溝口公認会計士事務所ブログ

京都市在住、大阪を中心に活動している公認会計士です。日頃の業務の中で気になったことを書いています。

持ち合い株式解消の新たなブースター⁉️

www.nikkei.com

『企業が政策保有株式の縮減の状況や方針を株主総会の招集通知に記載する動きが広がっている。3月期決算の主要企業で6月総会前に開示したのは約3割と、昨年の2割から増えた。投資家が政策保有への監視の目を強めるなか、保有状況などを早期に開示することで投資家から総会議案への支持を得たい考えだ。』(日経新聞6/24’22)

 

日経新聞6/24’22



 

政策保有株式の解消に新たなブースターが登場したようだ。

 

政策保有株式は、(企業間)持ち合い株式とも言われる。1960年代辺りから広まった日本独特の株式保有の仕組みであり、海外では類を見ない。企業間で相互に株式を持ち合う場合が多いが、どちらか一方の企業だけが他社の株式を保有する場合もある(これを「片持ち」というらしい、知らんけど)。後述するが、株式持ち合いについては、さまざまな理由から問題視されていたが、バブル崩壊を契機に、保有株の下落によって損失が嵩んだ金融機関を中心に株式持ち合いの解消が進んだ経緯がある。そして、2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入されて以降、持ち合い株式の解消が一層進んできている。以前にも、当ブログに書いたのだが、今回の日経新聞の記事を大学院のクラスで紹介したところ、「そんな昔の記事は読まないので、同じネタでも書いて欲しい」と言われた。まったく、読む気があるのか無いのか(笑) というわけで、アップデイトとして書いておくことにする。なお、当コラムでは、文中では基本、持ち合い株式と表現することにする。

 

  • 政策保有株式を巡る規制

以前は、安定株主工作や取引先との関係強化などを目的に企業間で互いに株式を保有する持ち合い株式は当たり前に行われていた。しかし、記事にもあるように、コーポレートガバナンス・コードの導入により、持ち合い株式は経営陣の緊張感を緩ませ資産効率の低下につながるといった企業ガバナンスに対する指摘や、もっと積極的に事業投資をして成果を上げて欲しいと言った企業業績に対する投資家の声などによって、その解消が進められてきた。

また、上場会社においては、2019年3月期決算より、有価証券報告書に政策保有株式の保有方針等を示すことが求められ、どの会社の株式をどういった目的でいくら持っているのかと言った政策保有株式の明細を記載する必要がある(具体的な記載内容は後述)。まさに、持ち合い株式がガラス張りとなったことも解消の要因とみられる。なお、有価証券報告書における政策保有株式は、いわゆる純投資(専ら株価の変動又は株式に係る配当によって利益を受けることを目的とした投資株式)以外の、例えば、取引先との関係維持や買収防衛といった経営戦略上の目的で保有している株式を「政策保有株式」としている。

 

【参考】

有価証券報告書における持ち合い株式の記載箇所と内容

上場会社等は、有価証券報告書の【コーポレート・ガバナンスの状況等】の【株式の保有状況】に、特定投資株式及びみなし保有株式のうち主要なもの(最大60銘柄)について、以下の項目を開示する必要がある。

1.銘柄

2.株式数

3.貸借対照表計上額

4.保有目的等

5.提出会社の経営方針・経営戦略等、事業の内容及びセグメント情報と関連付けた定量的な保有効果(定量的な保有効果の記載が困難な場合には、その旨及び保有の合理性を検証した方法)

6.株式数が増加した理由(当期末における株式数が前期末における株式数より増加した銘柄に限る。)

7.当該株式の発行者による提出会社の株式の保有の有無

 

追記)

2022年4月からの東証の新市場区分により、流通株式比率が導入された点も持ち合い株式の解消が進んだ要因とされる。例えば、プライム市場では、流通株式比率が35%以上が求められるが、その際、上場株式の内、国内の普通銀行、保険会社及び事業法人等の所有する株式(持ち合い株式の可能性が高い)が流通株式から除外される。

 

  • 政策保有株式に対する規制の問題点

持ち合い株式については、持つ方の問題持たれる方の問題があるとされる。例えば、持つ方の問題としては、株式と言うリスク資産に投資しながらも有効にリターンに繋げていない資本効率性の悪化を問題視している。一方、持たれる方の問題としては、安定株主の存在による経営者のディシプリンの低下や株主・投資家とのコミュニケーションの阻害などが挙げられる。この内、有価証券報告書における開示は、持つ方の会社に対する開示義務であり、持たれる方に会社にはそうした義務はない。しかし、例えば事業会社同士などでは、立場の強い方が自社の株式を”持たせている”場合が少なくない。つまり、持つ方が売却しようとしても”待った!”を掛けられると売るに売れないことになる。そこで、持たれる方に対するケアに関しては、2018年のコーポレートガバナンス・コード改正で、補充原則として売却を妨げるべきでない旨が追加された。上述のとおり、持ち合い株式には持つ方と持たれる方の両方に問題があるため、両方に対する働きかけ(規制というやり方はあまり好きではない)が求められる。

