『 シャープ<6753.T>が台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業<2317.TW>に対し、新たに提示した3500億円の偶発債務は、シャープの各事業部が最悪のシナリオに基づいてリストアップした内容であることが29日わかった。』
ようやくまとまりかけたと思われた交渉がまた暗礁に乗り上げそうだ。
報道では、シャープからホンハイに送られた『偶発債務リスト』は100項目、3,500億円規模らしい。
よもや、『偶発債務』⇒『簿外負債』=粉飾決算か!?
と思わせるニュースだが・・・
『複数の関係者が明らかにした。シャープと鴻海は債務の精査に入っているが、実際にどの程度、負債として計上する必要があるかは不透明だ。複数の関係者によると、シャープと鴻海が2月中旬、再建策について協議を進める中で、シャープの各事業部が抱える偶発債務をあらためて確認することが必要になったという。それを踏まえて各事業部が、最悪のシナリオのケースで損失が発生する可能性がある案件をすべてリストアップし、それを単純にまとめた内容をホンハイ側に伝えたという。』
直接内容を読んでいないので何とも言えないのだが、どうやら即座に損失や債務引き受けが発生する類のものではないらしい。偶発債務が即、簿外債務となるわけではない。
『具体的には、事業撤退した場合の保証費用や、訴訟で負けた場合の賠償額などが盛り込まれているという。』
会計(会計監査)では、このような『・・・した場合の』債務を
『偶発債務』と言う。
偶発債務は、債務の発生する可能性が不確実な状況が決算日現在既に存在しており、将来事象が発生する、または発生しないことによってその不確実性が最終的に解消されるものと定義される。要するに、今はまだ現実(の債務)となっていないものの、将来、一定の条件の下で発生する債務だ。
偶発債務が決算日現在に認められる場合、決算書の読者に対してそのような債務の可能性があることを注意喚起をするためにその(債務の発生の可能性がある)旨を決算書に注意書きする(『注記』と言う)必要がある。例えば、債務保証をしている場合には債務保証額を注記することになる。また、偶発債務が現実に債務となった場合に会社に相応の損失が発生する可能性がある場合、例えば、債務保証の履行による損失が発生する場合には、「将来の発生可能性の程度」と「損失金額の見積もりの可能度合」によって次のように取り扱われる。
損失の発生の可能性 |
損失額の見積もりが可能 |
損失額の見積もりが不可能 |
高い |
債務保証損失引当金を計上 |
債務保証の金額を注記 損失の可能性は高いが損失金額の見積もりが不可能な旨、理由及び主たる債務者の情報を注記 |
ある程度予想される |
債務保証の金額を注記 損失発生の可能性がある程度予想される旨及び主たる債務者の情報を注記 |
債務保証の金額を注記 損失発生の可能性がある程度予想される旨及び主たる債務者の情報を注記 |
低い |
債務保証の金額を注記 |
債務保証の金額を注記 |
『このため実際に損失が発生する可能性を精査し、どの程度の負債になる可能性があるのかを検証する作業が必要になる。シャープと鴻海は現在、公認会計士らを交えてリストの仕分け作業に入っている』
場合によっては、追加の引当金の計上が必要になる可能性がある。その場合、引当金分の利益(税効果考慮後)が失われることになる。また、引当金は必要とならなくても財務諸表に『注記』すべき内容が漏れていた、ということになればディスクロージャー(情報開示)に問題があったということになる。
こうなると、ホンハイとの交渉に悪影響は必至だろう。
もちろん、シャープの財務諸表にも『偶発債務(損失)』に関する注記は記されている(参考:「シャープ 偶発債務3,500億円」報道に思う)
とはいえ、何と言っても100項目の内容だ。すべてが注記されていることは到底考えられないし、また、すべてをシャープ(の経営陣)が把握していたかどうかも定かでない。
って、今から仕分け作業して精査するのって遅くない?
インターネット上では、そのような債務(の種)を経営者や監査法人が見過ごしていたのであれば問題だ、とか、ホンハイの買収DD(デューデリジェンス)で把握できていないのはお粗末といった意見も聞かれる。
確かにその通りなのではあるが、擁護するつもりはないのだが、そういった将来の不安材料を網羅的に把握するのは、特に組織が大きくなると容易ではない。仮に把握していたところで、注記の対象にするほどの重要性も蓋然性もないものも相当数含まれていると思われる。
『関係者の1人は「検証されていないため、現実には起こりえないものも相当に含まれている」としている。別の関係者は「シャープの財務部も把握しておらず、取引銀行にも伝わっていなかった内容」と話している。』
例えは不適切かも知れないが、玉石混合、何でもかんでも将来の債務になりそうなネタをこの際一切合財ぶちまけた感も否めない。とすると、何らかの意図を感じざるを得ない・・・
余談だが、会計監査手続きにおける簿外債務の確認は、せいぜい、取締役会議事録や稟議書のレビュー、経営者へのインタビュー、押さえで経営者の確認書(簿外債務が無い旨)を入手する程度であり、監査法人が自ら積極的に簿外債務の有無をチェックすることはまずない(まあ、それで職業的専門家としての正当な注意を払ったという建付けにしているのだろうけど)。
ともかく、偶発債務の注記も然り、財務諸表には本編に相当する損益計算書、貸借対照表、キャッシュ・フロー計算書、株主資本等変動計算書だけではなく、その取扱説明書に当る『注記』が含まれる。家電製品には取扱説明書が付き物のように、財務諸表には注記が不可欠だ。欧米の監査済財務諸表には、The accompanying notes are an integral part of these consolidated financial statements (添付の注記は連結財務諸表の一部である)として、財務諸表とその注記は一体である旨を記載している。
以前のブログでも、いくつか注記情報については記載した。
・スカイマークの簿外債務
簿外債務の衝撃 ~未経過リース料~【スカイマークの例】 - 溝口公認会計士事務所ブログ
・ゴーイングコンサーン(GC)注記
決算書に『会社が潰れるかもしれない』情報が付いているって本当? - 溝口公認会計士事務所ブログ
注記には、財務諸表本編には表れないが、実は会社の財政状態についての”危ない”情報が記載されているので注意が必要だ。