう経理部門の体制整備や従業員のスキルアップなどの指導もする。上場会社となれば1年生だろうが一律の扱いを受ける。1年目だから財務諸表に間違いがあっても大目に見てもらえることはない。二重責任なのだから間違っていたら不適正意見を出せば良いかというと実際にはそう簡単な話でもない。

不適正意見の表明は上場廃止につながる(*)・・・

(*)☟参照

 

tesmmi.hatenablog.com

 

また、だったら何でもっと厳しく指導してくれなかったのか、と

会社から反撃されるのがオチだ。

 

『 あずさの鈴木智博IPOサポート室長は「新興企業の成長性を見極めるのと監査法人としての収益を両立させるのは難しい」と説明する。現在は新規受注のガイドラインを策定中で「監査作業の工程を見直し法人全体の作業量を3割減らしたい」(酒井弘行理事長)とする。』

 

上場準備段階は会社のビジネスの規模や資金的な問題から監査報酬の水準は低い。一方で、会計監査に加え内部統制の整備、運用の指導(*)などのコストはかかるため

監査法人の採算は大抵は赤字である。

(*)会計監査とは別契約だが、それでも通常、コスト>報酬である・・・

 

IPOというと聞こえは良いが、IPO部門は監査法人内では決して力がある訳ではない。それもそのはず、売上規模も小さく赤字部門・・・

監査法人の事業戦略上、重視すべきとの見方もあるが、残念ながら会計士はそれほど長期的視野に立ってモノを考えない・・・

 

もう一つ言うと、上場後に監査報酬が大幅アップすることも少ない

監査報酬は工数がベースだったり、上場はしたものの会社にそれほどの資金余力がなかったり、監査法人の交渉力の弱さだったり・・・

 

それでも、リカーリングジョブとして継続した安定収入が期待でき、上場後にこれまでの赤字を回収できるからこそ、上場準備会社(IPOクライアント)と契約する意味がある。

それが、手塩にかけたクライアントに上場後すぐに問題起こされ、さらに監査法人の責任を追及される。

 

投資を回収できない、更にはレピュテーションも毀損

するでは、とてもやってられない、というのが本音だろう。

 

『「ぜひそちらに依頼したい」。ある中堅法人のもとには大手に断られた新興企業からの案件が次々に舞い込む。監査法人と契約できず、上場したくてもできないIPO難民の“駆け込み寺”になっているのは準大手・中堅の監査法人だ。「営業していないのに上場予備軍が大量に流れ込んでくる」(中堅法人のパートナー)』

 

で、大手が敬遠すると、

中堅監査法人白羽の矢が立つ。

中堅としては、ここがビジネスチャンス!かも知れないが、

 

でも、上場したら

 

すぐに大手に鞍替えするんだよね・・・

 

そんな状況が続けば、中堅監査法人も引き受けられなくなるし、

IPO難民も増える・・・


 
『堅調な相場環境に支えられ、18年の国内IPO数は「90~100社程度」(野村証券)と、金融危機前の07年(121社)に次ぐ高水準になる見通しだ。だがIPOは3年程度の準備期間が必要で、IPO難民が顕在化するのはこれから。全体のIPO数が大きく減少する可能性もある。資本市場に厚みを持たせるためには活発なIPOが不可欠。

「IPOのボトルネック監査法人(大手証券幹部)という現状を解消する知恵が必要となる。』

 

勝手なことを言ってくれる。これは、監査法人だけの問題でなく

IPOを取り巻く環境全体の意識と体制の問題

だと思う。

IPOボトルネック監査法人といっているうちは、IPO難民問題の解決は難しいだろう。