 

【参考】

コーポレートガバナンス・コード

補充原則1-4①

「上場会社は、自社の株式を政策保有株式として保有している会社(政策保有株主)からその株式の売却等の意向が示された場合には、取引の縮減を示唆することなどにより、売却等を妨げるげきではない。

 

  • 政策保有株式解消の新たなブースター

筆者が関与してる会社においても、保有方針(逆に言えば売却方針)を定め、持ち合い株式を優先付けした上で、毎期決算期末に近づくと機関決定を経て売却(持ち合いの解消)する会社も多いと思われる。考えようによっては利益調整に使われているような気もするが、持ち合い株式解消の大義の前にはそれも辞さずといったところだろうか・・・ともかく、このような取り組みの結果、事業会社における持ち合い株式はかなり解消が進んでいるのではないかと推察する。残るは、事業会社が退職給付信託などへ拠出するみなし保有株式だろうか。みなし保有株式は5兆円超と、純投資以外の目的で保有する株式の1割にあたるが、信託に拠出しているが故に政策保有株式であるとの意識が希薄になりやすいとも言われ、通常の保有株に比べ解消が遅れている。

 

さて、今回の記事は、こうした持ち合い株式の解消に拍車がかかっているとのこと。

『企業が開示を急ぐのは、機関投資家が取締役選任議案の賛否を判断する際に、政策保有株の縮減状況を考慮するようになったためだ。米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は企業の保有額が純資産の2割以上の場合、経営トップの選任に反対推奨する。』日経新聞6/24’22)

たびたび話題に上る米国の議決権行使助言会社が、持ち合い株式の保有割合について数値基準を掲げ、解消を求めているとのことだ。

 

日清食品ホールディングスは資本に占める政策保有株の保有額が20年度末で20%を超えていたが、21年度末に17.5%にまで減少した。ISSなどの基準を満たしたことを示すため、招集通知で早期に比率を示した。』日経新聞6/24’22)

とのこと。

日清食品HDは、独自の持ち合い株式の保有方針を示し、こうした流れに抵抗していたのだが、寄る年波には勝てずということだろか。

 

背景には、国内の機関投資家における議決権行使基準の改定の動きがあるようだ。2017 年 5 月のスチュワードシップ・コード改訂により、機関投資家に対して議決権行使結果の個別開示を実質的に義務化された。これにより、国内の機関投資家も従来通り企業との水面下の対話で縮減を求めるだけという訳にはいかなくなった。この点について、記事にも以下のように記載されている。

 

『アセットマネジメントOneは政策保有株を過剰に保有することに反対すると議決権行使基準に明記し、純資産に占める比率が5割以上などの場合は代表取締役の選任議案に原則反対する。東京海上アセットマネジメントも23年1月総会から、企業の政策保有株の縮減に向けた方針や実績、保有理由の説明などが不十分な場合、経営トップである取締役の選任に反対する。』日経新聞6/24’22)

 

この流れは止められそうにない。金融庁の金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループでは、有価証券報告書の政策保有株の記載を一段と拡充することが議論されているとのことだ。記事によれば、これまで断固として削減に動かなった企業も、開示や機関投資家の目が厳しくなることで、削減は一段と進むだろうとのことだ。

 

  • 今後予想される展開は!?

確かに、上場会社の中には、世間の流れ我関せずというか、これまで通り的な考えで、持ち合い株式を保有する会社もあるのだろうけど、個人的な肌感覚にはなるが、大多数の会社は解消する方向で検討しているのではないかと思う。純資産の20%はともかく、全体として解消する方向で進んでいることは明らかだ。むしろ、持ち合い株式の保有が大きいのは、事業会社よりも銀行や保険会社などの金融機関ではないだろうか。

例えば、メガバンク3社の制作保有株式/純資産をチェックしたところ、以下のとおりとなった。

 

各社の有価証券報告書数値から筆者が作成

 

政策当局としては、金融機関に関しては資本規制等の観点から一定の配慮をする余地もあるとしているが、三井住友トラスト・ホールディングスのように制作保有株式ゼロを目標に掲げる会社もある。

 

www.nikkei.com

 

メガバンク3行も、基本路線としては、政策保有株式を削減していく方針とのことだ。

 

【参考】

MUFGの政策保有株式に関する方針(同社ホームページより)

4. 政策保有株式について | 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ 証券コード(8306)

 

なお、こちらでは持ち合い株式を取得原価で記載しているため、有価証券報告書に開示される金額(時価)とは異なる。

取得原価ベースだと、それほど大きく感じないのは気のせいだろうか(笑)

 

記事に紹介されているISSの他、グラスルイスはさらに厳しい純資産に対する政策保有株式の比率が10%以上の会社に対しては経営トップの取締役選任議案に対して反対推奨する旨を公表している。また、外資のアクティビストだけではなく、国内にもこれに続く姿勢を示す機関投資家もある。今後、益々、資本市場からの持ち合い株式に対する監視の目が厳しくなることが予想される。

 

はてさて、今後の政策保有株式を巡る投資家と経営者の攻防の行方はいかに?